放課後は、運動部が精を出すゴールデンタイムだ。
我が氷帝学園テニス部も例外ではない。

「あうぅ〜…、今日も麗しゅう御座います…宍戸さん…」

先日の告白大作戦☆にて、大誤爆をぶちかまし、宍戸は宍戸でホワイトピュア〜な天然を惜しげもなく披露して終わったにも関わらず、美歌は相変わらず宍戸ウォッチングは止める気配を見せない。
が、いつもより流石に元気の無い美歌を見て、つかさも少し焦りを感じていた。
つかさにとっての誤算は、普段は欲望をオープンにしている(これでもかなりオブラートに包んだ表現である)というのに、本人を前にすると極端に奥手になると言うことと、宍戸がもうミラクルに近い勘違いをしているということだった。
問題は、宍戸の方だ。
確かに、美歌の行動はちょっとばかし誤解を招き兼ねない事は、つかさも承知していた…が、先日の二人のやり取りを見て、どうも頑なに鳳とくっつけようとしている様に見えた。ここが問題である。
このままでは色々拗らせて、取り返しのつかない事になってしまう…と、薄々感じている。

「見てるばかりじゃ進まないぞ〜、美歌。」
「…うん。」

きっと、毎日の様に美歌が見てるのは鳳なんだと、宍戸は思っている事だろう…。
思いっきり敵意を剥き出しにしてるのに、どうしてそうなるのか…、それは宍戸も色恋に対して鈍感なのだからであろう。
その事については、つかさも人の事を言えない。

「そろそろ、こっち練習始まるや…、戻るね。」

カシャリとフェンスが音を立てる。
すっかり元気の失くした美歌がそこから離れていく気配を、つかさは背後で感じていた。
-…これは、なんとかせねば…-
つかさは心の中でそう強く思った。

-ピイィー…-

つかさは、胸にぶら下げたホイッスルで部員達に休憩の合図を送る。
その音を聞きつけて、部員達がそれぞれ作業を止め、まばらにテントの下まで歩を進めだした。
それを確認したつかさは、ボックスからドリンクを取り出し、部員のタオルを用意する。

「はい、とりあえずお疲れ様。」
「おおきに、つかさちゃん」

ドリンクとタオルを受け取って語尾にハートを飛ばす忍足を、はいはい暑苦しいと彼女は去なす。
二人の恋は、無事に実を結んだ。
が、今でも、つかさと忍足のやり取りに殆ど変化は見られない。
忍足自身、気にした様子も無いのでそれでいいのかもしれないが…。
つかさは、キョロキョロと辺りを見回し、ポロシャツの裾で顎の汗を拭う宍戸を見つけると声を掛けた。

「お疲れ。」
「おう。」

そんなんで拭かないでこれで拭けと言わんばかりに、手に持っていたタオルを手渡すと、少し声を潜める。

「今日、練習終わったら、話あるから。」
「…?」

その会話を聞いた忍足は、一昔前の少女漫画…所謂ベルサ〇ユのばらなどで良く見られる衝撃を受けた時の顔を見事に表現している。
それに気付いているのかは定かでないがつかさは、また別の部員にドリンクとタオルを配りにぱたぱたと駆けていく。
そのつかさの後姿を見て、宍戸はただただ首を傾げた。

−−−−−−−−−−−−−−−−

「…話って何だよ?」

誰も居なくなった部室で、宍戸はつかさに話しかける。
やたらと忍足が、帰らず部室にこのまま居ると粘り倒していたが、それも何とか言い包める事に成功した今、心置きなく宍戸と話が出来る状況になった。
部室の長机で練習メニューとにらめっこしていたつかさは、宍戸に目の前の席に座る様促す。宍戸もそれに素直に従った。

「宍戸ってさ、鳳の事どう思う?」
「長太郎…?手の焼ける後輩であり、同時に頼もしいと思ってる…かな。」
「信頼してるんだね。」
「まぁ、そうだな。」

未だつかさはメニューからは視線を上げない。瞬きする度に、そのまつ毛はよく揺れた。
宍戸は話の真意を考えあぐねている。
カリカリと、ノートにシャーペンを走らせる音が嫌に響いた。
ふ…と、音が止まり、宍戸が何気なくつかさに意識を向けると、つかさはゆっくり顔を上げて宍戸を見た。

「じゃあさ、美歌の事はどう思ってるの?」
「胡桃沢…?」
「そう、美歌。」

言われ、宍戸はどくんと心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
心無しか、手が震えている。
宍戸はその事実に、自身で首を傾げた。
-…緊張…、してんのか…?何故…-
口を開こうとするも、なかなか喉から言葉が出ない宍戸を見て、つかさは不審に思う。

「宍戸…?」
「あ、いや…。明るくて元気でいい…と思ってる。」
「ふーん…、それがどう言う意味の“いい”かはさて置き、それを一度でも美歌の耳に入れた事は…?」
「いや、ない…」

つかさの意味深な言い回しに、少し宍戸は引っ掛かりは覚えたものの、素直に返答する。
その様子をジーッと見ていたつかさは、また口を開いた。

「美歌ね、あんたに嫌われちゃったんじゃないかって心配してるの、知ってる?」
「え…、いや、知らねぇ」
「そう…。美歌は、こうも言ってたよ。宍戸に話し掛けても直ぐに鳳の名前が出てくるって。」
「それは…!」

ガタッと音を立てて、勢い良く立ち上がる宍戸。
宍戸を見ていたつかさの視線は自然と上にあがった。

「胡桃沢が…長太郎の事が、好きなんじゃないかって思ったからで…」
「“信頼出来る長太郎になら任せられる”って…?」
「まぁ…、そうだな…」

歯切れの悪い返答を返す宍戸を見て、美歌の気持ちを考えたことあるのかとつかさは、声を荒げたくなったのを必死に抑えた。
代わりに、次に発せられる言葉は幾分も低い音になる。

「あんたは…それでいいの…?」
「お、俺…?」
「そうだよ。さっきから聞いてりゃあんたはどうしたいかとか言わないじゃん。」
「…。」

黙りこくった宍戸を見て、つかさはノートをパタリと閉じた。

「話は、それだけ。時間取らせてごめんね。」

そのままつかさは帰り支度をして、部室を後にした。
残された宍戸はつかさの言葉を頭の中で何度も何度も反芻した。
そして、一つ結論を出す。

「ははっ…、まいったな。藍川に言われなきゃ俺、きっと決心つかなかった。」

そして、ダメだな、俺…と誰もいない部室で独りごちて、自嘲した。