「はぁー…何なんだよぅ…つかさってば、昼休み入ったら突然教室から消えるしー…」
忍足とつかさ(主に忍足)が、一肌脱いでいた同刻、美歌はと言うと。
「ぼっちやんけ!!!」
おひとり様状態。
つかさ以外に一緒にお昼を摂ってくれる者など他におらず、教室でポツーンと一人で机に購買のパンを並べる美歌は、もはやヤケ食いのようにパンを頬張っていた。
「なんだよーぅ。彼氏出来た途端これか!?薄情者めーーーー!」
人目をはばからず叫びながらバクバクと腹に収めるその姿は特撮の大怪獣そのもの。
その様子を少し離れた席から口と腹を抑えながら爆笑する向日 岳人。
今日も今日とて平和である。
次々とパンを口の中に放り込んでいた美歌だったが、次のパンの袋を開けようと手に取った時、ピタリと動きを止めた。
-わたしも、頑張らないと…。-
しかし、頑張って告白しようにも前みたいな誤爆は出来ない上に、宍戸の誤解を解く必要がある。
素直に貴方が好きですと告げられたならそもそもこんな事にはなっていないのだ。
完全にお手上げ打つ手なし状態の美歌に、訪問客が現れる。
その人物は、教室の扉を勢いよく開け、教室内の注目をかき集めた。
「なっ!?鳳!?」
思いもよらない訪問者に当然驚く美歌。
そんな美歌を視界に収めると、ズンズン彼女の元まで歩を進める鳳。
な、なんだ?宣戦布告か!?と、少し臨戦態勢に入る美歌だったがそんな彼女の様子に鳳は、気付いているのか気付いていないのか…。
少し離れた席に座っていた向日も、鳳の登場に慌てて椅子から尻を上げようとしていた。
が、次の瞬間、美歌はガシッと鳳に両肩を掴まれる。
「胡桃沢さん!!!俺が間違ってました!!!」
真剣な顔を向けられ、何を言われるかと身構えていた美歌だったが、その言葉を聞いて思わず、はい?と素っ頓狂な声を上げる。
「宍戸さんを、頼みましたよ!!!」
至近距離からそう言われ、鳳の唾を顔面に食らう美歌は、何が何やら状態である。
鳳はそうとだけ言うとそれじゃ!と教室を出ていった。
鳳が出ていった後の開かれたままの教室の扉を唖然と見つめる美歌と向日。
「なんじゃ、そら…。」
美歌と向日の台詞が見事に被った瞬間だった。
−−−−−−−−−−−−−−−−
あの後入れ替わるようにして帰ってきたつかさに事情を説明され、何故鳳があの様な行動に至ったのかを理解した美歌だったが、現状何も変わらない。
美歌の“打倒鳳”は達成されたのだが、もはや鳳がどうのという問題でもない。
しかし、あれだけ敵視していた鳳本人に背を押されるとは思ってなかった美歌は、なにやら奇妙な感覚を覚えていた。
彼なりに応援してくれるという事だが、それがまた変なプレッシャーに成り代わっている。
「いかんいかん。練習に集中せねば。」
ぶんぶん雑念を振り払う様に首を振り女子テニのコートの脇で黙々と壁打ちを始める。
しかし、そっちに集中できず力加減を間違え壁から跳ね返ったボールは、美歌の顔面を直撃した。
あまりの痛みにその場に蹲ってしまう。
「うぐぅ…ボールの分際で人間様に楯突こうとは…如何なボールか…。」
ころころ転がるボールを恨めしそうに見つめる美歌。
そして、そのボールの向こうのフェンスに誰か立っている事に気付く。
足元しか見えない為、そのまま視線をパーンしていくと…
「し、ししし宍戸さんっ!?」
美歌は、慌ててしゃがみ込んでいた身体をのけ反らしながら立ち上がって、フェンスまで駆け寄った。
「練習中に悪い。」
「い、いやいや!どうせ壁とお友達してただけだから!気にしないで!」
「胡桃沢は、相変わらず面白いよな。」
そう言いながら、笑う宍戸をフェンス越しに見詰める美歌。
‐面白い…か…‐
以前、面白いと笑ってくれた時は、それでもいいと思えていた美歌だったが、今はその言葉が胸を抉った。
今の彼女に、笑ってくれるならそれでいいとは到底思えないでいたからだ。
「部活…」
「え?」
「部活終わったら、少し時間あるか?」
ヤケに真剣な眼差しを向けられ、一瞬息が止まる。
美歌の顎から汗が伝ったのは何も夏の暑さだけのせいではないだろう。
「あるよ。」
「ん。じゃあ、部活終わったら迎えに来る。」
悪ぃけど、待っててくれ。
そう言い残し、男子のコートに戻っていく宍戸。
フェンスの格子を握りながら美歌は、その背中を見ていた。
「…あー…くそ…、やっぱカッケェわ。宍戸さん。」
真っ赤に頬を染める美歌だった。
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「お疲れさまでしたァ!!!」
定刻になり、部員はコートに集まり、挨拶を交わし解散となる。
この後部員達は散り散りに部室で着替えを済ませ帰路に着く。
しかし、美歌は部室には向かおうとはせず、コートの端のベンチに腰掛けていた。
そろそろ男子の方も終わる頃だろう。
「ああああもう!!!うじうじすんな!胡桃沢 美歌!!!」
想いを告げて断られるかもしれない、とどうしても怖気づいてしまっていたが、よくよく考えてみると案外単純だ。
もし、振られるのが怖くてこのままズルズルいったとして、未来宍戸に彼女が出来た時後悔しないと言い切れるのか。
答えは否だ。
だったら、後腐れなく想いを告げてしまえ。
「うおお!もういっちょ壁に向かって思いをぶつけるぞおおお!」
ガニ股で雄叫びを上げながらボールとラケットを手に先ほどまで壁打ちしていた壁に向かっていざサーブ!といった所で背後から声を掛けられる。
「まだ練習してるなんて、偉いな。」
「どぅえええ!?しし宍戸さんいつの間に!?」
そんな美歌の反応に腹を抱えて笑う宍戸。
そんなに笑わなくてもいいじゃないかー。と口を尖らせてみるも、何だか少し吹っ切れたからだろうか、後ろ向きには思わなかった。
「ちょっとだけ、コート借りて打つか」
宍戸は自分の荷物をベンチの付近に置いてその中からラケットを取り出す。
「結局あの時は二人で打てなかったしな。」
「わたしじゃ相手にならないかもしれないよ?」
「よく言うぜ。」
そう笑う宍戸と、美歌はコートに入る。
今回は、誰も居ない。
二人だけで存分にテニスをする事が出来る。
「1セットマッチでいいよな」
「うん」
夕焼けの下で打ち合う二人。
耳に残るマッチショットの音が響き渡った。
「胡桃沢!」
「なに、宍戸さん!」
「楽しいな!」
「最高に楽しい!!!」
ラリーを続ける二人はネットを挟んで笑い合う。
この時間がずっと続けばいいと思える程に。
「やっぱ、適わないなぁ〜!!!」
「いや、よくもまぁついてくるよほんと。すげぇって」
しかし、終わりの時はやってくるもので、結果は宍戸の勝ちで終わった。
ゼェゼェ肩で息をする二人を傾きかけた夕陽が照らす。
「宍戸さん!!あのね!話があるの!」
乾いたタオルを手渡しながら、美歌が意を決する。
そのタオルを受け取った宍戸が、美歌を制した。
「俺からも言いたい事がある。先に聞いてもらってもいいか?」
美歌は、決意が揺らがぬうちに話をと、思ったが真剣な表情の宍戸を前に首を縦に振る事しか出来ないでいた。
地平線に沈みかけた夕陽が宍戸を照らし、美歌にはそれが眩しく見える。
頷く美歌を確認した宍戸は、ゆっくり口を開いた。
「俺さ、胡桃沢の事が結構前から好きだったんだよ。」
時が止まった気がした。
フェンスの外の木々が揺れる音も、風も、一瞬何もかもの音が消えた。
聞こえるのは美歌自身の心臓の音だけだ。
今考えれば、早鐘を鳴らす心臓の音が大き過ぎて他の音が聞こえなかっただけなのかもしれない。
しかし、時が止まったと錯覚する程に、彼女の心音はいつもより早く大きく脈打っていた。
「お前、よく藍川と一緒にいるだろ?よく見かけてその時からいいなって思ってたんだよ。喋るようになったのは最近だけど…やっぱ好きだなって。」
気まずそうに鼻の頭を掻きながら言葉を紡ぐ宍戸だったが、次の瞬間には苦笑いに変わる。
「悪ぃな…。胡桃沢は、長太郎の事が好きなんだよな…。でも…、これ言わずにいたら後悔するだろうって思ってさ。」
「宍戸さん…。じゃあ、今度はわたしの番ね。」
緊張とか、嬉しさとか、悔しさとか、様々な感情が渦巻く中で美歌は震える口を懸命に開く。
掌は汗でべったりだ。
どうして“鳳が好き”になるのか美歌には全く理解出来ないが、それこそ勇気を振り絞って今言うべきだ。
汗まみれの手を握って握り拳を作る。
「わたしも、宍戸さんが…すき。」
言ったァァァ、ついに言ったァァァと心の中で叫ぶ美歌は、思いっ切り目を瞑っていた為、現在の宍戸の表情が見えない。
寧ろ怖くて見れないのもあるのかもしれない。
怖がる必要など何も無いというのに。
「…マジ?」
「大マジです。」
「…はあぁぁぁ、マジかー…俺勘違いしてて馬鹿みてぇ…」
そのままその場にへたり込む宍戸。
右手は頭に、左手は口元に添えられている。
何処か具合を悪くしたのかと焦った美歌は、慌てて自分もしゃがみ目線を合わせる。
「いや、マジ今こっち見んな。俺すっげぇカッコ悪い顔してるから。」
「宍戸さん…顔真っ赤…」
耳まで赤くする宍戸を前に、美歌も同じく耳まで真っ赤にしている。
夕暮れ時の空と同じ色だった。