「藍川さんのこと、ずっと見てても飽きへんなぁ…。なんでやろ。やっぱ好きやからかなぁ。」
「あー、はいはい。そうですねー。」
つかさがうんざりしているのとは裏腹に、会話に花を咲かせる忍足。
朝練でも部活でも会うというのに、彼は昼休みまで彼女の元へ会いに来ていた。
温度差の激しい二人に、クラスの大半がその様子を見ては絶句している。
これほどチャイムの音が恋しいと思ったことはない、と彼女は頭を抱えた。
「もうそろそろHRの時間やな…。ほな、また部活でな。藍川さん。」
つかさがやっと開放されたと、大きくため息をついた。
彼がなにかとからかってくるのには、そろそろ嫌気が差してきていた。
美歌はそんな様子を見て、耐え忍ぶつかさを心の中で賞賛した。
「相変わらずよくやるね、忍足。っていうか、なんで忍足ダメなの?」
「なんていうか、胡散臭い。」
即座に返答するつかさに、美歌は反論できず苦笑した。
確かに、忍足侑士という男が軽薄に見えるのは事実であった。
「でもあそこまでしてるの、見たことないよ?」
「見たことないだけでやってるんだよ。忍足、自分が人気者だって自覚して女を弄んでるんだきっと。」
都合のいい言葉ばかり並べて、油断してると惑わされる。
あたしに男関連の噂がないから、遊んでやろうと思ってるんだ。そうに違いない。
つかさはだんだん腹立たしくなってきた。
「ほんとムカつく。どうしてやろうか。どうしたら諦めてくれるかな。」
「ガツンと言ってやればいいんじゃない?無関心な態度を取ってもダメなんでしょ?」
「そうなんだよね…。ねえ美歌、普通好きな相手に愛想つかされたらどうする?」
「まあ…そりゃ落ち込むけど、わたしはめげない。」
ガッツポーズを決め込む美歌に、つかさはやれやれと両手を挙げた。
こいつもあいつも手に負えない、と。
「あんたも忍足派か。」
「めげない!しょげない!泣いちゃだめ〜!」
「うるさい。美歌に聞いたあたしがバカだったわ。」
「えーそれどういう意味ー!?」
頬を膨らませる美歌を尻目に、つかさは頬杖をつく。
忍足が本気で自分を好きなワケがない。相手にするのも馬鹿馬鹿しい。
静かに、独り言のようにつかさは小さく呟いた。
「どうせからかってるんでしょ。あたしがそういうのに弱いと思ってさ…」
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「藍川さん、俺とデートせえへん?」
彼女が腰掛けるベンチに駆け寄る一人の男。
手元のクリップボードから顔を上げて見なくても、つかさにはそれが誰だかわかっていた。
関西独特の口調の所為もあるが、それより自分にこんな事を言ってくるのは、彼しか思い当たらなかった。
「しません。」
「そんなこと言わんと…な?今度デートしよや。ええとこ連れてったるで。」
「イヤだよ気色悪い。」
部活中も忍足の声はつかさに向けられていた。
だがつかさ本人が邪険に扱っても、彼は引き下がらなかった。
「ちゃうねん、たこ焼きの美味しいお店見つけてん。一緒に行かへん?」
「行きません。そんなんじゃ騙されないからね。」
「大将が大阪の人やから本場の味やで?俺が保障したる。」
「いや、そうじゃなくて…。」
「お好み焼きの方が好きなん?」
ボケつつある会話はツッコミ待ちなのか。関西人特有なのか、なんなのか…。
そんなことを考えつつも、絶対に相手にしないと心に誓うつかさ。
もはや目を見て会話するなどと、律儀な事はしていなかった。
彼女はコートのボールと、選手を観察する。それがマネージャーである彼女の仕事であった。
自分の役目は淡々とこなしつつ、部活に専念しなければと思った彼女は…ふと、彼を睨んだ。
嬉々と女に声を掛け続けているキザな男が、練習をそっちのけで話しているのが気に入らなかった。
「あんた練習サボる為にこんなことしてるんじゃないでしょうね?」
だったらブッ飛ばす…と語尾に付け加え、一層咎めるような視線を投げる。
だが忍足は特に気にもせず、会心の笑顔を見せる。
「もしかして、不安なん?大丈夫、俺は藍川さんが好きやからこうやって話するねんで。」
「ああ…ごめん言い方変えるわ。油売ってないで練習しろ。」
「照れんでもええよ。もっと素直になって、ええねんで?」
「じゃあ練習してください。これがあたしの素直な気持ちですハイ。」
彼が口説いては、彼女があしらう。
そんな会話は跡部が忍足を注意するまで続けられていた。
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「ちょっと忍足。」
部活終わりにつかさが忍足を呼び止めた。
彼は驚きつつも嬉しさで頬が緩む。
「どしたん?デート行く気になってくれたん?」
彼が顔を綻ばせた。
期待を裏切るとは承知の上だが、彼女はこの際きちんと言わなければと考えていたのだ。
そんなに何度もアプローチされると逆に冷める…そう思っていたのだ。
「あたし、好きになるとかよくわかんないの。だから忍足の気持ちには答えられない。」
一瞬メガネの奥の瞳が揺らぐ。
だが、彼は冷ややかに笑みを浮かべると口を開いた。
「そんなん、わかってんねん。」
「え…」
「藍川さんが困ってんの…俺かてわかってる。でもしゃーないやん。好きやねんもん。」
「からかわないで。どうせ他の子にもそういうことしてるクセに。」
見透かしたような態度に彼女は苛立ちを覚える。
彼女が気を抜けば彼のペースに飲まれてしまいそうだった。
それでも余裕な顔をして、上から見ているような。つかさは忍足の、そういうところが苦手なのだ。
「からかってるなんて、そんなんちゃうよ…」
「忍足のことは、何とも思ってないから。」
これ以上何も聞くつもりはない。
忍足が何か言おうとしたが、それを遮るように呟いて、つかさは忍足を無視して帰った。
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「藍川さん、おはようさん。今日も可愛いなぁ。大好きやで。」
「…な、」
次の日。朝練に来たつかさは忍足の言葉に危うく叫びそうになる。
一筋縄ではいかない、規格外の人間だとは思っていたが、ここまでとは…彼女は落胆した。
彼を甘く見ていたわけではないが、予想を裏切られた気持ちになっていた。
「あ、あんた昨日あたしが言ったこと覚えてる…?」
「当たり前やん。好きとかよくわからんって話やろ?」
確かにそう言ったが、本質を捉えていないとも思えた。
つかさは、理解していなかったのかと憤慨する。
「だからって諦めへんで?好きになったことないって言うても、好きになられへんワケちゃうやん?」
「何とも思ってないって言ったじゃん!?」
「せやかて、俺の事好きになれへんとは限らんやろ?」
忍足がつかさに迫る。イヤな予感がした彼女はジリジリと後ずさった。
尚も詰め寄り意地悪気に笑う彼に、彼女は逃げるように後退する。
そしてすぐ、背中でフェンスが鳴った。しまった――と彼女が気づいた時には遅かった。
追い込んだ彼は、フェンスに手をつき逃げ場を塞ぐ。
捕まえた…と耳元で呟くと、彼女の心臓がどくんと跳ねた。
「藍川さんに俺のこと、好きになってもらおうと思てな…。俺、負けへんから。覚悟してや?」
至近距離で囁かれ、吐息交じりの低い声が頭を駆け巡る。
声にならない悲鳴を上げたつかさは、顔が熱くなるのを感じていた。