‐パコン…パコン…
乾いた音が響く氷帝学園 男子テニス部テニスコート
今日も部員達は練習に明け暮れていた。
コートを囲むフェンスの外側には沢山の見物人がいる。
そのひしめき合う見物人が感覚を空けている場所が一箇所あった。
そこに食い入るようにしてべったり金網にへばりつく者が若干一名…
「いやいや、怖いって。あんたにビビッて跡部ファンの子達逃げちゃってるから。」
「はあぁ〜、宍戸さんマジカッケ―わ。」
「いや、聞けよ。」
氷帝学園の男子テニス部には絶対的王者がいる。
跡部 景吾、容姿端麗文武両道で更に財力もあるときたら女子にモテないはずがないこの人間は更には男子テニス部の部長も務める。
要は、彼を取り巻くファンが男女問わず沢山居るのだ。
毎日その跡部様のファンの女子が練習を見に来る中、この胡桃沢 美歌は別の人物を目当てとしていた。
「そっちほっといていいの?」
「今、休憩中だから目の保養に来た。」
至極真面目に馬鹿な事を言う…、と呆れた様子でつかさは部員達の練習メニューに目を通す。
彼女が腰掛けるベンチのすぐ後ろの金網がガシャリと音を立てた。
「残念ながら拙者はここまでのようだ…、あとは…頼むっ!」
「何キャラだよ。」
つかさの言葉は耳に入ったのか否か、美歌は女子テニス部のコートに向かって走り去っていってしまった。
女子の方は再開のようだが、こちらはそろそろ一旦休憩の時間だ。
つかさは部員を集めて一人一人にドリンクとタオルを渡していった。
「宍戸」
「なんだよ?」
「水曜日ヒマ?何も予定無かったら付き合ってほしいんだけど」
「別に何もねぇけど、何に付き合えってんだよ…?」
「買い物だよ買い物。」
つかさの物言いに宍戸は少し怪訝そうな顔をする。
その様子を見て、部室の備品を揃えるためだと一言添えた。
「んなもん俺じゃなくてもいいだろ。忍足とか喜んでついてくんぞ。」
「わかってるわおぞましい。とにかく、あんたに頼みたいの。いいでしょう?」
「まぁ…、いいけどよ…」
「よしけってーい!!よろしく!」
休憩終わり!残りも頑張って!と言わんばかりに宍戸の背中を軽く押す。
そのテンションに若干着いていけない様子の宍戸は戸惑いながらもコートに戻っていった。
‐よし…、約束は取り付けた…あとは…‐
つかさはというと、一人ベンチで悪役さながらの悪い顔をしていたのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−
「あいつ…自分から誘っておいて…」
約束の水曜日、HRが終わったら中庭で待つように言われた宍戸は律儀に言われた通りにしていた。
が、肝心の約束を取り付けた本人がまだ見えない。
どのクラスもHRはとうに終わっているはずだ。
これはすっぽかされたのではないかと考え、本人に文句を言うため制服のポケットから携帯を出す。
すると携帯の受信ランプが点灯している事に気付いた。
見てみるとその張本人からのメールが一件
‐ごっめーん!今日どうしても外せない用事があるのわすれてたー!‐
確認するや否や宍戸は怒りでぷるぷる震えだす。
絶対明日文句を言ってやると心に決めた宍戸は、ポケットに携帯を突っ込んでその場を去ろうとする。
「ま、まって〜!!!」
中庭を去ろうとする宍戸を引き留める人物がいた。
宍戸は、その声に気付き振り返る。
少し肩で息をするように宍戸に駆け寄ったのはつかさではなく美歌だった。
「おぉ、胡桃沢じゃねぇか、どした…?」
「いやぁ、つかさに買い物頼まれて」
「あいつ…部の仕事他人に押し付けやがったのか…」
「あぁ、いや!わたしは全然構わないよ!…むしろ好都合というかなんというか…」
後半の呟きは宍戸に届いていない様だったが、等の本人は浮き足立っていた。
どうやらつかさの粋な計らいで美歌は宍戸とショッピングする絶好の機会を手に入れたようだった。
緩みがちな顔を今一度引き締める美歌
「リストと経費はもらってきてるから行こっか!」
リストに書かれたものは近場のスポーツ用品店で揃えられるような何てことはない物ばかりだった。
が、美歌にとっては重大な買い物である。
彼女は前々から宍戸に急接近したいと常々思っていた。
パシリだろうが何だろうが願ったり叶ったりのこの状況に、心踊らせていた。
場所を移して近場のスポーツ用品店。
ここのスポーツ用品店は所謂ショッピングモールの中にある店だ。
大きいとまではいかないが、そこそこの規模があるこの店にならリストに書かれた物も購入が可能だろう。
美歌はリストに書かれた備品を次々カゴの中に入れていった。
「…グリップテープと…、うん!これで全部みたい!」
「んじゃ、会計済ますか。」
さりげなくカゴを取り、レジへと足を運ぶ宍戸に美歌は大いに胸打った。
何てことはない振る舞いなのかもしれないが、見え隠れする宍戸の優しさを垣間見た様だ。
「わり、待たせた。」
「いやいや!全然!」
しかし、同時に落胆もする。
備品を揃えてしまった今、宍戸との楽しいショッピングはこれで終わってしまう。
あとは備品を部室まで運んでお終いだ。
そんな事を考えていると宍戸から思ってもみない提案が飛んできた。
「このまま部室帰ったら本当にパシリになっちまうよな。せっかく付き合わせちまったし…、何か奢るわ。」
「えっ!?い、いいよいいよ!別に嫌々やってたわけじゃないし!」
「まぁ、そう言うなって」
店を出てキョロキョロと辺りを見渡す宍戸と頭の上にハテナを浮かべる美歌。
するとあるものを見つけた宍戸は美歌に待つように言って姿を消してしまった。
「え?なんだろ…」
一人残された美歌は植木の埋まった休憩所なる場所のベンチに腰掛けていた。
平日の夕方にも関わらずショッピングモールは賑わっている。
親子や友達であろう女の子達。
中でも一際美歌の目を引いたのはやはりカップルだった。
「いいなぁ、…クレープなんぞ食いよってからに」
「やっぱり俺の選択は間違ってなかったみたいだな!」
完全に油断していた為に、突然声を掛けられひっくり返りそうになる美歌と目を丸くする宍戸。
宍戸の手にはまさに今見ていたカップル達が仲睦まじく食べていたクレープが握られていた。
「ほら。食いたかったんだろ?」
「あ、ありがとう。」
手渡されるクレープをまじまじ見つめて一口ぱくり。
甘い味が口いっぱいに広がった。
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「てなモンキーつかさ様のおかげですたい。」
「キャラ迷走しすぎな。」
「昨日は幸せなヒトトキでしたトキメキをありがとう!そして!ありがとう!」
「だからキャラ迷走しすぎな。」
翌日、朝のHRが始まるまでのこの時間はほぼほぼ二人の密会タイムである。
美歌の席に向かい合う様にして前の席に腰掛けるつかさは、頬杖を突きながら朝コンビニで買ったいちご味のポッキーを口に入れ パキリと折った。
対する美歌は紙パックのジュースを幸せそうにずずずっと啜っている。
すると突然つかさは折ったポッキーの先端を勢い良く美歌に向ける。如何にも物申す様に。
「てかさぁ、聞く限りまだまだ脈アリとは言えないっ!!!」
「うぐぐ…みなまで言わんでも…」
「まぁ、遠くから見てるばっかりだったし…、進歩と言えば進歩か…」
再びポッキーを口に運ぶ。
二人は窓の外をぼんやり眺めていた。
「でも宍戸さん、よくわたしの名前知ってたなー…」
一瞬、一抹…
二人の空間の中で静寂が生まれた。
美歌が放った何気ない一言が衝撃的だった為だ。
「そっ、そうだよ!?この間宍戸髪切ったんじゃん!?あんたそれまで宍戸と一切関わってなかったじゃん!!」
「そそ、そうだよね!?つかさと居るとこ見かけてたにしても名前知ってるの可笑しくない!?」
「まさか…」
「これは…」
「「割と脈アリなのかもしれない。」」
二人のやり取りに遠くから「コントかよ…」とツッコミを入れる岳人であった。