「俺さ、浴衣着たことねーの!」
始まりは、上鳴のこの一言だった。
近いうちに、地元でそこそこの規模の祭りが開催されるという事で、クラスはその話題がちらちら飛んでいた。上鳴と名前も例外ではない。
「わたし、簡単でよければ着付けできるよ?」
「え!?まじで!?着せて着せて!」
夏も近づくにつれ、祭りに行こう!という約束が各所で結ばれる中、二人の間で交わされる約束事が一つ。
当日、名前は上鳴の家に赴き、着付けをする事になった。
「おう、いらっしゃい!」
祭り当日、予定の時間に名前は上鳴家のインターホンを鳴らす。
ピンクの浴衣を着た名前が玄関に立っていた。
髪はアップ、花の髪飾りまで付けて、普段とは見違えるような彼女を出迎えた上鳴は、高鳴る胸を悟られぬ様抑えつつ、名前をリビングに通した。
「これ、お父さんの浴衣だからちょっと大きいかもしれない。」
「何から何まで痛み入ります…」
風呂敷を解いて中から紺色の浴衣を取り出す。
「上鳴きっと紺似合うよ!」
「お、おう」
どこか緊張した面持ちの上鳴。
それもそのはず、女子の前でパンツ一丁にならなくてはいけないのだから。
果たしてその事に名前は気付いているのか否か。
風呂敷の中から帯やら下駄やらを取り出している名前が、浴衣を手にいざ!着付け!と上鳴の前に立った時。
「あー…」
答えは否だった。
みるみる顔を赤面させる名前に釣られて上鳴も赤面。
そして流れる微妙な空気。
「さ、さぁ!脱げ!」
「きゃー名前ちゃんのえっちー」
「アホな事言ってないではよ脱げ!」
「ウェーイ」
イメージ的には「キャーのび太さんのえっちー」を、思い浮かべていただきたい。
そんなノリで冗談をかますも、ぺしんっと軽い音を立てて頭を叩かれる。
そして上鳴は口を尖らせこれ以上巫山戯るのをやめて、いそいそと着ていたTシャツを脱ぐ。
ホラ、と前を向き直した上鳴に、名前の心は高鳴る。
流石、雄英の生徒と言えよう。肉弾戦向きの個性じゃないにしろ、しっかり鍛えられたその肉体はいい具合に引き締まっている。
上鳴は、クラスの中では細身な方だが、やはりそこは男子というわけだった。
「はい!これに腕通して!そんで通したらこっち向いて!」
そして、漸く上鳴の着付けを開始。
謙遜しておきながら名前の手際はとてもいい。
(ンン…これは、思ったよりも…)
今現在、上鳴電気は色々とヤバかった。
襟を合わせる時、特に帯を回す時…どうしても密着しないと出来ないそれに思春期の男子は、色々耐えていた。
ピタと密着した時、ふわりと香る名前の清潔感のある香り。女性特有の柔らかな肌。
なんとかして、気を紛らわせないと持たないと思った上鳴は、色々思考を巡らせ話題を探す。
「着付けのお礼にさ!」
「ん?」
「現地でなんでも好きなの買ってやるよ!」
「えっと…、じゃあ、チョコバナナ」
わざとか?わざとなのか?
チョコバナナを、頬を赤らめながら強請るんじゃあねぇ…っと、思春期男子心の中でそう呟き歯を食いしばる。
この緊張を解く為うっかり「バナナならここにあるじゃん」と冗談めかして股間を指差しなんてしてみろ…青春は一瞬で塵と化す。
そう、今更ではあるが、上鳴は名前に気がある。
ある故、いつもの調子でいって失敗したくないと考えていた。
しかし、頭の中がもはやぐちゃぐちゃになっている上鳴は、何が最善か、どうするのが吉か判断がつかなくなっている。
普通にしていればいい…ん?普通って何だ!?状態だ。
するとパッと名前の身体が、上鳴から離れた。
「はい!終わり!似合うじゃん!」
「お、おう…」
心の片隅で、もう終わりかと残念に思う自分がいることに気付いて、オイ俺どんなけだよと、頭の中で上鳴は一人、突っ込む。
(大丈夫かな…俺)
この後、現地で祭りを楽しんで、花火を見て…名前に思いを告げる予定なのだが、早くも不安になってくる。
それも、早く行こう!早く行こう!とぴょんぴょん飛びながら急かしてくる名前の前に消し飛んでしまうのだから不思議だ。