職員室の窓から見える空は、次第に濃紺へと変わろうとしている。
ふと、遠くで太鼓の音が聞こえて、名前は大きくため息をついた。

「あー、せっかくの夏祭りなのに教務員は残業かぁ…」
「しょうがねぇだろ、文句を垂れるな。」

嫌気がさして机に突っ伏していると、整頓されたファイルの向こう側から低い声が聞こえてきた。
名前の向かいの席、1-A担任であり彼女の恋人である相澤消太だ。

「へーい。相澤せんせーぇ」

机に耳をつけるとペンを走らせる音がよく響いて聞こえた。

「…苗字、仕事全部片付けたら俺の部屋来い。」

さっきとは違う優しい声で囁くように言われ、名前は思わず顔を上げた。
向かいの彼の顔は見えなかったが、よくよく聞いてみるとペンの音はいつも彼が刻むそれより幾分か早い。

(なにそれ、期待しちゃうじゃん)

すっかり頭が冴えた名前は、急ピッチで終わらせようと、目の前の仕事に再び手をつけた。







仕事を終え寮に戻った彼女は、言われた通り相澤の部屋へ向かう。
心が浮き立つのを抑えて、少し辺りを見回してからドアを叩いた。
ガチャッと扉が開くと、ラフな格好をした彼が出迎える。

「お疲れ様っ!とりあえず、私の部屋にあるビールとか持って来たよ!」
「おう、入れ。」

相澤は腕で扉を支え、名前を招き入れた。
部屋の中は整頓されているが、むしろ飾りっ気のない地味な内装だ。

「相変わらず、殺風景な部屋だなー」
「悪かったな。」

後手にドアを閉め、きまりが悪そうに頭を掻く相澤。
そんな彼をよそに名前は持ってきたビニール袋をテーブルに置くとガサガサとあさる。
その音に紛れ、鍵をかける音が妙に耳に付いたが、気にしないでおくことにした。

「とりあえず、飲むー?さっき冷蔵庫から出したばっかだから冷えてるよ!」
「ああ、ベランダで飲もう」

相澤は袋からビールを取り窓を開けると、ぬるい湿った風が吹く。
名前も残りの缶を冷蔵庫に入れベランダへ出ると、彼がだるそうに髪を一つに縛っていた。

「カーーッ!効くぅ〜」

名前は缶チューハイを開けて勢いよく飲み、眼を細める。
ほのかな酸っぱさと独特の爽やかな香りが広がり、炭酸が体に染み渡っていく。

「中年かお前は」

ベランダの手すりにもたれる名前の隣で相澤が缶ビールを開けながら指摘する。

「いやいやぁ、教師やってたら色々ありますし、こうでもしないとやってけません!」

唇を尖らせて、ふてくされる名前を尻目に、彼は時計に目を落とした。

「そろそろか…」

相澤が視線を空へ戻すと夜空に花火があがるのが見えた。
開いた花の先が、星のようにきらめいて消えていく。
少し遠いのもあり、花火の破裂音が間の抜けたときに鳴った。

「今ごろ生徒達は現地でイチャコラしてるんだろ〜なぁ〜」

花火の音に紛れて、彼女はまたしても中年のように呟く。
相澤は一気にビールを飲み干すと室外機の上に空き缶を置いた。

「大人には大人の楽しみ方ってもんがあるだろ」
「へぇ?例えばぁ?」
「…例えば、」

おどけたように言う名前の手首を捕まえ、引き寄せる。
彼女の手首を掴んだまま、もう片方の手で顎を上げて、目線を合わせる相澤。
キスをされるとわかって、名前は目を閉じる。
唇に触れる直前に聞こえたのは、吐息混じりの甘い彼の声。

「こういう事とかな」

彼と唇が触れ合ったと思えば早々に舌を入れられる。
それに合わせるように、身体が覚えているままに彼のキスに応える。
ヒゲがちょっと痛いとか、ビールが苦いとか考えていたが、彼の手が名前の腰を撫でて服の中に入ってくると、彼女から余裕が消える。
腰の真ん中を指で円を描くように優しく撫でられると、くすぐったいのか気持ちいいのか、声が漏れてしまいそうになる。
その手を逃れようにも、左手は彼に掴まれ、右手はチューハイの缶を持っているので跳ね除けることもできない。
背骨をなぞるように指で刺激され、名前は舌を絡めることもできず、されるがままになってしまう。
花火の上がる音と、唾液が入り混じる水音に、彼女の官能的な声も合わさっていく。
彼は満足したのか、せつなそうな吐息と共に唇が離れる。
その拍子に名前は胸に解放感を覚え、背中を弄っていた彼の指がホックを外したのだとわかった。

「なっ!ここベランダだよ!?何考えてんの!?」
「名前」

声を荒らげる名前に、相澤は片方だけ口角を上げて、意地悪な笑みを浮かべる。
明日は休みだな、と楽しそうに言う彼の、言葉の意味を理解した名前は顔を真っ赤に染め上げた。

「ばかじゃないの…」