「おら、濡れンぞ」
「ん、あ…ありがとう」

名前が金魚を追いかけ、容器を持ったまま動いて、裾が水に着くところだったのを爆豪がすかさずたくし上げた。
彼が手を回し腕に触れたおかげでそれを防ぐことができたが、同時に彼女に緊張感を与えてしまったようだ。
いろんな意味で心臓が高鳴り、結果…手の震えが伝わってしまったらしい。
金魚に逃げられた名前は、小さな水しぶきと共に、あぁーと盛大に声を上げた。
彼女が破れたポイを見つめるのも、これで通算7回目。
とうとう痺れを切らした爆豪が、彼女の頭に軽くチョップを食らわせた。

「ヘッタクソ。代われ。」
「え?できるの?」
「あぁ?馬鹿にしてんのかテメェ」
「なんか爆豪くんてこういう繊細なこと苦手そう」
「言ったなコラ?」

そう言うと爆豪は100円玉を名前に渡した。彼女は目を輝かせて100円玉を受け取ると、もう1回お願いします!と店主に支払いを済ませ、ポイを受け取った。
それを、爆豪に差し出す。
そして名前からポイをひったくると、指先でクルクルと回して、水槽を覗き込む。

「どれがいンだよ」
「あの元気に泳いでる赤い金魚!」
「ハッ、余裕」

ニヤリと口角を上げて、水面近くを泳ぐその金魚に狙いを定める。
ポイの裏表を確認し、そっと斜めに水に浸す。
水の中では紙に負担をかけないように、抵抗を受けないように動かす。
金魚は吸い込まれるようにポイの上に乗った。

「すごい…なんで破けないの…魔法みたい…」
「大袈裟だ、バァカ」

水面から、ポイを浮かす。
金魚がポイの上で暴れるのを見て、隣で名前が生唾を飲んだ。
水を切りながら、且つ金魚は落とさないようにして器まで運ぶ。実に繊細な動きである。
ポチャン…と、小さな音を立てて器に金魚が落ちた。
金魚が入った器を名前に見せる爆豪。

「おら、これで満足かよ」
「わぁあ…ありがとう!うれしい!」
「フン」

ぱあっと笑顔になるのを見て、爆豪は鼻を鳴らしながら通りへ出て腕を組み待つ。
名前は店主に金魚を袋に入れてもらうと、笑顔でお辞儀をして爆豪の元へ向かう。
彼が進み始めても、袋の中の金魚を眺めていると、呆れたような声で問いかけられた。

「つーか、金魚なんざ取ってどうすんだよ」
「飼う」

二つ返事で即答した名前に彼は、わっかんねえな…と小さく呟いた。

「そうだ名前つけなきゃ。んーと…あ、爆豪くんに取ってもらったから、カツキにしよう!」
「はァ!?」

それこそ予想外だったようで、爆豪は彼女を横目で睨んだ。
名前としては、この金魚を「カツキ」とすることで、爆豪の名前を呼ぶ練習をしようと考えたのだ。

「紛らわしいだろーが。ヤメロ。」
「爆豪くんは爆豪くんなんだから、別に紛らわしくないでしょ?」

その言葉に尚やめろと拒み続け、明確な理由を示すために、声を大にして言った。

「じゃあお前これから俺のことは下の名前で呼べ。」
「えっ」
「だからそいつには別のを考えろ。」

名前の足が止まる。彼女にとっては願ったり叶ったりな話である。
彼の名を呼びたくて、呼べなくて、だから金魚にその名前をつけようとしていたのだ。
しかもそれを彼の方から言ってくるなんて…と名前は、胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。
これは、ひょっとしてひょっとするんじゃないか、なんて考えてしまう。

「わかったな?」
「う、うん」
「わ か っ た な??」

名前の返事が気に食わなかったのか、眉間にしわを寄せながら振り向く。
彼女も、未だ呼び慣れないその名前を、消え入りそうな声で呼ぶ。

「わ…わかったよ…か、勝己くん」
「……よし」

…何はともあれ、満足げに笑った爆豪のその笑顔を見るだけで、胸がキュンとする名前なのだった。