初心忘れるべからず
さて、やるか。そう意気込んで100円玉を数枚機械に投入した。
カード読み込み画面が映った所で、懐から専用のカードを取り出し機械にかざす。
画面に映し出される自分の名前。そして、レート。
音ゲー民は、大抵このレートを上げるのに必死になる。
レートというのは自分の腕前を数値化したものであるからして、玄人レベルの音ゲー民はもはや純粋に音ゲーを楽しんではいない。
「そう…、音ゲーとは戦なり」
自分のデータは、最高難易度のロックが外された曲がズラリと並んでいる。
これでもまだまだなのである。
未だクリアした事の無い曲を選択し、スゥーと息を吸う。
そして、曲が始まる前にボタンを叩き反応を確認。
自分の脳内で、戦国時代でよく聞く開戦の法螺貝の音が聞こえた気がした。それまでに本気である。
この音ゲーは円状にボタンが配置されていて、ボタンかもしくは画面タッチでノーツを叩いていくゲームだ。
画面中心部からノーツが画面端まで飛んでくる。それが規定のラインまできたら叩いて音を奏でるのだが、高難易度になってくるともう目が回る。正直、目が回る。
それが漸く目で追えるようになったのだが、今度はなかなか手が反応しない。
音ゲーは八割方覚えゲーとはよく言ったもので、実際その通りだと思う。
上達する一番の近道は、回数を熟す事だった。
そして、わたしは只管ノーツを、ボタンを叩く。
「だめだ…全然クリア出来ない、この曲…」
作ったの誰だ…と言いたくなる。ホントに。
「ちょっと飲み物でも買いに行こ…」
また、根を詰め過ぎるのも良くない。
ゲームを終えたわたしは、気分転換の為に店内にある自販機まで足を運び炭酸ジュースのボタンを押した。
ガコンと音を立て取り出し口にドリンクが落とされる。
それを取り出して、蓋を開けて一気に喉に流し込んだ。
「はぁ〜…、どうやったらあの曲クリア出来るんだろう…」
自販機の横に設置されたベンチに座り、文字通り頭を抱える。
たかがゲームじゃないかと言われればそれまでだが、わたしは人よりのめり込み易い様だ。極めるまでは気が済まない性分をしていた。
今日は、あと一回やったら帰ろう…そう思い、先程のゲーム機まで戻る。
さっきまではわたし一人しかプレイヤーが居なかったのだが、今は一人先客が居るようだ。
プレイの邪魔にならないように一つ離れたゲーム機に小銭を投入しようとすると、隣から…
-ニャーニャー♪ニャーン♪ニャーニャニャー♪
そう、このゲームはノーツを叩いた時に出る音を設定で変えられるのだがその中に猫の鳴き声がある。
わたしは気が散ってしまうのでデフォルト音でプレイしているが、中にはこうやって音を変える人も珍しくはない。
何の気無しに隣を見てみるとこれは驚き。
「心操…くん!?!?」
「え…っ!?」
顔見知りだった。
髪をオールバックにしていつも気だるそうな彼…そんな彼の手元から猫の鳴き声…
に、似合わない…とてつもなく似合わないぞ…心操人使。
しかし、そんなわたしの考えも次の彼の一言と表情で吹き飛ぶ。
「ちょ…っ、これ…忘れてくれ…っ」
顔を真っ赤にして…その顔を隠すように手の甲を口元に当てる彼。
ごめん、不覚にも萌えた。
「心操って…」
彼の前のゲーム機からは音楽とノーツが流れるも、そのノーツは叩かれる事なく規定ラインを過ぎ去っていく。
無論、猫の鳴き声もしない。
「猫好きなの…?」
わたしの何気ない一言に、心操は耳まで真っ赤にして手を当てていてももう隠し切れていない。
そして、そんな彼の初々しい反応を見て思うのだった。
(初心に帰ろう…。)
以後、わたしと心操が音ゲー仲間として放課後よくゲームセンターに集まり、二人でプレイして親睦を深めていくのはもう少し先のお話である。