とある出逢いの物語

 三千人将の地位に上がった名前は、騰に言われて己の隊を作ることになった。千人将になった時は騰軍から兵士を借りていたのだが、本格的に隊を作るとなるとそれでは駄目だそうで。自分で人を選び、更には副官となれる人物まで連れてこいと命が下ったのであった。

「って言ってもなぁ……。あまり王騎軍以外の人って知らないし……」

 もう一つ別の軍の人間を少しだけ知ってはいるが、その者らを頼るなど天地がひっくり返っても有り得ない。故に名前は此処へ来て外の世界にあまり関わってこなかったことを後悔した。

 秦趙同盟が締結された後も、他国との小競り合いはもちろん続く。名前はここ連日頭を悩ませる日々に飽き飽きしたこともあって、騰に黙って城を飛び出し、その小競り合いに参加したのである。
 身分を隠し、名を隠し、知らぬ将軍の下に付き、一歩兵として戦場を駆ける。己の得物である“隗月”を思い切り振り回すことのなんと気持ちいいことか! 久方振りの高揚感に酔いしれながら敵を倒していくと、不意に馬に乗った兵士が囲まれている姿を見つけた。

「(いち、にぃ、さん……三人だけ? もっと固まって動かないのかな……)」

 自分の知る戦法とは少し違う光景に、頭を捻る。けれどすぐにその意図が分かった。

「(違う。固まって動かないんじゃない、動けないんだ…!)」

 どうやらあの三人を疎ましく思っている味方兵がいるようで、彼らは下卑た笑みを浮かべながらその三人が死ぬ様を今か今かと待っている。男のくせにネチネチした野郎だな、と口悪く罵りながら助けに行くかと足先を向けると、その三人は互いに背を合わせて豪快に武器を振るった。
 舞う血飛沫。地を鳴らす馬の足音。死にゆく者の悲鳴。それら全てを受け止めながら、三人は訪れる“死”をこじ開け、“生”に向かって必死に抗っていた。

「────………」

 心臓が強く波打つ。ここが戦の真っ只中だというのに、名前の目はもう彼らしか映っていなかった。
 しかし敵の数があまりにも多すぎた。三人とも体力の限界を迎えようとしているのか、得物を振るう力にキレがなく、表情も苦しげに歪んでいる。あの状況を作り出した味方兵はまるでやっと死ぬのかとでも言いたげに、とても愉しそうに眺めていた。

「──あぁ」

 ダッと地を深く踏み込み、蹴り上げる。騎馬兵達の中に歩兵が突っ込むなんて正気の沙汰では無いが、名前には関係なかった。的確に敵兵の馬の脚の腱を斬り、落馬する瞬間に首を刎ねる。上から振り下ろされる刃を己の斬馬刀の柄で受け止めると、そのまま力任せに跳ね飛ばして目の前にある体を袈裟斬りした。

「誰だ貴様はァ!!!」
「うるさいなぁ」
「何だ此奴っ、ガッ……!」
「あーもう邪魔!」

 そうして苛つきのままに前へ進めば、三人のうちの一人の武器が弾き飛ばされる。あんな敵に囲まれた場所で武器が無いなんて、殺してくれと言っているようなものだ。他の二人が慌てて守ろうとするが、敵兵とてそれを許すほど甘くはない。
 武器のない男が死を覚悟するよりも早く、敵の刃が振り下ろされようとした。

 ──ギィィイィン……!

「……………え…?」

 その声は、一体誰がこぼしたものだろうか。死の直前だった男の前には、敵の血で真っ赤に染まった甲冑と、高い位置で結われた薄藍色の髪が風に吹かれて優しく揺れていた。

「楽しそうじゃん、わたしにもやらせろよ」

 紺藍色がきらりと輝石のように輝き、挑発的に細められる。男の首を斬り落とす筈だった刃は、女の身の丈に合わないほど大きな斬馬刀によって受け止められていた。
 ──そこからは圧倒的だった。蹂躙、とも呼ぶべきか。名前が腕を振るえば武器がそれに応え、地面を敵の血で赤く染め上げる。その強さは、最早此度の戦において一級と言わしめられるものであった。



 敵軍が撤退し、秦軍の勝利が戦場に伝わる。三人の男はホッと一息吐いたあと、誰かを探すように周囲を見渡した。
 すると、近くで誰かの慌てた声が聞こえてきた。思わずその方角を見れば、そこには今まさに自分達が探していた人物が話の中心に立っていた。

「なっななな、何でこんなところに………!?」
「えーっと……ちょっと身体を動かしたくて……」
「こ、この事を騰将軍は……?」
「知らないんじゃない? 言ってないし」
「なっ………何をしてるんですか!!!」

「あの!」

 見えない話の終わりに、我慢できずに話しかけたのは三人のうちの一人。戦中、敵に武器を弾き飛ばされて名前が庇ったあの男だ。声をかけられた名前はチャンスとばかりにそちらを見れば、彼女も覚えていたのか「あ、あの時のヤツじゃん」と目を丸くする。

「お前ら、いつもあんなことされてんの?」
「え、あ……まぁ……」
「ふーん、大変だね」

 まぁ頑張れ、と他人事のようにひらりと手を振る名前は、それで話を終わらせようとしているようで、それは駄目だと恥も捨てて彼女に迫った。

「ぼっ、僕は海羅と申します! 急で申し訳ありませんが──僕を貴女の臣下にして下さい!」
「ばっ海羅テメェ! 抜け駆けすんなよ!」
「うるさい、言った者勝ちだろう」
「チッ…! 俺も! 俺は左迅、なあ、俺も臣下にしてくれよ」
「俺は右舷。どうか、俺も臣下にして頂きたいです」

 急に頭を下げられ、挙げ句の果てには『臣下にしてくれ』ときた。これには名前も予想外のことすぎて二の句が言えない。最終的には“どうしよう”という目で先程言い争っていた男に目で訴えた。

「ハァ……。お前達、このお方がどなたか分かっているのか?」
「? さぁ、歩兵だから百人将とか?」
「違う」

 左迅の言葉をバッサリと切り捨てると、男は頭が痛いと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。

「このお方は名前様。かつて王騎軍にて刃を振るい、現在は三千人将として騰軍が名前隊を率いておられる武将だ」
「は………」

「「「ハァァアア!?!?」」」

「わはは、いい反応するね」

 名前の肩書きに驚く三人を、当の本人はとても楽しそうに笑って見ていた。けれどすぐにその表情は引き締まり、彼らを値踏みするようにじっくりとその瞳に映す。

「……まだまだ武器の使い方も馬上での戦闘も、わたしから見れば荒削り。わたしの下で戦うには鍛錬が足りない」
「ッ…………」
「まぁでも、騰軍うちで訓練すればそのうち嫌でも強くなるでしょう」
「……………、………………え?」
「え?」
「それって、つまり……」

 いつの間にか下に向いていた目線を上げれば、戦場とはまた違う、年相応の笑顔を浮かべる女がいた。

「うん。これからよろしくね、海羅、左迅、右舷」

 「てなわけで、コイツら貰ってくね」と男に軽く報告すれば、男はそれはそれは重い溜め息を吐いた。

「騰将軍には何と説明されるのですか……」
「拾ったって言えば良くない?」
「後で何言われても知りませんからね、俺……。それで、副官はどうされるので?」

 この男、実は騰軍の者だった。戦前に此度の総大将に頼まれ、こうして単身で戦に参加していたのである。だからこそ名前が今騰から言われていることも勿論知っているのだ。

「副官ねー……副官……」

 顎に指先を掛けながら悩む名前は、若干放置気味だった男三人を見てピッと指を差した。

「コイツらでいいじゃん」
「名前様! そろそろいい加減に……!」
「ねぇ、」

 にんまりと良いことを思いついたと言わんばかりに顔を寄せる名前に、海羅達は頭にハテナを浮かべる。

「臣下にしてやってもいいけど、その代わりにわたしの副官になってね」
「「「………………は??」」」
「ほら、それにわたしの副官になったらさ、あんな奴ら一瞬で倒せるくらいには強くなれるよ」

 あんな奴ら、と言いながら名前が見た先には、先の戦で海羅達を嵌めた男達だった。名前の正体が分かったのだろう彼らは、海羅達を見て鬼のような形相で睨んでいる。

「──わたし、強くなりたいの。だから、お前達の力も貸してちょうだい」

 夕焼けの空が、彼女の髪を柔らかな色に染める。その神秘的な光景に、三人は目を奪われた。

「我が隊の進む道を作り、わたしの背中を預けられる。そんな副官が良いと思っていたの」
「そのような、大役を……何故、僕らに……」
「んー……」

 脳裏によぎるのは、戦での三人の戦い。三人が三人を信じ、前だけを見て足を踏み込むその様は、とても──とても、かっこよかった。


「直感!」


 夕焼けが星空へと変わり、世界を夜が支配する。その間際に浮かべた彼女の表情を、言葉を、三人は一生忘れる事はないだろう。