今だけは微睡んでいたい

今日も今日とて、“焔ビト”となってしまった鎮魂が派手に行われた浅草。纏で家が壊れてしまうことも日常茶飯事で、名前もトビ達と一緒に修復作業へ駆り出されていた。

「瓦礫や木屑を集めてくださーい! 纏めて燃やしちゃうので!」
「あいよ!」
「おーい、使えねえ木屑持ってこい! もう燃やしちまうぞ!」

声を掛け合い、思ったよりも早く集まった瓦礫の山を前に、名前は着物の袖を今一度まとめ上げる。燃やすだけならば何の操作もいらないと、彼女は「『ファイア』」とただの炎で瓦礫を包んだ。燃え広がる可能性も危惧して、燃え滓になる前に「『アイス』」と冷たい炎で凍らせた後、再び木の運搬作業へ戻った。

「よう、精が出るな」
「紺炉さま! 詰所の方はどうですか?」
「問題なく回ってる。それより第8のシンラとアーサーが来てるから、会いに行ってやればどうだ?」
「……シンラ? アーサー?」

きょとんと“誰ですか”と言わんばかりの表情に、紺炉は額に手を当てて深いため息を吐いた。そういえばこういう奴だったと思い出したのだ。
彼女は浅草に関わる人間の全てを覚えているのに、外界、つまり浅草以外の人間にはとことん興味が無い。共に死闘を戦い抜いた第8の連中もぼんやりとは覚えているだろうが、名前と顔までは一致していないのだろう。

「……いえ、シンラ…ああ! シンラ!」
「思い出したか?」
「はい。わざわざありがとうございます、紺炉さま。ではお言葉に甘えて詰所に行かせて頂きますね」

持っていた木を運び終えると、名前はいつもの足取りで詰所へ向かった。正直彼女がシンラを覚えていたことを奇跡だと思っている紺炉は、そう言えばアーサーことは思い出さなかったなと思いながら、修復作業に加わった。



詰所に着くと、何かを打ち合う音が奥から聞こえてきた。縁側にいると当たりをつけた名前は、冷たい飲み物を用意して向かう。するとそこには紅丸と少年二人が稽古をしていた。
名前が来たことにすぐに気がついた紅丸は、向かってくる二人を思い切り後ろへ弾いて彼女の下へ。

「来てたのか、名前」
「はい、紺炉さまに教えて頂きました。まずは冷たいお茶をどうぞ」
「あぁ、悪いな。お前らも飲め! 水分不足で倒れたなんて言い訳はさせねェからな」
「「はいっ」」

シンラとアーサーにそれぞれお茶を渡す名前。すると紅丸がふと彼女に訊いた。

「名前、お前こいつらを覚えてるのか?」
「新門大隊長? 何ですかその質問…。仮にもあの日一緒に戦いましたし、忘れてるなんて――」
「そちらの黒髪の少年は覚えておりますが……すみません、そちらの金髪の少年は……」
「ハハハハッ! あっアーサー、お前っ…忘れられてるじゃねーか!」
「なん、だと……! 悪魔を覚えていて騎士を覚えていないなどあり得ん!」

心底ショックを受けているアーサーを横目に、紅丸は違和感を覚えた。普段浅草の人間以外忘れっぽいのが名前なのに、なぜシンラは覚えている?

「何でシンラは覚えているんだ?」
「シンラさまはアドラバーストを持つお方ですので、自然と覚えてしまいました」
「あぁ、そっちか」

名前の返答に納得した紅丸は、どこか安心したようにお茶を飲んだ。確かに、元伝導者である名前にとってアドラバーストを持つシンラは謂わば“標的”。嫌でも覚えてしまうだろう。

「なら、お前もこれに参加するか?」
「いえ…、わたしでは紅丸さまのお邪魔になってしまいます。ですが、ここで拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。オラ、さっさと茶ァ飲んで再開するぞ。時間は待ってくれねェんだからな」

そうして三人は、日が暮れるまで打ち合い続けた。







夜、打ち合っていた縁側で腰掛ける名前の横に、誰かが静かに座った。いつ見ても着流しがとても似合う人だと思いながら、名前は夜空に瞬く星を見上げる。

「――怖いか?」

ふと、隣に座る男――紅丸がそう問いかけた。唐突なそれに、女は戸惑うことなく首を縦に振った。

「とても怖いです。シンラさまが力を付けていく度に、物語はどんどん加速していきます。それは誰にも止められない……。火のついたそれがこの浅草をまた火の海にしてしまうのではないかと思うと、とても怖くて堪らないのです」

自分を殺しに来るならまだいい。けれどそのせいでまた浅草が巻き込まれてしまうのではないか。名前はそれだけが不安だった。

「紅丸さま」
「わたしはこの浅草が大好きです」
「トビの方々も、お饅頭屋さんのお婆様も、第7の方々も、紺炉さまも大好きです」
「そして、紅丸さまを――いっとう愛しているのです」

一息にそこまで言い切った名前の肩を、紅丸はグイッと自分の方へ引き寄せた。簡単に彼女の身体は傾き、温もりが伝わってくる。けれど女の瞳からはしとしとと雨が降り注いでいた。

「いつも言ってンだろ。俺には本音だけ言えって」

ひくり、と喉が鳴った。

「べ、……っ、べにまる、さま」
「あァ」
「…、っ……こわい、です…」
「あァ」
「はうめあも、かろんも、しょう団長も――伝導者も、ぜんぶ、ぜんぶこわいですっ……!」
「あァ」
「でも一番こわいのは、あなたを……紅丸さまを失うことですっ…」

ああ、自分はこんなにも臆病だったか。
他人が死ぬことなんてどうでもよかった。仲間だった伝導者の一味だって、自分には特に思い入れがなかった。

「いや、いやですっ……〜〜っ、べにさまが死ぬのも、わたしがしぬのも! ふ、っ…ぅ、べ、べに、べにまるさまと、いっしょにいたい、しにたくないっ…!」

どんなことだって耐えてみせるけれど、貴方を失うことだけは耐えられない。

「死なせねーよ。お前も、俺も」
「べに、さま………」
「そもそも死ぬことを前提に物事を考えんな、バカ。俺が誰に殺されるって?」
「う……」
「白装束だか伝導者だか鬼の焔ビトだか知らねェが、この浅草で好き勝手するのはこの俺が許さねェ。だから――」

肩に回る腕の力が強まり、より一層二人の距離が縮まる。力強く感じる彼の存在に、名前は思わず顔を上げて隣の男を見た。

「名前はいつも通り、ここで飯でも作って俺たちの帰りを待ってろ」

その声も、その言葉も、その約束も。いつか蝋燭の火のように消えてしまうものだとしても。
今のわたしには他の何よりも神様の言葉に聞こえた。