「よし、終わった」
刀を空に掲げて、たっぷりと陽光を浴びせる。キラリと光が反射する刀身は、手入れをされてまるで喜んでいるかのようにも見えた。
その様子を木陰で見ていたゾロは何かを思いついたようで、ニヤリと口角を上げると座った姿勢のまま「おい、名前」と名を呼ぶ。「んー? 何?」同じ体勢を取っていたからか、腕を突き上げてぐんと伸びをしながら返事をしながらゾロを見ると、途端にその顔は嫌そうなものへと変化した。
「(なんか、すごく嫌な予感が……)」
「おれと打ち合え」
「ほらやっぱり! やだよ!」
「何でだよ! いつか鍛錬するっつー話しただろ!」
「疲れてんの! 分かる!?」
「ミホークの弟子なら相手に不足はねェ。やるぞ」
「会話のキャッチボールができないんですけど!」
嫌だと駄々をこねる名前を無理やり引っ張り、甲板の拓けた場所へ連れて行く。ズゥン、と負のオーラを纏う名前とは対照的に、ゾロはキュッと頭にバンダナを巻いて戦闘モードに入ろうとしている。ちらりと男を見上げると、その目は「はやくやれ」とギラギラしく語っていた。
「……貸しだからね」
「おう」
短いやり取りだが、二人には充分だった。ゾロは三振り目の刀を口に咥え、名前は手入れが終わったばかりの“
「“槍雷閃!”」
「“煉獄鬼斬り!”」
鋭い一閃が駆け抜ける。目視できないほどの速さを誇るゾロ二振りの剣撃を、名前は見事に撃ち返して二撃目を繰り出す。最初から避けられると思っていたのか、ゾロも素早い切り返しで追ってくる攻撃に耐えた。
「ハアァァッ!」
「(――ッ、重てェ! これがミホークが、あの大剣豪が認めた女の強さかよ……!)」
「ほらほらどうしたの! 攻撃が単調になってきたよ、ゾロ!」
「クッ……」
「ミホークに言われなかった!? 大振りな攻撃は、避けられる前提で放てって! その後にくる反撃を想定し、技と技を調整する!」
「ッ………!」
「全ての一撃を、必殺の覚悟で斬り込め!」
互いの黒刀がぶつかり合い、火花を散らす。鈍い光を携える名前の双眸が、ゾロの瞳を捉えて離さない。
ともすれば決死とも言える二人の鍛錬は、水平線に日が沈むまで続いたのであった。
「あーーっクソ!」
「にはは、どんまいっ」
「次は必ず勝つ!」
「その頃には私も強くなってるから無理だね」
「無理じゃねェ」
「無理無理。だいたいゾロはこれもらったの?」
そう言って名前が取り出したのは、使い古された分厚い本。表紙は薄汚れ、ページは所々擦り切れている。それほど使い込まれた本に、ゾロだけでなくルフィやロビン達も興味を持った。
「何だァこれ?」
「ミホークからもらった、鍛錬ブック。ルフィとコルボ山にいた時も持ってたよ」
「鍛錬ブックゥ〜〜〜??」
「戦法や日々の鍛錬の仕方まで、びっしりね」
「そうなの。私がミホークの弟子になってからすぐに渡された物なんだけど、これがまた凄くて。サボったら強制的に倍だし」
「これを数日に分けてやってたのか?」
「違うよ」
「じゃあ年単位?」
「違うってば」
強く否定され、質問していたフランキーは頭にハテナを浮かべるばかり。周りで聞いていたバルトロメオ達も同じように首を傾げるが、そんな彼らに向かって苦笑しながら答えた。
「一日」
「ハ?」
「だから、その本の内容を一日で全部こなすの。それがミホークから言われた修行」
あまりにも現実味のない話に、皆の目が点になった。つまり彼女が先程言った“倍”というのは、これを二回しなければならないということで――。
「どんな修行してんだよお前……」
「し、仕方ないじゃん! ゾロだってもう知ったでしょう!? ミホークの常識の無さ!」
「あーーー………」
「あの人、これが普通だって思ってるの! これ渡されたの私がまだ子どもの頃だよ!? ルフィにも会ってない時期の私にこれを渡すんだよ!?」
涙目でかつての自分のしんどさを訴える名前に、ゾロは曖昧に返事をしながらやっと納得した。
自分よりも強い女。その力の正体は何なのかと思っていたが、なるほど、幼少期からこんな修行をしていれば嫌でも体力も技術もつく。ミホークが狙ってやったかは分からないが、この本を毎日こなしていたということは、忍耐力も人並み以上に育つ。
未だに自分に訴えかけてくる名前を適当にあしらい、酒を飲みながら鍛錬ブックに集まるロビンやフランキー達へ視線を移す。
「(……明日、借りてみるか)」
あの内容を一日行うだけでも相当な鍛錬になる筈だ。
ごくりと喉を鳴らしながら酒を嚥下し、近くにある名前の頭を乱雑に撫でてやった。途端にぽかんと口を開けて間抜けな顔をする仲間に、ゾロはニッと目を細めて笑った。