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※何でも許せる方向け
※真名バレ有り
人理保障機関“カルデア”。その存在を知ったのは戦いの最中だった。
日本の冬木で行われていた、何でも願いを叶えてくれる願望器“聖杯”を巡る戦争。その戦いに身を投じていたなまえは、相棒である己のサーヴァント・アサシンをぼやけた視界で見上げた。
「ふ………なんて顔してるの、アサシン」
「だって主人が! っ……やっぱり、こんなことなら主人の足を折ってれば――」
「だめ。それをしたら嫌いになるって言ったでしょう?」
「それでも良かった!」
「燕青」
綺麗な綺麗な微笑みだった。真名を呼ばれたアサシンはヒクリと喉を鳴らし、請うように柔らかな肢体を抱きしめた。血で汚れたそれは、彼女が命を賭けてでも戦ってくれた証だ。
嗚呼、自分の身体が足先から光の粒子となって消えていくのが分かる。けど、だけど、俺は。
「だいじょうぶ。つぎも必ず会えるよ」
「ぜってぇ嘘だ……」
「うそじゃないよ。だって燕青はそれを望んでくれたんでしょう?」
優しい声がどんどん遠くなる。もっと聞いていたい、もっと抱きしめていたいのに。もう光の粒子は上半身にまで到達している。
「主人、あるじっ……!」
「しばらくの別れだよ、燕青。――わたしのサーヴァント」
口横に掠めるようなキスが落とされる。アサシンが最期に見たのは、やっぱり彼女らしい暖かな微笑みだった。
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カルデアにやってきて、一日が目まぐるしく過ぎていく。魔術ばかり学んできた自分にとってパソコンなんて使ったことはからっきしなのに、なぜか技術部門に追いやられてしまった。毎日誰かに教えてもらうばかりで、いつまで経っても上達しない。そのせいで周囲からは「落ちこぼれ」だと認識されているが、なまえは全く構わなかった。
自分がカルデアを知ったのは、冬木で行われていた聖杯戦争に参加していた時のことだった。カルデアはなまえの戦闘センスや魔力量などを鑑みて、マスター候補生として勝手に登録したのだ。
『貴女をカルデアのマスター候補生にしました』なんてとんでもない事実を手紙で送りつけられたなまえの心情は、良くなかったとだけ言っておこう。
さらに言えば、彼女は聖杯戦争の真っ只中。生きるか死ぬかの瀬戸際にいたのに、そんな先のことなんて考えられるかと手紙をビリビリに破り捨てていた。
結果的になまえは勝利し、聖杯に願いを叶えてもらったのだ。
――だが、その願いの内容はカルデアに衝撃をもたらした。何せ彼女を候補生にした理由は、戦闘センスや魔力量、ひいては魔術師としての高い実力を見込んでのこと。
けれどカルデアにやって来たなまえは――ただの一般人になっていたのだ。開いていたはずの魔術回路もなく、魔力もなく、魔術師としての一切を失っていた彼女に、カルデア側は憤り、マスター候補を取り下げて技術部門に改めて任命した。
そのせいで周りからのいじめや、些細なきっかけでトラブルが起きたことだってしばしばあったが、なまえには対して効かなかった。なぜならば“自分で望んだこと”だから。あの命を賭した戦いに身を投げたのは、どうしても叶えてもらいたい願いがあったから――魔術なんて無縁の一般人になりたかったから。
その願いが叶ったのだ。そのせいでいじめやトラブルが起きたところで自分にダメージはない。
そんな思いを持ちながら、彼女は今日も機械音痴を発揮させながら夜が更けてもパソコンとにらめっこをしていた。
「ううぅ……眠たい………」
レフ・ライノールの裏切り発覚後、カルデアはたった一人のマスターを残してその他のマスター候補生達を失ってしまった。と言ってもマスター候補生達はコフィンに入ったまま、冷凍保存されているのだが。
意図せずして最後のマスターになってしまった女・藤丸立香は、家族のため、友のため、何より未来のために戦う選択肢を取った。彼女はどうやら魔術に関して何も学んでこなかったらしく、その戦闘っぷりは見ていてハラハラするし、頭を抱えたくなるが助言を送ることはない。
なぜならば、そう、みょうじなまえはただの一般人なのだから。
先日、第六特異点“キャメロット”から帰ってきた藤丸立香とマシュ・キリエライト。睡眠を充分に取った二人は、すぐに次なる特異点に赴くために現在カルデアに召喚されているサーヴァント達と戦闘シミュレーションに励んでいた。
その敵エネミーの調整に駆り出されたなまえは、欠伸を噛み殺しながら立香とマシュの連携に目を細める。まだまだ荒削りだが、それでも成長は見える。
「お疲れ様、なまえちゃん」
「ドクター? なぜこんなところに……普段寄り付かないじゃないですか」
「僕だってそういう気分の時があるよ!? それより、立香ちゃんとマシュの様子はどうだい?」
「第六特異点に行く前より、磨きがかかってます。特にマシュに迷いがなくなりましたね」
「うんうん」
誇らしそうに、けれどどこか切なそうにマシュを見るドクター・ロマニ。そんな彼の横顔を眺め、一体何を抱えているのやらと溜め息を吐きそうになったところで、画面から悲鳴が聞こえてきた。
慌ててモニターを見てみれば、敵エネミーが暴走して立香やマシュ、そしてカルデアが契約しているサーヴァント達を襲っていた。
自分が座る隣を見てみれば、男の技術スタッフは血相を変えてあちこちパネルを触っているが、フリーズしてしまっているらしくうんともすんとも言わない。普段自分をいじめてくる奴の慌てた姿に多少気持ち的にはすっきりしたが、問題解決ではない。
しかし技術的には何の役にも立てないなまえ。ドクター・ロマニは両手を強く握りしめてあそこで戦っている少女達の名を叫ぶ。
「(――やれやれ、私も毒されたかなあ)」
カルデアに来たばかりの当初、魔術師でなくなった自分に唯一優しくしてくれたのがダ・ヴィンチとドクター・ロマニだった。その恩を返すチャンスなんじゃないかと、なまえはふと思い立った。
ガタッと椅子から立ち上がり、後ろにあるスペースに座り込んで自衛用に持っていたナイフで床を削る。
「なまえちゃん!? 何を……!」
「ここであのマスターが死んじゃったら、もう世界は終わっちゃいますもんね。……それに、」
貴方のそんな顔は、見たくないです。
ドクター・ロマニの方を一切見ずにひたすら床を削る。そう時間をかけずに手を止めると、そこには精密な召喚陣が描かれていた。さすがは魔術師としての腕を見込まれてカルデアに呼ばれた元マスター候補生……。ロマニは素直にその実力を改めて認めた。
だが、問題はそこではない。彼女はもう魔術師としての力を失った、ただの人だ。魔術回路もなければ、令呪だってない。それなのにどうやって英霊を呼ぶ気だと見守っていれば、気むずかしげな印を結び始めた。
目を閉じ、口を閉じて、ただ静かに複雑な印を組む。その姿にロマニだけでなく他の技術スタッフも見とれてしまった。
やがて室内なのに、一瞬強い突風が吹いた。それは彼女の髪を巻き上げて、頸をあらわにする。ロマニはそこにあったものに思わず目を見開いた。だって、有り得ない。
――失われたはずの令呪が、くっきりと存在しているのだから。
「なまえちゃん、それは……」
「私としては、ずっと一般人のままでいたかったんですけど」
「……………、」
「でも、私との縁を望んでいる子がいますから。いつまでも離れたままだと、いつ寝首をかかれるか分かりませんし」
まだ見ぬ人を思い浮かべる彼女の表情は、とても柔らかく、優しいものだった。ロマニが初めて見たなまえの笑顔に見惚れていると、立香やマシュの声がモニターから聞こえてきた。
《これっ! いつ止まるのーー!》
《分かりませんが、倒し切らないとですよ、マスター!》
《もう魔力切れそうなんですけど……!》
《っ……わたしが、マスターを…!》
どうやらゆっくりしている場合ではなさそうだ。
一度深呼吸をすると、なまえは聖杯戦争で喚んだ時のように口を開いた。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」
カルデアにある英霊召喚システムとは違う、本当の英霊召喚――しかも聖遺物がない相性召喚だ。成功したとしてどんなサーヴァントが来るか分からないというリスクに、ロマニはゴクリと生唾を飲み込んだ。
大きな光が部屋を包み、弾ける。するとそこには一人の男が立っていた。
「──さて、召喚されたアサシンだ。真名は………あ?」
「ふ、変な顔。……やっと会えたね、わたしのアサシン」
ぽかんと間抜けな顔でこちらを見るアサシンに、あの頃のように笑ってみせると、彼はクッと唇を噛み締めて飛び込んできた。急なそれにびっくりして二人とも床に倒れてしまう。あまりの急展開にロマニも目を丸くした。
「あるじ」
「はい」
「あるじ」
「はぁい」
「〜〜〜っ、あるじぃ……!」
「なぁに、わたしのアサシン」
涙まじりにグスッと鼻をすする音が、すぐ耳元で聞こえる。そんな彼の背を優しくポンポンと叩くと、「遅えよ、バカ主人……」と囁かれた。
しかしいつまでもこうして抱き合っている場合ではない。モニターから聞こえてくる声は未だ切迫しており、今すぐにでも救助に向かわなければならない。
「さて、アサシン! さっそくお願いがあるの」
「お願い〜? こんな情熱的な再会を終わらせるほど重要なわけ?」
「そりゃあもう」
「………わかった。すぐに終わらせてやるよぉ」
ゆっくりとなまえから離れて唇を舐めると、アサシンはシミュレーションルームへと入っていく。力が有り余っている彼は暴走するエネミーをことごとく壊して止めていた。
やっと静まった部屋に、ロマニが慌てて中へ入る。その後ろを技術スタッフの面々が追いかけ、なまえも彼らに続いた。
なまえに気がついたアサシンはすぐに彼女の元へ飛び込み、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。ふわりと香る大好きな主人の匂いにゆるりと頬を緩めた。
「ふふ、主人。俺頑張ったよぉ」
「うんうん、よくがんばりました」
「ご褒美は?」
「しょうがないなぁ…」
スッと屈んだアサシンの耳元にキスをする。このご褒美は冬木で行われた聖杯戦争の時から行われていたものだ。
親しげな二人の様子に、何より彼女を“主人”と呼んだことに、立香やマシュ、そして一緒に訓練していたクー・フーリンやエミヤは驚いて声も出なかった。
普段から技術スタッフと会話をすることはあまり無いのだが、このなまえとかいう女は他者との関わりが薄く、自分達も話しかけたことは数える程度しかなかった。
そもそもロマニから、彼女が魔術師ではなくなった話は聞いていたので、余計に話しかけにくかったというのもある。
そんな人が、何故サーヴァントから“主人”と呼ばれているのだろうか。
「えーっと、なまえちゃん…」
「はい……あぁ、そっか。気になりますよね」
何の説明もしていないことに気がついたなまえは、戸惑うように声を掛けてきたロマニに返事をしつつ、未だ抱きつくアサシンをべりっと剥がした。
「魔術師としての力を失い、魔術回路も全て無くなって晴れて一般人になった私ですが、完璧ではなかった」
「聖杯の力が欠けていたってことかい?」
「いいえ、違います。聖杯はきちんと機能していた。私の願いが完璧ではなかったのは、アサシンの願いがあったからです。
彼は、『もう一度私に会いたい』と願ったんです。不明瞭であやふやな願いですが、それを聖杯が叶えた。だから私は魔術師としての力を取り戻し、
サーヴァントを呼べた。――いいえ、逆ですね。
サーヴァントを呼ぶことで、魔術師としての力が戻ったの方が正しいですね」
まるで奇跡のような話だ。だがこれは実際に現実で起きたことで――。
ロマニは働かない頭を必死にフル回転させた。
「それじゃあ、今の君は魔術師ってことでいいのか?」
「そうですね。ただ……この子としか契約ができないので、立香ちゃんみたいにたくさんの英霊達と契約することはできないですけど」
そう言った彼女は、呆然と立ち尽くす技術スタッフ達を一瞥しながらアサシンの手を取った。そのままグイッと引っ張ると、アサシンの長い髪がゆらりと揺れ、やがて二人は部屋から出て行ってしまった。
残されたロマニ達はこれからどうしようと頭を抱える。だが、答えは一つしかなかった。
運命的ななにか
「主人! これからどうなんのぉ?」
「んー、当初の予定通り……レイシフトさせられそうだなあ」
なまえとてもう我儘ばかり言う子どもではない。己自身を彼女はよく知っていたし、次の特異点は今までよりも過酷なものになる。だからこそ、ここで魔術師としての力を取り戻したなまえを、カルデアが放っておくわけがなかった。
「ま、私は君さえいれば何でもいいよ」
「〜〜〜っ、主人!」
「ふふ。――一緒に旅をしようね、燕青」
「おう!」
手を取り合って笑う二人の姿は、とても――美しかった。