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※LB5オリュンポスクリアマスター推奨
カランカランと軽快な音が鳴り、店内に来店を知らせる。すぐに梓の「いらっしゃいませ!」と明るい声が聴こえてきて、安室は安心したように目の前の客へカップを置いた。
「お待たせしました。コーヒーとハムサンドです。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「はい、いつもありがとうございます」
「こちらこそ、いつも御来店ありがとうございます」
安室の視線の先にいるのは、日本人らしく艶やかな黒髪を肩下程まで伸ばした女性だった。年齢を聞いたことはないが、大学に通っているというのは本人から確認済みだ。
みょうじなまえ。いつも柔らかな雰囲気を纏い、週に一度は来店してくれる“喫茶ポアロ”のお得意様である。誰かと連れ立って来たことはないが、よく電話をしていることから友人がいないということもないだろう。
「今日はいつもより早かったですね」
「ふふ、はい。講義が急に休みになって」
「ああ、それで」
世間で言うと今日は休日だが彼女は休日にも講義を取っている為、午前中のこの時間に店にいることが新鮮に思えた。
そのまま他愛もない話をしていると、また来店を告げるベルが鳴る。目を向けると見慣れた姿が二つ、にこやかな笑顔を携えて店に入ってきた。
「いらっしゃいませ、蘭さん、コナン君」
「おはようございます、安室さん」
「おはよう、安室さん!」
頻繁にポアロを利用してくれるお得意様である二人を、いつものボックス席へ案内する。するとコナンは奥にいた一人の女性に気がつき、思わずと言ったようにジッと見てしまった。不思議に思った蘭の「コナン君?」という呼び声にハッとなり、慌てて「ごめんなさぁい」と口先だけで謝って椅子に座った。
注文を受け取ると、安室はそのままカウンターの中へ。蘭が手持ち無沙汰のようにメニューを見ている隙に、もう一度奥の女性へ目を向けると彼女はスマホを眺めながら花が咲くように綻んだ。
「あれ、なまえちゃん。何か良いことでもあった?」
「梓さん。……いえ、ふふ、久しぶりに友人から連絡があって」
「わあ、良かったわね! どんな人か聞いてもいい?」
「えーっと、見た目は王子様……っていうか王様みたいな人で、でも物腰は柔らか。何でも出来る完璧人間のようで、その実未知なるものに貪欲…いや、好奇心旺盛って言った方がいいのかな」
「スペック高いわね…」
「梓さん?」
「ふふ、何でもない! でも…その人とよっぽど仲良いのね」
梓がそう思ったのも当然だ。彼女が一つ一つ友人を思い浮かべて言葉を紡ぐごとに、雰囲気が柔らかくなり目が細まっていくのだから。
改めて他人から指摘されて気恥ずかしくなったのか、なまえはわたわたと両手を左右に振って思わずと言ったように否定したが、梓はニマニマと笑うだけ。こうなればもう負けを認めるしかないと、テーブルの上に置かれているハムサンドをはぐりと食べた。
「お待たせしました。コーヒーとオレンジジュース、それからハムサンドです」
「ありがとうございます!」
「ねえねえ安室さん」
「ん? 何だいコナン君」
「あの人、梓さんと仲良いけど知り合いなの?」
「ああ、あの人はポアロのお得意様でね。週に一度は必ず来てくれるんだ」
「でも僕、今まで一度も見たことないよ?」
「そう言えば、コナン君とは来店時間が重なったことはなかったね」
「ふぅん」コナンは納得したように頷きながら、オレンジジュースを喉に流す。本当はアイスコーヒーが良かったのだが、休日のこの時間に小学生がコーヒーを飲んでいたら奇異な目で見られてしまうことは彼自身分かっていた。
改めて奥の女性、なまえと呼ばれた人を見る。平凡的な黒髪に、穏やかな口調。けれどたった一つ違和感のある点を挙げるとすれば、彼女の双眸だろうか。青色、と言ってもただの青ではない。キラキラと星の瞬きのような輝きを放ち、見る角度によって幾つもの“青”が見えるのだ。例えるならば青空のような、星が煌めく夜空のような――。
気がつけばコナンは席を立ち、一人になった女性の傍へ歩み寄っていた。突然自分の元に来た少年に目を丸くするその様は、普通の人と変わりない。けれど確かな違和感がコナンの中で燻るのだ。
「はじめまして! 僕は江戸川コナン、この上の毛利探偵事務所でお世話になってるんだ。お姉さんは?」
突然始まった自己紹介に、なまえは内心『!?』とパニックだ。誰だ、何だこの少年は。そんなに話しかけやすいオーラ放ってた? けれど名乗られたのなら放置する訳にはいかないと、表面上だけでも笑顔を保って返事をした。
「ふふ、わたしはなまえ。東都大の二年生だよ。僕もよくここに来るの?」
「うん! 安室さんのハムサンドおいしくて」
「そうだよねぇ。ここのハムサンドはリピーターになっちゃう」
話してみればなんてことはない、ただの大学生だ。だがその手元にコナンは突っ込まずにはいられなかった。
「ねえねえなまえお姉さん。どうしてお店の中なのに手袋したままなの?」
「ああ、これ? 特に深い意味はないんだけど、手袋が癖みたいなものになってて」
「手袋越しだと、スマホ反応しないんじゃない?」
「よく知ってるね。でも大丈夫、今時スマホに反応する手袋なんて百均でも売ってるから」
普通のことのように話すなまえだが、実際彼女が身につけている手袋は百均では到底お目にかかれない代物だった。所謂魔術礼装である。しかし魔術の“ま”の字も知らないであろう少年にとっては、この手袋は精々『ちょっと高そうな手袋』として目に映るだろう。
その後もあれやこれやと追求してくるコナンに、そろそろ嫌気が差してきたなまえは、早く店から出ようとハムサンドに手を伸ばす。いつもならもう少しゆっくりしていくところだが、いかんせんこの少年から解放されたかった。
自分の何が彼の興味に触れたのだろう。ただ座って、時々店員と話しながらハムサンドを食べてコーヒーを飲み、友人との連絡のやり取りを楽しんでいただけなのに。
そこへ本日何度目かのベルが鳴った。カランカラン…という音を耳のどこか遠くで聴きながら、なまえはそれでもコナンの話をのらりくらりと交わしながら適当に返事をする。
「いらっしゃいませ、お一人ですか?」「ああ、いや、ここに知り合いが居るはずなんだが…」安室の接客に答えた柔らかな、穏やかな声がなまえにははっきりと聞こえた。未だ話しかけてくるコナンを意識から追い出して身を乗り出すように出入り口へ顔を向ける。すると彼も自分を見つけたようで、絡まり合った視線に相手の瞳が心の底から嬉しいという感情を滲ませながら垂れ下がった。彼は安室に何か伝えると、そのまま優雅な足取りで、けれどどこかステップを踏むかのように軽快な音を立てて自分が座る場所へやって来た。
「やあ、探したよ」
「どうしてここに……。日本に来てるなんて一言も――」
「その方が楽しいだろう?」
「〜〜〜…っ、そういうところ変わってないっ」
「ごめんごめん。だって、君の喜ぶ顔が見たかったから」
口先だけの謝罪の後にそんなことを言われてしまえば、怒るに怒れないじゃないか。すると彼はそっと床に片膝をついて彼女の手を取り、マスクの上から手の甲に口付けた。慣れた手つきに二人を見ていた客はたちまち黄色い声を上げる。一番間近で見ていたコナンも流石にこの流れは予想していなかったのか、みるみる顔を赤くして数歩後退る。
「こんっ……の! ここは! 日本です!」
「おや。日本だろうがどこだろうが、やっと愛しい君に会えたんだ。我慢する必要がどこに?」
「……もう、もうっ、もう!」
やはり彼には勝てない。林檎のように真っ赤に熱らせた頬を冷ます術などなく、負けを認めるように青く輝く瞳と自分のそれを合わせた。
「わたしも会いたかったよ、キリシュタリア」
「私も会いたかった、なまえ」
確と感じる温もりに、なまえは安心したように目を閉じた。
――まるでドラマのような再会シーンの後、キリシュタリアはなまえの前に座る。注文を取りに来た安室に「紅茶…じゃなくて、コーヒーで頼むよ」と物腰柔らかに伝えると、改めてなまえと向き合う。けれど彼が口を開くより早く、コナンが言葉を発する方が先だった。
「お兄さん、なまえお姉さんのお友達?」
「うん? 君は――」
「江戸川コナン! ねえねえ、お友達なの?」
ぐいぐい迫ってくる少年に、キリシュタリアはなまえに『これなに?』と目だけで訴えてくる。容赦ない物言いに苦笑で返すと、それだけで何か伝わったのか再びコナンに顔を向けた。
「僕、すまないが離れてくれるかい? 久しぶりに会えた彼女と二人きりで話したいんだ」
「え〜〜っ、僕も一緒じゃダメ?」
「コナン君! もう、いい加減にしなさい!」
「うわっ蘭姉ちゃん、離してよー!」
「人様の邪魔をしちゃあダメでしょう! すみません、コナン君が」
「いいえ、人に興味を持つ年頃ですもんね」
眉を下げて謝ってくる蘭に、なまえは手を振って応える。怒っていない様子にホッとした蘭はもう一度頭を下げると、無理やりコナンを引っ張って自分達の席へ戻った。
さて、と邪魔者が居なくなったとばかりに息を吐いたキリシュタリアは、トンと指先で机を叩く。途端に彼が何をしたのか理解したなまえは、困ったように彼を見た。
「キリシュ、そこまでする?」
「君との時間を誰にも邪魔されたくないからね」
防音の結界を張って満足した男は、運ばれてきたコーヒーに口付けて一つ頷いた。どうやら彼の口に合ったらしい。その様子を横目になまえがちらりと安室の方を見れば、彼は探るように此方を見ていた。
「ほらぁ、安室さんに疑われた。結構親しくなれたところだったのに」
「おや、私というものがいながら他人に懸想かい?」
「冗談に聞こえないからやめて」
「ふふ、そうだね。私も冗談でも嫌だ」
滑るように『嫌だ』と口にするキリシュタリアに、随分人間くさくなったものだと思った。この世界に生まれ落ちて、自分も彼も、あの世界に関わった人達は皆記憶を持ったままだからこそ、余計に強く思う。
「そう言えば、時計塔で彼に似た姿の人物が居たんだ」
「彼?」
「君もよく知っているよ。異星の神の使徒、アルターエゴとして現界した三騎のうちの一人、千子村正」
「はえ!? むっ村正爺ちゃん!?」
「最も、中身は依代となった本人だろうけど。そうそう、イシュタルはなまえと契約していたんだったかな?」
「ううん。イシュタルは立香ちゃんで、エレシュキガルがわたし」
「そうか。そのイシュタルの依代となった人物もいたよ」
「うっそぉ……。世界って狭い…」
その後も魔術関連の話をして、互いのカップからコーヒーが無くなったのを頃合いと見てか、キリシュタリアはまた指先で机を叩いた。結界を解いたのだろう。
そろそろ会計をして、久々に彼が淹れた紅茶を飲みたい。そんな思いを抱きながら彼を見れば、美しい空の色と視線がかち合った。
「ん?」
「……ふふ、やっぱり。キリシュの目は綺麗だね。大好きな空の色」
「―――……」
何も考えずに口から出た言葉に、目の前の彼が分かりやすく固まった。そう言えば彼は褒められると弱かったことを思い出したと同時に、すぐに立ち直って「君こそ、」と指先を伸ばした。なまえの目元をそっとなぞり、頬を包む。
「君の瞳こそ、星々の輝きを閉じ込めて光を放つ宇宙のようだ」
彼にとって“宇宙”がどれほどの意味を持つか知っているなまえは、ぶわわっと顔を真っ赤にして「あ、」とか「う…」とか意味のない声を出すしか出来なかった。
その様子に満足したのか、キリシュタリアは甘くとろけた色を瞳に映して、彼女をエスコートする。二人の間に隙はなく、コナンはもう声をかけることさえできない。
レジに立った安室は、金額を打ち込みながらさり気なく二人を見る。今までなまえのことを無害な一般人だと思っていたが、今日でその認識も改めなければならない。何せ相手のこの男は只者ではない。隙もなければ、先ほど二人で話していた筈なのに声の一切も聞こえなかったのだから。否、聞こえてはいたが何故か耳に残らないし、頭に入ってこなかった。
金額を伝えると、当たり前のようにキリシュタリアがカードを出す。慌ててなまえがそれを止めようとしたが、滑らかな動作でその手を取られてしまえば撃沈するしかない。
カードとレシートを返せば、キリシュタリアは「ご馳走様」と返事をしてドアを開ける。レディファーストを徹底している彼らしいと、なまえは諦めたようにドアをくぐろうとしたが、途中で思い出したようにくるりと振り返った。
「梓さん、安室さん。ごちそうさまでした!」
何度も聞いた科白に、梓は笑顔で手を振る。それに毒気が抜かれたのか、安室も諦めたようにいつもの笑顔で見送った。
安室やコナンが、二人の正体を知る日は訪れるのだろうか――。
星々の祈り
オリュンポスクリアしたら一瞬でキリ様に転がり落ちてしまいました。心の準備とかしてなかったからほんとに一瞬でした。続きは少し考えてるけど書くかは分かりません。