海賊ホーディ・ジョーンズの魚人島侵略計画は、くしくも島に立ち寄った“人間の海賊団”の手によって阻止された。
「皆様、なぜ逃げる様に広場をお出になられたのですか?」
「バカ言ってんじゃねェよ。あんな見世物みてェな場所で戦わされて…。あのまま広場にいたらヒーローにでも担ぎ上げられちまう。考えただけで寒気がする」
「おヒーロー様ではダメなのでいらっしゃいますか?」
しらほしの純粋な疑問にゾロは己の考えを吐露する。
「あのな…!! ヒーローってのはてめェの酒を人に分け与える奴の事だ!! おれァ酒を飲みてェ!!!」
「だから何なのあんた達のその理論っ!!!
ゾロの変な理屈人間のナミがツッコむ。それを見てシアンが笑っていると、ルフィが大声を出しながらジンベエに向かって駄々をこねていた。
どうやらルフィはジンベエを仲間にしたいようだが、ジンベエは「今は無理だ」と断る。
「お前さんらと海を行くのはさぞ楽しかろう。……しかし、わしにはまだやらにゃあならん事がある!!」
「………、」
「現在の立場というものがあるんじゃ…。今はそこを離れて来ただけ。人の道に仁義を通し――スッキリと身軽になった時、今一度、わしはお前さんらに会いに来ると約束しよう。その時にまだ今の気持ちのままでおってくれたなら、もう一度誘ってくれんか…〈麦わらの一味〉に!!!」
「……!! 絶対だぞ!! お前!!」
念を押すルフィに、サンジ達は笑う。もう、一味は歓迎しているのだ。
「ジンベエと一緒に旅出来るの、私も楽しみにしてるから」
柔らかい口調でそう言ったシアン。ジンベエはそんなシアンを見て、じわりと目に涙を浮かばせた。
シアンと会った最後の記憶は、頂上戦争だ。ティーチへと向かっていったシアンを止める事が叶わず、そのまま見送ってしまったのだ。
「あぁ…待っとれ」
「うん!」
まだ、ジンベエが白ひげ海賊団に出入りしていた頃。シャンクスに連れられてシアンも〈白ひげ海賊団〉に出入りしていた。その時に二人は出逢い、仲を深めていったのだ。主にエースの口添えありで。
「(…出逢いは、最悪だったな…)」
まだ幼い自分を思い出して笑うシアン。どうやらジンベエも同じ事を思い出したらしく、その大きな口で弧を描いていた。
それから、ネプチューンの計らいで竜宮城で宴が開かれた。
海底一のディーバが歌を歌ったり、スイングジャズ・オーケストラが演奏したり、
ナミ達もそれぞれ楽しみ、宴を満喫していた。その光景を眺めながら、シアンはジュースを飲む。
「(…ねぇ、パパ。素敵だね…人と魚人が、こうして一つになってるのは…)」
「――シアンさん、」
不意に呼ばれた自分の名前に、シアンは顔を上げる。そこにはナミに捕まっていたフカボシが、酒のせいか少し顔を赤くして立っていた。
「フカボシさん……」
「少し、いいですか」
すべてのしがらみに解放されたフカボシの表情に、シアンもにこやかに笑った。
「やっとゆっくりお話できますね、シアンさん」
「ですね、フカボシさん!」
静かな場所へと移動した二人。そんな二人の表情はまったく同じで。
「何年ぶりでしょうか…。以前は赤髪の船員としてこの国にいらして下さいましたね」
「…あの頃は、まだ何も知らない子どもでした」
「……けれど、どれだけ酷い言葉を投げかけられても、決して目を背けなかった…」
「負けず嫌いなだけです」
くすくすと、笑い声が静かな部屋には良く響く。あの頃は、互いに子どもだった。
「まさか、魚人街に迷い込んでしまわれるとは、夢にも思いませんでした」
シャンクス達が人魚達と戯れている中に入れず、一人になったシアンはつまらなさそうに頬を膨らませ、道も確かめずずんずん進む。そして魚人街へといつの間にか入り込んでしまったのだ。
「入江以上に人間に対しての恨みが濃くて、でもそれに屈したくなくて、泣きそうになっていた時にフカボシさんが来てくれて…。本当にありがとうございました」
「シャンクスさん達が慌てていましたから…。一刻も早くシアンさんを見つけないと、国が滅んでしまいそうでしたからね」
「……過保護なんです、ほんとに…」
「…そう言いながらも、顔が綻んでいますよ」
ゆるりと緩んだ頬を指摘され、シアンは恥ずかしそうに手を当てる。フカボシはそんなシアンを見ながら、そのあとの事を語る。
「泣きもせず、ただ拳を握りしめて怒りを堪えていた姿は、忘れられません」
泣き虫ですぐ怒るシアンなのに、その時は泣きもせず、怒りを露わにするわけでもなく、その時ばかりはジッと堪えていたのだ。
「…その後のあなたの言葉が、私の中で今も息づいています」
「……そのあと?」
フカボシの隣を歩くシアンは、またも好奇の目線を浴びながらも気丈に振る舞い歩く。そんな中、フカボシは人間の横を歩くことにほんの少しの嫌悪感を抱きながらもシアンに話しかけた。
「どうしてあんなに言われているのに、怒らないんですか? 我々魚人と人間との間にある確執は、あなたもご存知でしょう?」
人間に母を殺され、未だにその傷が癒えていないフカボシ。だからこそ気になったのだ。こんなにも醜悪の目に晒されているにも関わらず、その怒りをぶつけないのは何故なんだろう、と。
そんなフカボシを見上げ、シアンは思った事を紡いでいく。
「ここで怒ったら負けになるから」
「…負け……?」
「確執がどうとか、私にはわかんない。…だけど、こんなにも素敵な国があるなんて知らなかった」
「素敵? あなたは、魚人街を見てもそう言えるんですか?」
「うん。…闇がない国なんて、そんなのないと思う。シャンクス達と行った島々でも、何かを抱えてない島なんてなかった。大事なのは、そこからどうするか…。少なくとも、この国はもう既に立ち上がってる」
入江に着くと、シャンクス達が泣きながらシアンの元へ走ってくる。シアンはもう歩くことはせず、フカボシの目を見つめた。
「人間が嫌いでも、それでも歩み寄ろうとしている人達がいる。それって、とても素敵なことだと思う!」
にぱっと笑ったシアンは、そのままシャンクスの腕の中へと閉じ込められた。おーいおいおい、と泣きつくシャンクス達を宥めるシアン。
フカボシはその光景を眺めながら、小さな声で礼を言った。
「――あなたの言葉があったから、私は母上がやっていたように、本格的に国民達に語りかけ、タイヨウの元へ行くために動き出す事が出来たのです」
「そんな大袈裟な…。それにフカボシさんがあの時来てくれなかったら、絶対刀抜いてたね!」
「ならば、良きタイミングでしたね」
笑うフカボシ。だが、ふと真面目な顔つきになり、シアンにきちっと向き合う。
「……一つ、言わせて下さい」
ガバッとフカボシは深く頭を下げ、
「ありがとうございました!!」
その言葉を、漸くシアンに伝える事が出来たのだった。
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