キャンディの正体


ロビンが負傷し、ゾロが刀を抜いた。その光景を見ながら、シアンはロビン達を気にしつつモチャが行った方向へと向かう。

「ロビン!! 平気!?」
「ロビン!!」

「ええ…掠り傷よ…!! 子供達を早く止めましょう…!! あの凶暴化した子ども達だと、いくらシアンでも…」

ロビンの言葉に頷いたチョッパーは、自身を抱えるナミに「急いでくれ」と声を張り上げる。

「おれがあいつらをくい止めるって約束したのに…止められなくて、モチャを危険な目にっ!!」
「まだシアンがいるわ!!」
「…っ、う゛ん゛…!!」

チョッパーは祈った。頼む、頼むシアン。モチャを、子供達をどうか助けてくれ、と。

「止まれ〜〜〜!!」
「待てモチャー!!」
「キャンディよこせ〜!!!」

正気じゃない友達の言葉。それでもモチャは走る足を止めはしなかった。もうこのキャンディの正体が分かったからだ。

「渡さない……!! ハァ…ハァ…、これがどういうキャンディかチョッパーちゃんに聞いたんだ…!! これは食べちゃいけないキャンディなの!! お願い、いつものみんなに戻って!!」

ぎゅっと目を瞑り、己の願いを叫ぶモチャ。脳裏に浮かぶのは初めて出会った頃のみんな。親から離されたモチャ達は、この狭い空間で長い年月を過ごし、ともに成長した。
新しい友達が来る度に嬉しかった。辛い治療もみんなが一緒だと怖くもなんともなかったから。優しいモネから貰えるご褒美のキャンディが嬉しくて、嬉しくて。
――全てが嘘だったなんて、信じたくない程には幸せだったんだ。

「みんなでここから逃げよう!! はやく元に戻って!!!」

モチャの渾身の叫びだった。
シアンは追いついてきたナミ達と一緒に子供達の暴走を妨げるが、傷つけずに止めるというのは至難の技で。なかなか子供達を止められずにいた。

きゃ〜〜〜!!!

モチャの叫びにナミ達は階段の下を見下ろす。そこには下に回り込んでいた子供達が、モチャからキャンディを奪おうとしていた。

「まずい!! キャンディを奪われたら………!!! また振り出しだ!!!」

チョッパーは焦り、最悪の事態を予想する。

「コンブ!! ビヨ!! やめて!! 絶対に渡さないっ!!! これは体を壊す薬なんだよ!!? お家へ帰れなくなるよ!!?」
「うるせー、独り占めするな!!!」
「……………!!」
「ダメ〜〜!!!」
!!?

もうダメだ。モチャがそう思い、自分の口にキャンディを入れようと口を開けるその瞬間、シアンはチョッパー達の側を横切り、モチャの手からキャンディを奪った。

「シアン!!?」
「言ったでしょ、モチャ。――『必ず守る』って」

「だいじょうぶ」と、ビスケットルームで言った時のような笑みをモチャに向け、シアンはキャンディを奪われないように口に入れた。無数にあるキャンディを一口で食べることなんて出来ないから、口に入る分だけ入れて、飲み込み、また口に入れる。途中でキャンディを奪おうと伸ばされる手を必死に避けながら、それを何度か繰り返して漸く最後のキャンディを飲みこんだ。

「こいつ、キャンディ全部食った〜〜!!!」
「ずりーぞ〜〜!!」

子供達がシアンに襲いかかる。大小様々な手のひらを見つめながら、シアンはゆっくりと倒れた。「ゴホッ…!」と血を吐き、苦しそうに首元を抑えている。当たり前だ。あんなにも大量の覚醒剤を一気に服用したのだから。

ゲホッ、オ゛エッ……!!
「シアンお姉ぢゃん゛…!!! やだよ、死なないでぇ!!!」
「どうしたんだ…!? シアンお姉ちゃんが血を吐いた!!」
「苦しそうだぞ!? 何で!? おいしいキャンディで!!」

目の前で血を吐き続けるシアンに子供達は戸惑う。そんな光景など見たことがなかったから、どうすればいいのか分からないのだ。

「どけ、お前達!!」
「……!!」

ロビンに抱えられたチョッパーが、涙を流しながら吠えた。

「これがそのキャンディの正体だからだよ!!! シアンはお前達を助ける為に、この身を犠牲にして…」
「チョッパー!!」

怒りのままに叫ぶチョッパーを止めたロビンは先に子供達を鎮めるように促すが、チョッパーはシアンの治療の方が先だと言う。けれどもう時間がない。
そんな絶望の中、荒れた男共の声が階段の上から聞こえてきた。

「ガキ共が止まってやがるぞ、行け〜〜!!!」
「!!?」
「暴力はなしだぞ、野郎共ォーー!!!」
「取り抑えろォー!!!」
「多勢には多勢だァ〜〜っ!!!」

やって来たのは海軍とサンジだった。ここに来るまでに心を通わせたサンジと海軍達は、一斉に子供を取り抑える。医療班は、チョッパーから受け取った鎮静剤の入った注射を打っていく。
これでチョッパーは気兼ねなくシアンを治療することが出来る。モチャに抱えられながら移動するチョッパーとシアン。苦しそうに顔を歪めるシアンを見ながら、チョッパーはモチャに声をかけた。

「モチャ――」
「チョッパーちゃん、私…どうしよう!わたしがシアンお姉ちゃんに『助けて』って言ったから…!!」
「違う!! …シアンは、きっと頼まれてなくてもやった!! だから…モチャが責任を感じる必要なんてないんだ!!! モチャが友達を守ったんだぞ、その想いがシアンに届いたからシアンもモチャを助けた。モチャのお陰でみんなウチへ帰れるよ!!!」

ぐしっと涙を拭ったチョッパーは喉を震わせてモチャに告げる。

「………!! 必ず大人になるんだ!!!」

『大人になりたい』。
そう言った少女は、そのチョッパーの言葉に笑みを浮かべたのだった。

「シアン、シアンっ!!!」
「…チョッパー……」
「ごめ、っ、ごべんなァ゛…!!! おれ、おれ……!!!」

涙と鼻水を流すチョッパーを見て、シアンはふっと表情を緩める。震える腕を伸ばしてチョッパーの頬を撫でた。

「…チョッパーが、診てくれるんだもん……心配なんて、してないよ…」
「!!」
「っ、ゲホッ!! ……こどもたち、は…」
「さ、サンジ達が来てくれたから、もう大丈夫だ!!」
「そっかあ…ふふ、……よかった…。…っ、ゲホッゲホッ、ヴッ…」
「シアン!!」

再び血を吐くシアンは、その後ぐったりと目を閉じてしまった。

「(一度に大量摂取したけど、依存まではいかない筈だ…!! キャンディに含まれてる覚醒剤の量も微量…、まだシアンは大丈夫、薬物依存性にはなってない!!)」

チョッパーは自分に言い聞かせるようにそう思うと、着いたB棟2階の検査室で治療する。
時間はもう、少しも残されていなかった――。





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