藤丸立香と同じ歳でありながら、天才プログラマーと呼ばれている黒髪ロングヘアーの少女。ダ・ヴィンチとは天才同士気が合うらしく、よく自慢し合っている。着ている白衣は大きすぎて裾もズルズル、袖は何重にも折られている。
だがしかしその正体は、かつて冬木にて聖杯を勝ち取った元マスター。魔術回路も開いたままで、いつでもまた戦線復帰することは可能だが、誰もその事を知る者はいない。




「んーー眠たい。すごく眠たい。脳が睡眠を欲している。これは寝ないとやばい」
「ダメダメダメ! 君が寝てしまったら立香君の存在証明をしてくれる人がいなくなる!」
「そんなのそこら辺の人に頼めばいーじゃないですかぁ。わたし一抜け――」
「立香君達が帰ってきたら、好きなだけ寝ていいから!」
「…………わかりましたよぉ。ロマニだって頑張ってますもんねぇ」

白衣の袖を捲り上げ、今一度コーヒーを喉に流し込んだ名前は、眼鏡を外して眉間を揉みほぐす。いくら天才と呼ばれていても疲れには勝てないのである。

「でもまさか、あのグランドキャスターのマーリンが現れるなんて。ロマニはびっくりしすぎてそろそろ倒れるんじゃないですかぁ?」
「ほんとまさかだよ……。でも、このウルクが終わればいよいよ魔神王との決戦が待ってる。その為にはここを乗り切らないと……」
「そこはまぁ、あのマスター君に任せるとしてぇ」

再び眼鏡をかけて画面を見ながらキーボードをタッチして行く少女に、ドクター・ロマニは溜め息を吐いた。

「そろそろ立香君を名前で呼んでもいいんじゃないかい?」
「呼び方なんてどうでもいいじゃないですかぁ。誰か分かるんですしぃ」
「……どうしてそこまで立香君を毛嫌いするんだ?」
「毛嫌いだなんて――」
「してるだろう?」
「まぁしてますけどぉ」

すっぱりと認めた名前に、ロマニは思わず咳き込んだ。

「世界最後のマスターとして、立香君は必死に戦ってくれている。それなのに……」
「別に、嫌いに理由なんてないですよぉ。ただ――何も出来なかった頃の自分に似てて、見てるだけでイライラするんです」

いつもの間延びした言い方とは違うそれに、ロマニは手を止めて彼女を見た。眼に映る少女はいつも通り自分の仕事をこなしていて、不審な様子は見られない。ならば先程の言葉は聞き間違いだったのだろうか。

気を取り直して、再び戦線へ赴いている立香達に指示を飛ばす。その横顔をちらりと名前は一度だけ覗く。

「――――……」

少女が呟いた台詞は、誰にも聞こえなかった。



――時間神殿にて

「――ダメですよぉ、ロマニ」

消えていく自身の身体が、何故か急速に形を取り戻していく。信じられない現象にゲーティアも立香も、そしてロマニ自身も驚愕した。それほどに『有り得ない』のだ。

足音が響く。静寂が支配した空間を、規則的な足音が。やがてそれは自分達を守るように前に立ち、呆れたように振り返った。引きずられた白衣の裾は汚れ、瓦礫で所々ほつれている。

「何してるんですかぁ、ロマニ」
「何って、きっ君がこそ何してるの!? どうしてここに!」
「隠していたのが自分だけだなんて思わないで下さいよぉ」
「なに、を――」

彼女がキュッと高い位置で髪をくくる。すると首筋に令呪がくっきりとあった。

「令呪………」
「わたしはずっと魔術師でした。ただ言わなかっただけで」
「なんで、今更……っ。そのまま隠していれば、名前ちゃんは――」
「何でって、まだ分からないんですか?」

ハッと気づいた。彼女の口調はもういつもの間延びしたものではない。初めてに近い雰囲気なのに、何故か自分はそれがやけにしっくりときた。

「わたしだって、あのまま天才プログラマーとしてカルデアにいるつもりでしたよ。どれだけマスター君が嫌いでもね」
「(やっぱりこの人俺のこと嫌いだったのか……)」
「でも、それはロマニがいたからです。ロマニが身体を張って、それこそ英霊の座から消滅しようとしてるなんて、知ってしまったらもうジッとなんてしてられないですよ」

完全にロマニの身体が、人間の形を保って復元された。何が起こったのか未だ理解出来ない彼らをそのままに、名前は魔神王の元へ歩みを進める。

「駄目だ! 止まるんだ、名前!」
「わたしだって、魔術師の端くれです。幸いここにはマスター君が縁を紡いだ英霊達がわんさかいる。だったら、わたしのサーヴァントくらい喚んだっていいですよね?」

首筋にある令呪が煌々と赤く光る。

「ロマニ、マスター君。頼りないかもしれないですけど、全てが終わるまでそこにいて下さい」
「だけどっ……」
「これでも、かつて聖杯戦争を勝ち取ったことだってあるんですよ?」
「え……………?」

「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」

詠唱が終わった。すると眩い光と共に彼女は包まれ、目を開けると――そこには一人の男がいた。

「よぉ、また会ったなぁ」
「来てくれるって信じてたよ――わたしのアサシン」

長い髪の毛を一つでくくり、軽い口調で名前に話しかける。けれど隙は全くなくて。

「誰だ、あれは……」

立香の乏しい知識では分からない。ロマニも同じらしく、だが名前を呼び続けた。

「名前ちゃん! 戻ってくるんだ!」
「ごめんなさい、それは無理です」
「名前ちゃっ――くそっ!」
「だってわたしは、この未来・・・・をずっと予想していた。この未来を変えるために今まで隠し続けてきた」

くるりと振り返り、手を後ろに組んで柔らかく微笑んだ彼女に、僕はもう声が出なかった。

「ロマニはもっと生きていていいんですよ」

生を諦めないで。
貴方が生きることを認める人は、わたしだけじゃない。もっとたくさんいるから。

だから、どうか、生きて。


天才プログラマーは、ロマニを死なせないために、空いた時間を見つけてはその可能性を探り、プログラムを組み立てた。
全ては今、この時のために。


「さて。準備はいい? アサシン」
「こんな時くらい、名前で呼んでくれていいんじゃねぇの? マスター」
「えー、どうしよっかな」

軽口を言い合いながら、ゲーティアと対峙する。ソロモンの宝具を受けた彼の身体は、もうボロボロと言っても過言ではない。ならば――。

「手始めに、まずは世界を救おうか――燕青!」
「そうこなくっちゃな!」


その日、魔神王ゲーティアはあるマスターとサーヴァントによって完全消滅した。
その理由が、死ぬ――否、存在の完全消滅を、“無”になろうとした魔術王ソロモン、又の名をロマニ・アーキマンのためだとは、カルデアに関わる数人しか知らない話である。