京都に着いた一行は勝呂の実家である虎屋旅館にやって来た。そこでは魔障した者達が寝込んでおり、その看病の手伝いを命じられた。

「具合はどうですか?」
「あぁ、すんまへんなぁ…」
「いえ、お気になさらず。新しい点滴の減菌パックを貰ってきたので、今換えますね」

テキパキと点滴のパックを換える様のなんと手慣れたこと。これには神木もしえみも目を瞠った。まだ学生の身分でありながらあのような治療行為が出来るなんて知らなかったし、そもそもその技術はどこで手に入れたのかさっぱり分からない。

「はい、おしまいです。あとで薬草茶のお代わりも持ってきますね」
「おおきに、お嬢ちゃん」

その姿にしえみは嫉妬と焦りを覚えた。自分は一体何をやっているのだと。与えられた仕事も満足にこなせず、しかも友人と言った燐にはあんな態度を取ってしまった。

「ねえ」
「神木さん? なに?」
「どこであんなこと覚えたの」
「あんなことって……あぁ、パック換えのこと?」

薬草茶の入ったヤカンを持って歩きながら、神木の質問に答える。

「ずっと昔に、医者から教えてもらったことがあるの」

そう言った名前の声が少し震えているように聞こえて、思わず神木は彼女の横顔を見た。けれどその表情はいつもと変わらないものだった。

「見て、名前ちゃん。ここのゴム栓部分をアルコール綿で綺麗に拭いてから、ルートを差し替えるんだ。この時、気泡が中に入らないように気をつけてね」

丁寧に教えてくれたあの人に、自分は「久しぶりにロマンがドクターだったことを思い出したよ」と、笑った気がする。
ふと白昼夢のように巡った記憶に、神木に気づかれない程度にかぶりを振る。途中で彼女と別れてからは、そのように思い出すこともなく看病に徹底した。






宝生蝮が裏切り者と発覚し、出張所から不浄王の右目が奪われ、しかも燐が捕まった。
左頬を真っ赤に腫らせた勝呂がもたらした情報は、塾生達に衝撃を与えた。

そのすぐあとに蝮と柔造が戻り、藤堂三郎太が不浄王を復活させたと告げた。

「不浄王……」

騒つく館内で、名前は一人考えた。新幹線の中で初めて知った悪魔、不浄王。それが復活したとなれば、疫病は避けられず、京都に住む人々はたちまち死んでしまうだろう。
それだけは絶対に避けなければならない。何の罪もない人々が死ぬなんて、あってはならないことだ。

「(でも、私一人じゃ……)」

ギュッと強く手を握った時だった。

「我の嫌いなもの? ……何であれ、自己の限界に挑まぬ生命はつまらん」

ふと、彼の声が頭によぎった。

「たわけ、貴様は今まで何を見てきたのだ。足掻くこともしなくなった人間など興味もない。これまでの旅路で何を得た。あのウルクで何を学んだ。それを確と思い出せよ、名前」

項垂れる自分に喝を入れてくれたのは、いつもあの人だった。絶対的な君主。私の、私だけの――。
強く目を閉じて、ゆっくりと開ける。その眼差しには強い光が滲んでいた。するとズキッとした痛みが左手の甲に走り、思わず目を向けると、そこには見慣れた紋様が刻まれていた。


不浄王は完全に復活し、瘴気も濃くなってきている。空咳を繰り返しながらも名前は山の中を走った。
途中で志摩が逃げ出そうとしたが、結局は戻ってきて子猫丸や名前と共に戦う道を選んだ。だが胞子嚢の数が多すぎてまともに戦っていてはキリがないし、いつか破裂して魔障してしまう。

もう名前には迷っている時間などなかった。

「名字さん?」

突然足を止めて立ち止まった名前に、子猫丸が声をかける。「どないしたん?」続けて志摩も問いかけた。

「少しの間、時間を稼いでほしい」
「時間? 詠唱でもしはるんですか?」
「悪魔も喚べんかったよな、名前ちゃんは」
「喚ぶのは悪魔なんかじゃない」

志摩の台詞を真っ向から否定した名前は、召喚陣も描かずに令呪がある左手を地面に掲げ、右手でそれを支えた。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

身体が熱い。恐らく令呪と共に開いた魔術回路が回っているのだろう。
聞いたことのない詠唱に志摩も子猫丸も戸惑っていた。

閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ、繰り返す都度に五度。ただ満たされる刻を破却する」

回路を回せ、私。

「――Anfangセット

さあ、喚べ。

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

眩い光が世界を包み、皆が空を仰ぐ。あまりの眩しさに志摩と子猫丸が閉じていた目を開けると、そこには金髪に黄金の鎧を纏った男が立っていた。

「だ、誰やあれ……」
「そもそも日本の方ではなさそうやけど…」

その中でただ一人、名前だけが呆然とした表情を晒していた。状況を見る限り彼を喚んだのは名前のはずなのに、何故彼女があんなに驚いているのか。
志摩は当初疑っていた気持ちが再燃しつつあるのを感じていた。

「……おう、さま?」
「このような所に我を喚ぶとは、余程の不敬であるぞ」
「本当に、王様……?」
「雑種にはこの我の姿が紛い物に見えるのか?」
「いえ! いいえ! ただ、だって……今回の召喚は聖遺物も召喚サークルも何もない、賭けのようなものだったので」

信じられなくて。
最後にそう言った彼女の瞳からは、涙が流れ落ちた。


力尽きたのでここまで。中途半端ですみません…。→続きはリクエストへ。