「主君!」
 愛らしい声に呼ばれナマエは振り返る。遠征部隊として昼頃から出かけていた藤四郎兄弟がそこにはいた。どうやら作戦は大成功らしく、保護者として同伴していた一期一振の腕の中には資材と札が抱えられている。飛びつくように抱き付いてきた秋田と前田を受け止め、審神者はにっこり笑うと頭を撫でてやる。半歩後ろの方で「まったく……」だなんて冷ややかな視線を送る平野もちょいちょいと手招きをすれば、まんざらでもなかったらしい。頬をほんのりと朱色に染め、眉間にしわを刻みながらも寄ってきてくれた。まったくこの弟たちに彼が過保護になる気持ちもわからなくないなあと思いながら、彼女は吉光唯一の太刀に労いの言葉をかける。
「ありがとう、一期。お疲れ様」
「いえ、私は何も。弟たちの活躍のおかげです」
「いいえ主君、聞いてください! いち兄ったらすごかったんです!」
 嬉々として口を開き道中のことを語ってくれる三人とは少し離れたところで、薬研藤四郎と厚藤四郎は佇んでいた。短刀とされる二人ではあるが、今審神者を独占している彼らよりも少しばかり大きな姿であるために、あのような真似をむざむざするほどではない。しかしながら若干からかうような視線を厚は薬研へと注ぐ。いいのか、言葉を交わさなくたって何を言いたいのかわかってしまうのは、付き合いの長さゆえかそれとも兄弟として関係しているからか。答えるのもなんだか癪だった為に、少年はふいっと顔を背けた。どうせ近侍だ、あんなことをしなくたって必然的に共にする時間は長くなる。
「ほらお前たち。お喋りに夢中になるのもいいけど、主殿に渡すものがあったろう」
「そうでした! 主君、僕たちがいいよって言うまで後ろを向いていてください」
「ん? はいはい、わかったよ」
 がさごそ聞こえる音にナマエは考える。はて、お使いを頼んでいただろうか。それとも薬研のように何か手土産を持ってきてくれたのか。そわそわしながら待っていれば厚がもういいぜ大将、声をかけてくれる。くるり踵を軸に回ると、鼻先に赤が突き出されていた。鶴丸が先日仕掛けてきた悪戯よりも遥かに驚き、口から心臓が飛び出そうになる。三十秒ほどしてからそれぞれが手にするのがカーネーションだと認識することができた。
「かーねーしょんという花です」
「えっ、あっ、うん。そうだね」
「万屋に寄った際、店主が教えてくれたんです。今日は母の日だと。それを聞き弟たちが日ごろの感謝を兼ねて是非、と。流石に私が主殿を母とするのは無理がありますが」
「わ……そうだったの。嬉しい、ありがとうね」
「ほら大将、俺からも」
 頬を掻きながら厚も握っていたそれを押し付けるように渡してくる。四本の真っ赤なカーネーションをきらきらとした目で審神者は見つめた。花を貰うという経験はここに来てから初めてだった。来てはくれない未来をほんの少しだけ垣間見れた気がして、少女は薄く微笑む。それから一人どこ吹く風と距離を取っている短刀に目を向けた。
「薬研はくれないの?」
 首を傾けながら意地悪く笑い訊ねるも、彼はきょとんと不思議そうな表情を見せる。
「今日は母の日ってやつなんだよな?」
「うん」
「じゃあやっぱり俺っちには関係ないさ」
 だって大将の息子じゃなくて旦那だからな。ふふんと鼻を鳴らし得意げな表情を見せる少年に、審神者は目を思い切り見開く。厚が隣で「うわー……」とげんなりしたような声をあげたところで漸く我に返ると、彼女は耳まで真っ赤になった。なんていうアホを言うんだろうか。それでも何も言い返すことのできない自分は彼の倍愚かしいのだろうなあと、カーネーションを握っていない方の掌で熱い顔を覆った。
aeka