鳴狐は名前と違い静かで所謂コミュ障である。ほとんどの伝達を肩に乗る子狐が担い、審神者であるナマエでさえ彼自身の声を聞いたのは出会ったときのみだった。綺麗な声をしていたのに、勿体ない。縁側に座り、光忠に入れてもらった新茶を啜りながら思う。経歴上面倒な輩が本丸にはたくさんいるが、彼ほど心を開いてくれない者はいなかった。最初に出会った山姥切国広だって写しだ贋作だとそれはそれは悲観的であったが、最近では褒めればそれなりに嬉しそうに顔を綻ばせるし、躊躇いながらでも話しかけてくれるようになった。清光もたまに混乱するらしいが抱き留めてやればそれも収まる。だのに鳴狐はと言えば、声をかけるどころか近寄ってきさえしないのだ。実力を買っての第一部隊抜擢から早数週間。戦かはたまた手入れ部屋か。自分と極端に接する機会が少ないとはいえ、よろしくないなとナマエは感じていた。なにより純粋に鳴狐と仲良くなりたいと思っているのも本心だった。
 思い立ったが吉日と言うではないか。彼女はすくりと立ち上がると、門前に立つ。予定ではもう十分もしないうちに戦に出た彼らが戻ってくる。こうなったら相手が嫌がろうが何をしようが引っ張って行ってコミュニケーションを取ってやる……! 密かに握り拳を作り決意する彼女の背中でクスクスと笑う少年が、一人。
「大将、あんまり肩肘張ってると上手くいかないぜ?」
「や、薬研……!」
「おっと、俺っち別にサボってるわけじゃないからな」
 道具を取りに行く途中に大将の背中が見えて百面相をしているもんだから、堪らず声をかけたのだと、彼は柔らかく笑った。短刀らしかぬその雰囲気に何故だか悔しくなる。一番近くに置いてある刀と言っても過言ではない彼には全てが見透かされているみたいで、なんとなくムカついた。そっぽを向いていれば鳴狐の事かい、尋ねられる。不貞腐れながらも頷けば、ポンポンと頭を撫ぜられた。
「まあ、大将のやり方で頑張れよ。失敗したら後で慰めてやるから」
「……ほんっと薬研ってなんで短刀なの? 可愛げはどこに置いてきたの?」
「悪かったな可愛くなくて。こう見えても大将の十倍どころじゃない年齢なんだがな」
「別に悪いとは言っていないし、可愛げはなくとも男前だと思ってる」
 ナマエの言葉に今度は薬研が息を詰まらせる番だった。前々から感じていたがこの女は相当質が悪い。あんまり妬かせるようなことするなよ、大将……。これから構い倒されるであろう打刀の彼に同情を、それよりももっと大きな嫉妬心を抱きながら彼は主の髪をくしゃくしゃと撫でまわして去って行った。
 再び一人残されたナマエは薬研に乱された頭を手櫛で整えながら遠くを見やる。ちょうど部隊長である蛍丸が隊を引き連れてくるのが彼女の双眸に映った。隊の中で誰よりも幼く彼女に甘えるのが得意な蛍丸が大きく手を振る。
「主だ! どーしたの、迎えに来てくれるなんて珍しいね!」
「御帰り、蛍丸隊長。たまには労わなきゃ罰当たりってもんでしょう」
「ふふ、俺は嬉しいしなんでもいいや。主ただいま」
「今日はどうだった?」
「勿論俺が大活躍です!」
 きゃっきゃと騒ぐ二人の横を無言で通り抜けるのは一人と一匹。先ほどまでにこにこしながら蛍丸の報告を聞いていたナマエだったが「ちょっとごめんね、またあとで」と言い残すと彼の後を追いかける。なんとも早い足だとややたじろぎながらも駆け足で腕を取った。瞬間、驚いたような顔が見下ろしてくる。不意打ちを狙ったのに声一つ漏らさないのかと、ナマエまでもが驚いてしまった。反応を見せるのは相変わらず狐のほうだけである。
「ややっ、主殿! どうかなされたのですか?」
「鳴狐、手入れ部屋に」
 有無も言わさぬ力強さで彼の手を握り引いていく。新米でも審神者に選ばれた人間だった。隠しはしているものの、その手傷を自分が見逃すはずがない。ポンポンと出てくる手入れ道具に、強制的に座らされた鳴狐は呆気にとられたような表情でナマエを見上げた。ふっと、優しい視線が落ちてくる。
「私のことをよく思ってなくてもいいから、手当だけはさせて」
「……」
「すみませぬ主殿、このわたくしめが居ながら気づきもしなかっただなんて……!」
「いいえ、貴方はよくやってくれている。いつもありがとう」
 ついでと狐の頭を撫でると照れた声でくすぐったいですと突っぱねられた。鳴狐とは違いなんともわかりやすくて素晴らしい。本体はというと相変わらず口を一文字に結びながらナマエのことを射抜くようにじっと見ている。仲良くなるのは手当を終えてからだな、気合を入れ直すと彼女は鳴狐の袖を捲った。白く程よい筋肉質な腕、スッと朱をさす傷口。いつも歯痒く思う。何故自分はこんなところに座り込み、彼らに指示を出すことしかできないのか。自分が戦場に出たところで何の意味もないどころか足手まといになることはわかっている。ただ、ただ……刀達が傷つくことを平気でいられる精神も持ち合わせていないのだ。幼く弱く恥ずかしい。因果があってここに呼ばれて繋がったのなら、もっと何か力強くやれることができるのではないか。今もなお模索しているそれに手は届かない。ごめんね、鳴狐ーー無意識に漏れた言葉に鳴狐が肩を揺らす。
 主殿、そんな。子狐が声を出したと同時に、鳴狐がナマエの額に己の額をピタリと引っ付けた。急に近くなる距離に女はたじろぐ。
「鳴狐……?」
「こら鳴狐! 主殿に失礼ですよ! 主殿、すみません……鳴狐めは気にしないでくれと申したいのであります」
「え、あ……え?」
「鳴狐は主殿が大好きなのです。それ故そんな顔を見たくは、」
「ち、ちょっと待って!? 鳴狐って私のことを嫌っているんじゃ……!」
 何を仰います! ピシャリ、たしなめるように子狐が口を開く。彼が言うには鳴狐は人と接することが上手くない、取り分け好きな人間……つまるところナマエにどう反応していいかわからず避けていたらしい、のである。関わらなければ好感を得ることもなければ嫌われる心配もあるまい。それが彼らの言い分であった。思わぬ脱力が彼女を襲う。
「私はずっと鳴狐に嫌われてるとばかり……」
「わたくしめが断じてそれは無いと約束します」
「……ふふ、あはははは! あー、なんだ……よかった」
 ひとしきり高く笑うとナマエは手を狐に作る。鳴狐がいつもやっているように。それに目を輝かせると彼も彼女を真似た。狐が二……いいや三匹。彼女は自分の指先を鳴狐の指先にくっつける。まるで狐同士が口付けを交わし合っているようなそれに、鳴狐はほんの少し、本当に少しだけ動揺した。仲良しの印だなんて、彼女は目を細めながら呟く。
「末永くよろしく、鳴狐」
 こくり、大人しく鳴狐は頷いた。予想外の本体からの反応に彼女は目を丸くすると、次の瞬間ふっと微笑み返した。案外可愛い刀なのかもしれない、なんて思った矢先。パクリ、彼女の狐を彼の狐が食む。重なり合う手にどきりと心臓が跳ねた。どぎまぎしながらもナマエは彼を仰ぐ。ふっと、怪しい微笑み。
「……あんまり可愛いことしてると、食べちゃうよ」
 久方ぶりに聞いた声はやはり綺麗だった。
aeka