【拝啓、誰よりも梅の花が似合う君へ】
改めて筆を取りこうして君に文を送るのは、なんだか気恥ずかしい気がするな。こちらは早いことにもう春になって、今週末には本丸内で花見をやるらしい。まあ知っての通りの面子ではあるから、どうせ花より団子になることは目に見えているのだけれど。かく言う俺もどちらかと問われれば燭台切の作る料理と次郎太刀秘蔵の酒の方に期待が傾いている。ああ笑っているが君だってここにいたらそうだったろう。事実5年前の花見の席ではぐでんぐでんに酔っ払っていたな。あれだけ俺がほどほどにしておけ、と言ったのにも関わらず。しかし過ぎた事に小言を述べても仕方が無いから、ここまでにしてやろう。
桜もいいが俺は梅が好きだ。君が愛した花であったし、なにより白磁の肌にはあの濃い色の方が似合う。俺ではない、君の肌だからな。確かに俺も人と比べれば白い方だが。今年は出陣続きで気づけば散ってしまっていた、来年には梅の枝を手折って君のところを訪ねるとしよう。喜んでくれるだろうか。いやきっと満面の笑みで嬉しいと言うだろうな。単純だから、君は。ああそう怒らないでくれ。愛らしいと言いたかったんだ。
さて最初の手紙だ、これくらいにしておこう。また近いうちに書き連ねようと思う。楽しみにしておいてくれ。
敬具
【拝啓、雨を眺めるのが好きだった君へ】
三日ほど前から梅雨入りをしたらしく、短刀たちだけでなく身体を動かすのが好きな岩融や同田貫やらも外に出れず退屈な様子だ。一期や平野なんぞは晴耕雨読だなんだと楽しんでいるようだが。俺も畑に水をわざわざやりに行かなくていいところは大いに結構だと思う、しかしこうも湿っていれば陽射しが恋しくなるものだ。君は雨を眺めるのが好きだったな。飽きもせず小一時間打たれる紫陽花を見ていた時には少し驚いた。匂いも音も変わる景色も楽しくて好きなのだと言われてから、俺も少しだけ雨の日が好きになった気がする。考えてみれば君の見る世界はいつも新鮮さを与えてくれたなあ。退屈を感じなかった。今は少しだけ、暇を持て余してしまう。
さて短刀たちの暇つぶしのために、一期や江雪に怒られない程度の細やかな驚きを仕掛けてくるとする。
敬具
【拝啓、織姫星のような君へ】
ここ近年は雨ばかりだったこの日だが、今年はからりと晴れたいい天気だった。笹には本丸中の刀剣が書いた短冊が括られていて、中々の壮観だったよ。俺の短冊は萌黄色で、一番高いところに結んでやった。他の輩に見られるのはなんだか偲びなかったからな。いや変な、ましてや助平な願いなんて書いていない。断じて違う。誓う。ただ少し気恥ずかしい、人らしい願いだったから。無論君にだって言わない。口に出したら叶わなくなるよと俺に教えた自身を恨んでくれ。明日には笹を燃やしてしまうらしいから、その役を引き受けた。どうだ、徹底しているだろう。君が今ここにいたのならば、どんな願いを書いただろうな。確か俺の知る限りでは毎年毎年、俺たちが楽しく過ごせますようにだとか、誰一人折れずに戦いが終わりますようにだとか、他者の幸福を祈るものばかりだった。まったく欲がない人間だなあと、思ったよ。それが君らしさであるし素晴らしい部分だとは思うが、せめて心の奥底では俺と同じ願いを抱いていてくれと、考えずにはいられなかった。
しかし彦星と織姫は一年に一度決まって出会えるのだから、いいと思う。……なんてな。冗談だよ。
敬具
【拝啓、海を見たいと言っていた君へ】
元は刀である俺たちであるから海が見たいと言う君の考えにあまり共感出来ずにいたが、先日遠征先で不本意ながらちらりと通ることになった。なるほどあの青は美しい。君に怒られる覚悟で下心を出すなら、水着姿というのにもだいぶ心が惹かれる。本丸を抜け出し二人で見に行ってもよかったなあと、あの時初めて、少しばかり後悔した。遅いか。それに俺はきっと泳げやしないだろうから、来ても君が波打ち際ではしゃいでるのを眺めているだけになりそうだ。それはそれで楽しいのだろうけど。
さて、夏も盛りということで最近は全体で食が細くなっているらしい。歌仙が若干だが余る具を見て作りがいが無いなとぼやいていた。そんな中俺の採る量は変わらないものだからなかなか喜ばれる喜ばれる。見た目にそぐわず良い食べっぷりだと言われた。見た目に、というのに引っかからないこともなかったが褒め言葉だとありがたく頂戴しておいた。どんなに悲しいことがあっても、美味いものを食べれば明日からまた元気になれる。君の受け売りだ。今日は素麺らしい。暑くバテている奴らには嬉しい夕餉だろう。俺も麺は好きだ。鱚と獅子唐の天ぷらもつける。君がいた時にやった流し素麺というものを思い出した。準備が大変だが、今度提案してみようか。
敬具
【拝啓、食欲の秋を堪能していた君へ】
暑さも過ぎれば皆の食欲も戻ったらしい。腹が減っては戦が出来ぬという言葉の通りに、今日も飯が各々の腹の中に収まっていった。最近はやはり旬とあってか秋刀魚が美味い。おろし大根と醤油と酢橘、最高だ。それだけで白米のいっぱい入った丼を二杯は空にできる。箸を使うのが上手かった君は魚とあればまるで猫のように綺麗に食べていたなあ。人の身になったばかりの頃、俺は今のように扱うことも出来ずにそれはそれは苛々としていたが、思い返すと君が手を添え優しく指導してくれたのだからまあ悪くはなかったかな、なんて。恋仲になって繋ぐよりも先に体温を知っていたんだ。気付いていなかったかもしれないが、俺はその瞬間相当心の臓を酷使したものだ。女というのは柔らかいのだと。石鹸の良い香りがするのだと。全く当たり前のそれを教えてくれたのが君で、本当によかった。変態と罵るのはやめてくれ。男はみんなこんなもんだ。
それと、先月やった流し素麺は好評だったぜ。桃色やら薄緑やらの麺も混じってて、嗚呼君がいたらたいそう喜んでいたのだろうなあと思ったさ。
敬具
【拝啓、雪兎を作るのが得意だった君へ】
昨夜初雪が降り、今日の朝庭に出てみればこれは見事に積もっていた。短刀たちはこぞって外に出て、かまくらを建てたり雪達磨を作ったりと大忙しだ。特に厚は張り切って兄弟を先導していたな。途中から誰が始めたのか雪合戦となり、薬研が投げた塊が長谷部の頭に直撃したことで本丸全体を巻き込むことになった。ああ、あの般若を思い出しただけで愉快だ。勿論俺は加勢し大いに役立ったわけであるが、ここで多くのことを語るのは止すとする。まだ反省と正座させられた足が痺れているからな。いやしかし君にも俺の活躍を見せたかった。
さて話は突拍子もなく変わるわけだが、俺は先日町娘から愛の告白というものを受けた。どうだ、驚いたか。妬いてくれるなよ、断ったのだから。断ったというよりも、フられたと言った方が正しいのかもしれない。俺は君の最後の願い通り、君を最後の人にしないと約束をした。そこまではわかっていると思う。だけれど他のを一番に据え置けとは言わなかった。だから俺はその娘に告げたのだ。永遠の二番目だが、それでもいいのならと。結果俺の頬に季節外れの綺麗なモミジが色付いた。まだヒリヒリしてやがる。夕餉の席での大倶利伽羅なんて肩を震わせながら笑いを堪えていたんだぜ。我ながら傑作だ。
君が俺より先に死ぬから、面倒なことにこれからの人生は世界で二番目に好きな奴を探し続けなきゃならなくなったんだ。人と刀だ、そんなことはわかってただろうと呆れているのかもしれんが、如何せん君が去るのが想像していたよりもずっとずっと早かったのだ。たった二十数年生きただけで、届かぬところに行ってしまうとはいくら付喪神でも予測がつかない。出会う女出会う女、全て平等に二番以降だ。優しいだろう。俺の一番は君しかいない。光栄に思ってくれて、構わない。
敬具
【拝啓、ナマエへ】
会いたい、
【拝啓、移ろう四季を何時だって共にした君へ】
先日の手紙は本当にすまなかった。いやなに、俺も読み返してらしくもないと失笑したところだ。何分薄情なことに君の声を忘れた自分がいることに気付いて酷く動揺したのである。人の身体は本当に便利で愉快で、難儀だな。日々の大半を思い出すことに費やしていると言うのに。君の声を、俺の名を呼ぶ優しい音を、思い出せないだなんて。忘却は人に与えられた唯一の幸福だと宣う奴もいるが、俺には苦痛でしかない。怖い。いつか君を忘れて、一秒だって思わなくなる日が来るのが、怖い。大の男が泣くだなんて、なんて情けないんだろうか。全部君のせいだ。責任をとってくれ。迎えに来てくれ。そんなことを言っても、困らせるだけなのになあ。残された俺にできることと言えば君を想い、君を知る仲間と思い出を共有し、君と共にあった四季を一人で過ごすことくらいだ。過去にしか君の姿を見ることができないのは、辛い。
敬具
【拝啓、俺の最愛の君へ】
筆を取るのが久しぶりになったことを、どうか許して欲しい。恥ずべきほどの弱音を吐いたが、俺はなんとか踏ん張っているよ。今日も君の次に来た主の作戦通り、あいつらを討伐してやった。腹に大きな傷を負ったが折れなかった。君との約束を俺がそうそうと破るものか。最近は歴史修正主義者たちの勢いも落ちて来たらしく、遠征も出陣も前と比べぐっと減った。鶯丸や三日月とのんびり縁側に座り茶を飲む機会が増えた。君が主だった頃に、こんな風な、束の間でもいい平穏が訪れていればよかったのに。そうすればもっと人のように、人らしく、恋仲らしいことをたくさんできたのかもしれない。おっと、これじゃあまるで俺が歴史を変えたいように見えるな。失敬。いや、考えたことがなかったわけではないんだ。俺は一番を無くした故に永遠に埋まらない隙間を抱え、二番を探す奔走をしなくてはならなくなったのだから。ああもう、笑わず恨み言の一つでも聞いてくれ。君は都合が悪くなると笑ってごまかす悪い癖があるからな。
今でも叶うなら君に会いたい。でもそれは許されないし許されてはいけない願いである。一つ嘘をついた。君との約束をそうそう破るものかと吐いて捨てたが、俺はどうにも君以上も君以下も二番も三番も四番も、ほしくはないらしい。茶化して書いた町娘の他にも数人に言われ、そして二番以降でも構わないと宣言された。にも関わらず俺は首を縦には振れなかった。君以外、いらないのだと。クサい台詞だろうか。でもこれ以上ない本心なんだ。辛くとも悲しくとも俺は君の教え通り飯を食って笑ってほどほどの驚きを皆に与え、何時ぞやか俺の中から消えるかもわからない君の軌跡をなぞっていたい。ごめん。本当に悪いと思っているさ。我儘だ。でも他の誰かとの思い出に塗り替えたくない。ああ、文字が滲むな。それでもってあと百年、二百年、千年と戦いを続けて俺の刀としての役目に終わりが来たのなら、再び巡り合って欲しい。人でもいい、猫でもいい、なんならそこらへんに生えている草だっていい。君の隣に、今度は最後まで居させてくれ。
驚くほど見苦しい文になってしまったな。これから先俺は事あるたびに筆を取り届かぬ文を綴るのだと思う。それでもこの言葉で今は締めよう。また、会える日までさようなら。
鶴丸国永より