まるで風船でも入れたように膨れた女の腹が、鶴丸の目の前にあった。呼吸と共に上下するそれに、恐る恐る手を伸ばしてみる。丸みを撫ぜてみれば己の体温よりも幾分か温かく柔らかかった。ここに彼女でも自分でもない、他の生命が宿っているのだと考えれば考えるほど、不思議で仕方がない。こつん、一つだけ振動。女の方に視線を動かすも、相変わらず活字と睨めっこをしているだけである。声をかけてもいいか悩んでいるうちに、じっと見つめていたのに気付いたらしい。ふっと笑みをこぼし、彼女はしおりを挟むと書物を机の上に置いた。「今ね、お腹を蹴ったよ」鶴丸が聞きたかった答えを簡潔に告げる。そうか、彼は短く紡ぐと再び掌を優しく滑らせ始めた。そんなどこかぎくしゃくとした様子に、女はくすくす笑う。
「なあに、どうしたの」
「いや……神秘的だと思ってな。十月十日で君の中に新しい命が育つんだ」
「私としては鶴丸と出会った時の方が衝撃を受けたけどね」
「まあ、確かに」
 戦うべき付喪神として、彼は審神者と呼ばれるこの女により地上に降ろされた。千年刀としてあろうと、まさか人の肉体を得て自分自身を振るう日がここに来るとはだれが予想し得るか。まさか刀が人を愛する日が来るとはだれが予知できるであろうか。出会い恋をし通じ合い、全てが偶然であり必然であった。この子を作ることに関しては、双方意見し覚悟を同じにしてだったが。負担にならないようにと、そっと腹に右の耳をつける。
「何も聞こえないな」
「そりゃあこっちにはね。赤ちゃんの耳は聞こえているらしいから、いっぱい話しかけてあげるといいんだって」
「……なんて言えばいい?」
「ちょっと、今からそんなに緊張していてどうするの。らしくもない」
 ねえ、だなんて目を伏せながら彼女も膨らみに手を添える。すっかり母の顔をしているなあと、鶴丸はひっそりと感じた。果たして自分は良い父になれるだろうか。この子は自分に似ているだろうか彼女に似ているだろうか。纏う気は人間に近いだろうか神のそれだろうか。不安も期待も尽きない。それでも愛しいと思う。三人で生きていきたいと思う。
 そこまで考えてはてと、鶴丸は心の中で首を傾げた。白く濁った欲を中に吐き出し、彼女の濡れ羽色を梳きながら訊ねたことがある。こうして毎夜身体を重ねていれば、俺と君の間にも、ややこはできるのか。それから彼女は言った「付喪神と人の間に、こどもは、

 ハッと覚醒した時間には既に、陽が昇っているらしかった。障子の隙間から入り込んでくる細い光の筋が、畳に道を作っている。どくどく忙しく鳴る心臓付近へ手を伸ばし、薄い肉の上からなぞる。何を、こんなに。ぼんやりする頭の中、裂くように音が鼓膜を揺らした。
「泣いてるけど、大丈夫? 怖い夢でも見た?」
 漸く別の体温に気付くと鶴丸は薄らと口角を持ち上げる。声の主は同じ布団に入る、女だった。問いかけと共に細く白い、美しい指が伸びてきて鶴丸の目尻の水を掬う。彼女の琥珀色の瞳に映る自分は確かにはらはらと涙を流していたものだから、驚いた。そのまま布団の中に在る何も纏っていない細い腰を抱き寄せ、肩口に顔を埋める。嗚呼、ナマエの匂いだ。存在を確認するように括れを撫でまわしていればふと、二人を隔てる何かがそこにないのを何故だろう、酷く不思議に思った。それでもその違和感の正体はわからない。どうしてだか青く染まっていく思考を切り捨て、代わりにくすぐったげに身を捩らせる彼女を抱く力を、ほんの少しだけ強くした。
「いや、なんだかとても幸せな夢だった気がしたんだがなあ」
aeka