※学パロ
十四歳、中学二年生、夏。初潮が来た。白い下着にどろりとした半固形の体液が付着しているのをみて酷い眩暈に襲われた。別段慌てるようなことでもないのに。この年になれば、周りを見渡しても生理を経験していない女の子の方がごくわずかである。それなのにどうしようもなく気持ちが悪いのは何故なのだろうか。真っ赤に染まるトイレの水を見て、私は嘔吐した。
下腹部に真新しい鈍い痛みを覚えながら、コンビニに向かった。朝起きて課題をして部活に行って帰宅をして少しだけうたた寝をしてしまって。いつもと変わらない夏休みの一日であるはずなのに何もかもが違って見える。空気がよどんでいる。にわか雨の匂いが鼻につく。行きかう車のライトが目に眩しい。むかむかする気分、なんとなく腹痛に反抗したくなったために、ルーズリーフとシャープペンシルの芯のほかにパピコを買った。季節限定のホワイトサワー味である。チョココーヒーよりも口当たりが爽やかで、断然こちらの方が好きだった。
アルバイト店員のやる気のない「ありがとうございましたー」を背に外へと出ると、駐車場を横断する平野に会った。そういえば彼の所属している部活は本日午後から体育館を貸し切りだった気がする。今終わったのか、ご苦労な事で。沈みかけの夕日の眩しさに目を細めながら、気付けばパピコをビニール袋から取り出していた。「食べない?」短く問うと彼は携帯を出し時間を確認してから頷いた。わきの方に移動して片っぽを渡す。ああ、これ、CMで見たやつだ。気になっている男の子と、ってやつ。私は昔から平野がそういう意味で好きであったし、また平野も夏休みに入る前に私に告白をしてきたので、なんとなくどぎまぎした。
「部活おつかれ」
「ありがとうございます」
「あー、冷たい。美味しい」
「顔色が優れないようですが」
「……そう?」
目敏いなあと、溜息。そんな些細なことに気付くほど私のことが好きかと冗談混じりで聞けば深く頷かれたものだからどうしていいかわからなくなった。真面目なのも大概にしてほしい、でないと羞恥心に殺されてしまう。
黙ったまま冷菓を口に運ぶ平野にぽつんと「生理痛」とだけ伝えた。彼は大層驚いたようでらしくもなく「えっ」短く声を出す。街灯に照らされる顔が赤い。それを見ていたら何故だろう、ずきずき痛みが増す、涙腺が緩む。私はたははと力なく笑ってしゃがみこんだ。
「大人に、なりたくないなあ」
身長が伸びる、体重が増える、なだらかだった身体にあからさまな凹凸ができはじめる。女に、大人になる準備を始める。彼の私への気持ちが、私の彼への気持ちが、変わってしまうことがこわかった。こんなにも好きなのに、いつかの近いとも遠いともわからない未来に、どうなってしまうかわからないから。浅ましいと思った。だって心はこんなにも我儘であるのに。永遠がないことを頭ではわかっていた、けれどもこわかった。涙がぼろぼろ流れ落ちる。平野は黙ったまま前を見つめていた。真っ直ぐに、真っ直ぐに。
「なら」
知り合ったころよりも少しだけ低くなった声に彼も同じように大人になってしまうのだなあと、悲しくなる。私は泣きべそをあげて、視線を動かした。色素の薄い瞳を覗き込むようにして見る。
「なら、子供のまま一緒に死んでしまいましょうか」
息が止まる。心臓が止まる。平野の眼の中に映る私は馬鹿みたいにいつも通りだった。ああ、ここで時を止めなくとも、貴方の隣で立ち止まることなく進めば、ずっと一緒に在れるだろうか。一年後も十年後も、百年後も。ごめん、短い音が飛び出る。眉尻を下げ困ったように笑いながら、私の手を取ってくるその人の体温だけはいつまでもいつまでも変わることが無ければいいのにと、愚かしくも願った。