輪から少し外れたところで薬研は宗三とちびちび冷酒を交わしていた。無言の二人の視線の先には中心で同田貫と飲み比べをし、どんちゃん騒ぎを起こしている審神者の姿がある。本日は刀剣男士たちの普段の功労を称え、花見と称した無礼講の宴を夕方から行っていた。最初こそは主と歌仙が拵えてきたお重をせっついていた面子であったが、辺りが薄暗くなるにつれどこの誰が持ち出したのか一升瓶が数々と出てくる。そうなればもう、流れはいつもの通りだった。酒好きの次郎を始めとする酒豪たちが見る間に空にしていき、その中にいる審神者も自ずと巻き込まれていく。既に瓶は五本程度開いており、口にしていない兄弟たちも揃って匂いに当てられたのか、普段より羽目を外しているように見えた。かくいう自分もペースは緩いが空きっ腹に放り込んでいるためか、いつもよりくらくらしている自覚はある。普段の様子と違い騒ぎすぎて気疲れしたのだろうか、膝の上ですうすう寝息を立てている小夜の頭を撫でながら宗三は薬研に話しかけた。
「いいんですか、あれ」
「あ? あー……そう、だな」
 彼の尋ねるあれに視線を向ければ、酔いが回っているのか耳まで真っ赤にし岩融の胡坐の上を今剣と一緒に陣取るとケラケラ楽しそうに笑っていた。審神者である彼女は平生執務に難を出さぬためにと、上の付き合いや行事でない限り酒を口にすることがない。故に今回あれよあれよとままに飲まされ、あんなにもやんちゃをするとは想像もつかなかった。未だぐびぐび酒を口に運ぶ彼女の姿に、溜息を一つ。宗三の言った「いいんですか」の深い意味には触れることなく、テンプレを返す。
「ったく、ありゃ明日は二日酔いだぜ?」
「ふふ、たまにはいいんじゃないですか。あの人もまあ意固地で融通が利きませんから」
「この場で発散させてやれ、ってか。うちの姫さんにも困ったもんだぜ」
「姫って調子ですか、アレ。精々じゃじゃ馬がいいところでしょう」
 悪態を突きつつも宗三の表情は実に穏やかである。刀剣という以上どいつもこいつも腹に何かしら抱えている輩ばかりではあるが、呼び出され本丸で生活を送っているうちに審神者である彼女の朗らかな奔放さに当てられて、不思議と惹かれていってしまうのだ。自分もそのうちの一人である。多少その他とは違う不純物も混じっている気持ちだが。だからこそのさっきの宗三の台詞なのだろうなあと、新しい四合瓶を開けると猪口に注いでやった。一段落ついたと思った話を彼は蒸し返すように口を開く。
「で? 実際のところあれとはどうなんですか?」
「んー……というか、いつから気づいてた?」
「質問を質問で返さないでくださいよ。見てればわかります、そんなもん」
「……敵わんなあ。まあ、あんたのことだ。だいたい予想付いてるだろ」
「本人の口から聞くのが面白いんじゃないですか」
 見目に反して中々に行ける口であるらしい宗三は、くいっと飲み干すとにんまり微笑む。元の主を同じに持つ刀剣だが何か侮れないものを感じ薬研は苦笑した。自分のものだと名前を書いて所有欲を満たすほど馬鹿じゃあないが、自分と彼女はそれなりの関係ではある。近侍として部隊長として、信頼を得るまでの道のりはそれはそれは長いものだった。それから男として意識させるにはもっと時間がかかった。なんせ良い意味で予想がつかない女だ。思い通りに掌で回せるだなんてはなから考えてもいない。それにしても今日は少し過ぎる、が。そんな彼の心情を察してか否か天下人の剣は言った「手綱を握ってなきゃだめですよ」。ああわかっているとも。彼女を囲む誰にも渡すつもりはない。しかしこうして何か一つのものに執着しそればかりか振り回される日々が来ようとは。いやはや人の体躯と心とは厄介でありまた楽しみでもある。
 暫し大人しく夜桜を見上げていた薬研であったが、突如事件は起こった。審神者のいる方から「じゃんけんぽーん!」酔っ払いたちの声が聞こえてきたのである。酔いが回った頭に嫌な予感が駆け、彼はすくりと立ち上がるとその方向に目を凝らす。起立しているのは彼女と和泉守のみで後の者は鶴丸筆頭にやんややんやと囃し立てているだけだった。紙を出して負けた審神者はおもむろに長羽織を脱ぎ捨てる。慌ててそれをキャッチしたのは五虎退だった。思わず目が点になる。なにしてんだあの女。宗三に一声かけてから近寄れば、兄弟に気付いたらしい乱が笑顔で振り返ってくる。
「あ、薬研兄!」
「……大将と和泉守のあれは?」
「ああうん、野球拳っていうらしいよ。負けた方が身に着けてるものを一枚一枚脱いでいくんだって」
 思わず絶句する薬研とは対照的に二人とも頑張ってと檄を飛ばす乱。常時戦場暮らしに雅なことは、だなんて吐いていたがこの遊びが風情のないことだけは存分に理解することができる。しかし当の歌仙本人はとっくに潰されているようでだらしなく寝転がっていた、肝心なときに! 声援に応えるように審神者は腕を高らかに振り上げた。二回目はどうやら彼女の勝ちなようで、和泉守もまた新撰組の羽織を後ろに控えていた堀川に預ける。一進一退、足袋も髪留めも悪足掻きを存分にしていよいよ両者あと一枚脱げば、とのところまできた。次郎なんぞは「主やっちゃってー!」と叫び対抗するように加州は「そこで負けたらかっこ悪いんじゃない?」と煽るものだから白熱するわ白熱するわ。まったくまだ初春の夜は冷えるというのに。酒は飲んでも飲まれるな、ね。だなんて乾いた口の中で呟いてから次の手を出そうとする二人の間に薬研は入った。突如現れる第三者にやじ馬たちはブーイングの嵐である。
「たーいしょ」
「へ……あ、薬研? 薬研だー!」
 事態に理解が追いついてないらしい彼女は飛び出てきた薬研に抱き付く。いつもより高い体温が幼くぴたりとくっついてきたことに驚愕しつつ、耳元に唇を寄せると囁いた。
「ちっとばかりきつーい仕置きが必要みたいだなあ?」
 にんまり、口角を上げる薬研とは対照的に審神者は顔を引きつらせた。今更気付いたところで時すでに遅し、なのである。さあて今夜は楽しいことになりそうだと、刀剣たちがきゃーきゃー騒ぐ中彼は舌なめずりをするのであった。
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