鶴丸国永と言う男がナマエ率いる刀剣男士たちの仲間になったのは初期も初期の方である。名は体を表すと古人は言ったか、彼は見目美しく自己紹介をされた審神者は瞬きをぱちぱち繰り返してしまったほどだった。嗚呼神様と言うのはこんなにも麗しいのかと。女性である自分がまさか異性の器に入る者にそんなことを思うだなんて考えもしなかった。役人としてこうして選ばれる前は常人と変わらぬ生活を送っており、テレビに映される華やかな芸能人を見てきたがここまで心動かされたのは初めてだった。中身は昼夜問わず驚きを求める子供のような人だったのだが。今では四十数名と大所帯を抱える本丸であるが、やはり付き合いも長いとあって審神者が近侍に選ぶのは自然とその純白を身に纏う彼だった。鶴丸も特に嫌と言う素振りは見せず、悪戯を仕掛ける間にしっかりと勤めを果たす。その働きぶりは隙がなく効率的であり、彼女の近侍をと狙う者たちも納得せざるを得ないものだった。そうして戦いに明け暮れるようになってから四季が二度回ったろうか。三月の一週目の日曜は、三ヶ月に一度審神者たちによる戦績表示の会合があった。大和国地区の彼女もまたこの定例会への参加が義務付けられている。しかし初春とは言えどもまだまだ布団が恋しい寒さ、目覚まし時計を止めてからゆうに十分。未だに布団の中でうつらうつらしている主の隣に寝転んでいた鶴丸がいい加減にまずいと思ったのだろう、何も身に着けていない半身をがばりと起こした。冷え冷えする空気が直に肌に伝わる。慌てて横に散らかっていた下着をつけ、ナマエは隣で控えめな欠伸をする彼を横目に見た。
「鶴丸、今日」
「わかってる、各審神者の近侍がお供に、だろう?」
「ん。私は外着に着替えてくるから、そっちも準備宜しくね。半刻後には必ず」
「ああ。君の方こそ色々入用で長いんだから、気を付けろよ」
 顔でも洗いに行くのだろう、手ぬぐいをもって部屋から出ていく鶴丸の背中を見送ってから彼女も箪笥を漁り出す。知らず知らずに零れた溜息が自身の鼓膜を揺らした。いったいいつから刀剣である彼と夜伽を過ごすようになったのかは覚えていない。ただそんなに最近でないことだけは断言できる。所謂恋仲のような行動を自分と彼は日々戯れのように、だけれど遊びとは言えないほど深く重ねている。なお堂々胸を張って好きあっているのだと言えないのには明確な理由があった。触れてくる手つきに温もりを感じるのにも関わらず、今日まで一度として鶴丸国永はミョウジナマエに愛を囁いたことがない。好きだ愛しているだなんてくすぐったくなる言葉を、彼は音にしなかった。だのにその満ちた月のような目は毎夜の如く己を穴が開くほどに見つめてくるのだからわけがわからなくなる。都合の良い方に解釈してしまいたくなる。何度かこの関係に白黒をつけようと自制心を働かせ拒む格好をとったものの、結局はずるずると続いてしまっていた。彼にとって自分は使役する者で体を与えた者で、それ以上でも以下でもない、もしも便利がいい欲の捌け口だという認識ならばそれはそれでよかった。ただ希望を持つことを許された現状がたまらなく苦しいのだ。

「あら、大和国の。お元気でしたか」
「ええ。そちらもお変わりないですか」
 三歩後ろを歩くのは良妻だと言ったか、まるで性別は違うが。いつもの良い意味で騒がしい彼とはかけ離れ、物静かに自分の後ろをついてくる。容姿からか鶴丸は毎度のことながら他の審神者の注目を独占した。遠くから飛ぶ熱い視線がなんとなく居心地悪く、また心の中を穏やかとはかけ離れた状態に掻き乱す。中でも有力な備中の審神者はえらく彼のことを気に入っており、先ほども自分に挨拶をしてきたが目的は言わずもがなこの男なのだと、鋭くなくともわかってしまう。一度彼をうちにと言われた時は、笑顔が引きつったものだ。
 比較的仲の良い審神者同士との会話もほどほどに、定例会は時刻通り執り行われる。最初に審神者制度が敷かれた相模国から順に時計回りで進行していく。近侍は基本として左隣に席が用意され、鶴丸も例外なく腰を下ろした。
「大和国の、お久しぶりですね」
「え、ああ。山城国の」
 小さく声をかけてきたのは右隣に座る山城国の審神者だった。昨年に就任したばかりの若々しい男は来るたびに彼女に話題を振る。政府への報告第一を目的とされた会合なので、近隣で若干の雑談を交わすことは特には咎められない。なんとなく彼から向けられる好意を察していたナマエは軽く会釈をし、尋ねられた近況を事務的にさらりとかいつまんで応える。社交辞令とも言えるそのやり取りに突如物言わぬ待ったをかけたのは、他の誰でもない鶴丸だった。「っ、」机の下で弄ばれるように握られた手に驚き詰まる。また悪癖が出たのかと彼を見やれば、いつものような「驚いたか!?」楽しそうに問う姿はなく。当たり前のように凛と、静かに瞳を伏せていたのだからなんだか調子が狂った。そうして他の者が黙々と戦績を読み上げる中、思う。この繋がれた温度の意味は何なのか。もっと強く言えば、彼は自分の何なのかと。呼び降ろした神様であり、自分をよくサポートしてくれる近侍であり、唇や体を重ねる――。黒塗りされたように答えが見当たらない。望んでいる結果が見えない、否、見せてくれない。恋とは愛とは、言葉にしてくれぬなら形を持たないのだ。そのままなんとなく山城国の審神者と会話を続ける気が失せ、彼女は黙り込んだままただただ会議が終わるのを待った。
 無事に定例会を済まし本丸に帰還した審神者は、一人部屋に戻る。そのまま干してあった布団を取り込み敷くと寝転がった。お日様の匂いを吸い込みながら目を閉じる。ここに来てから二年、彼と出会ってから二年。お互いのことを知り尽くしているようで本当はなにも知らないのかもしれない。一番近くにいるつもりで本当は誰よりも遠いところに位置するのかもしれない。結局最後まで繋がれていた掌をかざし見る。小さく彼の名前をささめいた瞬間だった。襖ががらり開く。視線だけを気だるげに動かせば、鶴丸が立っていた。
「鶴丸……? 今日は出陣もしないし、もう仕事もないよ」
「ん? いや、君の顔色がよくなくて心配でな」
 薬研から薬を調達してきたのだと言うと、彼は手に持っていた盆を机に置いた。粉薬と愛用している湯呑に水が入っている。彼女がその良薬を苦手としているのを知っていた彼は、懇切丁寧にオブラートへ流し込んだ。その様子をじっと見つめていた審神者に気づいたのか、鶴丸はにっと口角を上げながら振り返る。
「それにしても主、大層熱い視線を送られていたじゃないか」
「は?」
「山城の小童のこと、気付いてないわけじゃないんだろ?」
 責めるでも咎めるでもなく、いつものようにどこかふわついたような声色は冗談めいた茶化しを入れているのだと感じ取ることができる。いつものことではないか。そう思いはしたものの無意識のうちに布団の中に在る彼女の拳はぎゅっと握りしめられていた。そんなことを知りもせず彼は乾いた笑みを浮かべ話を続けた。あの男は若いが中々に将来有望である、主も隅に置けない。何の返事もこないことを特段気にも留めず独り言を漸くやめると、彼女の額に腕を伸ばす。途端、ぱしりとそれは振り払われた。速やかに上半身を起こし、ナマエはキッと鶴丸を睨みつける。いつもは仕掛ける側の男が自分の反応に目を皿のようにして驚いているものだから、愉快だった。今まで溢れないようにとぎりぎりを保っていた心が簡単に決壊するのが、面白かった。「鶴丸」名前を、呼ぶ。
「私って、貴方のなに……?」
 思わず涙声になった台詞が二人の間に落ちた。ごくりと喉が鳴る音がする。彼のことを真っ直ぐと捉えながら彼女はただただ口を一文字に閉じ待った。何度体を重ねても嫉妬からかと見える言動を取られても、彼は何も言わない。ただ狡く、その胸に飛び込もうとすればいつだって離せるようなやんわりとした力で抱いてくれ、逃げようとすれば軽く腕を引くものの深追いをしようとはしない。ぽつぽつ降りしきる涙雨。
「つるまる、は……私に優しく触れる癖して、何も口にしてくれない」
「……」
「丁度の良い捌け口? ただの主? それでもいい。でも、苦しいの。形のわからないこの関係が切ない、の」
 苦しげな嗚咽が響く中、ばかだなあ、彼はぽつり呟いた。未だ止まらぬ雫をたたえた双眸に映る自分を覗き込むように口を開く。
「君をなんとも思っていないわけが、ないだろ。毎晩共にいて抱いて今しがた醜い嫉妬から茶化し否定されることで安心を得て。俺は、そんなに酷い男に、みえるか」
「なら、」
「言葉が恐ろしいんだ」
 彼女を遮り俯く彼は言う。言霊にしてしまえば君を縛ることになるからだ。例えば俺が今から千年君を想おうと。肉体が朽ち果て土に還る君をずっと胸に抱えようと。言わなければ君はいつだって俺のことを捨て自由になれる。そこに音として残る約束をしていないからだ。この先やはり刀剣で無く同じ人間がいいとか。ややこを作りその子供のために自らを捧げたいだとか。このような危険が常に纏わる審神者を辞めたい、だとか。短い生涯で無限にある彼女の可能性を摘み取ってしまう自分が言の葉が一等怖いのだ。それでも、と。互いに同じ気持ちであるうちには、愛も恋も紡がずともわかってくれていると思っていた。預ける体温だけで繋がっていると思っていた。文字通り甘えていた。それがこのざまだ。己が言葉を恐れるように、この女も無き言葉に恐怖を抱いていた。文字を綴り歌を送り、今まで人間の何を見てきたのだろう。彼らはそれを重ねることによって愛を織ってきたのに。泣くように笑う彼の頬に、彼女は手を添える。
「約束がいらないなんて言わないで、ばか。死ぬまで縛ってよ、鶴丸」
 やはり自分は人でなしだ、自嘲する。されども許されるというのならば、誰よりも人らしく。瞬間掻き抱くように寄せた華奢な女の耳元で、彼は永久に解けぬ呪いを掛けてやった。
「     」
aeka