「何を熱心に読んでいるのかな?」
 突如降ってきた影にナマエは驚き顔を勢いよくあげた。にっこり、見下ろしながら微笑む刀が一振り。三日月は手に持つ盆を畳に置くと主へと勧める。新茶と饅頭と煎餅が二つずつ――きっとまた光忠に強請ってきたに違いない。あんまり甘やかすんじゃないと後で突ついてやろうか、なんて考えつつ手は湯呑へと伸びるのだからしょうもない。口に運ぶのを満足気に見届けると、三日月は饅頭を一つ取る。いつの間にか閉じられていた本は、厚かった。
「主よ、眉間にシワを寄せて大層な考え事かね?」
「んー……別に。大したことじゃない。本当に個人的に知りたいことがあっただけ」
 明らかにはぐらかすような言葉。普通の相手ならば食い下がるところであったが、目を細め三日月は沈黙の後に「そうか」とだけ返す。流石自らをじじいと称するだけあるな、彼女は心の中で舌を巻いた。伊達に年をとっているわけじゃない、全くもって落ち着きがあり賢明。普段はかなりとぼけているわけだが、ここぞという時にこの人は底知れぬ何かを醸し出すのだ。だからこそ油断を見せてはいけないのだと強く思う。弱い部分を見せたら、とって食われそうだ。なんて、ひどい見方だろうか。
「それより茶だけじゃなく菓子もどうだ。今日のは美味い」
「毎日こうして食べてたら、罰が当たりそうだなあ」
「なあに、主が無ければ俺たちも戦えない。あまり思い詰めて身体を壊されても困るしな」
 あっ、やっぱりこの人は、気付いてる。そんな素振り一つ見せてこなかったつもりなのに。もぐもぐ、ごくり。咀嚼するのは甘さかそれとも苦さか。一つを十分時間をかけ食べてから、ナマエは試すようにその三日月が入る瞳を見つめる。天下五剣の名刀、初めて出会った時も美しいという言葉はこの男のために存在するのではないかと、思った。全てを見透かすような双眸が笑う。気づけば彼女は口を開いていた。
「刀に恋するのはおかしいことだと思う?」
 突拍子もないその質問に彼はにこにことしたままだった。心臓がバクバク脈打つ、まるで生きた心地がしない。返ってこない答えを待てなくなり、ナマエは煎餅へ手を伸ばす。ぱしり、弱い力で引かれる腕。自分から投げかけておいて行儀が悪いな、主殿。耳元で低く囁かれ、全身の毛が逆立つ。本当に……食えない刀だ。心中穏やかではなかったが彼女はさも平然とした態度で、彼の腕の中で顔を上げた。息がかかるほど近い距離、しかしどちらも引く気配はない。これを遠征に出かけてくれている彼に見られたら面倒だなと、焦げそうになっている頭の隅で冷静に思った。
 三日月はいい茶飲み友達であるし、自分の弱いところをよく把握してくれていると思う。部隊で何かしら不具合があれば、年長者である彼に話を聞いてもらっている……それが例え三割ほどしか的を得ていなくても、話を聞いてくれるだけで心が軽くなるし肝心な時に決めてくれるのだ。だがしかしたまに……たまーに、自惚れそうになる。彼は自分を穴が開くほどに見てくれているのではないかと。
「三日月」
「どうした主?」
「苦しい、放して」
「それは俺への命令かな?」
 こくりと小さく頷けば、三日月は視線を彷徨わせてから「あいわかった」と腕の力を緩める。ようやく深く息が吸えることに感謝し、ナマエはゆっくりと彼から離れた。普段使わない場所の筋肉がひきつっている。よっぽど力が入っていたようだ。調子を変えることなく彼は紡ぐ。おかしくは、ないんじゃないだろうか。急に真面目になった声色に彼女は目をぱちくりさせる。
「こんなに四六時中共にしているんだ、何があったって別段おかしくはないと思うぞ」
「……そう、かな。でも私は戦うために選ばれたから、使命を忘れるわけにはいかないなと」
「主は両極端だな、両立という言葉を知らないのかね」
「全力投球してないと折れちゃいそうで」
「折れるのは俺たちの役目だろう?」
 茶目っ気を利かせての台詞であったが、彼女は真剣に捉えたらしい。キッと彼の端正な顔を睨みつける。そんなこと冗談でも言ってほしくなかった。まだ誰一人として欠いたことがない。それでも想像をするだけで裂けてしまいそうなくらい、苦しくなる。目の前からこの男がいなくなったら、窒息死してしまう。
 そんな彼女に彼はくつくつ喉を鳴らした。本当に極端な女だ。丁度というものを知らず走り苦しくなり、結果立ち止まってしまう。それでもってその手を取り足を前に出す存在が、疎ましかった。彼ではない自分が、酷く疎ましかった。
「悪かった」
「……こっちこそ、尋ねておいて勝手に怒って、ごめん」
「……まあ、そうだなあ。俺たちは主と共にある。お前の好きにしていいと、少なくとも俺は思っているよ」
 ただし子は成せぬからな。すくりと立ち退きざまに彼は置いてけぼりにする。パクパク、彼女の口が金魚のように動いた。ああ、愉快だ。ちょっとくらいの意地悪は許してほしい。
「なんで三日月は! そう! 厭らしい!」
「ハッハッハ、短刀の彼と厭らしいことをしているのはどこのどいつかな」
「こんの! 殴る!」
「若いのに飽きたら俺のところに来ても構わんぞ」
「生きてるうちには、離れるなんてない」
 真っ直ぐと言い切った主に、三日月はそっと目を伏せ「それは残念」とだけ呟いた。ならば早く死んでもらうしかないかな、だなんて。なんて、戯言を自分は、
aeka