さあて何がどうしてこうなったのか。鼻歌交じりに着付けていく次郎と、にこにこ笑いながら化粧を施す乱に審神者はただ固まるだけであった。普段は政府に支給された何の面白味もないスタンダードな巫女服で執務をこなし、就寝時には持ち込んだスウェットで転がりと、にっかり青江曰く女っ気ひとつないと称される自分が一体なぜこんな状態になっているのか。はて先刻までは確か鶯丸と彼に淹れてもらった緑茶を啜り、縁側でなんてことのない談笑をしていたはずなのだが。ああそれで偶然通りかかった乱が一緒に置いてあったカステラに目敏く気付いて。三人で会話をしているうちにどうしてだか「主は女の子だし元は悪くないんだからもっとお洒落した方がいいよ!」だなんて方向に話題が逸れていき。あれよあれよという間に昼間から酒盛りをしている次郎の部屋へ連れていかれ(鶯丸はにこやかに手を振り見送るだけだった、畜生)かくかくしかじかなんて話は進んで現在二人の男によって着飾られているのである。乱なんぞは普段から女性であるはずの審神者なんかよりも美容と身なりには気を遣っているし、次郎もこのような悪ノリが好きらしくどうやってか見つけてきたらしい黒引き振袖をこれまた意気揚々と持ってきたのだから、この本丸は本当にのほほんとしているなあと感じざるを得ない。そういうところを好きであるがためになんとも言えない心情なのだが。ポンポン叩かれる白粉に目を閉じる。
「ずーっと僕、主の事綺麗にしてあげたいって思ってたんだよね。次郎さん協力ありがと」
「なあに、アタシも前々からこの子のズボラ加減はなんとかしてやらにゃ思ってたところさ」
いい機会だっただなんてまさか紛いなりとも異性にそんなことを言われる日が来るとは。確かに前々から仕事の忙しさを口にし化粧もそこそこお洒落二の次な生活をしてきたけれど、別に寝巻が問題なだけで普通も普通にしてきたと自分では思っていたが。どうやら本丸唯一の女が物ぐさだったのに不満が募っていたらしい。着せ替え人形になった気分だと、審神者はこっそり溜息を吐き出す。正直嬉しさよりも年単位の付き合いで今更、バリバリ着飾ったところで似合わないと一蹴されたり指さして笑われたりしないかのほうが不安だった。特に心を置いている彼には。
よおしできた! 満足げな次郎の台詞と共に背中を乱に叩かれる。存外な力強さにぎょっとしながらも目を見開けば、前に置かれた姿見に映る自分にこれまた驚いた。化粧とは詐欺であると実感する他ない。ベターにぺたぺた顔を触って確かめるも、どうにも自身以外の何物でもないらしかった。まったく刀のくせに良い腕をしている。いつの間にか、長く下ろされるだけだった髪も所謂夜会巻にされており、アクセントなのかしだれ藤がついたコームが差されていた。
「なんだこれ……」
「ほらね、素材はいいと思ってたんだ。普段のナチュラルメイクもいいと思うけど、たまにはこうやってお洒落に力を入れないと!」
「言うとおりだよ、あいつとアンタがマンネリになられるとこっちとしても面白くないし」
「えっ、なにどういう……」
「さあさあ細かいことは置いといて! せっかく僕たちが頑張ったんだし、みんなに見せて回ろう!」
審神者の問いかけをぶった切り乱が華奢な白い手を引く。そのまま廊下に出れば早速蜻蛉切とかち合った。視線をゆらゆら逸らす審神者にはたと立ち止まるだけの青年であったが瞬間「えっ」と驚愕の声を漏らし頬を赤く染め上げる。ふるふる震える指で失礼と思いながらも差し「主ですか?」尋ねる。彼に負けぬ程度には茹蛸のようになりながら審神者はこくり頷いた。ああなんて恥ずかしい! にんまり笑う乱はなんとも満足そうだ。
「ふふ、驚いた? 僕と次郎さんで着飾ってあげたんだよ、似合ってるでしょ」
「いやはや……驚きましたがそのような格好もいいですね」
「あ、ありがとう……死ぬほど恥ずかしい」
「これから全員にお披露目しに歩くからね。一番最初に見れるなんて蜻蛉切、アンタも幸運だ」
次郎からのからかいの一言に蜻蛉切りは口角をきゅっと持ち上げると深々頭を下げる。そんな彼にわたわた慌てる審神者ではあったが、二人はさっさと腕を取りながら進んでいく。これじゃあまるで公開処刑だと嘆かんばかりである。いやあんな風に驚いてもらえるのはもちろん嬉しいが。
それからはもう長谷部にお茶を吹かれるは、歌仙にいつもよりは雅だねと皮肉だか褒められているのかわからない台詞を投げかけられるは、気が動転したのか小夜が柿を差し出してきたりと大変であった。既に気疲れが最高潮である。それでも二人は刀剣たちの反応に大層気を良くしたらしい、遠征から帰ってくる部隊をそのまま迎えようと提案してきた。ちょっとまってくれ、審神者は顔を青ざめさせる。
「や、それはえっとほら着替えてからで」
「なあに言ってるの、主」
「そうそう。一番見てほしい奴がいるだろう?」
「っ、やっぱり目的はそれ!?」
「はいはい、大人しく薬研兄に会いに行こうね」
ぎゃんぎゃん騒ぐもどこ吹く風か。流石の審神者も両脇を次郎に抱えられては成す術もない。何故こんなにも面白おかしく言われているのか、彼女と薬研藤四郎が恋仲であることが周知の事実だからである。長年近侍を勤めている彼と彼女は初々しさもなく最早熟年の夫婦のような空気を醸し出しており、日頃から弟である乱は物足りなさを感じていた。そこから今回の画策である。次郎もとぼけたふりをしているが事前に打ち合わせを済ましていた。さああの落ち着き大人びた雰囲気を纏う薬研藤四郎がどんな反応を見せてくれるか、非常に楽しみである。
城門前へと出れば丁度いいことに第一部隊が到着していた。獅子王と会話している彼に乱は大きく手を振り名前を呼ぶ。
「おーい、薬研兄!」
「ん? 迎えか、乱。珍しいな」
「えへへ、ねえねえこれ誰だかわかる?」
次郎が突き出す相手は精根尽き果てたらしくぜえはあ肩で荒い呼吸を繰り返していた。それでも髪一つ乱れず衣装に皺もよらず、刀剣と人間との力の差がありありと見える。他の者がなんだなんだと騒ぎ立てる中、即座に気付いたらしい薬研は主である女の名前をきょとんとした表情で紡いでいた「ナマエ……?」。穴があったら入りたいとはこのことか、審神者は耳まで赤くすると蚊の鳴くような声で「おかえり」とだけ答える。視線をばっちり合わせ、首謀者二人は微笑んだ。薬研が彼女の名前を呼ぶのは平生二人きりのときのみである。これはちょっと、いやかなり動揺していることを示していた。漸く地に足着いた女は眉を八の字に寄せながら、覗き込むようにして彼の顔を見た。
「あ、あは……変?」
「いや……どうした?」
「乱と次郎に、遊ばれて……」
「どうだい、吃驚するくらい綺麗になっただろう?」
次郎が聞くも薬研は何も言わずに、恥じらう審神者をぱっと横抱きする。突如感じた浮遊感に叫ぶ暇さえ与えてもらえなかった。きゃーきゃー黄色い声をあげる集団を背に審神者の部屋へと小走りに向かう。そのまま襖を開けると彼はゆっくり彼女を畳に下ろした。わけのわからぬ状況、無言を貫いていれば軽く抱擁される身体。耳元で聞こえる深い溜息。どぎまぎと心臓だけが速くなる。
「や、薬研……」
「……見せて回ったか」
「あ、え、うん」
「あー……そうか、そうだよな」
チッ、短い舌打ちに混乱する。やはり似合わなかっただろうかと次に掛ける言葉を探している途中彼の方が一足早く口を開く。
「ったく……乱や次郎の姐さんもこんな恰好させるなら、俺っちの前だけにしろってんだ」
「は……?」
「大将のその姿は……綺麗だからな。他の輩に見せるのが惜しいって話」
「……変だから怒ってるのかと、思った」
「そんなわけねぇだろ。吃驚はしたが……ほら、泣くな。別嬪が台無しだぜ?」
安心からかポタポタ落ちる涙を拭うと、間を少し開け、今度は審神者の左手を取り薬指に口付ける。その指にある意味をなんとなく思い浮かべてしまい彼女は恥ずかしさに唇を噛みしめながら俯いた。しかし次の瞬間考え事は現実として言の葉になって落ちた。
「大将、いつかはその振袖を俺のために脱いでくれるか?」
「薬研……」
小さく縦に頷けば彼は心底嬉しそうに笑う。再度ふんわりと降ってくる体温を受け止めると審神者も同じように頬を緩めた。