刀剣男士のように戦場に赴くことはなくとも、審神者の一日はなんだかんだ忙しい。朝日が昇るとともに起床し朝餉を作るところから始まり、掃除や洗濯などの家事は勿論、次の戦闘はどこで行うか、また陣形や配置はどうするべきなのかを検討する。付喪神を実体化するだけのお飾りではなく、ナマエも日々学び少しでも彼らが傷つかぬよう、勝率が上がるように研究をしているのだ。出陣や遠征が重なればなるほど忙しくなり、満足に睡眠を貪ることのできない日も当然の如く続く。漸くひと段落ついたある日、第一部隊を戦場へ、第二から第四部隊を遠征へ送り出すとナマエはへたりと座り込んだ。溜まっている大量の洗濯も先刻片付け終えたところだった。ここ一週間は敵側の進行もかなり強力なもので一進一退の攻防戦を繰り広げていたが、どうにか盛り返し普段通りの本丸に戻っている。疲れた、誰にも聞こえないくらい小さな声でポツリ呟く。普段飄々としていて弱音など一切吐かない彼女であったが、流石に今回は精神も身体も悲鳴を上げているようだった。久しぶりにゆっくりと縁側で茶でも飲もうか。今日は日差しも程よく、ぽかぽかとした春らしい陽気だ。そこまでうだうだと考えたはいいものの思うように動いてくれず、手足はだらんと伸ばされきっていた。そのうち眠気の波がナマエを飲み込む。急ぎの用事がないことを頭の中で軽く整理すると、彼女はそれに抗うことなく瞼を下ろした。
 四半刻ほど経った頃、同じことを考え付いたらしい三日月宗近はいつもの通り光忠に茶を二つ淹れてもらうと、おはぎと一緒に盆に乗せ主の元へと足を動かす。本来ならば自分も第一部隊として赴かなければならない身だったのだが、少々手傷を負ってしまい大事を取って本丸へと残ることになったのだ。勢いよく襖を開けるも、いつも飛んでくる「静かに開けろって言ってるでしょう」怒声がない。不思議に思いながら視線をやや下に落とせば、彼の口角は無意識にキュッと吊り上がった。スースー、規則正しく静かな寝息。猫のように体を丸めながら寝入る主の姿がそこにはあった。とても珍しい、そう思いながらも足音を立てぬよう近づき、彼はしゃがみこむ。そのままじっとナマエの寝顔を見つめた。気難しく眉を寄せる女は、夢の中でも自分たちを相手にしているのだろうか。平生の彼女はこのような隙を、例え仲間である刀剣たちにだって見せることはない――ただ一振りを除いては。一本の糸のようにピンと張りつめる女が無防備に肢体を放っているのは些か目に悪かった。ある感情を抱いているのなら、なおさら。三日月は盆を脇に置くと、ナマエの栗毛に遠慮がちに手を伸ばした。数え年で二十しか生きていない小娘なんぞに触れようとするだけでこんなにも胸の昂ぶりを感じるのだから、自分もまだまだらしい。天下五剣、最も美しい刀と言われようが、この女の前ではきっとただの男なのだ。ふわり、前髪に指先が絡む。
「ナマエ……」
 普段は絶対に呼ばない、否呼べない彼女の名前を彼は音にした。あの刀剣にしか持ちえない特別を、どうして自分が手にできないのか。羨望されていようが力を有していようが、仕方がない。自分は短刀の彼ではない。ただそれだけが隣にいることを許されているかいないかの、違いだった。儚くともよかった、別にこの容姿と力に依存しているわけでも執着しているわけでもない。ただ、彼女の視線の先が、欲しかった。こうして眠りについている時でさえも、きっとナマエは自分を映さない。見ないのではない、映さないのだ。人の形とは、心とは、ずいぶん不便だと思う。それでも嫌悪しているわけではなく、有るがままを受け入れている自分は。いやはやまるで人間のようだ、乾いた笑いを漏らす。随分と深い眠りなのだろう、撫ぜても軽く抓っても彼女の目が覚めることはない。第一部隊が戻ってくるまであと半日はある。その二つから導き出した答えに満足すると三日月も同じようにごろりと畳の上に横になった。そのまま小さく縮こまる主の体を軽く抱きすくめる。ふわりと香る匂いは梅の花とよく似ていた。
「まあそうだな、俺も寝るか」
 ぼやく台詞に応えは返ってこない。それでもいいのだと思う。答えの見えない道でも、良いのだ。覚醒した瞬間のあわってっぷりを想像し一人含み笑いをすると、彼もまた瞼をそっと下ろした。光を、断った。
aeka