「たーいしょ、乗ってくかい」
 友人とお茶をした帰り道、夕日もそろそろ沈むかという時間帯に後ろから声をかけられた。聞きなれたそれなのに何故だか驚いてしまう。後ろを振り返れば案の定、自転車に跨る学ラン姿の薬研がいた。聞くに家のお使いを頼まれたらしく、なるほど前に付いた籠にはパンパンのエコバッグが入っている。兄弟が多い彼の家の買い物は大量であり大変らしいことは見て取れた。
「え、いいよ。ただでさえ重そうだし」
「何言ってやがる。大将一人乗せたくらいじゃ俺っちはへばらねぇよ」
「でも」
「これも鍛錬ってな。いいから乗った乗った」
 訊ねる割に拒否権はないのだ。腕を取られ逃げられないことを悟ったナマエは、眉尻を下げながら礼を言った。そのまま荷台に腰かけ薬研の肩に腕を置く。風を切り軽快に進んでいく自転車は存外スピードが出ていた。ははあ、心の中で唸る。伊達にさっきの台詞を吐いたわけでないみたいだ、自分ひとり荷物が増えたくらいじゃ彼にとってはなんの問題にもならないらしい。細い背中をじろりと睨みつける。まだ私より小さいくせに。そう思わなければなんだかやっていられないのだ。
「先に家に寄っていいか? 兄弟たちの飯が遅くなるんでね」
「うん、それは勿論」
 辿り着く一軒家。薬研の家に来るのはそれこそ小学生以来だった。お互い剣道場と自宅を行き来するような生活を送っていたので、繋がっているナマエの家で遊ぶことが殆どだったのである。バッグ片手に玄関へと消えていったかと思えば、扉の隙間からちょいちょい手招きをされる。どぎまぎしながら「お邪魔します」と小さく声にだし足を踏み入れた。下足を見る限り何人かは既に帰宅している様子だ。不意に「あーっ!?」素っ頓狂な叫びが聞こえる。
「ナマエ!?」
「な、鯰尾! わー、久しぶり!」
「久しぶりじゃないよ、まったく! 道場辞めてから全然顔出してくんないしさあ」
「ごめんごめん……」
「今日はどうしたんだよ? って、ああ。薬研か」
 綺麗に揃えられているローファーに合点がいったとでも言いたげな表情を見せる。相変わらず甘いねえ、だなんて。そんなの自分が一番よくわかっているのだけれど。鯰尾はナマエと同い年であり、双子の片割れである。小さなころはやんちゃ故にお互いがお互いを反発して殴り合いの喧嘩、なんぞ物騒な事も幾度かあったが中学に上がってからは随分と落ち着いてしまった。薬研を除けば一番よく話していた仲だったかもしれない。数分は互いの高校の事や彼の兄弟たちの様子を聞いたりとしていたが、荷物を整理してきたらしい彼が戻ってきた。鯰尾の方をちらり見やると「帰ってたのか」なんて口にする。
「大将、行こうぜ」
「ええっ、もう帰っちゃうの?」
「あはは、ごめん鯰尾。また改めてお邪魔するよ」
 腕を引かれ再び荷台に乗せられる。さっきと違うのは彼が捕まるように導いた箇所が、腰であったということだけだ。短く「えっ」と声を漏らすも何でもないという風に漕ぎ出してしまう。密着度が桁違いに跳ねあがったことに心臓がどぎまぎしだす。何を、そんな。もう何年か前まできゃあきゃあ騒ぎながら抱き合ったりしていたじゃないか。こんなもの、なんともない。はずなのに。
「……大将」
「え、え?」
「軽すぎて鍛錬にならないから、もっと食えよ」
「……」
 またこうして後ろに乗る機会など、あって堪るか。死ぬほど恥ずかしい。そう思うのに嫌な気分などひとつもしないのだから、自分はきっと頭がおかしくなったのだ。
aeka