秋も深まり学園祭当日、ナマエはシフトを終え他クラスの友人のところへ向かおうと廊下を一人歩いていた。途端背後からポンと肩を叩かれる。多くの生徒や外部からの来客者が往来するなか、振り返った。藤色の双眸が見上げてくる。やげん、すぐさま音が飛び出た。
「よお大将、一本どうだ」
どうやらフランクフルトを歩きながら売っているらしい。彼は見目の麗しさから異性の人気は勿論、その男気で同性をも年齢問わず惹きつけるものだからそう苦労せずに、請け負っているノルマは達成することだろう。それでも幼馴染のよしみだ、丁度お昼時であるし。彼の掌に二百円をぽとんと落とす。まいどあり、笑顔と共に交換する際に指先が触れた。瞬時に顔が熱くなる。幸いなことにそんな彼女の様子に気付くことがなかったらしい彼は、残りを売ってくると背を向けて行ってしまった。ふうと溜息を吐き出す。最近の自分がおかしいのはわかっていた。それでも認めたくないのは、彼との付き合いが長いからだろうか。それとも年下だからだろうか。お転婆なころを知られているからだろうか。答えなんて出したくない。加えて彼女はこういうことに関しては苦手意識を持っている部類である。とにかく一旦このことは忘れ、友人と年に一度の行事を満喫しよう。そう思い直しナマエは再び足を動かし出した。
中間一貫校ともあってか、見て回るところは山ほどある。知り合いのクラスにひょっこり顔を覗かせて冷やかしたり、軽音楽部のライブを体育館まで見に行ったり、生徒が作ったにしてはクオリティの高いお化け屋敷にきゃあきゃあ騒いだり。存分に遊び倒し残るところ一時間を切っただろうか、すっかり足が疲れてしまったこともあり、ナマエは友人と屋上に続く階段の踊り場で休憩を取っていた。
「今年も楽しかったね」
「そうだね。来年は受験生だから、こうもいかないんだろうけど」
溜息混じりの台詞にそういえばそうだったなあと少女は視線を上に彷徨わせる。大学はどこにするのかと、度々家族間で話題に上がることはあったもののまだ先の事と深く考えたことがなかった。剣道を続けていれば強い部活のあるところと答えていただろうが、今の自分には何もなかった。ぼんやりしていればにんまり笑顔を向けられる。
「でもナマエちゃんは地元、離れないでしょ?」
「えー、なんで?」
「彼氏と会うのも大変じゃん?」
いいよねー、だなんて呟く友人に固まる。はて、彼氏とはいったいなんの話か。カタコトになりながらも訊けば、心のどこかで予想がついていた名前が挙がった。中等部の薬研くんと、付き合っているんでしょ。耳から湯気が出そうだ。一体全体どうしてそうなった。狼狽えていればみんなそう言ってると、いらない情報まで提供してくれる。みんなって、誰だ。
「な、なにそれぇ……!?」
「二人でよく一緒にいるでしょ」
「いや、そう……? え、でも、違うし、えええ……」
「いいじゃん。薬研くんかっこいいって人気だよ」
そういう問題ではないだろう。抱え込んだ膝の間に顔を埋める。黙り込んでいれば「ナマエちゃんは薬研くんが嫌い?」訊ねられる。そんなことない。昔みたいな距離感とはいかないが、いてほしい時は必ず傍に居てくれる。大将という呼び方は一向に変えてくれそうもないが、いつだって優しくしてくれる。でもそれは自分が彼の幼馴染で一番近い異性だからなのだ。一期くんだってそうだった。なんの迷いもなく疑問を抱くことなく、自分はいつの日か彼の特別になれるのだろうと思っていた。けれど彼は綺麗な大人の女の人と、結婚してしまった。薬研もきっともう何年かしたら、似合いの可愛い同級生の女の子の手を取って、笑って、その子を幸せにするために生きるのだろう。自分ではない、誰かのために。ちくりと、胸が痛む。
「それって好きってことじゃん」
「……」
聞こえないふりをした。