「俺があんたよりでかくなったら、ケッコンしてくれ」
 私が中学生になった時に、お隣に住む粟田口さんの五歳の息子にこう言われた。礼儀正しく優しい兄の一期くんとは全く違い、薬研くんは三歳の時から口説いてくるほどませたくそガキであったので然程驚きはしなかったものの、ちょっぴりドキッとしたのはいただけない。そして「はいはいわかった」なんて適当に了承をしてしまった過去の私もいただけない。しかしだって胸倉を掴み上げ涙をボロボロ流しながら怒鳴ってくるような男になると思わなかったんだもの。言い訳。
「なあ、俺と結婚してくれるって言ったろ? 忘れたなんていわねぇよな?」
「ああうん、はい。記憶にございます」
「ならなんで他の男のところにふらふら行って婚約してるんだ!?」
 どうにかしてくれ、本当に。ガンガン揺さぶられている御蔭で後頭部にはたんこぶができていそうだし、こんなに美しい少年の口から吐かれる数々の暴言に少々耳が痛い。こんなに堅実に生きていてビッチだ阿婆擦れだと言われる日が来るとは思わなかった、ハハハハ。
 だいたい私はその約束とやらをしっかり覚えていたし、例え幼子の冗談だとしても心の隅にはおいていた。いつでも。同輩に告白されようが先輩とお付き合いをしようが、今までちゃーんと。それがどうでもいいやと思うようになったきっかけは君にあるんじゃないか。私は見てしまったのだ。彼と同じ高校のブレザーを着て隣を歩く、モデルのように美人な女の子を。手を繋ぎながら家に入って行った。あの華奢な後姿を生涯忘れないだろう。友達だなんて言い訳には一切耳を貸さない。ドアが閉じる瞬間顔と顔をくっつけているのを確認してしまったからだ。
「今からでも遅くないから婚約破棄してくれ……なあ、頼む」
「結構好きなんだよね、あの人のこと」
 ぐえっ、潰れたカエルのような声が自身の喉から漏れた。首を絞められているのだと、酸素濃度が低くなる頭の中認識する。これが好きな、愛している、人間にすることか。畜生だ。藤色の目が見下ろしてくる。
aeka