目が覚めたそこは自室だった。寝返りをうち、掛け時計を見れば深夜の一時である。薬研くんに捕まったのは会社から帰宅した七時ごろ、単純計算して約四時間も意識を失っていたらしい。起き上がって手鏡を取る。首にはくっきりと細くて長い指の跡が残っていた。夢でないなとわかりきっていたことだが改めて背筋がぞくりとする。あの折れそうに儚い青年がこの首を力いっぱい絞めていたのだ。そこまで思ってはて、頭を傾げる。一体全体私はどうやってここに帰ってきたのか。父親は単身赴任の真っ最中であるし、母親は私が高校を卒業する前に死んだ。まさかあの子が懇切丁寧にここまで運び布団をかけてくれたとは考えにくい。首を縦に振るまで離してくれそうにないなと考えていたくらいなのに。そんな疑問を払拭する声が聞こえる。
「ああよかった、気が付かれましたか」
「……一期くん」
「どうぞ。白湯ですが」
盆に乗った湯呑を受け取り、流し込む。大学のサークル後そのままの格好なのだろうなということは、部屋の隅に置かれた彼のスポーツバッグとジャージ姿に安易に予想することができた。漸く一息ついた私に一期くんは頭を下げる。この度は愚弟が大変なことを……まんまテンプレ通りの台詞に慌ててしまう。確かに死ぬかと思ったがそれは彼のせいでないし謝る必要だってない。それどころかこうして家まで連れて帰ってきてくれて感謝したいくらいなのだ。
「一期くんがいなかったらどうなっていたことか」
「驚きました。薬研にはよく言い聞かせますが……あの子は酷く貴方に執着しています故、私の言うことも聴くかどうか」
「気に病むことじゃないよ。それに私、もうすぐ結婚してここを出て行くし」
場を和ませるためにけらけら笑いながら言ったが、一期くんはにこりともしてくれなかった。乾いた笑い声だけが落ちる。彼のなんとも言い難い青白い顔を見ていたら唐突に不安の波が押し寄せてきた。だんまりしたままの口が開かれる。薬研は難儀な奴です。ぽつり呟かれた言葉に私の笑い声もぴたりと止まった。
「幼い頃にしたという約束を、何度耳にしたか。あと少し、もう少し。貴方を見るたびにひとりで、」
「時効だよ、そんなん。だいたいいくつ離れてると思ってるの? さっきも言ったけど、私婚約者がいるんだ。結婚するの。薬研くんも可愛い彼女、連れてたじゃん」
「……何かあったら仰ってください。夜遅くまで失礼しました」
彼はそれだけ言い残すと頭を下げ、出て行ってしまった。残された私はぼんやりと空を見つめる。藤色が頭の隅から、消えてくれない。