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 雨が降りしきる街中の細い裏路地を、黒いフードのついたローブを身に纏って歩く少女がいた。
 少女の肩には、背景の闇と同化して見えにくいが、驚くほど真っ黒な鴉が止まっていた。身体を覆うローブの胸元では、複雑な形の紋章が金色に輝いている。少女は周囲を警戒するように気配を散乱させながら、ゆっくりとした足取りで歩いていた。
 ふと不穏な空気を感じて歩みを止めた彼女は、腰から下げたホルダーに収納してある『それ』をしっかりと握り締めると、低い声を暗闇の中に投げかける。

「さっきから、俺をつけてくるのは誰だ?」
「完全に気配を消していた我々に気付くとは。流石死神と謳われた子どもだな。セーヌ=ヴェルベーナ」
「そんな戯言口にする前に、とっとと姿を見せたらどうだ?」

 少女がぽつりと呟くと、幻術で姿を消していたのだろう、全身を黒一色で覆った男たちの集団が姿を現す。例えるならさしずめ日本のニンジャといったところか。彼らはスタンガンに短剣に銃に、物騒な物を手にじりじりと近付いてくる。
 1人の男がスタンガンのスイッチを入れ、突如少女の背後から襲いかかる。少女にそれを難なく避けるが、それを合図に他の男たちも次々と武器を取り出して少女に向ける。

「悪いが、ここで死んでもらう。我が偉大なる王のために」
「……お前たちは、いつもそう言うな。何故俺を襲う。誰の命令なんだ」
「お前のような腐った人間に、そのようなことを教える価値などない」

 深くため息をつく。隊士たちは、相手にしている人物がまだ20にも満たない少女だということを諸ともせず、大人数で襲いかかってくる。少女は、ローブの中で握っていた『それ』の『柄』を思い切り引き抜くと、地面を蹴る。

「otto:ベディヴィア」

 ザワリ、と木々が大きく揺れる。少女が再び両の足を地面につけた頃には、男たちは1人残らず地面にひれ伏していた。ざっと見20人はいるであろう男たちの胸元から血が溢れだし、心臓の辺りを月の光に照らされて美しく輝く刃物のようなものが貫いている。少女は『血のついていない』武器をローブにさっと仕舞うと、携帯電話を取り出してしゃがみ込んだ。
 1人の男の頸動脈に指を当てて、息をしていないことをしっかりと確認する。しかし直後、まだ辛うじて意識のあった1人が血で汚れた手を伸ばし少女のか細い足首を掴んだ。

「お前が我々を殺しても……王はいずれ必ず…お前を殺そうと、何度でも…!」
「……血に穢れたその手で、俺の身体に触るな」

 少女は男の顔面をブーツの先端で思い切り蹴り上げて、無理矢理に足を掴んでいる手を離した。それから携帯電話のキーを巧みに操作して、1人の男の名前を呼び出し電話をかける。コール音が3回ほど鳴ったところで、その相手は電話口に出た。

「任務終了だ。処理は頼んだぞ」
【了解。今回は随分と早かったな】
「…………別に、いつも通りだろ」

 少女はその、いつも飄々とした態度を変えないその男が少し苦手であった。もう何年も一緒に住んでいる相手だ、流石にもう心も許しているし信頼だってしている。しかしどうも、その掴みどころのない性格が気に食わなかった。

【雨降ってんだから早く帰って来いよ】
「心配いらない。ローブがある」
【………ったく、女の子だろ?自分の体調管理くらい】
「うるさいな、お前はいちいちお節介なんだ。場所は『跡』を残しておくから特定してくれ」
【はいはい】
「何か文句があるなら言ってみろ」
【ありません。今そっちに行くから、早く帰っておいで】

 少しむかついて電話を切ると、少女は振り返って、自分が創り上げた死体の山を仰いだ。肩に乗った相棒の鴉が大きく羽ばたいてその死体の上に止まる。

〈なあなあセーヌ、もう喰っていいだろー?腹減ってんだよ!〉
「……お前に背徳感というものはないのか」
〈それをお前が言うのかよ。なあ、いいだろ?〉
「……勝手にしろ」
〈お、サンキューな〉

 人間の言葉を流暢に紡ぎ出す、黒衣に包まれた鴉。存在自体が驚きであるが、更に驚くことに彼は鋭い嘴を死人の眼球にブスリ、と突き刺してみせた。眼球を潰す、耳を塞ぎたくなるような音が少女の優れた耳に反響する。1人の死人の眼球を潰した後、鴉は次から次へと死体の間を飛び移りながら、同じように眼球を潰し同時に血液を体内に取り込んでいった。身体の黒色が、血を取り入れることで更に映える。
 全ての眼球を抜き取ると、鴉は翼で嘴を拭き、満足そうな表情を浮かべた。

「その行為に何の意味があるんだ」
〈いつも言ってんだろ?お前と同じ痛みを、こいつらにも味合わせるんだよ〉
「……………」
〈オレだって、喰いたくて眼球喰ってるわけじゃねーよ。セーヌのためだ〉
「お前の行動は全て俺のため……そうだったな」

 そんなことする必要なんて無いのに。少女の呟きは激しさを増してきた雨音に掻き消され、相棒には聞こえない。少女は鴉を肩の上に招くと、その場を逃げるようにして去った。



(つーかあの鴉、いつも眼球だけ抜いてくのやめろよな)
(後処理すんの俺なんだけど……)




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