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 並盛中、会議室。現在この場所では静かなる戦いが繰り広げられていた。

 今、この会議室では各委員会の委員長が集まった会議が開かれている。当然せんの直属の上司であり風紀委員長である雲雀恭弥も、この会議には参加している。しかし彼はそんな会議に対して興味が無いのか、窓枠に背中を預けてぼんやりと空を眺めていた。
 それもそう、雲雀は強いものにしか興味がないのだ。人の群れるこんな会議に出ていたって彼にとって得など1つもない。



(……暑いし暇だし早く終わらないかな)



 そんなことを考えつつ雲雀はぼんやりと空を見上げるが、ふとある生徒が放った言葉に対しこめかみをひきつらせた。その部屋を使うのはずるいと、たったそれだけの言葉で、そしてさらに増した雲雀の不機嫌さによって会議室の中の温度は残暑が激しいこの季節の中寒さを感じるほどになる。
 その生徒は、まさかそれが言ってはならないことだとは知らずに思わず口走ってしまったのである。



「おい、今のはまずいだろ」

「応接室を使うのは雲雀さんだぞ!」



 他の生徒たちの言葉で我に返ったのか、女子生徒は慌てて口を押さえるがもう遅い。同じ部屋にいる雲雀の耳にもそれは当然聞こえているわけである。しかし雲雀はそんな女子生徒の言葉にも会議にもとことん興味がないらしい。腕を組んでぽつりとなにか問題でも?と呟くだけだった。
 風紀委員の活動場所が応接室になったのは、特別扱いをしているというよりは単に雲雀が静かに仕事のできる空間を欲していたが故に今まであまり使われることのなかった応接室が充てられただけのことだ。雲雀にしてみれば寧ろ文句があるなら部屋割りを決めた職員に言えと言いたいくらいである。

 左腕に光る腕章。窓枠に寄りかかって涼しそうな顔をしている雲雀だが彼は内心、そろそろいらいらし始めていた。こんなつまらない会議に、いつまでもいたくないのだ。ふあ、と大きな欠伸をすると、彼は再び窓枠に背中を預けるのだった。



 *
 *
 *



 それから、数十分後。学校に隣接している歯科医院の屋上から、1人の赤ん坊が双眼鏡で並盛中学校を眺めていた。
 その赤ん坊とは勿論アルコバレーノの1人、リボーンである。彼は雲雀の怒りを買った彼らが風紀委員の制裁を受けるその瞬間をずっとこの場所から見ていた。ボンゴレファミリー10代目の守護者を集めているリボーンは、群集を嫌うがためかほとんど独学で力をつけた雲雀に多大な興味を抱いていたのだ。

 風紀委員の拳によって痛々しく顔面を腫らしている生徒たち。雲雀は今回は彼らに手を加えることなくその様子をしばらく校舎の中から傍観していて、しかし興味が失せたのか窓を閉めて姿を消してしまったため、リボーンも観察を終える。そしてなんとなく男たちの倒れている中庭に視線を戻す。そこに、やってきたのは。



「……あいつは……」



 小走りでやってくる1人の少女。数日前ボンゴレのボス候補である沢田綱吉の家へと来訪してきた、自らが最も尊敬する殺し屋だ。

 リボーンたちが身を置く裏社会において『セーヌ=ヴェルベーナ』という名前を知らない者はいないであろう。逆にこの学校に潜んでいるマフィアに、彼女が夜神の人間であることを知る者はいないであろう。獄寺くらいならセーヌの名前までは知っていても、まさか神谷せんが夜神の人間だとは知りもしないはずだ。
 リボーンは興味深く、彼女のこれからの行動を観察しようと再び双眼鏡を覗く。



「……殺し屋、夜神せん……か」



 これから彼女が何をしようとしているのか、リボーンには予想がついていた。
 彼女はマフィア専門の殺し屋だ。基本的に一般人には興味を抱かないし、殺すこともない。だから、倒れている生徒たちを一瞥してそのままその場を去るものだろうと、リボーンは考えていたのだ。

 しかし彼女のとった行動は、その想像を遥かに超えるものだった。



「…………あの力……!」



 少女は男たちの前にしゃがみこむと、自らの手のひらを傷口にゆっくりと翳したのだ。淡い光とともに消えていく傷跡。
 何が起こったのか、双眼鏡を覗いているだけでは詳しくは分からない。しかしただただ、リボーンはその驚くべき光景に言葉を失っていた。



「傷を癒す力……さすがだな」



 リボーンは双眼鏡から自分の目を離してにやりと口元を緩める。そして双眼鏡に変身していたレオンをパラシュートに変えると、もっと彼女の姿を見やすい場所を探して屋上の床を蹴りあげた。



 *
 *
 *



[……ねえサルビア、これってどう考えても可笑しいよね]

《……どう考えても可笑しいよな》



 所変わって、リボーンが自分たちを見ているとは当然知らないせんとサルビアは激しく誰かと誰かが殴り合う音を聞きつけその現場に駆けつけていた。主犯、つまり上司である雲雀はすでに姿を消していて、そこにいるのは倒れた男が3人。ただそれはどうやらトンファーによって殴られたものではないらしかった。



[………これ、嘘だと思ってもいいかな]

《いや、それはダメだろ。ったくよー、風紀の兄ちゃんの前で群れるこいつらもアホだよな》

[ごもっともだね。どこまであの上司、あたしに仕事を押し付ける気なんだよ]



 1人の男の前に座り込み、脈に手を当てる。一応ちゃんと息はしていることを確認してまた面倒なことをしなければならないのかと、大きなため息をついた。



「……ねえ、念のため聞くけどその怪我、風紀委員の誰かにやられたわけだよね」

「………っ………」

「はあ……こんなことになるって分かってるなら、最初から雲雀の前で群れるのやめようよ。あの人が群衆嫌うの知ってるでしょ」



 ただでさえ息をするのも絶え絶えな彼らに特有の黒いオーラを向ければ、素直に何度も頷く。その様子が可笑しかったのか、瞳の中に納まっているサルビアはまた笑いこけているようだ。



「……傷、治療してあげるからとりあえず今は意識、っていうかついでにあいつらに殴られた記憶も無くしといて」

「……え、何を………ぐはっ……!!」

「……まったく、治してやるって言ってんだから口答えするなよな」

《……おいせん、まさかまたあの力を使っちまうのか》



 せんは怪我をしている彼らを次々と容赦なく拳で殴りつけ気絶させると、いつものように溜息をついた。あの力というのは、仙月から受け継いだ力の1つ、癒しの力のことだ。
 せんは日常生活において、滅多にこの能力を使わない。癒しの力を使うとその分体力や体内の酸素を大量に消費してしまうからだ。以前より少しは改善されたものの、雲雀の制裁行動は未だに終息を見せない。それが、彼に過去の悲劇を思い出させてしまった自分自身のせいだとせんは分かっている。だから最近はせめてお詫びのつもりで、と被害者になった者たちの治療に当たるようになったのだ。



「はあ、3人か。結構な重労働だな」

《無理すんなよ?お前が何を考えているかは分かってるけど、仕事もあるんだから》

[ん、さすがに完治させたりはしないよ]

《……ま、具合が悪いと思ったらすぐにやめることだな》

[はいはい、分かってるから]



 せんはワイシャツの袖を少し捲ると、倒れている3人の傷の上に手のひらを翳してゆっくりと精神を統一させていき、言霊を詠唱する。
 淡い光とともに、深く刻まれた傷はみるみるうちに塞がりその跡すらもなくしていく。



「……今日も暑いなあ……」



 治療を終えたせんはゆっくりと立ち上がると、額に流れた汗を手の甲で拭った。



 *
 *
 *



[……さいあくだ]

《だから言っただろ、無理すんなってよ》

[……だって、久しぶりとはいえここまでとは思ってなくてさ……]

《……ったく、風紀の兄ちゃんが黙っちゃいないぜ?早く仕事しねえと》

[そう、だけど……]



 黒を基調とした部屋の壁に、数々の優勝トロフィーや輝く盾。窓際に置かれた年忌物の執務机と部屋の真ん中に置かれた黒い2つのソファー、ガラス製のセンターテーブル。ここは今学期から風紀委員会の部屋として使われる、応接室である。

 せんは、テーブル上に置かれた書類には手をつけず、ソファーに深く座り込みぐったりとしていた。先ほど倒れていた生徒たちの傷を3人分治したことで、体内の酸素が大量に消費されているのだ。頭に血が回らずズキズキと痛みが走り、おまけに身体のだるさも感じるためさすがのせんでも動く気力も無い。



「ねえ、さっきからどうしたの」

「……別に、何でもない」

「何でもないわけないでしょ。どこか具合でも悪いの?」

「……もしそうでも、雲雀が気にするようなことじゃないよ」

「……そう、それならいいけど」



 委員長である雲雀は窓際の執務机でペンを走らせているわけで、彼の視界にはばっちりせんの姿が捉えられている。それがさっきからずっとこうして動く気配も見せずソファーでうな垂れているのだ、不思議にも思うはずである。
 しかしいつもはちゃんと仕事をこなしているせんの言うことだ、たまにはと雲雀は再び手元に視線を移した。せんとしても、雲雀が今の状態の自分に興味を持たないでいてくれることは救いであった。



「……大丈夫なら、早くその書類頼んだよ」

「……ん、了解」



 せんは何度か浅い呼吸を繰り返し、ソファから体を起こした。
 書類の量は相変わらず山積みだがいつもよりその量も少なめな気もする。そんな彼の気遣いに苦笑いすると、常備しているホッチキスを取り出した。



「……はあ……」

「……やっぱり君さっきからおかしいよ。ため息つくし動きも鈍いし。大丈夫なの?」

「……うわ、雲雀の口から気遣いの言葉が出るとは思わなかったよ」

「死ね」



 至っていつも通りのやり取りを交わしながら、それでも書類を纏める手は止めない。しかし作業を続けている中で止めた芯が曲がってしまい、それを雲雀に伝えようとホッチキスをいったんテーブルに置いた。



「……ホッチキスの芯が曲がった」

「……あのね、君の出来る仕事それしかないんだからしっかりしなよ」

「だって、ホッチキスが言うこと聞いてくれないんだもん」

「ホッチキスのせいにするな」



 曲った芯をなんとか取り除こうとするが、やはり視力がないというだけこういう細かい作業はなかなか難しい。うーん、と悩みに悩んでいるせんを見て雲雀はため息をつくと、カチャリとペンを机に置いた。



「……その紙、貸して」

「へ……?」

「君にやらせてたら時間がもったいない」

「……お願い、します」



 最近ようやく少しだけ使い慣れてきた敬語を話すと瞳の中のサルビアが笑ったのが分かって、鋭い爪を向ける。雲雀は器用な手つきで折れ曲がった芯を取り除くと、ばさりと書類をせんの前に戻した。



「はい、取れたよ」

「……ありがと」

「……顔色悪い人にお礼言われても、嬉しくないものだね」



 雲雀はまたため息をつくと、ソファーに無造作に置かれていたブランケットをせんの肩にかけた。そして自身はそのままソファの背もたれに腰掛ける。
 彼の突然の行動にせんもびっくりして、思わず振り向く。



「………えっと、これは……?」

「そんなペースで仕事されても邪魔なだけなの。気分良くなるまで寝てたら?」

「………やっぱり、いつもの雲雀と違うね今日は」

「殺してやろうか」

「『咬み』がついてないよ『咬み』が」



 雲雀ははあ、ともうすでに幾度目かになるため息をつきながらすぐそばにあったせんの頭を軽く殴る。不意打ちを食らったせんはというと、殴られた頭を擦りながら案外痛いとしばらくの間文句を呟いていた。



《……大丈夫か?風紀の兄ちゃんが心配してるぜ》

[雲雀が心配?あたしを?いや、そうは見えないけどね]

《……あいつは感情表現が下手だからな。そう見えなくてもオレには分かる》



 まさかと思いつつもそっか、と呟いてせんは再び作業に戻ろうとホッチキスを手にする。しかし、その作業は突然の来訪者のせいで妨げられた。



「ここが応接室か!初めて入るぜ」

「………あんたは……」

「……あれ、神谷?」



 無礼にも雲雀のテリトリーともいえるこの応接室の扉を開け放ち入ってきたのは同じクラスの山本であった。その後ろにはいつものメンバー、獄寺隼人と沢田綱吉もいる。



「……部外者か」

「……あーあ」



 ぽつりと雲雀が呟く。風紀委員会がこの部屋を使うことに決まった理由はいたってシンプルだ。今まで使用していた生徒会室は生徒の往来が多い職員室の隣にあり、非常に騒がしかった。そのため、人の群れを嫌う雲雀が静かに仕事をしていられる場所を欲した結果、ほとんど使われていないこの応接室が宛がわれたというだけの話だ。
 そんなところへノックもなしに無断で入って来られたら、彼が何も言わないわけがない。



「なんだ、あいつ。初めて見る顔だな」

「…………」



 山本の横をすり抜けて、今度は獄寺が部屋に入ってくる。風紀が乱れることを嫌う雲雀の前で煙草をくわえたままという自殺に等しいことをしながら。



[………あーあ、スモーキン・ボムのやつ……]

《風紀の兄ちゃんの前で煙草吸うなんて度胸あんだな》



 一方、それをソファーの上から傍観しつつ仕事をする手を休めないせんとサルビアは、言うことばかりは至って呑気だ。



「僕の前で煙草吸うとはいい度胸だね」

「雲雀、あまり暴れすぎないでよね」

「はいはい。さて、あの煙草を消してもらおうか」



 何度か彼と言葉をやり取りした後、ひゅん、と一瞬の風を切る音。
 目にも見えない速さで己の大切な牙であるトンファーを取り出した雲雀は獄寺の吸う煙草の、煙の上がる先端を的確に切り落とした。床に落ちた煙草の先端をぐしゃりと靴で踏みつける彼は随分と苛立っているようだ。



[……相変わらずの早業だね。器用なのかも]

《ああ、独学にしちゃすごい適応力だな》

[あれで本当に独学?信じられない]



 しかし、これが雲雀恭弥という人間である。気に入らない人間がいれば、それがどんな人物であっても仕込みトンファーで滅多打ちにする。それが、彼が今この街で恐れられている所以である。決して、誰もその行動の裏側に隠された真意は知らないのだけれど。



「……今イラついてるんだよね。いい憂さ晴らしになりそうだ」

「………うわ、それあたしのせい………?」



 ひしひしとした雲雀の殺気が、部屋全体を支配する。
 一般的な人間であれば今すぐにでも失神しているであろうその殺気。実際、殺しに長けたせんでもそれだけの殺気を放つ彼に対し驚きを隠せないところだ。

 しかしこの絶対零度の状況下、唯一空気を読んでいなかった沢田がさらに獄寺たちの横をすり抜け部屋に足を踏み入れる。山本の慌てた声が聞こえるがもう遅い。雲雀が、トンファーを振るうほうが先だった。
 相手がだれであろうと関係ない。雲雀は沢田の頬を横殴りにするとそれにカッとなった獄寺をも床に平伏せさせる。



「次は君かな」

「………くっ……!」



 続いて、今度は山本にトンファーを向ける。山本は1年ながら野球部でレギュラー入りしているだけあり運動神経は抜群だ。せんもソフトボールの授業のとき、その人気ぶりと活躍ぶりは間近にしている。
 しかしそれでも雲雀には敵わないのであろう、あっさりと右手を怪我していることを見抜かれた。さすがは、せんが盲目であることを見破ったほどの観察力だ。



「これで3匹目、と」

《おっ、最後はトンファーじゃなくて足か!うはー、やっぱセンスあるよな風紀の兄ちゃん!》

[サルビア、興奮しすぎ]

《そりゃ興奮するだろー!強い奴に興味を持つのは悪いことか?》

[そうじゃないけど……でも、あの山本を差し置いた運動能力は認めざるを得ないね。身体の使い方ってやつを本能的にちゃんと分かってるんだよ、雲雀の場合は]



 ソファーの上から一連の流れを耳とサルビアの情報によって把握していたせんは、興奮する瞳の中の存在とは逆に呆気にとられていた。

 ボンゴレと言えば、昔から裏社会の中でも格式高いファミリーだ。しかしその10代目ボス候補と守護者の実力がこんなものだったとは。残念だとかそんな思いを通り越し、すでに彼らに呆れてしまっていた。



「……うう、いってえ……」



 頬を抑えながら、むくりと沢田が起き上がった。雲雀の与えた攻撃が浅かったとは思えない、つまり雲雀は彼だけには手加減をしたというところか。
 確かに最近沢田は突然校内でも目立つようになった。風紀委員長たる雲雀が、沢田の存在を知らなかったという可能性は極めて低いわけである。故に、彼は少し沢田に興味を持ったということか。



「………獄寺くんに山本!大丈夫!?」

「まあ、当分起きないだろうね彼らは」

「雲雀って攻撃の使い分けとか一応できるんだ」

「何、馬鹿にしてる?」

「いーえ、滅相もない」

「か、神谷さん!?どっ、どうしてこんなところに……!?」



 ようやくそこでせんの存在に気づいたのか驚いている沢田を横目に、当の本人はもうさほど興味が無くなったのか、再び自分の作業に集中する。そのときふと、耳に入ってきた嫌な音。



[……装填音]

《せん、窓のところだ》



 身体はそのまま、意識だけを窓枠に向ける。窓の外からこちらへ、沢田へ向けて銃を向けているのは、あのアルコバレーノだった。ズガンという銃声とともに沢田が後方へ倒れ、やがていつか感じたような炎が、彼の額からゆらりと立ち昇る。



[あれがボンゴレのボスが継いできたという、死ぬ気の炎か]



 リーザやジェニファー、そしてひなのの協力によってボンゴレについての知識はあれからかなり深まった。ボンゴレファミリーに伝わるという秘伝の特殊弾、死ぬ気弾。撃たれると、死ぬ直前に後悔していたことを死ぬ気で成し遂げようとする、そういう能力を持った弾らしい。
 ということは彼が今後悔していたのは、友を倒した敵、雲雀を死ぬ気で倒すといったところか。



「……うわ、なんか面倒くさい」

《まーまー、そう言うなよな》



 思わず心の中の声が表に出てしまったせん。それでも興味がないというように再び作業に戻り、しばらく音だけで戦いの状況を感じ取っていた。
 サルビアはと言えば、先ほどからコンタクトレンズではなく小さな虫に身体を変えて、楽しそうにその様子を観戦していた。



《おおっ、沢田ってやつおもしれー!風紀の兄ちゃんの頭をスリッパで叩いてやがる!》

[……はあ?]



 意識はもう戦いのほうには向けていないので詳しい状況は分からなかったが、サルビアがそう言ったその後すぐに場の空気が一瞬にして凍りついたのは分かった。
 雲雀の出す殺気が応接室一帯を満たしている。



[本気になったね、雲雀]

《あいつ普段静かだから、怒らせるとめちゃくちゃ怖いタイプだな》



 そろそろ戦いを止めないと、と思ったところであの赤ん坊の声が聞こえる。リボーンは雲雀の攻撃を受け止めると、懐から何か黒くて丸い物、爆弾を取り出したのだ。さすがにこの狭い部屋の中で爆発などしたら爆風にやられてひとたまりもない。



「ちょっ、バカ!こんな狭い部屋で爆発なんて起こしたらひとたまりも……!」

「また会ったな、神谷せん。今日のところはおひらきだぞ」

「本当にあたしが尊敬に値するか確かめようってわけか。サルビア、頼んだよ」



 自分の武器を取り出すより、サルビアの能力を使ったほうが早い。
 そう判断したせんは玉鎖に姿を変えたサルビアを手に、雲雀とリボーンの間に割って入った。悪いとは思ったが咄嗟に雲雀をソファーの陰へと押しやり、鎖を振り回して爆風を防ぐ。火薬の量は抑えてあったのだろうが、応接室はひどい有様だ。



「さすがだな、夜神せん。咄嗟の状況判断能力とその運動能力の高さ、そして俊敏性に反射神経、どれをとっても完璧だ。俺が一番尊敬する殺し屋なだけはあるな」



 不意に、部屋の扉のほうから赤ん坊の声がした。小柄な体でどうやって昏倒している3人の少年を動かしたのかは分からないが、どうやらこの部屋からさっさと退却しようとしているようだ。
 3人を、雲雀がいることを知りながらもこの部屋に来るよう仕向けたのは彼本人であろうに、なんて酷いことをとも思ってしまう。



「……厄介なことしてくれたね、アルコバレーノ」



 颯爽と姿を消したリボーンにその言葉が届くはずもない。



〈……ったく……破天荒な赤ん坊だぜ〉

「……まったくだよ」



 応接室の中はまだ、霧状に広がった煙で満たされたままだ。せっかくきれいに並べられていたトロフィーや盾、旗などもぐちゃぐちゃになって倒れていて、書類も爆風のせいであちこちに吹き飛ばされたり所々が焼け焦げてしまっていたりと、大惨事だ。



「……雲雀、大丈夫?生きてる?」

〈……風紀の兄ちゃんなら大丈夫だろ〉

「でも万が一のことがあったら、責任の一部を負わされるの目に見えてるし」



 そう呟きながら全ての窓を開け、煙がほとんどなくなったところで、せんは玉鎖(サルビア)を持っていた手を下ろした。



「……おーい雲雀、生きてるー?」

「うるさいよ、さっきから」

「……無事ならちゃんと返事してよ」



 不機嫌そうに呟いてソファーの陰から姿を現した雲雀は、ワイシャツについた黒い煤をぱっと手で払い、落ちていた学ランを羽織ってソファーに腰をおろした。怪我などは何処にもなさそうだ。まあおそらく応接室をぐちゃぐちゃにされて心中穏やかではないだろうが。しかし雲雀は思いの外、不機嫌なだけではないようだった。



「あの赤ん坊……また会いたいな」

「………え」



 せんは驚いた。雲雀の口からそんな言葉が出てくるなんて、と。しかしよく考えればリボーンも彼女と同じ殺し屋だ、強いのは当然であって、そして強者に興味を抱く雲雀がリボーンに対して同じ感情を抱くのも当たり前といえばそうなのだ。
 頬杖をついて窓の外を見上げている雲雀とは裏腹に、とりあえず大惨事に至らなかったことに安心しせんはため息をつく。



「……それで、神谷」

「……ん、何?」

「……それは何なの?」



 雲雀がスッと、せんの手元を指差した。何が、と思いつつ自分の手に持ったものを軽く持ち上げてみて、そしてはっと我に返る。せんが先ほどから手に持っていたものとは。



「そこから声が聞こえたんだけど。それ、玉鎖だよね?喋る玉鎖なんてあるのかい」

「……え、あ………いや……」



 玉鎖に変化したままのサルビア、だった。爆風を妨いだ後、姿を元のコンタクトレンズに戻すのを忘れていたのだ。そして先ほどはいつもの特殊な会話をするのを忘れて、普通に彼と言葉を交わしていた。その際に声を聴かれたのだろう。



「………えっと……これは、ですね……」



 不審な雲雀の視線を浴びつつ、もうどう言い逃れをしても無駄だと思いカクンと肩を落とすせん。
 サルビアもサルビアで、早いところ姿を戻しておけばよかったと今更ながらに後悔するのであった。



 *
 *
 *



「……人の言葉を喋る鴉ね……」

〈そうそう!オレはサルビアっつーんだ。よろしくな風紀の兄ちゃん〉

「サルビアか。君、何で神谷と一緒にいるわけ?」

〈こいつが視力を失ってから、ずっとその『瞳』の代わりに一緒にいるんだ。ま、ペットみたいなもんだな〉

「なるほど。どおりで、目が見えないくせに色々理解が早いと思った」

〈ま、オレが通訳みたいなことしてるからな。いつもはこうやって、コンタクトになってんだ〉

「君、本当に鴉なの?よく分からない生き物だね」

〈形状記憶合金ってあるだろ?あれと同じようなものだ。他にもいろいろ変身できるんだぜ?例えばこういうのとかな!〉



 サルビアはパッと、いつも雲雀が愛用しているトンファーに姿を変えた。自分の獲物とまったく同じ形になったサルビアを見てさすがの雲雀も驚かざるを得なかったのだろう、目を丸くしながらもしばらくの間サルビアの変身ショーを楽しそうに見届けていた。
 それもそう、サルビアは普通に生きていれば会い見えることのない生き物なのだ。



「……あ、そういえば神谷と初めて会った時に見た鴉って、もしかして君だった?」

〈ま、そういうことだ。あのときは冷や冷やしたんだぜ〉

「なんていうか君、普通の鴉より身体が小さいよね。あと、色も濃い」

〈うわあ、さすがせんの盲目を見破っただけはあるよなあ〉

「まあ、神谷のは半信半疑だったんだけどね」

〈それでも、そんな観察力持ってる奴なんて他にいねーよ〉



 バサバサと嬉しそうに翼をはためかせるサルビアを頭に乗せ、雲雀は応接室の惨劇など忘れて楽しそうにしている。一方のせんもせんでさっきまでの頭痛も忘れ、今度は違う意味で頭を悩ませていた。

 それでもサルビアがここまで赤の他人に馴れ馴れしく話しかけ、身体を触らせていることには少々驚きだった。せんと同じでサルビアもまだほとんど関わりのない人物に対しては警戒心が強い。つまりそれだけサルビアも、もう雲雀恭弥という人間のことを理解し信頼しているということだろう。
 ソファーの背もたれに腰掛けている雲雀とサルビアのやり取りを聞きながら、せんは大きくため息をついた。



「………ていうかあんたら、気合いすぎでしょ」





(つまりだなー、今までの会話はオレもいろいろ聞かせてもらってたんだぞー)
(でもどうやって、僕に声を聞かれないで意思の疎通をしてたの?テレパシーじゃあるまいし)
(そのまさかなんだな。オレたち超音波みたいなやつで会話できるんだぜ)
(へえ。神谷、ほんと面白いもの連れてるね)
(だろだろー?)

(………もうどうにでもなれ……)





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