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「………納得いかないなあ」
《いや、その点数でか?他の奴らが聞いたら妬まれるぜ確実にな》

 次々と、クラスメイトの名前が教師の口によって呼ばれていく。
 現在この1ーAでは、この学校では今年2回目の、そしてせんにとっては人生初の『テスト』の返却中である。この時間は歴史のテストの返却時間で、受け取った生徒たちから歓声やら嘆息やら様々な声が聞こえてきた。

『96点……』
《だから、それ文句言う点数じゃねーだろ!?平均63点だし、いいじゃねーか》

 サルビアが手元にある、『英語しか書かれていない答案用紙』を見つめてため息をつく。字を読むまではサルビアに任せればいいのだが、いざ答案を書くとなると、向こうにいたときほとんど使うことのなかった日本語を書くことは、せんにとっては難しいことである。
 少し前テストがあると知ってリーザにそれを相談したところ、テストの答案を全て使い慣れた英語で書いたらどうだと提案された。つまりは、日本語は『喋れるが書けない』という設定を勝手に作り上げたわけだ。そうすれば目が見えていないこともばれることはないだろうし、日本語が書けないのは帰国子女だからという理由で済む。この学校に勤務している英語教師のおかげで何とか採点はしてもらえたらしい。
 そして話は冒頭に戻る。まあ確かに、普通に考えれば96点という点数は喜ぶべき点数だとは思う。だけど今回せんは仕事と平行してだいぶ真面目に勉強をしてきたので、当然満点を取れると思っていただけに、少しショックな結果だというわけで。

『選択問題って難しいんだよね。当てはまるものを1つ選べとか……全部当てはまるとしか思えないんだけど』
《間違ってたところそれ2問だけじゃねーかよ。ま、次もあんだしそんなに落ち込むなって》
『ま、それもそっか。まだ数学返って来てないしね』
《1番得意教科だもんな、すーがく》

 それでも、初めてのテストというのはせんにとっては嬉しいもののようで、折れたりしないように丁寧にそれをファイルに仕舞う。テストの結果に一喜一憂するクラスメイトたちをぼんやり眺めていると、やや前方の席から大きなため息が聞こえてきた。
 先日リーザとジェニファーから報告を受け、その正体を知ったのは記憶に新しい。次期ボンゴレボス候補の、沢田綱吉である。テスト用紙を握り締めてぐったりしている様子を見るに、考えられることはおそらく1つ。

《……24点って……ダイジョーブか?ボンゴレのボスさんよお》
「……24点って……」
「えっ……夜鳴さん!?」
「……ああ、ごめん。後ろだったから少し見えちゃった」

 しれっと嘘をつきつつ、なんとも悲惨な点数にさすがに呆れてしまう。サルビアも先ほどからせんの目の中で爆笑しているようだった。さすがに失礼だろ、とサルビアを一喝した後顔を上げれば、沢田はしょんぼりしながらテスト用紙を半分に折り曲げていた。

『マフィアのボス候補があの頭とはね』
《裏社会にいるみんながみんな頭いいわけじゃねーんだぜ》
『……まあ、それは分かってるつもりだったんだけど。ただ、リーザもジェニファーさんも、サルビアも千都もみんな頭いいから意外だなって』

 沢田は少し勉強不足だな、と思う。ジェニファーの報告で、沢田がボス候補になったのは最近で、そんな彼を鍛えるために家庭教師役として日本へやってきたのが例の殺し屋、リボーンだということは聞いていた。その『家庭教師』と言うのはおそらく裏社会を生き抜くための術を教えるためなのだろうが、もう少し勉強の方も教えられないものか。

『さて、今日はお昼どこで食べよっか』
《ま、今日は天気もいいし屋上が無難じゃねえか?》
『そうだね……って、あれ?』

 サルビアと会話をしながら机の中に手を突っ込んだせんは、気付く。朝家から持ってきて机の中に入れた量と、明らかに教科書やノートの冊数が違う。どうやら数冊どこかへいってしまったようだ。

『……サイズからして、無くなったのは数学の教科書とノートかな』
《ま、数学なら無くてもいーんじゃねぇか?どーせ見えてないんだし、オレが読んでお前が理解するだけなんだからさ》
『そうだけど……無い物は無いで、買ってくれたリーザに失礼だし』

 一応、教科書はリーザがお金を出してくれたものだ。いくらそこまで勉強の必要がないとはいえ、無くしたままでは買ってくれた彼に対して申し訳なかった。
 チャイムが鳴って授業も終わり、探しに行こうと席を立つ。そこで誰かの視線を感じてそちらに意識だけ向ければ、前方にいる女子が数人こちらを見てクスクス笑っているのが分かった。ああ、教科書を隠したのはあいつらかとせんは思う。まあ在り来たりな嫌がらせというやつだ。

『……サルビア、今日お昼食べる時間、ないかもね』
《……ったく、散々だなあせんも》
『わたし悪いこと何もしてなくない?もしもの時は雲雀にでも言いつけて弁当食べる時間くらいもらえばいいでしょ』
《いやせん、風紀の兄ちゃんの権限ってそのためにあるわけじゃねーからな……?》

 サルビアの言葉など無視である。これ以上無くなっても困るので教室の後ろに備え付けてあるロッカーに教科書類を全部仕舞うと、しっかりバッグを持って教室を出た。

 △▽△

 その日の放課後。結局昼休みだけでは教科書は見つからず、見事に弁当を食べる時間を潰されたせんとサルビアは、昼休み明けの授業をさぼって遅めの昼食をとり、もう1教科のテスト返却を終え、再び教科書捜索に繰り出した。そしてついさっき空き教室のゴミ箱の中から数学の教科書とノートを見つけ出したばかりだった。落書きのひとつでもされているだろうとは思っていたが、そこまで教科書は汚されてはおらず、ひとまず胸を撫で下ろす。
 これでようやく帰れると思い教室へ戻ろうとしていたのだが、今現在せんの前には、3人の女子がここは通さないとでも言うように立ちはだかっていた。3人とも背が高いため、少し見上げつつも頬を掻くしかない。その3人とは勿論教科書を隠した奴らだ。その中には、この前野球で対決したあの、『がたい』のいいソフト部エースもいた。

「夜鳴さんさぁ、転校生のくせにちょっとでしゃばりすぎじゃない?」
「帰国子女だからっていい気になっちゃってさ」
「この前のあれ、何だったわけ?校門のところに来てたかっこいい人に気軽に話しかけたりして。あんたみたいな人に、ああいう人が似合うわけないでしょ!」
『……いやいや、あれについてはわたしが文句言われる筋合いはないと思うんだけど』

 彼女たちの言い分を半ば右から左へと流して聞きつつも、呆れてため息しか出ないせん。しかし表情には表さず、とりあえず淡々と3人を見上げてみる。

『というか別に好き好んでリーザと喋ってるわけじゃないし。そもそもこの前の発端はまず高城じゃん』
《もうそれは言ってやるなって。お前らこそリーザに近付く権利無いっつーの》

 目の前に立つ彼女らは、髪を茶色に染め、化粧をし、スカートを何回も折り曲げた日本で俗に言う『ギャル』の部類だ(サルビア談)。着飾ったって変わるのは外見だけであるし、間違ってもリーザが彼女らを気に入る要素なんて微塵もないのだが。

『自分を着飾って可愛いとでも思ってるのかな、こいつら』
《ま、こいつらも必死なんだろ。化粧なんかしなくても、オレはお前のほうが綺麗だと思うけど》
『そうやって煽ててサクランボ集ろうとしてもあげないからな』

 唐突にサルビアに言われたことで思わず顔に呆れた表情が出てしまう。それを誤魔化すように、ブンブンと頭を振ってもう一度彼女らを見上げるせん。

「ねえ、邪魔なんだけど。通してくれないかな?」
「嫌よ。貴方には教えとかなきゃいけないこともあるしね」
「教えなきゃいけないこと?」
《お前らに教わることなんて何もねーよ!》

 どうせ聞こえないからと代わりに怒りをぶつけてくれるサルビアに少し感謝しつつ、腕を組む。もうこんな人の相手をしているのはいい加減疲れたのだ。今日は仕事もあり、せんとしては早く家に帰って仮眠をとりたいところなのだが、彼女たちはそれを許してくれないらしい。
 さらに、腕を組んでいるのがいけなかったのか3人はちっと同時に舌打ちをした。

『……うわお、今綺麗に舌打ち揃ったね』
《いや、突っ込みどころそこじゃねえだろ。ほんとお前は恨まれ役が得意だな》

 そんな彼女たちとは打ってかわり脳内で言葉を交わすせんとサルビアは、リーザやジェニファーあたりが見ればなんとも平和で穏やかな光景に見えることだろう。

「夜鳴さんさ、風紀委員って知ってる?」
「……風紀委員?知ってるもなにもこの学校では有名すぎるほどでしょ」
「そう。でしゃばりすぎると、委員長のヒバリ様に咬み殺されるよ」

 仮にも上司である彼をヒバリ様、などとちゃっかり様つきで呼んでいる様子に笑いがこみあげてくると同時に、逆に雲雀に対しては少し感心すらしてしまう。雲雀にとっては不本意かもしれないが、彼がこの学校、いやこの街に於いて最凶だという噂はどうやら本当みたいだ。

《ま、せんはその雲雀のお墨付きなんだからすげーよな》
『……いや、全然すごくないしお墨付きになんてなりたくなかったよ』

 さっきからずっと黙り込んでいるように見える(実際にはサルビアと会話している)ことに嫌気がさしたのか、ついに1人が胸倉を掴んできた。比較的身長も低い体格のあたしは簡単にがたいのいいその腕に持ち上げられてしまう。
 足が宙に浮く。幻術をかける時の感覚とそれは少し似ていて不思議と生まれる高揚感に思わず背筋がぞくりとする。



「ちょっと、あんた聞いてんの?」

「こういう奴は、いっぺん風紀委員の制裁を受けたほうがいいんだって!」

「それもそうだねえ。あははっ、可哀相に神谷さん」



 ソフト部エースが、大きく腕を振り上げる。ああ、これは殴られるパターンだなと頭の片隅で考えたそのとき、彼女の振り上げた腕は後方から掛かった声によって、遮られた。



「……神谷、何やってるの」

「あ、雲雀。今日もお仕事ご苦労様」

「うん」

「ヒッ……ヒバリ様っ!?」



 背後から血のついたトンファーを片手にやってきたのは、雲雀だった。見回りの途中だったのだろう、少々疲れ気味だったがゆっくりとした足取りでこちらへ歩いてくる。随分と苛立っているようで、その黒いオーラに怯えたのかようやく女子たちはあたしを掴んでいる手を離してくれた。
 さすがにしばらくの間胸を締め付けられていて苦しかったため、一度大きく深呼吸をする。



「何、転校生いじめでもされてるの?」

「面白そうに言うことじゃないでしょ。でも一応助かったからお礼は言う」

「君にお礼を言われるなんて気味が悪いね。助かったも何も、神谷がちょっと本気出せばそんな奴ら一瞬でしょ」



 こいつらの前で言うなよ、と心の中で呟きつつ、密かに足を後ろに引いて彼女たちから距離をとる。傍から見れば今この状況は女子3人vs雲雀とあたしという奇妙な構図になっていることだろう。血のにおいがべったりと纏わりついているトンファーをヒュン、と1回振る雲雀。それを見てさぞ彼女たちも驚くだろうなと思いきや。



[……サルビア、これはいったいどういうことでしょうか]

《……まあつまり、こいつらは自ら目立って風紀の兄ちゃんに近付こうとしてるってことだな》

[ドMかよ。案外、雲雀ってモテるんだな]

《つーかよ、さっきまでリーザがどうのこうのって言ってたのは何だったんだって話だろ》



 どうやら、雲雀はこの学校の女子からは案外支持を得ているらしい。3人の纏う雰囲気は先ほどあたしに向けていたものとは違って有り得ないほどに煌いていた。
 いい加減修羅場のようなこの場所にいるのに嫌気がさして、気づかれないうちにそっと抜け出そうと試みる。しかし気付いたときには雲雀にグイッと首根っこを掴まれ引き寄せられたため叶わなかった。



「ちょ、雲雀!離せってば!」

「こら、ジタバタしないで。君たち校則違反しすぎだって気づいてる?女だからって見逃してくれるとでも思ったのかい」

「ひっ……!?いや、えっと……その……」

[……なんか、くだらない茶番劇だね]

《ま、こいつらも必死なんだろーよ。つか、茶番なんて言葉どこで覚えた?》

[この前の仕事のときマフィアが言ってた]

《…………》



 急にいじらしくもじもじし始めた3人に対し、心底どうでもいいことを考えつつその様子を傍観する。しかし、いつまで経っても服装を正そうとせず突っ立っている目の前の3人にさすがに堪忍袋の緒が切れたのか、雲雀はあたしを掴んでいない方の手でトンファーを振り下ろそうとした。
 その瞬間、頭にふと思い浮かんだのは一般人に手を出してはいけないという絶対の掟。反射のように咄嗟に足を振り上げ、靴の裏で力強く振り下ろされた雲雀のトンファーを弾き飛ばす。



[………うわっ、痛っ……!]

《おいせん、大丈夫か!?無茶すんな》

[大丈夫……咄嗟のカウンターありがと]



 サルビアが衝撃吸収をしてくれたとはいえ、男の力で振り下ろされた鋼鉄の棒だ。さすがにヒリヒリと痛む足を下ろして、立ち竦んでいる女子3人を背に雲雀と向かい合う。



「……確かに校則違反をしてるこの人たちの方が悪いかもしれない。でもあたしの前で血を流させたら、許さないから。犠牲者を出して校舎を汚したくないのは同じでしょ」

「……よく軌道を見極めたものだ。やっぱり君と戦ってみたいな」



 珍しく言うことを素直に聞いてくれたのか、雲雀はあたしの制服の首根っこを掴む手を離すと弾き飛ばされたトンファーを拾い上げて壁に背を預けた。どうやら女子3人との口論を、最後まで見届けるつもりなのだろう(別に動物園じゃないんだから止めてほしいものだけど)。



「ねえ、他人事のように思ってるかもしれないけど、元々元凶はあんたたちなんだからね」

「……っ、!私たちが悪いって言うの!?」

「そうでしょ?雲雀は、風紀を乱していない人に攻撃するほど善悪を知らないわけじゃないんだよ。それに、雲雀がキレるような行動は出来るだけ慎んでもらいたいね。処理するのは全部あたしなんだよ」

「……何よ、偉そうに……」

「それに、不本意ながら助けてあげたんだからちゃんとお礼は言ってほしいね。まあ、人の教科書を勝手に隠す人たちにお礼なんて言われたって嬉しくもなんともないけど」



 だんだん、脳みそが入っていないような彼女たちの相手をするのにも疲れて制服の胸ポケットから小さなノートとシャープペンを取り出す。校則違反をした人を纏めておくのも雲雀から任された仕事のうちだ。
 サルビアが淡々と告げていく彼女たちの名前や違反内容をノートに書き込んでいき、パタリと閉じる。



「……っ、何でよ、転校生のくせにヒバリ様と仲良いだなんて……!」

「しかも、名前覚えてもらっちゃってさ……」



 単なる負け惜しみなのだろうが、小さく呟かれたその言葉を聞いたとたん殺し屋の性なのか、それとも単に昔から持ち合わせている狡賢さか、何かが面白くなって思わず笑けてきてしまった。着ていたベストのポケットから、少し前に雲雀につけろと言われ貰っていた金色に光る『それ』を取り出す。



「忘れてた。これってこういう時の為に使うんだね」

「その為じゃないから。いい加減ちゃんと腕につけときなよ」



 金色の糸で刺繍のされた、風紀委員の証である腕章。その腕章を彼女らの前で数回ヒラヒラさせると、もう一度セーターのポケットに仕舞う。自分が風紀委員の1人であることを分かってもらえればもうこれにそれほど用はない。



「……風紀委員……っ!?」

「どうして、女のあんたが風紀委員に!?」

「え、風紀委員って女は入れないなんてルールがあるの?」

「あるわけないでしょ。僕の興味を引く奴が今までいなかっただけだよ」

「あ、そういうこと。それにどうしてって聞かれても、雲雀に強制的に入らされたとしか言いようがないかな。酷いもんだよね」

「それは聞こえようが悪いね。実際君も楽しんでるじゃないか」

「それは、まあ…………そうかもしれないけど」

「…………何なの、今の間は」

「とりあえず、風紀委員だってことはあまり言いふらさないでよね。極力平和で静かな学校生活を送りたいんだからさ」



 黙り込んでもう何も言わなくなった彼女たち。ようやく口論も終息しやっと1つ用事が済んだと思えば、今度はワイシャツの襟を雲雀に引っ張られる。



「どこ行こうとしてるの。君が仕事に来ないから最近忙しいんだよね。今日は仕事してもらうよ」

「……今日もホッチキスかあ」

「何、字書く仕事がしたいの?」

「全部英語もしくはイタリア語で書いてもいいならするけど」

「却下」

「分かってるなら言わないでってば。1回教室戻らせてよ、荷物置きっぱなしだから」

「……1分で戻ってきて」



 ここから1分で教室に戻って生徒会室に行くなんて無謀だろうと心の中で愚痴を零しつつ、とりあえずこれ以上雲雀の機嫌を損ねないほうがよさそうだと判断し、あたしは目の前の3人に隠されたせいでつい先ほどまで見つからなかった教科書を抱え教室へと猛ダッシュするのだった。





(……雲雀……1分って、あたしの肺を壊す気か!)
(でも実際戻って来れたんだから文句は無いでしょ?)
(そう言う問題じゃなくて……)
(ほら、仕事溜まってるんだから早く座りなよ)

(どうしてこんなにも、彼を見ていると朧兄さんを思い出すんだろう)





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