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融和性アルカディア
- Anastasis -

Caption

・名前N…「ナレーション」および「地の文」としてお読みください。
・配役の関係上、セリフ量にバラつきがある場合があります。ご了承ください。

舞台設定


〈背景〉

此処は大きな時計塔がそびえ立つ、小さな村。
鬱蒼と茂る森の奥──居場所を追い出された者たちは放浪の末、不思議とこの村に辿り着く。
種族も年齢も異なるはぐれ者達が集う此処はいつしか、迷える牧人の楽園……
“アルカディア”と呼ばれるようになった。

そこにあるのは、ひとりの人間と、ひとつの魂の触れ合い。

〈配役〉♂2:♀0 

画家 - Miguel / ミゲル:♂
旅する画家。彫りが深く、色白で美麗な顔立ちに異国の出身者であることが分かる。各地を点々と回りながら、絵を描いて生計を立てている。絵画のほかボディアートの類も得意で、身体芸術の分野としてボディピアスやタトゥーなどに明るい。芸術界隈ではそこそこ名が知られているようだ。

機械人形 - Oswald / オズワルド:♂
アルカディアで暮らす機械人形。かなり精巧に造られているため、一見して二十歳前後の若々しく、温和な雰囲気を纏った青年しか見えない。定期的なメンテナンスを施され、ここ十数年間は老朽化せずに動き続けている。


第3話



機械人形N:異郷いきょうの果てのアルカディア。その村に一人の男が訪れた。河のほとりにスツールとイーゼルを置いて、キャンバスに向かっている。男はさすらいの画家だった。風になびく、薄桃色の長い髪に、動くたびに揺れる装飾。彼自身が、生きた芸術品のようだった。これはそんな一人の男と、ひとつの魂の物語。
 
(間)
 
機械人形N:いつからそこにいたのだろうか。差し込む光に透けるような佇まいに、風景の一部だと思いこんでしまっていたようだ。あそこにいるのは、一人の人間。いったいあんなところで何をしているんだろう?──そう思ったのも束の間だった。不意に風が吹いてきて、腕に抱えていた洗濯物のひとつが空に浮いた。それは風に乗せられて、彼のもとへと向かっていった。
 
機械人形:……すみませーん。

画家:ん…?なにかしら、これ。

機械人形:すみませーん!

画家:……シャツ?

機械人形:……すみません!

画家:あら。こんにちは。

機械人形:こんにちは、あの……すみません。それ、僕のなんです。

画家:……あ、これ、アンタのだったの。はい、どうぞ。

機械人形:ありがとうございます。……拾っていただいて、助かりました。

画家:お安い御用よ。アンタ、ここらへんの人?

機械人形:あ、はい。一応は、そういうことになるんでしょうか。すぐそこに住んでいる者です。

画家:人にしては顔色が悪いわねぇ。機械人形アンドロイド、ってやつかしら?

機械人形:えっ、知ってるんですか。

画家:あら、当たり?違ったらどうしようって思っちゃった。機械人形アンドロイドね。知ってるわよ。

機械人形:へえ、珍しい。僕が言うまで気づかない人の方が多いのに。

画家:そう、アタシはいろんな人を見てきてるから。いくら顔付きがよくたって、アタシの目だけは誤魔化せないわよ?

機械人形:あはは、さり気なく嬉しいことを言ってくれるんですね。ありがとうございます。……ところで、貴方は?

画家:アタシ?アタシは、そうねえ。旅する画家、とでも言っておこうかしら。

機械人形:旅する画家?

画家:ヤダもう、まともに返さないで頂戴。アタシは各地を旅して、いろいろな景色を描いて回ってるの。今はココで絵を描いてる。……そうね、ちょうど2週間くらい前かしら。アルカディアって村があるって聞いて、興味が湧いてね。少しのつもりで寄ってみたんだけど……居心地がよくって。なんだか長居しちゃってるわ。

機械人形:そうなんですか。気に入ってもらえて、嬉しいです。

画家:アンタは……アルカディアの人、かしら?

機械人形:はい。あの家に住んで、もう二十数年になります。ここらへんは村から橋を渡った北側なので、少し中心部からは外れますが……、その分自然が豊かで、僕も好きです。

画家:ええ、ステキな場所ね。お陰でデッサンしがいがあるってものよ。絵が完成するまであと少しね。

機械人形:これで完成じゃないんですか?……とても、素敵な絵に見えますけど。

画家:なによ、いやに褒めてくれるじゃない?まだこれからね、もう少し、リアルに描き込みたいの。こだわりね。

機械人形:こだわり……

画家:ん?

機械人形:あ、いえ……。昔、あなたみたいに、こだわっている人がいたんです。同じように、こだわっていたなあって、思い出して……急に、すみません。

画家:いいのよ。こだわりねえ、そうとも言えるかもしれないわね。最もアタシの場合は、執念に近いかもしれないけど。

機械人形:執念?

画家:って!そんな話はいいのよ。家事の最中だったんでしょう?長い間、引き止めちゃってごめんなさいね。

機械人形:ああ、いえ。大丈夫ですよ。洗濯物を拾っていただけましたし、お話も楽しかったですから。

画家:そう言ってくれて嬉しいわ。よかったらまた話しましょ。アタシはミゲル。アンタは?

機械人形:オズワルドです。オズでいいですよ。

画家:オズ、ね。

機械人形:はい。今日はありがとうございました。また、見に来てもいいですか?

画家:ええ、もちろん。待ってるわ。

機械人形N:そうして晴れた日は、彼の元へ絵を見に行くようになった。機械人形アンドロイドでもないのに、決まっていつも同じ方向を向いて、同じ姿勢でいて、同じ風景を描いている。変わらない日々の中に、まるで風景のように、彼はすっかり溶け込んでしまっていた。
 
機械人形:ミゲルさんは……どうしていつも同じ景色を描いているんですか? 
 
画家:「変わらないものが怖い」のよ。だからいつも同じ景色を描いてるの。 
 
機械人形:変わらないものが、怖い?……へええ、ミゲルさんでも、怖いものがあるんですね。 
 
画家:ちょっと、どういうことよ。 

画家N:そう言いながらアタシは気付いた。オズは機械人形アンドロイドで、永久に「変わらないもの」なのだ。ふと顔を上げるとオズは、屋敷の方へ戻っていくところだった。今日みたいに風の強い日、彼は洗濯物をよく飛ばしている。
 
機械人形N:ある日、突然の嵐がやってきた。アルカディアは一年を通じて天気のいい日がほとんどだけれど、天候が急に崩れることは特別、珍しくもない。おそらくは一過性のものだろう。大雨が降りしきる外を、家の中からぼんやりと眺めていると──向こう側で忙しなく動く人影が見えた。あのシルエットは……まさか、ミゲルさん?
 
機械人形:ミゲルさーーん!こっちこっち!早くー!

画家:オズー!?大変なのよ、急に雨に降られちゃってー!

機械人形:こっち、来てくださーい!走ってー!

画家:はぁっ……はあ……ごめんなさい、こんな格好で……

機械人形:いえいえ、急に雨が降ってきて大変でしたね。少しの間、上がっていってください。

画家:いいのかしら……お邪魔するわね。ホント、申し訳ないわ。

機械人形:いいんですよ、間に合ってよかった。風邪を引くといけないので、バスルームに案内しますね。

画家:ごめんなさいね。水も滴るいい男……なんて言ってる場合じゃないわねえ。

機械人形:アハハ。滴らなくても、ミゲルさんは充分に素敵な方じゃないですか。

画家:んもう!
 
機械人形N:彼はそう言って僕の肩を叩くと、バスルームに入っていった。機械人形アンドロイドである僕には「あたたかい」も「つめたい」もわからない。濡れて体温が奪われると身体機能が低下する、ということは昔、ひとから教えてもらったことだった。自分が感じるのは、体内の回路が切れたときの、熱さだけ。味も温度も、痛みすらもわからない。それは雨の冷たさも、部屋の暖かさも、手のひらの温もりも感じることができないのと、同じことだった。……ほどなくして、シャワーを終えたミゲルさんが戻ってきた。火が付いた暖炉の前を促して、淹れたてのコーヒーを差し出すと、彼は遠慮がちに受け取りながら腰を下ろした。
 
画家:ほんと、何からなにまでごめんなさい。

機械人形:いえ、本当に気にしないでください。僕も、本当に気にしていないので。

画家:ほんと?ほんとに、ほんと?

機械人形:はい、大丈夫です。

画家:だって、家の人は?一緒に住んでいる人がいるでしょう?

機械人形:今はいません。この家には、僕一人です。

画家:……え?ウソ。だって……あの洗濯物の数、どう見ても一人分じゃなかったわよ?

機械人形:ああ。あれは……主人オーナーのものです。

画家:……ほら、やっぱり、いるんじゃない。

機械人形:いえ、僕一人っていうのは本当で…。……長くなりますけど。雨が止むまで、少し聞いてくれますか?
 
◆◆◆
 
画家N:アタシが頷くと、彼はゆっくりと話し始めた。もともと、この家に住んでいた人によって造られた機械人形アンドロイドだということ。丁寧に手術メンテナンスをされ、大事にされ続けてきたこと。お祖父様が孫を引き取ってきてからは、朝から晩まで側にいたこと。大きくなったその子が、オズの主人オーナーになったこと。……それから、オズの生活がすっかり変わってしまったこと。
 
機械人形:前主人シニアオーナーはもうこの世にはいません。今の主人オーナーは、……定期的な点検とオイルの交換をしに、この家に戻ってきてくれるんです。

画家:……そう。……寂しいわね。

機械人形:……はい。だけど、僕が何か言うことはありません。……主人オーナーがもう怖い思いをしなくて済むなら、それが一番ですから。

画家:怖い思い?なにかあったの?

機械人形:僕には……詳しくはわかりません。でも、あのときの彼はとても苦しくてつらそうでした。彼は凄腕の機械技師メカニックなんです。昔からその才能はありました。手当たり次第、時計や電話を分解しては怒られていましたけれど。……側で見ていて、この子はなんてすごいんだろうと思っていました。だから、僕の主人オーナーになると言ってくれたときは、とても嬉しかったんです。……ただ………

画家:……ただ?

機械人形:なんというか、……彼にとても不安定な時期があったんです。僕の身躯ボディに対して、何度もメスを入れました。その手術メンテナンスは、以前のものとは違ったように感じていました。すごく……衝動的で、乱雑だったような気がして。僕がいくら「熱い」と訴えても施術を止めては、くれませんでした。

画家:なにソレ。いわゆる、家庭内暴力、ってやつ?

機械人形:僕は機械ですから痛覚がありません。だからそれが暴力に相当するのか、わかりません。……それに彼は「僕のためにやっている」と言っていました。「オズならもっと人間に近づける」と。……そう言って、何度も僕の体を開いた。だから僕の体には、無数の痕があります。

画家:傷が……?

機械人形:だけどそれは、彼がそれだけ僕を手にかけてくれた証だとも、思えます。そしてそれが嫌だとは、思いません。だって僕は、彼のために造られた機械人形アンドロイドですから。彼に手をかけてもらうことは、紛れもなく僕の生きる喜びでした。この腕だって、最初は内側の回路が剥き出しだったんです。それをこんなに綺麗にしてくれたのは、今の主人オーナー。僕は、それがすごく嬉しくて。

画家:……。

機械人形:……体に残る傷跡を見て、ふと怖くなるときがあります。何が彼をそうさせてしまったのか。僕の何がいけなかったのか。……だけど、これだけは確かなんです。僕は彼のために生まれた機械人形アンドロイド。彼になら、何をされても構わないと思っています。だから……僕は彼の帰りを、ずっとこの家で待っているんです。

画家:……アタシは、許せない。

機械人形:え?

画家:いくら自分の機械人形アンドロイドだからって……好き勝手していいワケじゃない。痛い思いをさせてまで……。きっと、もっと他にやり方はあったはずよ。アンタも、彼を「変えたい」とか、「変わりたい」とか、思わないの?

機械人形:え?変わりたい…ですか。……今まで、考えたこともありませんでした。ネジを巻かれて、動いてきただけですから。

画家:変えたくないの?変わりたくないの?

機械人形:……どうなんでしょう。……機械人形アンドロイドは人間のように歳を取りませんし、死ぬこともありません。変化という現象と程とおい、ただの機械です。……「変わる」とは一体、どんな心地がするものなんでしょうね。

画家:……アタシはね、変わらないものが、怖い。これは、この前話したわよね。

機械人形:はい。

画家:だから、アタシは絵を描いてる。絵は、ずっと絵の中に変わらずあり続けるでしょう?……変わらないものがあるってことを、まざまざと証明してくれる。日に日に変わる天気も、街の色も、人々の表情も……全部をキャンバスに閉じこめるとね、段々と「変わっていくもの」に目が向くようになる。そうするともう怖い思いをしなくて済むの。面白いでしょう?

機械人形:……。はい。

画家:よくわからないって顔ね。ちょっと抽象的な話だったかも。……でもアタシにとって「絵を描く」って、そういうことなの。……ねえ。オズワルド。アタシのモデルにならない?

機械人形:え?モデル……ですか?

画家:機械人形アンドロイドって、「変わらないもの」でしょう?アタシ、描いてみたいわ。アンタのこと。

機械人形:……!

画家:そうね。描くとしたら……その体かしら。アンタも、つけられた傷が怖いって言ってたわよね。

機械人形:あ、傷……は……

画家:? 何よ。

機械人形:主人オーナー以外に見られるのは、ちょっと、……。

画家:エ。なに?……いやん、機械人形アンドロイドもそういう感じになることあるワケ?

機械人形:み、見せます!見せます!だけど……あんまりジロジロ見ないでくださいね。……綺麗なものでは、ないと思うので。

画家:あら。アタシも一応芸術家の端くれよ。むしろボディアートみたいに見えて、美しいんじゃないかしら。

機械人形:美しい……。

画家:そうと決まればよ。嵐が止んだら、さっそく取り掛かりましょ!楽しみだわ!これでもう少しアンタと遊びながら、アルカディアでゆっくりできるのね。

機械人形:……あの、

画家:ん?どうしたの。

機械人形:……ありがとうございます。ミゲルさん。

画家:いいえ。このくらい、お安い御用よ。

画家N:それから雨がやんで、先ほどまでの嵐がウソのように、空は晴れ渡っていた。たっぷりと降り注いだ雨露が陽の光を反射して、野原一面にきらめきを綾なしている。河のほとり、背の低い草花が茂る真ん中にオズを横たわらせて、アタシは絵筆を手に取った。

機械人形:僕……絵のモデルなんか、初めてですよ。どうしたらいいんでしょう?

画家:どうもしなくていいわよ。黙ってじっとしてれば充分!

機械人形:そ……そうですか?

画家N:オズワルドは、完璧にモデルを務めた。じっとして目を瞑り、まつげの1mmも動かない。これが機械人形アンドロイドなのだ。永久に変わらない形。アタシは一心に、筆を動かし続けていた。
 
機械人形N:それからどれくらいの時間が経過しただろう。近付いてくるミゲルさんの足音に気づき顔を上げると、僕の頭に花冠を載せようとしていたところだった。その花の蜜を吸いにきたのか蒼い蝶が飛んできて、僕の頭の上に止まった。

画家:あ、そのまま。動かないで。

機械人形N:僕は言われた通りに静止した。風景に溶け込むような、在りし日の彼の姿を思い浮かべる。流浪の旅人。差し込む光に、透けるような佇まい。僕の体にある傷は、キレイなものではないだろう。そんな自分でも彼のように、ミゲルさんのようになれるだろうか?ふと、蒼い蝶が鼻先まで降りてきた。僕はそっと瞼を閉じる。──絵が完成したのは、それから数時間後のことだった。
 
画家:お疲れ様、オズ。もう動いていいわよ。

機械人形:あっ、はい。ありがとうございます。

画家:できたけど、見てみる?チョウチョと花とオズワルド……我ながら傑作だわ。
 
機械人形N:できあがったキャンバスを覗き込むと、絵の中の僕は、笑っていた。
 
機械人形:僕……こんな表情……

画家:あら、気付いてなかった?アンタ、ずっと笑ってたわよ。いったい何考えてたの?

画家N:異郷いきょうの果てのアルカディア。その村に一人の男が訪れた。河のほとりにスツールとイーゼルを置いて、キャンバスに向かっている。男はさすらいの画家だった。風になびく、薄桃色の長い髪に、動くたびに揺れる装飾。彼自身が、生きた芸術品のようだった。これはそんな一人の男と、ひとつの魂の物語。
 
機械人形N:傷跡だらけの体が、美しく見えるだなんて……。ミゲルさん。生まれ変わるとは、こういうことを言うのでしょうか?

(終話)

Cast・Staff

融和性アルカディア - 第3話
機械人形:   
画家: