〈背景〉
此処は大きな時計塔がそびえ立つ、小さな村。
鬱蒼と茂る森の奥──居場所を追い出された者たちは放浪の末、不思議とこの村に辿り着く。
種族も年齢も異なるはぐれ者達が集う此処はいつしか、迷える牧人の楽園……
“アルカディア”と呼ばれるようになった。
そこにあるのは、ひとりの人間と、ひとつの魂の触れ合い。
〈配役〉♂1:♀1
召喚士 - Glenn / グレン:♂
アルカディアの村外れの高原に住む男。極度の人嫌い、頑固者と称されるが、魔物医や召喚士としての信頼は厚い。作業着を兼ねたサスペンダー姿が特徴的。日に焼けた肌と伸びかけの白髪により、精悍な顔立ちが際立っている。
人魚 - Eleanor / エレノア:♀
膝下まで伸びた青緑色の長髪、鮮血を想起させる夥しい程に朱い瞳で、人間離れした印象を与える少女。言葉こそ控えめに発せされるが、その行動力には意思の強さが見える。何かにつけ、世間知らずな箱入り娘である感じは否めない。
人魚N:異郷の果てのアルカディア。その村から少し離れた森のはずれに、一軒の小屋が建っていた。そこに一人で暮らす男は、人間よりも魔物を愛する、人嫌いの頑固者。男は雄大な自然の中で、魔物とともに生活を営んでいた。そして彼らも、彼のやさしさを好いていた。これはそんな一人の男と、ひとつの魂の物語。
召喚士N:水のように透き通った印象。ただ、瞳だけは……鮮血のように、鈍く朱く、輝いていた。魔物が棲む雄大な高原に音もなく現れた闖入者。忘れられるはずがない──突拍子もない、間抜けな出逢いだ。
人魚:……あ、スライム……これ、食べれるのかな。
召喚士:馬鹿、何やってる!
人魚:わっ!……ごめんなさい!
召喚士:……今、そいつを食おうとしてなかったか?
人魚:……はい、美味しそうな色をしていたので、食べられるのかと……
召喚士:そんなわけないだろう。コイツらは魔物だぞ。……お前、名前は。
人魚:……エレノアです。
召喚士:家は。
人魚:……ありません。
召喚士:やっぱり家出か……。厄介なモン見ちまったなァ。
人魚:あの……。
(人魚、お腹が鳴る。)
人魚:……あ、お腹が……
召喚士:……。しょうがねェ、スライム食うほど腹減ってんじゃなァ。行く宛てはあんのか?
人魚:………いえ、ありません。
召喚士:なら、ついて来い。
人魚:……えっ?
召喚士:ここは魔物の棲むところだ。ボーッとして、お前がエサになっても知らねェぞ。
人魚:あっ、ま、待ってください!
召喚士:足元に気ィ付けろよ。……飯、掃除、洗濯。居候すんならそれくらいはできんだろう。それから、あそこに見える離れの小屋を使っていい。出入りも自由。行く宛てがついたら出て行けよ。
人魚:……あ、は、はいっ!わかりました……!
召喚士:勘違いすんじゃねェ。このままじゃ餓死する凍死するか、奴らの餌になるかだ。俺のシマで死人を出したくは無ェからな。
人魚:こ、ここの土地、全部あなたのものなんですか……?
召喚士:あァ。ほかに洞窟に地下もある。あっちは火山だ。
人魚:あの、あなたは……
召喚士:グレンだ。
人魚:は、はい……一応……
召喚士:なら話は早い。仕事を手伝ってもらうぞ。泣き言吐いたらすぐに追い出す。俺は人が嫌いなんだ。……わかったら、返事!
人魚:は、はい……!よろしくお願いします!
人魚N:迷い込んだ森の奥。彼の名前はグレンと言った。無愛想でぶっきらぼう。なのに不思議と嫌な気持ちはしなかった。
人魚:グレンさん。ロックがお腹空いたって。象のステーキを食べたそうにしてましたよ。
召喚士:………。
人魚:グレンさん?
召喚士:……本当なのか。
人魚:……、え?
召喚士:ウィンデーネの様子を見て思うことがあった。彼女たちは警戒心が強い。同じ水属性の魔物でもなければ、あんなにすぐには懐かない。……お前が「人魚だった」っつうのは、……あながち嘘じゃないんじゃないかと思ったんだ。
人魚: あ……
召喚士:で、お前が人魚だったっていうのは、本当なのか。
人魚:……はい。本当です。
召喚士:そうか。……まあ、座れ。
人魚:……、はい。
召喚士:少し日は空いたが……お前の話をしよう。どうしてお前は、わざわざこんな場所に来た。
人魚:……。こんな場所、というのは……
召喚士:陸上の世界のことだ。……この世界に比べて水中の世界ってのは、比べる価値も無ェくらい綺麗なトコだったんじゃねえのか。
人魚:……、確かに、私がいた世界は……。……目に映るもの全てが綺麗な場所でした。
召喚士:……ハッ
人魚:
召喚士:いや?知らねェな……いや、待て。海中迷宮と呼ばれる場所が、確かそんな名前だったはずだ。
人魚:そうです。海中迷宮メイディウム。不可侵の神殿として、人間界では有名な場所かもしれません。
召喚士:あァ、そうだったな。俺は行ったことはねェが。
人魚:外部からの侵入は、難しいでしょうね。メイディウムは海中世界の最も大きな神殿であり、王宮なんです。私は、メイディウムに仕える家の娘として、この世に生を受けました。生まれた瞬間から、王族に遣えるという将来が定められ、毎日時間割の通りに、遣いとして恥のない教育を受けさせられてきました。……だから、自分の本当の欲望に気づくこともありませんでした。
召喚士:本当の欲望?
人魚:……はい。自分が本当は何をしたいのか、どこに行きたいのか、……何を食べたいのかすらも、自覚することなく過ごしていたんです。
召喚士:"イイ子ちゃん"だったんだな。
人魚:……ふふ、そうですね。私はいわゆる分別のいい、手の掛からない娘として扱われてきました。でも、私達の世界ではそれが普通でした。血統と、家族。種族のつながりがすべて。そんな時でした、私が「人魚姫」の話を知ったのは。
召喚士:……。
人魚:読み聞かせの練習をするために手に取った本だったと、記憶しています。それは、人間界に恋焦がれ、魔女と契約を交わし、人間に生まれ変わったお姫様の話でした。私はそれを読んで、稲妻を受けるような衝撃を受けました。こんな世界で、憧れることを許される時代があったのだと。私もこんな風に生きてみたいと。……馬鹿らしいと思うでしょう?お伽話に勇気を貰うなんて。
召喚士:そうだな。……いや、すまん。続けてくれ。
人魚:笑ってくれて構いません。嘘か本当かもわからないまま、私はその日から希望を抱き続けました。人間界とはどんなものだろう、と。此処とは違う世界があるなんて、思いもよりませんでしたから……来る日も来る日も、人間界に想いを馳せるようになって。成人を迎えた私はたびたび水面から顔を出して、陸地を眺めるようになりました。そのときに……
召喚士:「魔女に出逢って契約した」のか?
人魚:いえ、……厳密には違います。でも……相手の願いを叶えるという視点では、ある種の魔女かもしれません。
召喚士:取引したって?人間になるためにソイツと?
人魚:ええ。ここから南に下った入り江で、その人と出逢いました。私にとって、初めて言葉を交わした人間です。その人は私にいろんなことを教えてくれました。この世界は朝が来て、夜が訪れる。種を蒔くと、花が咲く。そういえば、嗅覚……というのも、その人が教えてくれたことです。
召喚士:フン。随分と親切な魔女に出会ったんだな。
人魚:はい。その人はとても……なんというか、不思議な心地のする方でした。私が、人間になってみたいことを話すと……その人は、私のために薬をつくってくれたんです。
召喚士:人間になる薬……。
人魚:ご存知ですか?
召喚士:いや、知らねえ。魔女なんて話も、聞いたことが無ェ。それで、騙されたワケでもなく……お前の願いは叶ったんだな?
人魚:はい。……私は、その瓶に入った液体を飲みました。それからよく覚えていませんが……気がついた時には、浜辺に倒れていました。空に浮いているような変な感覚がして……足元を見ると尾ひれの代わりに足が生えていました。
召喚士:そんなことが……。
人魚:信じられないかもしれませんが、私はあてもなくさまよい歩いて、……幸いあなたの管理する土地に迷い込んだ、という訳です。
召喚士:……俄には信じ難い話だが。その薬が本物で、願いが叶ったってわけか。
人魚:……はい。そうです。
召喚士:……俺ァお伽話だの伝説だの、下らねェ子供騙しみたいな話はてんで信じちゃいねェ。
人魚:……。
召喚士:が、お前の様子を見るに、どうやら俺をからかってるってワケでも無さそうだ。……鵜呑みにはできんがな。
人魚:……はい。
召喚士:……まァいい。仮にお前の話を本当だとしよう。人魚姫ってのは、昔話だと……何かと引き換えに足を手に入れたはずだ。お前もそうなのか?
人魚:……そうです。
召喚士:……お前は、何を失ったんだ。
◆◆◆
人魚:……涙です。
召喚士:涙?
人魚:……はい。悲しかったり嬉しかったりする時に分泌される、涙です。……その方は、転生を叶える薬は、人魚の涙で完成されると言いました。ですから、それを差し上げました。
召喚士:はっ、涙?そりゃ儲けモンだなぁ。涙なんざ、いくらでも出てくる。得する取引じゃねェか。
人魚:………いえ。私が失ったのは、一粒ではなく、すべてです。
召喚士:……すべてだ?
人魚:涙というのは、分泌されるものです。……私が対価として支払ったのは、ふたつ。ひとつは、薬をつくるための対価として、小瓶ほどの量の涙。もうひとつは、薬の効果を持続させるための、涙を出す機能そのもの。……永続的な契約を結んだんです。
召喚士:……どういうことだ。
人魚:転生薬は、つくれてもそのままでは効果が持続しません。私がずっと人間の姿でいるためには、薬の効果を持続させ続けなければならない。……そのためのエネルギーとして、私の涙が流れる前に消費されてしまうようになったんです。
召喚士:……あァ、なるほど。合点がいった。どうもお前からは感情らしい感情が伝わってこねぇとも思っていたが……そういうことだったのか。
人魚:特殊な刻印が刻まれて、私は泣くことができなくなりました。悲しくても嬉しくても、涙を流せない。それは、人間らしいことを行う権利をひとつ失ってしまったことと、同じことかもしれません。
召喚士:……そうかもな。
人魚:でも……。
召喚士:……?
人魚:それ一つだけで済んで、私は幸運だったのかもしれません。お伽話の中のお姫様は、声を失っていましたから。
召喚士:……その魔女のこと、憎んでないのか?
人魚:憎んでは、いません。すべては私が望んだこと。私が外の世界に出たいと願ったことが引き起こした、顛末ですか
ら。
召喚士:……そうか。……お前がそれでいいなら、いい。……お前の話は大体わかった。少し、俺の話をしてもいいか。
人魚:グレンさんの……? はい、もちろんです。
召喚士:お前達の世界と違って、人間の世界は御伽じゃない。カタギじゃねェ俺が言うのも何だが……規律と秩序に守られた海の中と違って、この地は混沌と理不尽に塗れてる。人間ってのは、俺が知る限りでは、この世で1番自己中心的で、欲深い生き物だ。
人魚:そんな……
召喚士:まあ、聞け。かくいう俺もそのうちのひとりだ。俺は極度の人嫌いだし偏屈だし頑固者だ。それが理由で周りからも疎まれてる……が、俺はそれで構わない。俺は魔物の方が好きだからな。
人魚:魔物……。
召喚士:お前の故郷は、ウェルテクシアっつったか。……海中で呼吸ができる人間なんかいない。恐らく魔物しか棲んでいなかっただろう。
人魚:はい、おそらくは……。史学の時間にお
召喚士:そうだろうな。だがこの陸上では、人間と魔物の種族が入り混じってる。
人魚:……ええ、そう聞きました。
召喚士:この大陸だけじゃない。海、山を越えたあらゆる国で、争っている。人間と魔物、どちらが支配するのか。国によっては、どちらかが既に淘汰されてるところもあるって話だ。……が、俺の故郷は珍しかった。
人魚:珍しい?
召喚士:人間と魔物が共栄していたんだ。ゴットホルトっつう小さな村だ。人間も魔物も手を取り合って、仲良く平和に暮らしていた……ある日、隣国が踏み込んできて、人間が魔物を支配し始めるまではな。……俺の家はドリアードという精霊を匿っていたんだが、知っているか?
人魚:ドリアード……ウィンデーネと同じように、元素を司る精霊だというのは、聞いたことがあります。
召喚士:あァ、それだけ知ってれば充分だ。ドリアードは大地の精霊だよ。ちょうどお前くらいの背丈で、俺たちは出会ってからずっと一緒だった。……ヘレナと言うんだ。俺がガキの頃から、ちょうど大学に通い始めるくらいまでずっと隣にいた。
人魚:仲が良かったんですね。
召喚士:ああ。何処に行くのも何をするにも、アイツは不器用だったからな。俺が色々と世話を焼いていたんだ。……それでも次の日から奴隷として扱えって言うんだから、馬鹿げた話だ。
人魚:奴隷として……
召喚士:話すことも禁止された。国の言うことに従わなきゃ殺された。だから俺たちは人目を忍んで、賢く遊んだもんよ。……だが、ある時。俺が学校から帰ったとき、ヘレナがいなくなっていた。
人魚:え……
召喚士:村中探し回ったがどこにもいなかった。……そしたら、村の裏山で……。
人魚:……グレンさん?
召喚士:……ああ、悪い。忘れもしない。アイツら……心ない屑共が、ヘレナを魔物狩りの囮にしていたんだ。俺が気付いた瞬間だった。ヘレナは、俺の目の前で……魔物の餌食になった。
人魚:……そんな……
召喚士:……それから、まあ、色々あったが……今は此処に落ち着いて、魔物達と暮らしている。……魔物は、こちらが歩み寄れば理解を示す生き物だ。人間界の隅っこでしか暮らせない奴らもいる。それに比べて人間共は傲慢にも土足で踏み込んで、素材集めだの、賞金稼ぎだのと私利私欲の道具にしやがる。力を手にした途端に、魔物を支配しようともする。……だから俺は、人間にはほとほと嫌気が差してる。
人魚:……。そうですね。
召喚士:いいか、エレノア。……今のは俺の話だが、……人間にもそういう奴らはいる。綺麗なおとぎ話の国じゃないってことだ。
人魚:……はい。
召喚士:悩もうが後悔しようが、すべて自由だ。お前が選んだ選択肢が、お前の過去にも未来にもなる。……そこで、俺から提案がある。
人魚:提案……ですか?
召喚士:いつまでもここで泡を食ってるわけにいかんだろう。すぐそこの河を越えると、アルカディアという村がある。大きな時計塔のふもとに、事情を抱えた奴らが不思議とやってくるんだ。その村で暮らしてみるのは、どうだ。
人魚:アルカディア……
召喚士:俺も何度かそこに仕事を受けにいくことはあるが、人間と魔物が手を取り合って暮らしてる村だ。良くも悪くも落ち着いてる。大きな争いごとが起きることもないだろう。お前が人間として生きていくなら、丁度いいんじゃねェのか。
人魚:……どうして、そこまで私のことを考えてくれるんですか?
召喚士:言ったろ。俺は
人魚:それじゃああの時、私を拾ってくれたのも……私が魔物だと、気付いていたからですか?
召喚士:いや、知らなかった。あんなところでうろついて、アイツらが拾い食いでもしたら困るからな。奴隷か何かだと思っていたし、すぐに追い払うつもりだった。
人魚:……そうですよね。
召喚士:……っと。長く話し込んじまったな。……俺からは以上だ。
人魚:……あの……
召喚士:ん、なんだ?
人魚:ありがとうございます。こんなふうに、親切にしていただいて。
召喚士:ハハ。親切とは、俺には縁遠い言葉だな。これはただのお節介だ。
人魚:それでも……私は今日、すこし心が……軽くなったような気がしました。
召喚士:そうかい。そりゃあよかった。……今日は、此処までにしておこう。そこらへん適当に片付けたらゆっくり休め。……ロックの餌は、俺がやっておく。
人魚:はい、ありがとうございます、グレンさん。……おやすみなさい。
召喚士:おう。お休み。
召喚士N:翌日。エレノアは出て行かなかった。作業場に現れることもなかった。
召喚士:おい、何やってる。いるんだろ?入るぞ。
人魚:……あ、
召喚士:お前、その体……何にやられた!
人魚:いえ、これは……
召喚士:よく見せてみろ!……なんだ……これ、……鱗?
人魚:…酷いものでしょう?これは……人魚だったときの、名残なんです。
召喚士:……!薬の効果か?
人魚:いえ、薬は関係ないと思います。……この鱗は、私が人魚だったことの証です。
召喚士:証?
人魚:つい先日、浮かび上がってきたんです。……いくら人の姿をしているとはいえ、転生をしたという罪は消えない。
ずっと隠さなければいけない……。
召喚士:エレノア……?
人魚:それなのに、皮肉なものですよね。見てください。人魚であることを忘れようとすればするほど、この鱗が、……浮き上がってきてしまうんです。
召喚士:……そうか。出て行くつもりだったのか。
人魚:はい。……人魚である過去を捨てて、人として生きようと思いました。でも……その決意を固めるたびに、この鱗が浮き上がってくるんです。……でも、だけど……!
召喚士:おい……?どうした?
人魚:そのたびに、私は人魚なのだと!……人間には、決してなれないんだと!言いつけられている気がして……!
召喚士:おい、エレノア!
人魚:人として生きることも許されない……人魚として生きることも許されない……!
召喚士:落ち着け!
人魚:一体、どうやって生きていけばいいんですか!?
召喚士:落ち着けって!
人魚:願いを叶えたのに、こんなに苦しくなるなんて!人間になんて、憧れなければよかった!
召喚士:俺の目を見ろ、エレノア!
人魚:あなただって!!
召喚士:……ッ!
人魚:……人魚の姿であなたと出逢えていたら!人魚の世界を捨てたりなんか、しなかったのに!
召喚士:……お前……
人魚:……揺らいで、しまったんです。人間として生きることを。人間になってしまったからには、魔物だった過去を、捨て去らなければなりません。
召喚士:……
人魚:あなたとは、出会えてよかった。でももし……あなたと人魚として出逢えていたら、私は……もっと、幸せになれていたのかもしれません。……その葛藤が、この鱗をこんなにも、鮮やかに浮かばせてしまいました……。
召喚士:……そうか。……わかった。
(召喚士、人魚を静かに抱き寄せる。)
人魚:グレンさ……、っ!?
召喚士:これからもお前は人間であることを強いられる。人間として生きる魔物は珍しいし理解者も少ない。だが俺は、……俺だけは……お前の人魚だった頃を、魔物だった部分を知ってる。
人魚:ッ……。
召喚士:人間になりたいんなら、なればいい。だが俺にとって、お前が"人魚だった"ことは真実だ。
人魚:グレンさん……。
召喚士:お前の好きなように生きろ、エレノア。これは、……この鱗は、罪の証なんかじゃない。お前が人魚だった印だろう?誇りに思えばいい。
人魚:誇りだなんて……この先、どうすればいいかも、わからないのに……?
召喚士:お前は、これからどうしたいんだ。
人魚:……、私は……。
召喚士:迷ってるなら、ここで暮らすか?
人魚:え?
召喚士:もちろん人間はお断りだが、お前はどうも、俺には違うように見える。……俺には、な。
人魚:……ありがとう、ございます。そんな……
召喚士:泣くな。
人魚:涙なんか……
召喚士:そうか?俺には見える。
人魚:……えっ?
召喚士:いや、ただの勘だ。見えはしない。
人魚:な……
召喚士:見えた気がした。プロの勘ってヤツだ。
人魚:プロの勘……
召喚士:冗談だ。そろそろ落ち着いたか?
人魚:えっ?……はい。……すみません。取り乱してしまって……
召喚士:まァ……驚きはしたが、精神的に不安定な時期なんだろう。でも大丈夫だ。少しずつ変化に慣れていける。
人魚:……ありがとうございます。
召喚士:じゃあ、早速で悪いんだが。立てるなら、飯でも作っておいてくれ。誰かが3日もサボってくれたお陰で、少し立て込んでるんだ。
人魚:……はい。わかりました。3日間もご迷惑をおかけして……。
召喚士:いやいい、わかってる。3日で良かった。もう忘れろ。
人魚:……。
召喚士:じゃ、俺は薪を取って来る。ああ、……スライムは使うなよ。食いモンじゃない。
人魚:……もう、食べたりしませんよ。
召喚士:ならいい。
人魚:あの、グレンさん。
召喚士:……ん?
人魚:……ありがとうございます。いろいろと、お世話なります。
召喚士:気にするな。俺は、
召喚士N:異郷の果てのアルカディア。その村から少し離れた森のはずれに、一軒の小屋が建っていた。そこに一人で暮らす男は、人間よりも魔物を愛する、人嫌いの頑固者。男は雄大な自然の中で、魔物とともに生活を営んでいた。そして彼らも、彼のやさしさを好いていた。これはそんな一人の男と、ひとつの魂の物語。
人魚N:不安定な私の心を、グレンさんはやさしく包み込んでくれました。あなたが嫌う人間として、あなたが愛する魔物として、この姿であなたに出逢えて、……今、とても幸せです。
(終話)
融和性アルカディア - 第4話
召喚士:
人魚: