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融和性アルカディア
- Anastasis -

Caption

・名前N…「ナレーション」および「地の文」としてお読みください。
・配役の関係上、セリフ量にバラつきがある場合があります。ご了承ください。
・♂♀表記のキャラクターは性別不問、中性です。お好きな方で声を当ててください。

舞台設定


〈背景〉

此処は大きな時計塔がそびえ立つ、小さな村。
鬱蒼と茂る森の奥──居場所を追い出された者たちは放浪の末、不思議とこの村に辿り着く。
種族も年齢も異なるはぐれ者達が集う此処はいつしか、迷える牧人の楽園……
“アルカディア”と呼ばれるようになった。

そこにあるのは、ひとりの人間と、ひとつの魂の触れ合い。

〈配役〉♂1:♀0:♂♀1 

衛兵 - Lucius / ルシウス:♂
アルカディアに滞在している遠征兵。長剣を携え、金属製の甲冑を身にまとう。鍛え抜かれた肉体が、強い自制心と高い忠誠心を物語る。信じる正義に対して一途で誠実であるだけだが、自他に厳格で融通が利かないようにも思われがち。

吸血鬼 - Addison / アディソン:♂♀
蝙蝠のような翼、微笑む口からは鋭い犬歯、炯々と輝く秘色色ひそくいろの瞳は、魔族の証。体つきこそ幼いが、病的な蒼白い肌に映える身体装飾と扇状的な格好は、より妖艶に美しさを引き立てる。満月の夜に目撃されることが多い。

第7話



吸血鬼N:異郷いきょうの果てのアルカディア。その村に一人の男が赴いた。板金鎧に身を包み、門の前に直立不動で立っている。門番として完璧な装いに、一見すると動かぬ像のようでもあった。誠実に、忠実に、主君の帰りをただ待っている。これはそんな一人の男と、ひとつの魂の物語。
 
衛兵N:この村に派遣されてから、3日目の晩のことだった。遠方に黒い影が飛んでいるのに気がついて……俺は自分の目を疑った。最初は蝙蝠かと思っていたが、満月を背に浮かんでいたのは人型のシルエット。あろうことか、そいつは俺に近寄ってきて、毎晩のように俺と話をしたがった。
 
吸血鬼:こんばんは。

衛兵:……貴様。もう来るなと何度言わせれば気が済むんだ。

吸血鬼:吸血鬼の気の変わりようは早いんだ。今日気が済んでも、明日にはきっと忘れてるヨ。

衛兵:……。

吸血鬼:ねえ、名前教えてくれる気になった?

衛兵:……貴様に名を名乗る必要は無い。

吸血鬼:いいじゃん、名前くらい。減るもんじゃないし。

衛兵:……。

吸血鬼:……くんくん

衛兵:……。なんだ。

吸血鬼:ンー。やっぱりオニーサンってイイ匂い。純血の美味しそうな匂いがするんだよネ。

衛兵:おい、……近寄るな!

吸血鬼:ねえオニーサン。一口だけでいいの。……吸わせてくれない?

衛兵:やるわけないだろう……、ッ!

吸血鬼:1週間なにも飲んでないの。このままだと僕、餓死しちゃうカモ。

衛兵:ッ……知るか。さっさとあっちへ行け!

吸血鬼:……ハーイ。またね、オニーサン。
 
衛兵N:俺は今回、貿易交渉のために派遣された遠征部隊のうちのひとりだった。約1ヶ月にわたる航海を経てたどり着いたこのリーリュエズス大陸、その内陸部に位置するアルカディアという村は、まるで異世界のようだった。急な気候の変化に、味付けの濃い料理。さしあたっては、魔物との共存文化。我々の母国エーデルシュタインには、魔物の一匹も存在しない。だからこそ2週間が経った今でも、ヤツが吸血鬼だという話は、何かの冗談だと信じて疑わなかった。
 
(間)
 
衛兵N:ある日のことだった。行方不明になった冒険者の捜索願いが出て、我々は現地に赴いていた。廃墟同然の神殿を目指しながら、数々の廃屋を見て回る。すると、とある部屋の隅に人影があった。鉄パイプと簡素な寝具で構成された寝心地の悪そうなベッドの上。そこに横たわっていたのは、見覚えのある顔だった。
 
衛兵:おい!……、?

吸血鬼:……あれ?

衛兵:……、……貴様。

吸血鬼:何してるの?こんなところで。

衛兵:……探索だ。人探しをしている。

吸血鬼:フーン。ゴクロウサマ。

衛兵:貴様こそ、なにをしている。

吸血鬼:僕は……、ちょっと、休憩。

衛兵:? なんだ……いやに衰弱しているな。

吸血鬼:ウン?……まあ、1ヶ月なにも飲めてないからネ。

衛兵:な……あれから、なにも口にしてないのか。

吸血鬼:ウン。

衛兵:……何が要るんだ。

吸血鬼:え?

衛兵:弱っている者を、衛兵として見殺しにはできない。何が要るんだ。

吸血鬼:オニーサンってば、優しいんだネ。

衛兵:……さっさと言え。魔族と会話しているところなんて、見られでもしたら……

吸血鬼:じゃあ、吸わせてくれる?

衛兵:……は?

吸血鬼:オニーサンの血。

衛兵:なっ……

吸血鬼:こんなに弱っちゃったから。今度は本当に純血が必要なんだよネ。だから……オニーサンの血、僕に頂戴。

衛兵:……。……どうすればいい。

吸血鬼:こっちに来て、首を出して。

衛兵:な……!

吸血鬼:助けてくれるんでしょ?僕のこと。

衛兵:……鎧を脱ぐのは……。

吸血鬼:じゃ、手首でもいいよ。

衛兵:……。
 
吸血鬼N:するとオニーサンはベッドの横に跪いて、ガントレットを外し、僕の顔の前に腕を差し出した。あらわになった手首にはしっかりと血管が浮き出ている。その健康的な血の匂いにクラクラとしながら、僕はオニーサンにもうひとつお願いをした。
 
吸血鬼:……アリガト。あと、もうひとつ、大事なことがあるの。

衛兵:なんだ。

吸血鬼: “Gimme Mercyギミー マーシー”、って言ってくれる?

衛兵:ギミ、……なんだ?

吸血鬼:吸血には、詠唱が必要なんだ。僕の瞳を見て、“Gimme Mercyギミー マーシー”と言って。

衛兵:……。

吸血鬼:早く言わないと、人が来ちゃうよ。

衛兵:……。……Gimme Mercyギミー マーシー.

吸血鬼:──……As you wishアズ ユー ウィッシュ.

衛兵:……ぐッ!

衛兵N:そう言うと、彼は鋭い犬歯を剥き出しにして、俺の手首に噛み付いた。思ったよりも深く皮膚に牙が食い込んだが──すぐに、痛みは消え去った。代わりに、高揚感に似た感覚があふれてくる。身体の鈍い痛みやだるさがどんどん消えて、精神とともに癒えていく。そんな感覚が、身体中を駆け巡っていた。
 
吸血鬼:……ぷはっ

衛兵:……っ…

吸血鬼:あー美味しかった!オニーサンの血、やっぱり最高だネ!

衛兵:……、……。

吸血鬼:ご馳走サマ!もう大丈夫、アリガトー。……ってあれ、どしたの?

衛兵:……なんだか、……

吸血鬼:ああ、オニーサンもしかして初めてだった?吸血鬼の吸血は、治癒と増強をもたらすんだヨ。

衛兵:……治癒と、増強?

吸血鬼:そ。リラックス〜っていうか。僕達の唾液には麻薬作用があって、心身ともに傷が癒えていくの。どんどん身体も元気になるよ。

衛兵:……なるほど。

吸血鬼:ウン。でも人の体には毒だから、濫用注意。この感覚が病みつきになって、吸血鬼なしじゃ生きられないって人達もいるんだから。

衛兵:……安心しろ。最初で最後だ。

吸血鬼:エーッ、そうなの?

衛兵:そうだ。今回だけだ。

吸血鬼:……残念だなあ。……でも、アリガト。このご恩は忘れないヨ。

衛兵:……。それじゃ、俺は戻る。

吸血鬼:オニーサン。

衛兵:……なんだ。

吸血鬼:名前、教えてよ?

衛兵:……。ルシウスだ。

吸血鬼:ルシウス!……気が向いたら、また吸わせてよ。

衛兵:……!
 
衛兵N:件の冒険者は、洞窟で見つかった。彼に覆い被った大きな岩は、俺の手によって軽々と持ち上げられ、無事に探索は終えられたのだ。……しかし到底、人間とは思えぬほどの馬鹿力に、俺自身が驚いていた。自室の椅子に腰掛けて、手首を見ると──くさびのような痕がふたつ小さく、付いている。鋭い牙。蛍光する秘色色ひそくいろの瞳。そして、筋力の増強効果。……どうやらヤツが吸血鬼であるという話は、嫌でも信じなければならないようだ。
 
吸血鬼:エー?ルシウス、明日帰っちゃうの?

衛兵:ああ。

吸血鬼:そんなあ。
 
衛兵:こうして話すのも今日で最後だな。
 
吸血鬼:……せっかく仲良くなれたと思ったのに。 
 
衛兵:仲良く?俺は貴様の名前も知らない。 
 
吸血鬼:アディソンだヨ。 
 
衛兵:……。そういうことではないのだが。まあしかし、残念がる必要はない。エーデルシュタインとアルカディアの交流は続くだろうからな。 
 
吸血鬼:え? 
 
衛兵:交渉は妥結した。アルカディアは、我が国の傘下となることが決定したのだ。 
 
吸血鬼:……! 
 
衛兵:閣下曰く、「魔物は人間の支配下であるべきだ」と。今後はうかうかと、このように人前に出てこられないかもしれないな。 
 
吸血鬼:……そんな。 
 
衛兵:信じられないか?だが、閣下は条約締結の書を手にしていた。明日朝には帰国すると仰っていた。確かな話だろう。 
 
吸血鬼:……、そうなんだ。僕、もう、……行かなくちゃ。 
 
衛兵:……?なんだ。やけに素直だな。 
  
衛兵N:その次の日。予定通りの時刻に、我々遠征部隊はアルカディアを後にした。しかし村の時計塔が見えなくなったあたりで突然、先頭部隊の足が止まった。周りを見ると皆、呆けた顔をして上空を見上げている。 
  
衛兵:……! 
 
吸血鬼:やれやれ。マスターも魔物遣いが荒いよネ……ドーモ、人間の皆さん。遠足は楽しかった? 
 
衛兵:アディソン、貴様……! 
 
吸血鬼:あ。ルシウス。 
 
衛兵:裏切ったのか! 
 
吸血鬼:裏切ったも何も。僕もともと魔物だし。 
 
衛兵:クソッ……!降りてこい! 
 
吸血鬼:ごめんネ。本当はこんなことしたくないんだけど。マスターから言いつけられてるの。「ひとり残らず生きて返すな」って。 
 
衛兵:……!! 
 
吸血鬼:だから諦めて……僕たちと遊んでよ。 
 
衛兵:上官!!お逃げください!! 
 
吸血鬼:…………。ごめんね、ルシウス。 
  
吸血鬼N:人間が魔物の大軍に勝とうなど、天地がひっくり返っても無理な話だ。容赦なく猛勢を振るう魔物群に抵抗虚しく、人間たちの儚い命が、次々と散っていく。 
  
(間) 

衛兵:ッハァ……ハァ……!……ッ、……ッぐ、…クソ……ッ!! 
 
吸血鬼:……ルシウス。 
 
衛兵:……アディソン……!貴様、ッ……よくも……! 
 
吸血鬼:……。 
  
吸血鬼N:野草が生え揃う高原は鮮血に塗れ、まさに死屍累々というような光景だった。屍をオモチャにするピクシーに、終わらない悪夢を見せるナイトメア。鳴りを潜めていた魔物達が本能と敵意を剥き出しにして、文字通り彼らに食ってかかっていた。箍が外れた彼らは手加減というものを知らない。──すっかり人の声が途絶えてしまうまで、そう時間は掛からなかった。戦場の真ん中に倒れているルシウスは、すでに瀕死の状態だった。 僕は翼を折りたたみ、その横に座り込んだ。
  
吸血鬼:……ルシウス。 
 
衛兵:……ッ…… 
 
吸血鬼:この傷跡……ハーピーの仕業だね。……見えて、いないか。網膜が焼かれてる。……僕の声は、聞こえてるかい?……君は、……もうすぐ死ぬ。その前に、最後かもしれない会話をしよう。
 
衛兵:……ア…… 
 
吸血鬼:君はあのとき、死にかけていた僕を助けてくれた。覚えてるかい? 
 
衛兵:………。 
 
吸血鬼:……限界も近そうだね。……ねえ、ルシウス。僕なら、君を救ってあげられる。この痛みから解放してあげられるんだ。 
 
衛兵:…… 
 
吸血鬼:……僕の瞳を見て、Gimme Mercyギミー マーシーと言って。 

衛兵:……

吸血鬼:ルシウス……僕の声が聞こえているなら……Gimme Mercyギミー マーシー、だ。これが言えたら、今すぐに君を助けてあげられる。

衛兵:……ァ…

吸血鬼:……GimmeギミーMercyマーシーだよ。

衛兵:………………Gi……………mme………m……er………cy………

吸血鬼:──……As you wishアズ ユー ウィッシュ.
 
衛兵N:白む視界の中、おぼろげに覚えている。俺を見下ろすのは、爛々と輝くふたつの瞳。光を反射して、眩しいほどに光る秘色色が──俺をずっと見つめていた。砂糖水ような甘い囁きとともに、なにか冷たい感触が首筋に突き刺さる。おそらくこれが俺の最期なのだろう。そう思いながら、ゆっくりと意識を手放していった。 

◆◆◆ 
  
吸血鬼:……ルシウス。ルシウス? 
 
衛兵:……う……ん……あれ?ここは…… 
 
吸血鬼:目が覚めた? 
 
衛兵:……アディソン。 
 
吸血鬼:オハヨ、ルシウス。 
 
衛兵:うっ、俺は……何を…… 
 
吸血鬼:国に帰ろうとしてたトコだったよ。

衛兵:……、…そうだ……。……なぜ……またこの部屋に……。

吸血鬼:僕が運んであげたの。あのままだと、みんなに食べられてしまっただろうから。

衛兵:……。……そうだ……みんなは……みんなはどこにいるんだ?

吸血鬼:……残念だけど、終わっちゃったよ。

衛兵:……俺は……、助かった、のか……?

吸血鬼:……ごめんなさい。僕、ルシウスに助けられたことがあったでしょう?そのご恩を返したくて、……助けちゃった。

衛兵:アディソン……。……だめだ、……頭にモヤがかかって、……よく思い出せない。

吸血鬼:無理に思い出さないほうがいいよ。きっとまだ、混乱してるんだ。

衛兵:……。

吸血鬼:ねえ、ルシウス。……きっと君は、もう国には帰れない。

衛兵:……え?

吸血鬼:この村に辿り着くには、相当な苦労が要っただろう?……だけど君の仲間は、ひとり残らずいなくなってしまった。……だから、ここにいたらどうかな。

衛兵:……ここに?

吸血鬼:村人のひとりとして、僕と一緒に、アルカディアで暮らすんだ。

衛兵:……お前と一緒に?

吸血鬼:僕の側にいたら安全だよ。……君がどんな危険にさらされても、また助けてあげられる。

衛兵:……。

吸血鬼:今はまだ、返事を急がなくていいよ。……ひとりでゆっくり考えてみて。

衛兵:……アディソン。

吸血鬼:ウン?

衛兵:お前は魔族だろう。……どうして俺にそこまでしてくれる。何か……企んでいるのか?

吸血鬼:……。

衛兵:……アディソン?
 
衛兵N:返事はなかった。身体を起こそうとしたが、うまく力が入らない。怪我は治っているはずなのに、ひどく重くて気だるかった。──それから、どれくらい時間が経ったのだろう。さまざまな感情が浮いては沈み、俺は自分の情緒が不安定になっていることを自覚した。再び眠りから覚めたとき、俺は無意識に、その名前を呼んでいた。
 
衛兵:アディソン……

吸血鬼:……ルシウス?

衛兵:……、……戻ってきていたのか。

吸血鬼:うん。……どうしたの?

衛兵:……。おかしいんだ。あんなに嫌だったのに、……。アディソン、俺は……。……血を吸ってほしいと、思うんだ。……おかしなことを言ってすまない。

吸血鬼:……なにも、おかしくはないよ。ルシウス。……禁断症状が出ているんだ。

衛兵:……禁断、症状……

吸血鬼:……吸血には治癒効果がある。だから僕は君の怪我を治すのに、たくさん血を吸った。……その代わりに、君の身体の中に、一気に吸血鬼の毒が入り込んだ。

衛兵:……毒?

吸血鬼:吸血鬼の体液は、……人間の身体に有毒なんだ。……前に言ったでしょう?人間の中には、吸血鬼の毒に侵されてしまう者もいるって。

衛兵:……ああ。

吸血鬼:……たまに、吸血作用目当てに近寄ってくる人間もいるんだ。……でもそれを繰り返すうちに、逆に抜け出せなくなってしまう。それを吸血中毒って言ったり……血を吸ってほしくて堪らなくなることを、禁断症状って言ったりする。……まさに今、君はその状態なんだよ。

衛兵:……そう、だったのか。

吸血鬼:……君は僕の救世主だ。中毒にするつもりはなかったんだケドね。

衛兵:救世主?……俺が?

吸血鬼:ウン。弱っていた僕を、死の淵から救い上げてくれたでしょう?

衛兵:……あのときか。……いや。俺は、人として当然のことをしただけだ。

吸血鬼:いいや。僕達のエネルギーになる血液は、健全な肉体と魂にのみ宿るんだ。ルシウス、君のようにね。

衛兵:……偶然だろう。

吸血鬼:いいや、……例え完璧な肉体を持っていても、心までそうであるとは限らない。君達の部隊はみんな魔物を敵視していたから、なかなか困っていたんだよ。……僕はずっと、ルシウス、……君のような人間を探していたんだ。

衛兵:……そうか。お前はずっと、俺をエサにしようと企んでいたんだな。

吸血鬼:エサだなんて。眷属だよ。血を与えてくれる人間に敬意を込めて、僕達はそう呼んでる。

衛兵:……要するに。お前は俺を、……眷属にしたいということか。

吸血鬼:……僕は、君にご恩を感じてるんだ。戦場で君を助けたのは、企みなんかじゃなくて……僕にとって、君がこれからも必要だからだよ。

衛兵:……。

吸血鬼:僕はここで、生き抜いていかなきゃいけない。契約主マスターが居る限り、この村から離れられないからね。でも君がいなくなったら、……僕はきっとまたすぐ弱ってしまうだろう。……だから、君が必要なんだ。

衛兵:アディソン……。

吸血鬼:ルシウス。君が生きていくためには、僕の吸血が必要だ。もし君が生きていきたいなら、僕は喜んで君の助けになる。

衛兵:……。

吸血鬼:……人間と魔物が共栄する。アルカディアはそういうところだよ。
 
衛兵N:……俺は、ひとり逡巡していた。時間が経って、少し冷静になれた頭にうっすらと記憶が蘇る。遠征部隊を絶滅させたのはアディソンだったが、しかしあのとき、何かを呟いていたような気がする。
 
衛兵:……ごめんね、か。

吸血鬼:え?

衛兵:……あのとき俺に、そう言ってなかったか。

吸血鬼:……なんだ、聞こえてたの。

衛兵:……何を謝ることがある?

吸血鬼:……遠征隊を襲撃したのは、……僕自身の意思じゃないんだ。

衛兵:……どういうことだ。

吸血鬼:契約主マスターの命令だったんだよ。

衛兵:契約主マスターの命令?

吸血鬼:……。ああ、そういえば、ルシウスのところは魔物がいなかったんだっけ。……この世界では、人間は特殊な儀式を通じて、魔物を従わせることができるんだ。その約束を結ぶことを「契約」と言う。……だけど、契約には代償が伴うことがほとんどでね。吸血鬼は、人間を永遠の眷属にできる代わりに、呼び声には必ず応えなくちゃならない。僕達は、契約を結んだ契約主マスターの命令には逆らえないんだ。

衛兵:契約……そんなことが……

吸血鬼:彼が無理を言うことはないんだけど、……なんというか、冷酷な人でね……その契約主マスターから、「遠征部隊が村を離れたら襲撃しろ」って言われたんだよ。

衛兵:……命令に従って、やったことだったのか。

吸血鬼:ウン。……だけどね、僕、契約主マスターの気持ちもわからなくも、ないんだ。

衛兵:……え?

吸血鬼:契約主マスターは怒ってた。アルカディアを手渡すものか、って。魔物遣いは荒いけど、……彼は、人間と魔物の共栄を心から望んでる。アルカディアを愛してるんだって思った。だから、……彼のことを憎まないであげてほしいんだ。ルシウスだって、愛国が魔物に支配されたら嫌でしょう?

衛兵:それは、……。

吸血鬼:全滅はやりすぎかもしれないけど。アルカディアで怖い目に遭ったなんて言われたら、仕返しに遭うかもしれない。それは村を脅かすことでしょう?……彼は君の国を傷付けたかったんじゃなくて、アルカディアを守るために決断したんだ。……君の国には、手紙を贈ると言っていたよ。貿易船が難破したことにするんだって。

衛兵:……クソ……

吸血鬼:……それに契約主マスターは、ルシウスのことを認めてた。

衛兵:……認めた?何をだ。

吸血鬼:僕がルシウスに救われたって言ったら、魔物を救うなんて見込みがあるとか、なんとか。村の門番を頼んでもいいかもしれないとも言ってたよ。

衛兵:………。ソイツは、俺の部隊を滅ぼしたんだろう?アルカディアのために。

吸血鬼:それは……

衛兵:……、アルカディアのために、か。……フッ。

吸血鬼:……?

衛兵:……なかなか行動力のある男だ。愛国心に溢れた男でもある。……仕えるに、値するかもしれないな。

吸血鬼:ルシウス……

衛兵:ずっと考えていたんだ。……この村から俺ひとりで出るのは、無謀なことかもしれないと。……周辺一体には魔物がうろついている。俺ひとりだけでは、旅中に命を落とすのが関の山だろう。このリーリュエズスから海を渡ってエーデルシュタインに帰るなんて、もってのほかだ。くわえて、……俺がいなくなったら失われる命があるなら。……、ここに残るのが、最善なのだろうな。

吸血鬼:……!

衛兵:味の濃い料理にはそのうち舌が慣れていくだろうだろうしな。……それにこのベッドも、案外、寝心地は悪くない。……、アディソン?

(吸血鬼、衛兵の頬に小さくキスをする。)

衛兵:!

吸血鬼:……ルシウス。僕、嬉しいヨ。

衛兵:……何がだ。

吸血鬼:君が僕を……僕と一緒に居ることを、選んでくれるなんて。

衛兵:……俺が生きていくには、お前が必要なんだろう。……お前が、俺を必要とするように。

吸血鬼:そうだよ。……ねえ、安心したらお腹が空いてきちゃったみたい。……僕の瞳を見て、Gimme Mercyギミー マーシーと言って?

衛兵:……Gimme Mercyギミー マーシー、アディソン。

吸血鬼:……As you wishアズ ユー ウィッシュ、ルシウス。
 
衛兵N:異郷いきょうの果てのアルカディア。その村に一人の男が赴いた。板金鎧に身を包み、門の前に直立不動で立っている。門番として完璧な装いに、一見すると動かぬ像のようでもあった。誠実に、忠実に、主君の帰りをただ待っている。これはそんな一人の男と、ひとつの魂の物語。
 
吸血鬼N:独りぼっちのルシウス、僕が君に授けてあげる。望む限り溺れるほどに、甘くて苦い耽美な慈悲を。

(終話)

Cast・Staff

融和性アルカディア - 第7話
衛兵:   
吸血鬼: