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融和性アルカディア
- Anastasis -

Caption

・名前N…「ナレーション」および「地の文」としてお読みください。
・配役の関係上、セリフ量にバラつきがある場合があります。ご了承ください。
・♂♀表記のキャラクターは性別不問、中性です。お好きな方で声を当ててください。

舞台設定


〈背景〉

此処は大きな時計塔がそびえ立つ、小さな村。
鬱蒼と茂る森の奥──居場所を追い出された者たちは放浪の末、不思議とこの村に辿り着く。
種族も年齢も異なるはぐれ者達が集う此処はいつしか、迷える牧人の楽園……
“アルカディア”と呼ばれるようになった。

そこにあるのは、ひとりの人間と、ひとつの魂の触れ合い。

〈配役〉♂2:♂♀1

時計屋 - Elvin / エルヴィン:♂
アルカディアの時計塔の管理人。薄っすらと柔和な微笑みを浮かべ、誰に対しても物腰の柔らかい口調は崩れない。その実、目的のために手段を選ばない合理主義者。齢二十半ばほどだが手腕家で、市場の専門店街で時計屋を営んでいる。

機械人形 - Oswald / オズワルド:♂
アルカディアで暮らす機械人形。かなり精巧に造られているため、一見して二十歳前後の若々しく、温和な雰囲気を纏った青年しか見えない。定期的なメンテナンスを施され、ここ十数年間は老朽化せずに動き続けている。

吸血鬼 - Addison / アディソン:♂♀
蝙蝠のような翼、微笑む口からは鋭い犬歯、炯々と輝く秘色色の瞳は、魔族の証。体つきこそ幼いが、病的な蒼白い肌に映える身体装飾と扇状的な格好は、より妖艶に美しさを引き立てる。満月の夜に目撃されることが多い。

第9話



時計屋N:異郷いきょうの果てのアルカディア。その村にふたりの男が住んでいた。時計塔を目印に、まっすぐ北の方角へ。森を抜ければ、煉瓦色の屋根がもうじき見えてくるだろう。煙突からは煙が上る。晴れ渡った青空の下、中庭でそよぐ洗濯物が、誰かの帰りを待っている。これは、そんなひとつの魂と、一人の人間の物語。  

(間)   

機械人形:おかえり、エルヴィン。遅かったね。  

時計屋:ただいま。ちょっと調べものをしていたんだ。……ん?なんだか甘い匂いがする……  

機械人形:ココアだよ。そろそろ帰ってくるかなって思って、淹れて待ってたんだ。  

時計屋:ああ、ありがとう。さすが僕のこと、オズにはなんでもお見通しなんだね。  

機械人形:当たり前。どれだけ一緒にいると思ってるの?  

時計屋:そうだね。……これ、美味しい。  

機械人形:ふふ、よかった。研究もうまくいくといいね。  

時計屋:研究?  

機械人形:だって、調べものをしていたんでしょう?今は上級クラスで、歳上の生徒と一緒に授業を受けてるって、前に言ってた。  

時計屋:……まったく、敵わないな。  

機械人形:課題研究はどう?大変じゃない?  

時計屋:大丈夫。僕の課題はもう終わってて、今日は別の調べものをしていたんだ。先生と一緒に、ペンデュリオンの図書館まで行ってきた。  

機械人形:ペンデュリオンって……アルカディアからだいぶ遠くなかったっけ。  

時計屋:それが、僕の先生はペンデュリオン出身の魔術士でね。転移魔法テレポートで一瞬だったよ。  

機械人形:へえ、凄腕の先生なんだね。  

時計屋:うん、さすがはペンデュリオン……世界最大都市なだけあって、魔術の完成度も一線を画してる。  

機械人形:魔術……って魔法のこと?  

時計屋:そうだよ。でも厳密には、人間が使う魔法は、魔法じゃない。加護道具エンチャントツールを使えば、人間でも魔法は使えるらしいけど……。  

機械人形:魔術と魔法は、何が違うの?  

時計屋:基本的には同じだよ。学問上で分類されてるってだけ。……自然界から生まれたものが魔法で、人工的に生み出されたものを魔術と呼ぶんだ。  

機械人形:魔術は魔法から生み出された……ってこと?  

時計屋:そう。魔法のもとは元素にあるんだ。だから、体内に元素を宿した魔物しか使えない。一方で魔術は、魔法を再現するために人間が生み出したもの。いわば、魔法と科学の融合だね。  

機械人形:へえ……そうなんだ!……エルヴィンって、やっぱりすごい。僕の知らないこともたくさん知ってるんだね。  

時計屋:前に本で読んだことがあるだけだよ。大したことじゃない。……ああ、そういえば本で思い出した。今日、図書館で友達ができたんだ。  

機械人形:友達?  

時計屋:アルフレッドっていうんだ。瞳がルビーみたいに真っ赤な男の子でさ。ちょうど、科学について調べようと思ったところで、知り合った。  

機械人形:へえ。その子もなにか研究してるのかな?  

時計屋:どうかな。彼のが持ってたのは絵本ばかりだったよ。僕よりひとつ上で、図書館に遊びに来たって言ってた。  

機械人形:ふふ。かわいいね。  

時計屋:どうして絵本を持ったまま、科学コーナーにいる必要があるのかわからなかったけどね。  

機械人形:人を探してたんじゃない?  

時計屋:ああ、それもあるか。だったら、早く見つけて欲しかったよ。あろうことか、僕が持ってた鉱石図鑑を見て「それ読みたい」ってせがんできんだ。  

機械人形:いいじゃない。貸してあげたの?  

時計屋:貸してあげたよ、そこがペンデュリオンの図書館じゃなかったらね。僕は次にいつ来られるかわからなかったから、読んでおかなきゃいけなかった。都市外への貸し出しも禁止されていたし。でも……何を言っても聞かなくて、結局僕が折れた。しょうがなく二人で読んだんだ。  

機械人形:二人で?  

時計屋:読むスピードは僕の何倍も遅かったけど、二人で同じページを読んだよ。  

機械人形:読み聞かせてあげればよかったのに。  

時計屋:まさか僕が?……フッ。まあ。私語厳禁じゃなければ、読んであげてもよかったかもしれないね。なんたって、絵本を読むような少年だったんだから。  

機械人形:エルヴィンだってまだ10歳でしょう?それなら絵本を読んでいても、おかしくないんじゃない。  

時計屋:僕が絵本を読んでいたのは6歳のときまでだよ。僕が今読んでるのは、大陸史、魔族研究白書に神学理論読本。これらは……子供向けの絵本にはなっていないだろうね。  

機械人形:こんなに分厚い本、見たことのない本ばっかり。……ん、これ、なんて書いてあるの?  

時計屋:……カボチャ、だね。丸くて大きいけど、料理するととっても甘いみたいなんだ。地域によっては日常的なものらしいけど。  

機械人形:……へえ。いつか食べてみたいな。  

時計屋:そうだね。でもアルカディアでは気候柄、なかなか栽培は難しいみたいで……僕も市場に出回っているのは見たことがないな。  

機械人形……。すごい。エルヴィンって、本当に何でも知ってるんだね。  

時計屋:買い被りすぎだよ。……知ってることより、まだ知らないことの方が多い。  

機械人形:そうかな。僕から見たら、充分に才能に溢れてるって感じるよ。  

時計屋:……ありがとう。だけど、まだまだお祖父様には追いつけないや。  

機械人形:お祖父様オーナーに?  

時計屋:うん。……お祖父様が教えてくれる機械工学は、完璧なんだ。理論も隙がないって思う。……僕も早く大きくなって、お祖父様のように……一流の機械技師メカニックに、早くなりたい。  

機械人形:エルヴィンならなれると思う。この前お祖父様オーナーが言ってたよ、「エルヴィンの作る人形は完璧だ」って。  

時計屋:ああ、あれはお祖父様の教え方が上手だからだよ。理論さえ掴めれば、あとは組み立てるだけだからね。  

機械人形:理論で、組み立てる……。  

時計屋:ああオズワルド。今のはあくまで学問としての話でね。……君は命を持つ機械人形アンドロイドだ。つくられたものとはいえ、意思が宿る特別な存在だよ。  

機械人形:……エルヴィン。  

時計屋:……でも、今の僕には、まだわからないことが多い。……どうしたら、もっと人間に近い存在を造ることができるのか。……どうしたら、もっと君を完璧にできるのか……  

機械人形:僕を、完璧にする?  

機械人形:……うん。……とにかく、オズのためにもまず僕は、たくさん勉強しなくちゃいけないってこと。  

機械人形:……。  

時計屋:機械工学に魔法薬、錬金術……さまざまな分野を研究する必要があるだろうけど……あいにく、僕が使える時間はたくさんある。……きっといつか、答えも導き出せるはずだ。  

機械人形:エルヴィンは、……何をしようとしているの?  

時計屋:さあ、……僕にもわからない。だけどまあ、心配は要らないよ。何も禁忌を犯そうって話じゃないんだ。  

機械人形:……。エルヴィン。  

時計屋:さて。ココアも美味しかったことだし、そろそろ始めようか。……上を脱いで、僕に背中を向けて座って、オズ。  

機械人形:……うん。  

時計屋:怖がらないで。この前は少し失敗してしまったけど、お祖父様に正しい回路を教えてもらったんだ。きっと今日は大丈夫。  

機械人形:……  

時計屋:……不安かい?  

機械人形:ううん。……いいよ。エルヴィンだったら、いい。  

時計屋:……オズ。  

機械人形:いいよ。僕を、開いて。  

時計屋:……開けるね。……大丈夫、こわかったら、僕の名前を呼べばいいから。   

時計屋N:オズワルドが造られたのは、お祖父様に引き取られてすぐのことだった。家族以外の友人が必要だからと、僕のために機械人形アンドロイドを作ってくれた。初めて見る機械人形に最初はただ驚いた。だって、あまりにも不格好だったから。回路が剥き出しの腕に手を伸ばすと、それを握手だと勘違いしたオズワルドが「よろしく」と言った。その流暢な発音に僕は目を丸くした。お祖父様いわく、中身に時間を割いたあまりに、外見まで気を遣う余裕がなかったらしい。だから僕は整備士を志願した。お祖父様は、快く承諾してくれた。それから僕は、オズワルドの整備士フィクサーになった。    

機械人形N:やがてエルヴィンはエレメンタリースクールを卒業し、数年間、寄宿学校に入ることになった。アルカディアから遠く離れたところにある学校だった。突然訪れた長い別れに、心にぽっかりと穴が空いた気分だった。僕はハウスキーパーをしながら、ただずっと、彼の帰りを待っていた。    

時計屋N:寄宿学校での暮らしは、つまらないものだった。閉鎖された檻の中、まるで刑務所に放り込まれた囚人のように規律正しい生活を送るだけ。あの、焦げるような野焼きの匂いがすることも、夜を震わせる魔物の声がすることも、彼が笑いかけてくることもなかった。記憶の中のアルカディアに想いを馳せながら、それでもペンを動かし続けた。勉強だけが救いだった。焦燥に駆られるように僕はどんどんのめり込んでいく。オズワルドと過ごすはずだった時間。どうか待ってて、オズワルド。僕はきっと、君の元へ帰るから。    

機械人形N:そして数年後、学校を卒業したエルヴィンが、ようやく家に帰ってきたんだ。

機械人形:エルヴィン!おかえりなさい!   

時計屋:……、オズ。   

機械人形:……エルヴィン?   

時計屋:……、ただいま。久し振り……オズ、会いたかった。    

機械人形N:久しぶりに見たエルヴィンはすっかり大人びていた。声が低くなり、背は高くなった。僕の知っている幼い彼の面影はどこにもなかった。だけど、慣れた手付きで僕に手術メンテナンスを施す姿を見て、やっぱりエルヴィンだと思ったんだ。    

時計屋:Nそれからほどなくして、僕はお祖父様に、オズワルドのオーナーになりたいと申し出た。お祖父様は、快く承諾してくれた。それを横で見ていたオズワルドは、花が咲くような微笑みを僕にくれた。その日からオズワルドは、正式に僕の機械人形アンドロイドとなった。     

機械人形N:それから、エルヴィンは変わってしまった。     

機械人形:う……!うあぁっ……熱い……身体が、千切れそうだ……    

時計屋:どうして……どうして、うまくいかないんだ!    

機械人形:熱い…よッ、……オーナー……たすけて……    

時計屋:これは君を苦しめるためにやっていることじゃない……一体何回言えば、わかってくれるんだ?    

機械人形:っあぁ!ごめんなさい、うっ、……熱いったすけてよぉっ……、エルヴィン……    

時計屋:……今は、僕が、君のオーナーだろう?オズワルド。僕の言うことを聞くんだ。    

機械人形:ッぐ!……熱い、……もう、こわれ、ちゃうよ……!    

時計屋:まだ……まだいけるはずだ……    

機械人形:ッ無理だよ、もう……!    

時計屋:……オズ!    

機械人形:あ、ぐッ!……    

時計屋:オズ。……これは君のためなんだ。君のために、僕はこだわらなきゃいけないんだ。……妥協は、絶対に許されないんだ!    

機械人形:……ああッ!!……、……エル、ヴィン?    

時計屋:大丈夫。君は僕の命だよ、オズワルド。君が僕に近づいてくれることが、僕の喜びだ。……君も、同じだろう?僕の喜びは、君の喜びだろう?    

機械人形:ッ……う……    

時計屋:だから、……大丈夫。大丈夫だ。きっと君なら、もっと完璧に近づけるから、……僕を、信じてくれ。    

機械人形:……あ"、う"あぁぁッ!……熱い、……熱いよ……     

機械人形N:たびたび、エルヴィンは家を空けるようになった。帰ってくるのは、月に数えられる程度だけ。そのたびに僕に手術を施した。振り上げたキリを僕の脇腹に深く突き刺す。金切りバサミで傷口をえぐって中から開く。むき出しになった回路を火で炙る。やさしい手つきで僕を撫でるエルヴィンはどこにもいない。手術メンテナンスは、身を切るような熱さと焦げくささに塗れてしまった。エルヴィンはいつもつらそうで、苦しそうだった。それ以外のことは、わからなかった。……彼が怖い。この感情は、ただの嘘だと思いたかった。     

◆◆◆     

時計屋:……、Gimme mercyギミーマーシー.    

吸血鬼:ハーイ、呼んだ?     

時計屋:!……どうやらこの魔導書グリモワールは本物だったみたいですね。     

吸血鬼:君、誰?今、僕のこと呼んだ?     

時計屋:はい、僕が呼びました。……これが吸血鬼?思っていたよりも小さいな。     

吸血鬼:アハッ。いきなり初対面から失礼だね、君。     

時計屋:まあ召喚が成功したならいいか。名前は?     

吸血鬼:エッ?アディソンだけど。     

時計屋:アディソン。僕と契約しましょう。     

吸血鬼:エ?契約?     

時計屋:はい。契約を結ぶために君をここに呼んだんです。呆けた面していないで、さっさとこちらへ降りてきてください。     

吸血鬼:……な、……本当に?……僕としては願ってもいないことだケド……。     

時計屋:契約を結ぶには、貴方の目を見て詠唱すればいいんですよね?     

吸血鬼:ウン、そうだヨ。……でも、僕、君の名前も知らないし……。     

時計屋:エルヴィンと言います。     

吸血鬼:そ、そういう問題じゃなくて……     

時計屋:何か問題が?     

吸血鬼:……吸血鬼と契約っていうのは、その、あまりみんな、したがらないから……。     

時計屋:うーん……困りましたね。例えば……「僕の血を吸ってください」と言ったら、従ってくれますか?     

吸血鬼:エッ?……それなら、ウン。いいよ。     

時計屋:よかった。……Gimme Mercyギミー マーシー.     

吸血鬼:……、……As you wishアズ ユー ウィッシュ.

時計屋:……ッ……

吸血鬼:……………、……。ねエ、君、本当に血通ってる?

時計屋:え?通ってますよ。

吸血鬼:匂いも全くしないし、味という味がしないんだケド。強いていうなら、……苦い。

時計屋:はは、それはお気の毒に。では、次はあなたの首をこちらへお願いします。

吸血鬼:え?

時計屋:言ったでしょう。契約を結ぶために呼んだんです。詠唱の後に、僕が貴方の血を吸えば、永遠の契約を交わすことができる。そうですよね?

吸血鬼:……どうして……

時計屋:つべこべ言わず、早く差し出してくれますか?それとも、組み敷かれる方が好みですか?

吸血鬼:ッあ!……っう、オニーサンってば、意外に強引なんだネ。

時計屋:選ぶ余裕なんかないでしょう?努力も哀れ、この近辺で眷属なんて一匹も見つけられていない。でしょう?

吸血鬼:!……なんで知ってるんだよ。

時計屋:少し考えれば分かることです。……そんな状況下で、吸血し放題、永遠の契約を提案してきた人間がいる。お腹を空かせた貴方には美味しすぎる話だと思うんですが。

吸血鬼:……オニーサン、禁忌のこと知らないの?

時計屋:禁忌?

吸血鬼:……人間から魔物になるのも、魔物から人間になるのも……この世ではタブーなんだよ?

時計屋:ああ、禁忌ですか。知っていますよ。

吸血鬼:じゃ、じゃあ……自分が何をしようとしているか、わかってる?

時計屋:もちろん。

吸血鬼:本当に?……僕と契約したら、オニーサン……不老不死になっちゃうよ。魔物に転生するってことだよ?それは、

時計屋:「禁忌を犯すことだ」と言いたいんですか?

吸血鬼:……。そうだよ。……いいの?

時計屋:いいんですよ。むしろそれが狙いですから。

吸血鬼:エッ?

時計屋: この行為が禁忌であることなんか、百も承知です。でもそれは僕にとってさほど重要ではありません。それどころか……不老不死になれるうえに、吸血鬼も従わせることができる。……まさしく願ったり叶ったり、ってヤツですね。

吸血鬼:なんで、死ねなくなっちゃうんだヨ?魔物になっちゃうんだよ?……たとえ冥府に堕ちることになっても、本当に、後悔しない?

時計屋:随分、僕の身を案じてくれるんですね。僕は転生して魔物になるために貴方を呼んだんです。

吸血鬼:……どうして……

時計屋:どうしてって。……そんなに珍しいですか?まあ、契約を約束してくれるというなら教えても構いませんが。

吸血鬼:わ、……わかった。契約するよ……。

時計屋:いいでしょう。……不老不死の身体を手に入れる。それが解決の方法だからです。

吸血鬼:……解決?

時計屋:僕にはたったひとりの、大切な家族がいます。……家族よりも、もっと大事な……言うなれば僕の身体の半分です。でも、彼は機械人形で、僕は人間。小さい頃から気づいていました。いつしか僕だけ去って、……彼を取り残すことになってしまうことに。

吸血鬼:……。

時計屋:残された者はどうなると思いますか?彼は、一生僕を失い続けるんです。僕だけ死んでしまうなんて、僕の方が耐えられない。オズワルドを置いていくなんてこと、僕にはできない。

吸血鬼:……でも、機械人形アンドロイドなんだったら老朽化して……動かなくなるんじゃないの?

時計屋:はい、その通りですよ。ただし老朽化するのは身躯ボディだけ。意思が消えてなくなるわけではありません。……想像してみてください。……朽ちて動けないまま、意識だけはあり続けるんです。「助けて」と声を上げることもできない。誰かに心臓を破壊され、活動を停止させられることを願うことしかない。

吸血鬼:……それって……

時計屋:アディソン。貴方だって不老不死の吸血鬼なんですから、"永遠"という事象を理解できるはずよね?それとも分からせてほしいですか?

吸血鬼:い、いや……

時計屋:さぞ苦しいでしょうね。衰弱したまま、永遠に終わらない生き地獄を味わうのは。……なんて顔をしてるんですか。まさか嫌なんですか?

吸血鬼:嫌に決まってるじゃないか!

時計屋:はい。物分かりがよくて助かりました。永遠とは、終わりも始まりもない、ということなんです。

吸血鬼:わかったよ。そっか……君は彼のことを愛してるんだね。 

時計屋:愛?……フッ。そんな陳腐な言葉、僕は嫌いです。

吸血鬼:でも、自分の命を捧げるなんて。愛じゃないなら何なの?

時計屋:これは正当な代償です。望みを叶えるには、それ相応の対価が求められる。僕は彼のためなら命など惜しくありません。

吸血鬼:……。それは愛なんじゃないの。

時計屋:……愛なんてものが、本当に存在すると思っているんですか。

吸血鬼:……え?

時計屋:さあ。おしゃべりはこのくらいにして、納得できたなら早く言ってください。Gimme Mercyギミー マーシー、ですよ。

吸血鬼:……わかったよ。……Gimme Mercyギミー マーシー.

時計屋:As you wishアズ ユー ウィッシュ.

吸血鬼:……ッ、…………

時計屋:……ッフ。魔物の血なんか飲んだの、初めてですよ。

吸血鬼:美味しい?

時計屋:さあ。僕には血の味はわかりません。吸血鬼だなんて、死んでもなりたくないですね。

吸血鬼:ふふ。……もう、死ねないのに。

時計屋:では本日は以上です。もう帰ってくれて結構ですよ。

吸血鬼:……エッ?こ、これだけっ?

時計屋:はい、これだけです。契約は結ばれたでしょう?

吸血鬼:そ、そうだけど……

時計屋:……まさか。これから甘いひと時にもつれこむとでも?

吸血鬼:ち、違うの?

時計屋:……何を期待しているかと思えば。そんなことあるわけないじゃないですか。

吸血鬼:あ、ありえないよ!吸血鬼と契約しておいて!

時計屋:貴方は従者サーバントでしょう。つべこべいわず主人マスターの命令に従ってください。

吸血鬼:でも、だからって……。召喚に応えたんだし、吸血くらいまともにさせてくれたっていいじゃないか!

時計屋:……吸いたいんですか?美味しくなくて、苦い、僕の血を?

吸血鬼:うっ……!

時計屋:どうせ貴方は衰弱しても死にはしないでしょう。まったく。飢えぐらい我慢できないんですか?

吸血鬼:こ……このっ……人でなし!

時計屋:ははっ、あたり。……それでも飲みたいのならどうぞ。治癒効果もあると言いますし、せっかくですから……僕の苦い血を不味そうに飲む貴方の顔、じっくり堪能させてもらいましょうか。

 吸血鬼:ひどい!マスターの冷血漢!鬼!!悪魔ぁ〜〜〜!!

時計屋N:昔から、僕とオズは一緒だった。その当たり前は、幸せでもあり、不幸でもあった。彼と違って僕は「永遠」ではない。いつか彼を取り残してしまうことに、僕はとうに気が付いていた。寄宿学校から帰ってきたあの日。何も変わっていないオズワルドを見て僕は確信を得た。時間という共通項が、僕たちを引き離し始めている。だから早急に、絶対に、彼に寿命を与える必要があると思った。しかし手術メンテナンスは、いつも予想外の結果に終わった。ある日、ようやく僕は目が覚めた。彼の時間を進ませてあげられないなら、僕自身の時間を止めてしまえばよいのだと。僕は、それを厭わなかった。オズをまた独りになんて絶対にしない。そう誓っていたからだ。──そしていとも簡単に、不老不死を手に入れた。終わりのない「永遠」の始まりを、迎えたんだ。  

機械人形N:ある日、僕の前に現れたエルヴィンは、別人のようだった。穏やかな瞳。微笑む唇。弾むような声。僕の知っている彼がそこに立っていた。一体何が起こったのか僕にはわからなかったけれど、昔の彼が戻ってきてくれた。僕にとって、そのことが何よりも嬉しかった。

時計屋:オズ。久しぶりに手術メンテナンスをしよう……大丈夫、こわかったら、僕の名前を呼べばいいから。

機械人形N:その手術メンテナンスは、いつかの日のように、やさしくて、あたたかかった。そしてエルヴィンは僕の身体を抱き締めて、こう言った。  

時計屋:……ただいま、オズワルド。

機械人形:……おかえりなさい、エルヴィン。  

機械人形N:異郷いきょうの果てのアルカディア。その村にふたりの男が住んでいた。時計塔を目印に、まっすぐ北の方角へ。森を抜ければ、煉瓦色の屋根がもうじき見えてくるだろう。煙突からは煙が上る。晴れ渡った青空の下、中庭でそよぐ洗濯物が、誰かの帰りを待っている。これは、そんなひとつの魂と、一人の人間の物語。  

時計屋N:オズワルド。君という生命いのち灯火あかりを、僕は死ぬまで失わないよ。  

(終話)

Cast・Staff

融和性アルカディア - 第9話
時計屋:   
機械人形:   
吸血鬼: