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融和性アルカディア
- Anastasis -

Caption

・名前N…「ナレーション」および「地の文」としてお読みください。
・配役の関係上、セリフ量にバラつきがある場合があります。ご了承ください。

舞台設定


〈背景〉

此処は大きな時計塔がそびえ立つ、小さな村。
鬱蒼と茂る森の奥──居場所を追い出された者たちは放浪の末、不思議とこの村に辿り着く。
種族も年齢も異なるはぐれ者達が集う此処はいつしか、迷える牧人の楽園……
“アルカディア”と呼ばれるようになった。

そこにあるのは、ひとりの人間と、ひとつの魂の触れ合い。

〈配役〉♂1:♀2

薬師 - Walter / ウォルター:♂
アルカディアで薬屋を営んでいる一流の薬師。魔法薬学に精通しており、あらゆる魔法薬を調合できる。瞳を覆うほどの長い前髪から覗く泣きぼくろがトレードマーク。口数が少なく陰鬱なオーラを漂わせているため、アヤシイ人物と勘違いされやすい。

人形 - Charlotte / シャーロット:♀
白磁の肌、透き通るブロンドの長髪、色違いの瞳を持つ壮麗な人形。片腕で抱えられるほどの大きさで、背中のゼンマイを巻かれて動く。常に空中を浮遊して移動している。おしゃべり好きで口が軽いのが玉に傷。

エルフ - Sophie / ソフィ:♀
アルカディアの西の森に棲む、智慧を司るエルフ。魔術・妖術の扱いに長け、幻覚魔法を得意とする。背中を覆うほど伸びた長髪の碧色は透き通り、相手を射抜く桃色の瞳はどこか気怠げ。二千年以上もの長寿であり、小さい身躯からは想像もできないほど博識。人間を下位種族だと見なしている節がある。

第10話



エルフN:異郷いきょうの果てのアルカディア。「西の森はエルフが出るから行ってはならない」──近辺に住む者はみな気味悪がって避けていた。ところが栄えていたのは、もう数百年も昔のことだ。今はかつての女王が番人として、大樹の下でまどろんでいる。これは、そんなひとつの魂と、一人の人間の物語。  

薬師:よいしょっと……。久しぶりに来たけど、やっぱり気味が悪いな……。  

人形:ウォルター、見てみて!羊が木に刺さってる!羊が一匹、羊が二匹…  

薬師:ああ、バロメッツだね。へえ……惜しいなあ、ここが西の森じゃなければ取って帰ってたのに。  

人形:ああ、シャロも羊さんのこと食べてみたいわ!  

薬師あはは。人形は花しか食べられないもんね。  

人形:ねえウォルター、ウォルターは食べたことある?バロメッツは一体どんな味がするの?

薬師:もともと魔物ってだけで、普通の羊肉とそんなに変わらないよ。赤ワインで煮たり、サラマンダーブレスで焼くと美味しいって聞いたことがあるけど……僕はスパイス漬けのからあげが好きだったな。  

人形:うふふっ、聞いているだけで美味しそう!一度でいいから、ランチを作ってピクニックもしてみたいわ。この森だって、景色がとっても素敵じゃない?  

薬師:うん、ところで……シャロ、きみわかるかい?  

人形:えっ、なあに?女の子は何でできてるっていう話?  

薬師:違うよ、帰り道。……お喋りをしているうちに僕達は、道に迷ってしまったみたいだ。  

人形:うふふっ。ウォルターってばお馬鹿さん。そんな時は月の明かりを頼りに進めばいいって、小さい頃に教わらなかった?  

薬師:教わったよ。……だけど西の森で常識は通用しない。なんたって、……月が2つ出ているからね。  

人形:わあっ……本当ね!なんて綺麗なの!夜空のお目々みたいで素敵ね!  

薬師:……まったく、君はいつも……。  

人形:月に手が届きそうよ、ウォルター!  

薬師:……、もう。遊んでないで帰る道を探すんだ。…………シャロ?……おい、どこ行ったんだ?隠れてないで出てくるんだ、シャーロット!  

エルフ:ほれ、こいつを探しておるのか?  

薬師:うわっ!……びっくりした。  

エルフ:我の寝床に潜り込みに来よったぞ。  

薬師:……シャーロット。駄目じゃないか、勝手に遠くに行ったりしたら。ほら、ちゃんとごめんなさいはしたの?  

人形:……ごめんなさい。でも、遠くになんか行ってはいないわ。ちょっと隠れたつもりだったの。  

薬師:それが駄目だと言っているんだ。たまたまソフィが見つけてくれたから良かったものの、……僕の側から離れないって、あの時約束しただろう。  

人形:………、ごめんなさい。  

薬師:……。わかってくれたらいいんだ。  

エルフ:のう、そちよ。前から呪術人形そんなものを連れておったかの?  

薬師:ああ、いいや。だいぶ前から一緒にはなっていたんだけど、……そういえばソフィは初めましてかもしれないね。シャーロット、ほら、ご挨拶して。  

人形:初めまして!私はシャーロット。シャロって呼んで。  

エルフ:ふうん、オッドアイか。……そちの華やかさは、嫌いではない。しかし生憎、愛称で他人ひとを呼ぶのは主義ではなくての。  

人形:ええ!なんとでも。呼びやすいように呼んでくれたら嬉しいわ!  

エルフ:シャーロット。我はソフィ、エルフの女王じゃ。……ワケあって今はこの森の留守番をしておる。……まあ、久方ぶりの客人じゃ。先刻の無礼は許してやろう。  

人形:ソフィってば、優しいのね?シャロ、ソフィのこと大好きよ!  

薬師:こら、シャロってば……。ごめんね、ソフィ。シャロはいつもこんな調子なんだ。  

エルフ:フッ、苦しゅうない。泣き言を言われるよりは全然マシじゃ。……ところで。主らはここで何をしておったのじゃ?  

薬師:新しい薬の調合に必要で材料集めをしに来たんだけど……  

エルフ:ああ、そういえばそちは薬師じゃったかの。  

薬師:そう。今の時期、ヤドリダケってここにしか生えていないでしょ?だから地面ばっかり見て歩いてたら、どうやら道に迷ってしまったみたいで。  

エルフ:それで困っていたのか。……我らの仲じゃろう。すぐに呼んでくれたらよかったものを。  

薬師:そうだね……でも、どうせソフィも寝てて気付いてくれないんじゃない?  

エルフ:な、……無礼な。我を誰と心得ておる。  

人形:そうよウォルター。レディに向かってなんてことを言うの。  

薬師:ごめんごめん、冗談だよ。  

エルフ:フフッ、分かっておる。どれ、ヤドリダケはあちらじゃ。群生地まで案内しよう。   

薬師N:そう言ってソフィは僕たちを先導するように歩き始めた。歩くと言ってもふわふわと浮くように移動している。ソフィとは、僕がこの村にやってきてからの縁がある。薬屋を開いて、たびたび西の森にはお世話になった。本来、人間は招かれざる者として攻撃されがちだ。けれど僕は、そうではなかった。彼女いわく、学者の類は装いでわかるらしい。彼女とは魔法学の話や天文学の話など、学術的な話で仲良くなった。頼もしい彼女の背中について歩きながら、ふと、僕は思い出した。……そういえば以前「彼」もここに来ると言っていた気がする。   

薬師:あの、ソフィ……  

エルフ:着いたぞ。ここじゃ。  

人形:わあっ、綺麗な湖!見て、夜光虫ノクチルカが飛んでいるわ!お星さまみたいで素敵ねウォルター!……ウォルター?  

薬師:あ。ああ、なんでもないんだ。案内してくれてありがとう、ソフィ。  

エルフ:なんてことはない。ここを餌場にしているシャンブラーには、ウォルターには手を出すなと我の方から言いつけておく。ゆっくりと採集するがよい。  

薬師:何から何までごめんね。じゃあ、行ってくるよ。  

エルフ:ああ。気をつけて。   

エルフN:湖の方へ歩を進めていく、彼の背中に手を降って見送った。その後ろ姿に、いつかの光景が思い出された。夜光虫ノクチルカの群れが飛び交う湖の畔。かつての訪問者に、この森の昔話を聴かせてやったのも、この場所だった。賢者の石を追い求める錬金術師。彼には間違いなく天賦の才があった。なつかしい。──そう思いながら木に寄りかかって、まどろんでいたときだ。   

人形:ウォルター!見てみて!珍しい石を見つけたわ!  

薬師:ちょっと待って、今手が離せな──……えっ……  

人形:どうやったらこんな形になるのかしら?なにかで固めてつくったみたいに美しい形ね!シャロ、持って帰っちゃおうかしら!  

薬師:いや、……これは駄目だ。……シャロ、ちょっとそれ僕に貸して。  

人形:いいわよ……ってウォルター?どこにいくの?  

薬師:──……ソフィ。  

エルフ:……なんじゃ。どうした?変わったことでもあったかの。  

薬師:これ。「人魚の涙」が落ちていたんだ。  

エルフ:……!ウォルター…それは……  

薬師:ソフィ、きみ、アルフレッドという人間を知っているかい?  

エルフ:……っ!  

薬師:……知らなかったら、ごめん。……僕の長い友達なんだ。昔、同じ学校でね。ずっと賢者の石の研究をしていて、ようやく手がかりを掴めたからって、アルカディアまで来ていたんだ。……前までは、ちょくちょく僕の店に来てくれていた。だけど最近、めっきり顔を見せなくなった。下宿先に行っても、ずっと帰って来ていないって。……いなくなる前に彼は、西の森に向かうと言っていた。それでさっき、これが落ちてた。……アルフレッドは確かにこの森にいる。  

エルフ:……ウォルター。  

薬師:ソフィ、……知っていたら教えてくれ。彼は今どこにいるんだ?  

エルフ:……。  

薬師:僕は、彼が無事でいてくれたらそれでいいんだ。だから……ソフィ、教えてくれないかな?君は西の森の統治者だろう。……知ってるはずだよね。  

エルフ:……。わかった。この際はっきり言わせてもらおうかのう。いいかウォルター。……何を聞いても驚くなよ。  

薬師:……、わかった。  

エルフ:アルフレッドは確かにこの森に来た。そして、賢者の石の実験を成功させた。  

◆◆◆  

薬師:な……!  

エルフ:彼とはしばらくの間、交流があったよ。そちとアルフレッドが学友であることも、聞いて知っていた。……この森は幻想の森じゃ。大抵の人間の精神力では、持って数時間。それが朝から晩まで、この森にやってきては森の奥で研究に打ち込んだ。………その顛末がどうなったかは、賢いお主にならわかるじゃろう?  

薬師:……そんな……  

エルフ:……実験が成功しても、石を扱えるかまでは別の話じゃ。  

薬師:実験が成功って……じゃあ、石はどこに……  

エルフ:我が処分した。彼もろともな。  

薬師:処分……?  

エルフ:ッフ……ちょうどそう、この場所だった。同じ話をしたことを思い出していたよ。「大賢者だったものは石に蝕まれ、魔物よりも酷い姿に変貌を遂げた。我は責任を以て、この手でそれを処分した」と。  

薬師:……処分って……アルフレッドを、どうしたの?  

エルフ:森に還したんじゃ。彼の身体を、この森の生命の一部にした。……もう既に、彼の身体は朽ち果ててしまったが。  

薬師:……。そんな……  

エルフ:……我も、止めたんじゃがな。研究をやめてはどうかと。……しかし、アルフレッドは聞く耳を持たなかった。石とともに散るなら本望だと言ったのじゃ。  

薬師:……。  

エルフ:我に止める術はなかった。……いや、止めようと思った頃には、すでに完成させられていた。我が祝福を授けたのは、……彼の望みを叶えてやりたかったからじゃ。そして……アルフレッドが異形の怪物に変化を遂げてしまう前に、我は石を破壊した。  

薬師:……壊したのか。  

エルフ:……それでも石の魔力は強く、侵食は止められなかった。じゃから我は、彼の身体に種を埋めたのじゃ。  

薬師:……種?  

エルフ:ああ。種じゃ。この森の核から取り出した生命の種。……我はもっと彼と過ごしたかったよ。化け物になっていくのを見るのは辛かった。……じゃからアルフレッドの魂が、この森に還ればいいと思ったのじゃ。  

薬師:森に還る……  

エルフ:我は、アルフレッドをこの森に葬った。それは我儘だと自覚している。………じゃがな、今でもたまに思い出すんじゃよ。本当にこれでよかったのか。アルフレッドを止める手立ては、もっとほかにあったのではなかろうかと。  

薬師:ソフィ……。  

エルフ:もっと早く止めていれば、我が、この感情に気づけていれば……。……。おかしいのう。人間の行く末などどうでもよかったはずなのに。我も歳をとって、涙もろくなってしまったようじゃの。  

人形:ウォルター、ソフィ、こんなところにいたのね!……って。あれ?ソフィ……泣いてるの?  

薬師:……、シャロ。  

人形:ふたりともかなしい顔して、どうしたの?……もしかして、お腹が空いちゃったのかしら。それならシャロのキャンディをあげちゃうわ!ふたりとも、はいどうぞ!  

薬師:……ソフィ。  

エルフ:……ああ、いや。すまんのう。気を遣わせてしまったようじゃ。  

人形:いいのよ!涙は、かなしいことをすべて洗い流してくれるもの!  

エルフ:……フッ。  

薬師:……。  

エルフ:さて。……ふたりとも、もうよければ帰り支度をするがよい。西の森は常に月が出ておるが、すっかり街の方も日が落ちた頃合いのようじゃ。出口まで送っていくぞ。  

人形:そうね、そろそろピクニックもお終いにして帰りましょう!はい、ウォルター!このバッグもね!  

薬師:ああ、シャロ……ありがとう。  

エルフ:……では、こっちだ。……ついてこい。  

薬師:……。   

薬師N:湖畔から出口まで、僕とソフィが言葉を交わすことはなかった。シャーロットも疲れてしまったのだろう。僕の肩で静かに寝息を立てていた。月明かりで照らされた道を歩いていく。この道はきっと、彼のために用意されていたものでも、あるのだろう。破滅に向かっていく彼を、ソフィは、どうしようもできなかったと言った。それが僕でも、どうにもできやしなかっただろう。彼が石を手にする運命はきっと、最初から決まっていたのだ。僕はポケットに忍ばせた『人魚の涙』を無意識に握りしめていた。……だけど、それなら。──森の出口が見えたところで、前を行くソフィに声を飛ばした。   

薬師:彼は、よかったんだと思う。  

エルフ:……ウォルター?  

薬師:アルフレッドは、これでよかったんだと思う。  

エルフ:……何の話だ。  

薬師:この人魚の涙は、僕が彼にやったものだ。この石は、液体である人魚の涙を濾過させて固体にしたもの。いわば魔力の結晶だ。……人外と対峙することになったら、人間の力では太刀打ちできない。だからこれを使えばいいと、僕はアルフレッドに渡したんだ、……お守りとして。  

エルフ:……ウォルター。  

薬師:だからその気になったら、ソフィのことも、石の力も、全部拒絶できたはずなんだ。……でも、アルフレッドは使わなかった。……彼は賢者の石に、この森に取り込まれることを……本当に覚悟できていたんだと思う。  

エルフ:……覚悟ができていた、じゃと?  

薬師:彼が迎えたのはただの破滅じゃない。ソフィによって、この森に還ることができた。……彼にとってそれは、願ってもいなかったことなんじゃないかって、思う。  

エルフ:……。そんな、我はただ……  

薬師:それにさっき来る時にバロメッツを見た。……この森は、生態系を取り戻しつつある。

エルフ:……え?  

薬師:アルフレッドの実験が成功した影響だと思う。この森がいずれ元の状態に戻ったら、きっとエルフ達も帰ってくるだろう。  

エルフ:……今更、そんなこと……  

薬師:君が女王として優秀だったことは、みんなが知ってる。  

エルフ:!……  

薬師:君は幽閉されたけれど、それは森の規則で定められていたからだ。きっとみんな、心の中では君を尊敬しているはずだよ。そうなれば君はエルフの女王として、再び君臨することになる。  

エルフ:……。そんな訳が……。  

薬師:……ソフィ。君がアルフレッドを森に還したのは、君の我儘なんかじゃない。森の女王として彼を無意識に導いてあげたんだ。この森に還ることで彼は怪物にならずにすんだ。……きっと君のことも、どこかで見守っているんじゃないかな。  

エルフ:……もしそうなら、……我は……  

薬師:だから、これはソフィに返すよ。……彼がまた実験を始めるって言ってきたら、この石でパンチでもしてやって。  

エルフ:……。  

薬師:ソフィ。……アルフレッドの魂を救ってくれて、ありがとう。きみのお陰で採集もうまくいったよ。……いつになるかわからないけど、またここに遊びに来るから。  

エルフ:……ああ、……わかった。  

薬師:アルフレッドのこと、よろしくね。  

エルフ:……言われずとも。……我を誰と心得ておる。  

薬師:よかった。そうしてる方が、よっぽど君らしいよ。

エルフ:フッ。……また遊びに来い。我も、この森も──……アルフレッドも、きっと喜ぶ。  

薬師N:異郷いきょうの果てのアルカディア。「西の森はエルフが出るから行ってはならない」──近辺に住む者はみな気味悪がって避けていた。ところが栄えていたのは、もう数百年も昔のことだ。今はかつての女王が番人として、大樹の下でまどろんでいる。これは、そんなひとつの魂と、一人の人間の物語。   

薬師N:アルフレッド。君のことを僕はずっと尊敬していたよ。今度はきっと明るい道を選ぶんだ。……ふたりで、帰ってこられるように。  

(終話)

Cast・Staff

融和性アルカディア - 第10話
薬師:   
人形:   
エルフ: