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融和性アルカディア
- Anastasis -

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・『融和性アルカディア - 第13話』の後編となります。
・名前N…「ナレーション」および「地の文」としてお読みください。
・配役の関係上、セリフ量にバラつきがある場合があります。ご了承ください。

第13話 2/2



人狼N:それから夜が来て、朝が来て、また夜が来て、…朝が来る。オルガが立っていた説教台。隣り合って座った長椅子。広すぎる共同寝室に、食堂、菜園。この広い聖堂の中、彼女がどこかに隠れていて、俺の前に現れてくれるんじゃないか。そんな期待を未だに捨て切れずにいた。彼女を失くした心が、いつまでもき止まなかった。…目を開けた先、壁に掛かった古時計が視界に入る。午後3時、覚えている。彼女を埋葬した時も、同じ時刻を指していた。…それからいくら祈っても、彼女が帰ってくることはない。判っている。いい加減、目を覚ますべきだということも。…それでも、動けないままでいた。こんな時どうすればいいのか、…彼女に教えてほしかった。  

人狼:……オルガ……

葬儀屋:よう、リカルド。

人狼:……アンタは呼んでない。……なんか用か。

葬儀屋:……、ヒデェ顔。用っていうか……驚かないで聞いてほしいんだが。お前、オルガの死体、知らねェか?

人狼:死体?

葬儀屋:あア。あのとき埋めた死体だ。

人狼:……知らないかって、埋めただろう。

葬儀屋:いや、そのはずなんだが……さっき俺が戻ったら、開いてたんだよ、棺の蓋が。

人狼:……え?

葬儀屋:なんだと思って見たら、……空っぽだった。もぬけの殻だったんだ。

人狼:な……

葬儀屋:俺も葬儀屋をやって長いが、こんなことは……

人狼:……ッ

葬儀屋:あ、おい!リカルド!  

(間)  

人狼:……本当だ、………なんで……。

葬儀屋:わかンねえ。俺が街から戻ってきたら、蓋が開いてた。誰かが来た形跡もない……。

人狼:こんなことが………、ありえない。……アンタが、…売ったんだろ?

葬儀屋:……あ?……ッ!

人狼:アンタがオルガを売ったんだろ!?死神に!

葬儀屋:ンな、……オイ、離せッ!

人狼:アンタが…アンタさえ居なければ……

葬儀屋:ク……ソッ、なんつー馬鹿力だ…!

人狼:アンタが居なければ、オルガは死ななかったんだ!

葬儀屋:!

死神:おっと、そこまで。

人狼:ッ!

死神:…その人にそれ以上手を出すようなら、この鎌の切っ先が、アンタの中にもっと突き刺さることになってしまうな。

葬儀屋:……ギル?

死神:よう相棒。思い出せてよかったよ、冥府規約第111条“契約相手が命の危機に瀕した際は、最善を尽くしてよいものとする。”彼には悪いけど、これがオレの最善なんだ。せっかくだし、選ばせてあげようか。シルヴェスターを殺して自分も死ぬか、…もしくはそこから退いて、少し頭を冷やしてくるか。

人狼:……。……。

死神:賢明な判断だね。

葬儀屋:……ハァ、……助かった。

死神:…彼もよほど堪えてるみたいだね。わずかに残った良心の呵責として、オレの思念が届いたみたいでよかった。……まあ、彼女について正直なことを言うと、喰えるモンなら喰いたかったけどね。

人狼:……は?

死神:エ?

葬儀屋:……え?

死神:…オレが視えてる?

人狼:今、……なんて言った?

死神:え?アンタ、オレが視えてんのって、……うわっ!

人狼:…お前がやったのか。

死神:…違う。……いや、ハハッ、ゴメンゴメン。オレの声が聞こえてるなんて思ってなくてさ。…冗談っていうか、少し、弁明させてくれないかな?

人狼:………冗談?

葬儀屋:あー…待てリカルド。俺からも頼む。一旦、話をさせてくれ。

死神:…もっと言うと、もしオレの話を聞いてくれたのなら…彼女の死について納得することができるかもしれない。

人狼:…! ……。

死神:…ハァ、死ぬかと思った。…まさかオレに接触までできるなんてね。

人狼:…冗談だとか、弁明だとか、……オルガについて知ってること、全部話せよ。

葬儀屋:もちろん最初からそのつもりだ。少しややこしい話かもしれねェが、…オルガのためだと思って、落ち着いて聞いてくれ。

人狼:……。

少女N:彼を宥めながら、シルヴェスターは話し始めた。この世は現世と霊界のふたつにわかれていること。さらに霊界は、天界と冥界にわかれていること。罪咎人けがれびとの魂は、冥界に誘われるということ。アルカディアは罪咎人けがれびとの魂が集まりやすい土地だということ。少女はその罪咎けがれの重さから、冥府に狙われていたこと。シルヴェスターとギルはお互いの利害のために契約を結び、アルカディアとオルガを、冥府の接触から守っていたこと。

葬儀屋:斯々然々かくかくしかじかっつーワケだ。……それにふつう、びとは死者を視認できねェ。お前にギルが視えてンのは……

人狼:…俺が一回死んでるからか。

死神:ああ。一度霊界に来てるんだ。なら、オレと対話できてもおかしくないね。

人狼:…アンタ達の話は判った。つまり今の話をまとめると、…オルガの魂が冥府に狙われてたってことか。

死神:そう。ところが肝心の死後に、なんにも音沙汰がないんだよ。本当なら今ごろ冥府に来ているはずなんだけど。

人狼:……。

死神:それに、なんかおかしくてね。

葬儀屋:おかしい?

死神:どうやら冥府は、今のアルカディアに干渉できないみたいなんだ。

人狼:干渉できない?

葬儀屋:できてるだろう。その証拠に、お前が今ここにいる。

死神:オレがいるのは、アンタがいるから。従者サーバントは、契約主マスターがいるところならどこにでも行ける。……この契約も、なかなか便利なモンだよね。

葬儀屋:俺の魂を代償に、お前が勝手に結んだ契約のことか。

死神:ハハッ、ゴメンゴメン。…まあだから、冥府では、ちょっとした騒ぎになっててね。アルカディアに手を出そうとしても弾かれてしまう。……ああ、ちょうど、あんな風に。

(突如、遠方の一部が暗雲に包まれ、轟音が鳴り響く。)

人狼:……な。

葬儀屋:……。…なんだありゃ。

死神:冥府のヤツらが、痺れを切らしてアルカディアに干渉しようとしてるんだよ。…スッゴイ炎だよね。

人狼:…村が……。

死神:冥界が躍起になれば現世を滅ぼすなんて簡単なんだ。…オレも間近で初めて見たけど、驚いてるよ。まさかあれ程までに一瞬で崩壊させられる…と……は……

人狼:……え?

葬儀屋:……は?

人狼:……なんだ、アレ。

葬儀屋:……何が起きてる。…稲妻、…後光…違うな、あれは……

死神:……キリエだね。

人狼:……キリエ?

死神:天界からの救いの光のことを言うんだ。…キリエは、天使にしか使えない。…あそこで死神と天使が戦ってるのかもしれないね。…彼らの戦いなんてそうそう見られるものじゃない。珍しいこともあるモンだ。

葬儀屋:天使って、……

死神:世に言う天使のこと。現世を見守ってる、天界からの遣いのことだよ。

人狼:…天界って、本当に存在していたんだな。

死神:そりゃあね。まさしくこの教会だって、何かしらの天界人を信仰しているはずだ。…神や天使は数も多いし、オレに知る術はないけどね。

葬儀屋:…オルガが行方不明になって、冥府の死神が暴れ回って、天界の天使が戦っている……。一体何が起きてやがる。

死神:さア?オレが知りたいくらいだよ。…ただひとつ言えるのは、アルカディアが護られているってことかな。

葬儀屋:護られてる?

死神:実際、今オレ達がいる場所は何の襲撃も影響も受けてない。…もしかしたら、天使が降りてきてるのかも。彼女達が居る場所は安寧が保たれるからね。…ま、これはオレの推測でしかないけど。

少女:いいえ、その通りよ。

人狼:…………………………え?  

人狼N:見知った声に顔を向けると、背の低いシルエットに琥珀色の髪の毛、空色の瞳。死んだはずの彼女が、……オルガが立って、こちらを見ていた。  

少女:私の棺の前で、仲良く揃って井戸端会議?もっとほかにいい場所があるんじゃない。

人狼:……オルガ?

少女:リカルド。…久しぶりね。

葬儀屋:……オルガ。

少女:シルヴェスター。…霊だけじゃなくて、私のことも視えるのね。…その人は、誰?

死神:…相棒のギルだけど。

少女:ギルね、よろしく。

葬儀屋:どういうことだ?なんでここに…

少女:『蘇ったのは、3日後のことである。』…まさか、この身を以て体験することになるなんて。

死神:それって世界神ユニオーンの話?懐かしいね。

少女:知ってるの?

死神:まあね。ところでその調子だと、ゾンビってわけでもなさそうだ。…もしかして生き返ったの?

少女:そう。厳密に言えば、「生まれ変わった」かしら。

葬儀屋:…生まれ変わった?

少女:転生した、ってこと。…一度死んで、また蘇った。

死神:ああ、なるほどね。転生したんだ。

人狼:……。本当に、オルガなのか?

少女:うん。本当に私。

人狼:……。……オルガ、……なのか。

少女:ええ。…信じられないって顔ね。……私も同じよ。現世に戻って来られたなんて、まだすこし信じられてない。

死神:いや、ちょっと待って。罪咎人けがれびとは転生できないはずだ。それにオルガの罪咎けがれはかなり大きなものだった。…冥府行きを免れるだなんて、信じられないどころか、ありえない。…、魂の審判でズルでもしたの?

少女:魂の審判はちゃんと受けたわ。ギルの言う通り、私の罪咎けがれも重かった。審判の余地もなく冥府に堕とされるところだったんだけど、…最後に魂の潔白が証明されたの。

葬儀屋:魂の潔白?

少女:「現世を善しとする」という判決が下ったの。…私は、リカルドのために生きて、リカルドのために死ぬことを選んだ。そしてそれを偲ばれた。それが潔白を示す証拠になったみたい。

人狼:……それは……よかった、のか?

少女:ええ、もちろんよかったわ。リカルドが居なかったら、きっと私はいま此処にいないから。

死神:…転生って、別の人間に生まれ変わるってことだよね。なのに、生まれ変わりのはずのオルガは、…オレには全く同じに見えてる。

葬儀屋:あア、俺にもそう見えてるぜ。

少女:それは…たぶんだけど、私が天界人として生まれ変わったからじゃないかしら。

死神:ああ、天界人にね。ってことは、天界に行けたんだ、おめでとう。

葬儀屋:「おめでとう?」…どういうことだ。

死神:そりゃ、めでたいことだからね。

葬儀屋:説明になってねェ。

少女:…天界に呼ばれる人物は、多くの人を救った英雄だったり、革命家だったり、発明家だったり、……現世で大きな功績を残した人に限られているの。それを偲ばれているかどうかが、大きな基準みたいだった。

葬儀屋:つまり、それをクリアしたってことか。

少女:ええ。正直、心当たりはなかったけど……どうやら知らない間に、多くの人を救ってたみたい。

人狼:いや、オルガは間違いなく、たくさんの人を救っていたと思う。俺もそのうちのひとりだ。

葬儀屋:それについては俺も同意だな。オレも何度かお前に救われてる。

少女:ありがとう。……そんなふたりに見送られたからこそ、転生が叶ったのよ。見送りについても期限があって、死後3日間のうちに、葬儀が執り行われる必要があったみたい。

人狼:3日…。

葬儀屋:って、ギリギリじゃねェか。

死神:間に合ってよかったよ。

少女:…あのまま私の身体が放置されていたら、天界に行けなかった。まっすぐ冥界に落とされて、罪を償えるまで出られなかったかも。

死神:赦されたのなら良かったよ。

少女:うん。揉めていたみたいだけど、ふたりで私の死体を丁寧に葬ってくれたおかげね。改めてお礼を言うわ。……リカルド、シルヴェスター。ふたりとも、どうもありがとう。

葬儀屋:実は、それはコイツの入れ知恵なんだ。俺にオルガの葬儀を提案したのは……

人狼:…アンタが?

死神:ああ、うん。冥府に居ないって聞いて、審判に手間取ってるのかと思ったんだ。でも天界に行くには、現世で手順を踏む必要があった。だからシルヴェスターに、オルガの葬儀をやったらどうかって言ったんだ。

人狼:……そうだったんだな。

葬儀屋:オルガを手にかけたのは俺だからな。……正直言って、気は進まなかったんだが……

少女:わかってるわ。アルカディアを守るために、私を選んでくれたんでしょう?……それに私だって、リカルドのために死ねたもの。きっとシルヴェスターの選択は間違っていなかったわ。ギルも、ありがとう。

死神:毎日欠かさず、アルカディアとリカルドのために祈ってたもんね。健気で献身的、大いに結構。きっとこの先も天界は安泰だ。

少女: えっ?……どうして私が祈ってたことを知ってるの?

死神:さア?なぜかオレのところにオルガの祈りが聞こえてきていたんだよ。この教会が死神信仰なんじゃないの?

人狼:…いや、そんなことはないと思うが。

少女:ええ、この教会は、聖ジルベディオ大聖堂。栄光と勝利を司る、光の天使に捧げられた教会よ。死神だなんて、

死神:…、ジルベディオ。……光の、天使…?ハハハッ!

葬儀屋:何だ。心当たりでもあるのか。

死神:……いや、心当たりもなにも、…フフ、アッハハッ!

少女:……私、何か面白いこと言った?

葬儀屋:いや、コイツはいつもこんな感じだ。ヘンなトコで笑うし、一回笑い出すと長い。

死神:アッハハハ!栄光と勝利を司る、光の天使!…ああ、今時そんな風に言われてるんだね。ハハハハハッ!

葬儀屋:オイ、ちゃんと説明しろ。

死神:アハハハッ、ゴメンゴメン。……ハァー……オレオレ。オレが、そいつなんだ。

葬儀屋:ハア?

死神:だから、オレがその英雄ジルベディオ。

少女・人狼:………えっ?

葬儀屋:…何言ってる。お前は死神ギルバートだろう。

死神:現世いまはね。オレの前世が英雄ってこと。さっきオルガが言ったように、天界には、多くの人を救った英雄も招かれる。

人狼:……英雄だった、ってことか?

死神:そう。俺には世界に「栄光」と「勝利」をもたらした、…英雄の時代があったんだ。

葬儀屋:…嘘つけ。

死神:嘘じゃないよ。オレは英雄として天界に招かれたけど、今は、冥府の神から依頼を受けて、死神ギルバートとして活躍している。だから、英雄ジルベディオも死神ギルバートも、オレのことだよ。

人狼:ここはジルベディオに捧げられた教会……。オルガは、アンタに祈りを捧げてたってことか。

死神:そういうことだね。オレも世の中にある聖堂をすべて把握してるわけじゃないから、教会の名前を聞くまで気付かなかったよ。

少女:…英雄ジルベディオ、まさか本当に存在していたなんて。信仰上の存在だと思っていたわ。

死神:ハハッ、ジルベディオが活躍したのは、大昔のことだからね。その反応は当然だと思うよ。

人狼:随分長生きなんだな。

死神:天界人に寿命はないんだ。

葬儀屋:…なんで今まで黙ってた。

死神:英雄だったってこと?あいにく、オレに過去の栄光を自ら吹聴して回る趣味はないんだよ。それにあくまでも、今オレは死神として現世に降りてきている。まあ、…オレの身の上話はともかくとして。オルガも天界に生まれ変わったわけだし、アンタとの契約もこれで終わりかな。

葬儀屋:契約終了だ?お前、わかってんだろうな。

死神:わかってるよ、大丈夫。アルカディアには手を出さないし、死神にも出させない。

葬儀屋:…頼むぞ。

死神:相棒としてアンタには世話になった。手伝ってくれたお陰で、もうすぐ冥府の任務も終わるだろうし、ジルベディオとして天界に戻れる日もそう遠くない。…この先のアルカディアの安寧は、オレとオルガに任せておいて。

人狼:…なんでそこにオルガが出てくるんだ。

少女:…天界人である私がいる場所に、冥界人は立ち入りできない。だから私がこの地にいる限り、アルカディアは私という存在によって永久に守られていくわ。

葬儀屋:よかった。そンなら俺も心置きなく迎えを待てる。

少女:ああ、それについてもだけど。待つ必要はないわ。

葬儀屋:え?

少女:私がアルカディアの原罪を背負っているから。

人狼:原罪を背負う?

少女:……アルカディアには禁忌を犯した人達が多い……いわゆる大罪人たいざいにんとみなされた人達は、間違いなく冥府に落とされてしまうでしょう。その人達の魂が裁判にかけられたとき、私が彼らの罪を肩代わりする。そういう契約を天界と結んだのよ。…だから、シルヴェスターが冥府に堕ちることはない。もちろん、アルカディアのすべての村人たちも。

死神:天界と?……交渉好きな冥府と違って、天界はそんなことしてこないと思っていたけど。

少女:私から持ちかけたのよ。

人狼:なんでだ。

少女:私の願いを叶えるために。

人狼:願いって……

少女:私は赦されて、生まれ変われる権利を与えられた。だけど…ただ生まれ変わるんじゃなくて、特別に生まれ変わりたいと思ったの。

人狼:特別?……願いって、なんのことだ。まさかまた、俺のためなんて……

少女:貴方のためよ。

人狼:……え?

少女:貴方のために、私は使命が欲しかった。…大切な、貴方のために。

人狼N:そう言われてから、初めて気付いた。彼女に合ったままの焦点がずれて、その体が少しだけ宙に浮いていることを。視界の端にふわりと真っ白なものが横切る。それを羽だと思ったのは、彼女の背中から翼が生えていたからだった。琥珀色の頭の上に、円を描いて輝いている光の輪。空色の目の真ん中に、俺が映り込んでいる。

人狼:…、オルガ?  

少女:…いいえ、リカルド。私はもう修道女シスターオルガじゃない。貴方を導く使命を持った守護天使ガーディアン──…オリヴィア。

 ◇◇◇

天使N:ここは大きな時計塔がそびえ立つ、小さな村。鬱蒼と茂る森の奥。居場所を追い出された者たちは放浪の末、不思議とこの村に辿り着く。種族も年齢も異なるはぐれ者達が集う此処はいつしか、迷える牧人の楽園、“アルカディア”。そう呼ばれるようになった。ここにあるのは、ひとりの人間と、ひとつの魂の触れ合い。

 (間)

人狼N:その日、俺と少女は、聖堂の椅子に隣り合って座っていた。 話を聞くに、彼女の姿は誰にでも視えるわけではないらしい。だから俺ははたから見たら、ひとりで座っているように見えているようだ。…おかしい話だと思った。彼女は今、紛れもなく俺の目の前にいる。以前と変わらない姿で静かに佇み、微笑んでいる。…彼女は言う。「私に触れることができるのは、この世界でたったひとり。貴方だけ」だと。それは、お互いが特別な存在である証拠だと、言葉を続けた。

天使:ふたつのこころが融け合って、ひとつになったこころのことを、魂の心臓アニマエ・カルディアというらしいわ。

人狼:魂の心臓アニマエ・カルディア

天使:貴方と私は、お互いの魂の心臓アニマエ・カルディアを宿してる。

人狼:……感覚として、アンタが俺の中にあるのは、確かに感じてる。

天使:ええ。…だから貴方を護るために、特別な転生をさせてほしいって話を天界に持ちかけたのよ。現世に転生するということは別人になるということ。記憶もすべて失ってしまう。…だから天界に行きたかった。貴方の守護天使ガーディアンとなって生まれ変わるために、交換条件としてアルカディアの罪咎けがれを背負った。

人狼:俺のために、罪咎けがれを……

天使:もう、そんな顔しないで。…もし貴方が私の立場だったら、きっと同じ行動を取っていたはずよ。

人狼:それは、……そうかもしれないが。

天使:魂の心臓アニマエ・カルディアが宿るのは、ひとりだけ。私に貴方しかいないように、貴方にも私しかいない。…ある意味、守護天使ガーディアンになりたいと思うのは当然のことね。

人狼:守護天使ガーディアンって、……普通の天使とは、違うのか?

天使:そうね…簡単に言うと、守護天使ガーディアンにとって、特定の人間を護ることが何よりも最優先の使命になるの。だから貴方には私がいつでも見えるし、私には、貴方の行く先、迎える未来、すべてを見据えて助言できる特権があるわ。

人狼:助言?

天使:例えば、…その林檎には毒があるから食べない方がいいとか。街中でスリに合うから今日は出掛けないほうがいいとか。明日は聖堂の掃除をしてほしいとか。

人狼:……。最後のは助言か?

天使:ええ。もし貴方が聖堂を拠点にするなら欠かせない行動ね。なにせ私がいない間、ずっと放置されっぱなしだったんだから。

人狼:3日だろ。

天使:3日もよ。

人狼:……わかったよ。アンタが俺にくれた居場所だ。頼みを断る理由もない。

天使:それに、修道女シスターが居なくなってしまったから、今アルカディアには聖職者クレリックが居ないのよ。村のためにも、私の後を継いでくれたら嬉しいわ。

人狼:…、俺に聖職者クレリックが務まるように見えるか?

天使:あら、それはどうかしら。…意外に人は、

人狼:「人は見かけによらない」、だろ。

天使:そう言おうと思ってた。

人狼:だろうな。よく言ってた。…だが、流石に俺のことを買い被りすぎじゃないか。

天使:いいえ。貴方のことは充分に判っているつもりよ。…これまで、ずっとふたりでやってきたんだもの。

人狼:…これまで?……これからも、だろ。

天使:そうね。…どうやら歓迎はされていなさそうだけど。

人狼:心外だな。こう見えて喜んでるよ。

天使:喜んでる?そうは見えないわね。

人狼:喜んでるよ。…俺のために、戻ってきてくれたんだろ?…感謝しても、しきれない。

天使:…ふふ、気にしないで。これが私の務めであり、使命でもある。迷える仔羊を……いいえ、迷えるひとおおかみさんを救えるというなら、守護天使ガーディアンとして、喜ばしいことこの上ないわ。

人狼:……、その呼び方、まだ気に入ってるんだな。

天使:気に入ってるよ。

人狼:…そうだろうな。…じゃ、俺はこれからどうすればいい?

天使:別に、貴方のしたいようにすればいい。……今まで通りに。

人狼:……今まで通り……。

天使:もし落ち着かないなら、……そうね。また夜明けでも待ったらどう?

人狼:夜明けを待つ?

天使:今日はゆっくり休んで、明日に備える。ちょうどこれから収穫祭の時期だから忙しくなるでしょうし。…あの時と違って、私は見ていることしかできないけれど。

人狼:わかった、…俺が代わりを務めるよ。アンタが助言してくれるんだろ。

天使:頼もしいわね。…それじゃ、これからもどうぞよろしく。…ひとおおかみさん。

人狼:……ああ。こちらこそよろしく、……──オリヴィア。

人狼N:異郷いきょうの果てのアルカディア。その村に一人の男が住んでいた。魔物の姿をした、人の心を持った狼。彼はやがて、ひとりの少女の導きにより、夜明けのうたを知るだろう。これはそんな一人の男と、ひとつの魂の物語。

少女N:ひとおおかみさん。あの時に救われたのは、貴方のこころだけじゃない。貴方と出逢えて私はあのとき、…本当に救われたのよ。

(終話)   

Cast・Staff

融和性アルカディア - 第13話
少女:   
人狼:   
召喚士:   
葬儀屋:   
死神:    




彼女が蘇ったのは、3日後のことだった。
アルカディアに、天使オリヴィアが誕生した。

守護する彼の行く末に、何が待つのか。
…さあ、聴く耳を持つ者は、聴くがよい。

世界の果てに紡がれる、新たなる夜明けNova Auroraの詩を。



『融和性アルカディア -Anastasis- 』復活の詩篇

〈了〉


Cast・Staff

融和性アルカディア - Anastasis -
少女:   
人狼:   
薬師:   
人形:   
画家:   
機械人形:   
召喚士:   
人魚:   
時計屋:   
メドゥーサ:   
錬金術師:   
エルフ:   
衛兵:   
吸血鬼:   
葬儀屋:   
死神:    
原作・脚本:Aether Est