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融和性アルカディア
- Anastasis -

Caption

・『融和性アルカディア - 外伝』の後編となります。
・名前N…「ナレーション」および「地の文」としてお読みください。
・配役の関係上、セリフ量にバラつきがある場合があります。ご了承ください。
・上演時間目安は約60分です。◆印や前編・後編で分割していただいて構いません。

フロックスのたより 2/2



はぐれ人狼:ねえ、はやくー!次はリカルドの番だよー!

人狼:オルガ!コイツ!ちっとも言うことを聞かない!

少女N:初めての子守に、ひとおおかみさんは判りやすく苦戦していた。イヴもイヴで、素直な反応を見せたかと思えば、次の瞬間にへそを曲げたりする。彼はそれに手を焼いて、たびたび私にヘルプを求めた。しかし一週間も経つ頃には、喧嘩するほど仲がいい。そんなやり取りに落ち着いていた。次の日。昼食の準備の最中に、ひとおおかみさんは一人で厨房に姿を現した。

少女:ひとおおかみさん。…あれ、イヴは?

人狼:絵を描いてるよ。集中してるみたいだったから、そっとしてる。

少女:そう。

人狼:今いいか?イヴのことで、話がある。

少女:……ええ。料理しながらでもいい?

人狼:ああ、もちろん、そんなに構えなくていい。オルガはアイツから話はどこまで聞いてる?

少女:ええと……よく、ご飯は美味しかったって言ってくれるわね。それ以外のことは、特に何も。

人狼:そうか。……じゃあ、俺から話すが……どうやらイヴは、サーカスに所属してたみたいなんだ。

少女:サーカス?

人狼:数年前に、森から街に下りてきたときに、人攫いにあって、無理やり。

少女:……そうだったの。

人狼:どれぐらいやってたかは判らないが……人狼として身体能力が高かったから、はじめから割とやれてたみたいだ。あの歳で人間の擬態も完璧なのは、訓練のお陰だと思う。無銭飲食はたまたま持ち合わせがなくて、逃げれば勝てると思ったらしい。…アイツらしいっつうか。

少女:……そうだったのね。あのときオレンジを盗まれたのが私でよかったわ。

人狼:はぁ……

少女:?

人狼:つくづく思うが、アンタって本当お人好しだよな。

少女:修道女シスターですもの。求める人に与えるのが私の役目。

人狼:そうだったな。…昼飯ができたなら、イヴを呼んでくる。

少女:ええ、お願い。

(間)

はぐれ人狼:おかわり!

人狼:……おい、イヴ。

はぐれ人狼:え、何?

人狼:それ何杯目だ?

はぐれ人狼:えーっと……4杯目?

人狼:食べすぎじゃねえのか。

はぐれ人狼:だって美味しいよ、この冷製スープ。美味しいものっていくらでも食べたくならない?

人狼:それはそうだが…

はぐれ人狼:リカルドが食べないなら、代わりに食べてあげるよ。

人狼:食べないとは言ってないだろ。

はぐれ人狼:…リカルドって人狼のくせにあんまり食べないよね。

人狼:お前が食べすぎなんだよ。それぐらいでやめにしとけ。

はぐれ人狼:残すほうがもったいないよ。オルガ、おかわり!リカルドの分もちょうだい!

人狼:勝手に決めるな。…オルガ、俺の分は俺にくれ。

少女:ふたりともおかわりね。……もしかして、張り合ってるの?

はぐれ人狼(同時):そうだよ。

人狼(同時):違う。

少女:……やっぱり二人って、似てるわよね。

はぐれ人狼(同時):そうかな?

人狼(同時):どこが。

少女:ふふっ。そういうところが。どうぞゆっくり召し上がれ。

(間)

はぐれ人狼:はーお腹いっぱい。オルガの料理なら無限にいけちゃうよね。

人狼:…デザートまでよく食うな、お前は。

はぐれ人狼:そのぶん動くから大丈夫!……あ、そうだ、忘れないうちに。これあげる。

人狼:? 何だ、この紙。

はぐれ人狼:さっき、リカルドとオルガのことを描いたんだ。あとで見てみて。

人狼:今、開けていいか?

はぐれ人狼:今はダメ。恥ずかしいから。

人狼:へえ、恥ずかしい?

はぐれ人狼:あ。もう、ダメだって!

少女:ご飯を食べ終えた後、ふたりのやり取りに目を細めながら、私は先に席を立った。厨房を出て、菜園へ向かっているその時だった。大きな音がして、教会の扉が勢いよく開いた。その衝撃を真正面に食らった私は、バランスを崩して、床に強く身体を打った。

人狼:オルガ!大丈夫か?ケガは?

少女:……大丈夫。背中を強く打っただけ。それより、あの人達を。

人狼:あの人達?

少女:……見て。

人狼N:開け放された扉の前に、二匹の狼が立っていた。どちらも見上げるほどに大きく、俺は二匹に見下ろされる形になる。彼女と、この場所が危険だった。守らなければならないと、強く思った。

人狼:オルガ、下がってろ!

少女N:過剰に反応した彼の身体が徐々に大きくなっていき、赤毛をまとう、大きな狼になった。地の底から響くような鳴き声は、威嚇しているようだった。…初めて目にする本来の彼の姿。そのはずなのに、どうしてだろうか。彼の姿を、一度前に、どこかで見たことがあるような。…けれど。そのときは、思い出せなかった。

母狼:居るでしょう。私たちの子どもがここに。

父狼:子どもを返せ。

少女:あの狼は、きっとイヴのご両親ね。匂いを辿って、取り返しに来たんでしょう。

母狼:そう、ようやく見つけた私たちの子ども。早く返しなさい。

少女:今の、聴こえてたの?

母狼:当たり前よ。人狼の能力も甘く見られたものだわね。

父狼:しょうがない、所詮愚かな人間だ。……しかし、だからこそ我々は許せない。穢らわしい人間どもが、私たちの子どもに手を出すなんて。

少女:いいえ、彼女を攫ったのは私達じゃない。むしろ保護させてもらってたの。

父狼:保護だと? はっ、そんな言葉、信じられると思うか。

母狼:御託は結構。さっさと返しなさい。さもなくばお前を噛み千切ってやるのが早いか──

はぐれ人狼:待って、本当だよ。オルガの言ってることは全部本当。

少女:イヴ……

父狼:! やはり……やはり此処に居たか。随分と捜したんだぞ。

母狼:ああ、無事だったのね……見ないうちに大きくなって……

はぐれ人狼:……どうしてここがわかったの。

母狼:当たり前じゃない。貴女は私たちの大事な娘なのよ。

父狼:なあ、どれだけ心配を掛けたと思ってるんだ。……早く、こちらへ来なさい。

はぐれ人狼:……。

少女:行っていいのよ。

父狼:どうしたんだ。さっさと来ないか。

母狼:もう人変化ひとへんげを解いていいのよ。元気な貴女の姿を、私たちによく見せて。

人狼:……なあ、ソイツのことで、アンタ達に言っておきたいことがある。

父狼:なんだね君は、親子の再会に水を差すとは。

母狼:貴方。彼は人狼よ。少しは話を聞いてあげましょう。

人狼:アンタ達の心労は拝察するよ。子どもがいなくなった。親としてさぞかしつらかっただろう。…だがコイツが今、森に帰りたがってるとは限らない。

父狼:何を言っているんだ。私たちは人狼だ。そう思って当然だろう。

人狼:そうだな、人狼は森で暮らす。それが当たり前だ。……だがコイツは、アンタ達とはぐれてから、ずっと人の姿で過ごしていたんだ。人間として生きていた。それが何を意味するかわかるだろ?

母狼:何が言いたいの?

人狼:森に帰るということは、狼の姿に戻るということだ。コイツは……イヴは、もう人の姿が染みついている。ずっと森で暮らしてきたアンタ達でも、…いや、だからこそ判るはずだ。そんなに長い間、人の姿でいたら、狼の暮らしに戻ることが簡単じゃないことくらい、想像できるだろ?

母狼:なんてことなの……

父狼:……。君の言うことも一理ある。だが、娘は絶対に連れて行く。さあ、ぐずぐずしていないでさっさと来い。

人狼:イヴ。アンタが人の姿で、サーカス団にいたのは、どれぐらいなんだ。

はぐれ人狼:……6年だよ。

人狼:それは身体が適応するには充分な時間だろ。それなのに、強制的に狼の生活に戻せると思うのか。

はぐれ人狼:ねえ、リカルド。もういいよ。何を話したってきっと…

人狼:いや、無理をしてもお前がつらくなるだけだ。ちゃんと話してわかってもらわないといけない。

はぐれ人狼:……もう、いいって。どうせ話しても……

人狼:イヴ。俺はアンタと同じなんだよ。だからアンタの気持ちがわかる。

はぐれ人狼:……!

人狼:俺は…森で親をなくしてから、街で、人の手で育てられてきた。だから人の姿でいるほうが、もう馴染んでる。だが、それでも…時折、本能的な衝動が抑えられなくなることもある。俺は、それを心配しているんだ。

はぐれ人狼:……。

人狼:人間として生きるのか、狼として生きるのか。一人で抱えるには、あまりにも複雑すぎる葛藤だ。まあイヴは俺よりもずっと器用だから、心配はいらないのかもしれないが…

はぐれ人狼:リカルド…

人狼:俺が言いたいのは、コイツが森に戻ったところで、以前のような暮らしができる保証はないってことだ。人間の姿に戻りたいと思いながら、狼として生きる。それはコイツによって強い負担になるだろう。だから例えばだが、少しずつ、時間をかけてっつう方法も──

母狼:何言ってるの?この子は私たちの大切な愛娘よ。また置き去りになんて絶対にできるわけがないでしょう。

父狼:君の境遇には、同じ人狼として気の毒に思う。だがその子は、私たちの大切な子どもだ。今すぐにでも連れて帰るぞ。

母狼:私たちは、この子を守るためなら何だってするわ。子どもを一人にしてしまった親の気持ちは、若い貴方には、まだわからないかもしれないけれど。

人狼:……。

父狼:さあほら、いつまでそうしているつもりだ。一緒に、安全な森に帰ろう。

少女:待って。その子を本当に大切にしているのなら、判るはずよ。

母狼:何を──…

少女:この子がいま何を求めているのか。ちゃんと聞いてあげて。

はぐれ人狼:っ……

少女:貴方達に話を聞いてほしがってるように、私には見える。…少しでいいの。話を聞いてあげてくれないかしら。

はぐれ人狼:オルガ…

少女:大丈夫。貴女は愛されているわ。本心を打ち明けても、きっと判ってもらえるはずよ。貴方が何を考えてるのか。人として、狼として、どちらで生きたいと思っているのか。…話してみて。

はぐれ人狼:……わかった。父さん、母さん。…聞いてくれる?わたしの話。

母狼・父狼:……。

はぐれ人狼:「沈黙」は肯定の証、だっけ。……。…あの…さ、…覚えてる、よね。…6年前のあの日。わたしの、6歳の誕生日だった。初めて街に連れていってもらったとき、小さかったわたしは言いつけを破って、狼変化を解いてしまった。市場は、人で溢れてて……そこから、父さん達とはぐれてしまった。

母狼:ええ、覚えてるわ。あのときの衝撃は今でも忘れない。

父狼:ああ。本当に目を離すんじゃなかった。

はぐれ人狼:…そう。そして、わたしは人攫いに遭ったんだ。……まさかわたしも、びっくりしたよ。父さんと母さんが待ってるって言われてついていったら、知らない場所だった。あっという間に檻の中に入れられてさ。

母狼:っ……

はぐれ人狼:それからは、わけがわからなかった。サーカス団の一員にさせられて、言われるままに芸を身につけた。……でも、さすがは人狼だよね。わりとすんなり順応できてさ、出来が良いって褒められたこともあったんだ。

父狼:そんなこと……!

はぐれ人狼:怒らないでよ。わたしだって褒められて、誇らしかったんだ。これが人狼の実力だってね。……まあ、それがわたしの性格なのかはわからないけど、身体を動かすのは向いてるみたいだった。高跳びに二足歩行、人語だって習得したし、人狼変化だって見ての通り完璧にこなせるようになったんだ。

人狼:イヴ。

はぐれ人狼:うん。わかってる。……正直、わたしはもう帰れないんだと思った。毎日毎日、お稽古と派手な演目があってさ。一日の終わりには頭がくらくらして、どんどん森にいたときの記憶も薄れていった。でも……でもね、父さんと母さんのことを忘れたことは、一日もなかったんだ。

父狼:……。

はぐれ人狼:心配も迷惑もかけて、……見放されて当然だと思ってたよ。だって、約束を破って攫われて、人間としてサーカスに順応してさ、すごい自分勝手なんだよ、わたしは。……だから、一生、サーカス団の一員として生きようって思ってたんだ。ふたりとの約束を破ったわたしがいけなかったんだって、そう思い込んで。

少女:……。

はぐれ人狼:そう思ってたのに。……さっきも、ふたりがずっと捜してくれてたなんて、思わなかった。だって、6年だよ?その間、ずっと捜してくれたなんて……

父狼:何を馬鹿なことを言っているんだ。お前は私たちの大事な子どもだ。

母狼:ずっと心配していたのよ。貴女に会える日を、心から望んでいたわ。

はぐれ人狼:……。そうみたいだね。信じられない。……正直、どうしたらいいかわかってない。嬉しくて、戸惑ってるんだと、思う。……わたしは、人間として生きる覚悟を決めていたつもりだった。…だけど、二人に帰って来いって言われて、…帰りたいって思った。人の姿に、慣れちゃってはいるんだけどさ。

母狼:貴女はこれから、ずっと……

はぐれ人狼:でもね!…見て。こんなふうにすれば…

父狼・母狼:!

はぐれ人狼:耳と尻尾を生やして、顔だって狼に見えるような変化もできるんだ。こうすれば…人にも、狼みたいにも見えるでしょ?

母狼:──…!

父狼:……お前は、人として、狼として、どちらで生きたいんだ。

はぐれ人狼:どっちも、かな。わたし、「一人」の「狼」として生きていきたい。

父狼:…わかった。お前の意思を尊重しよう。それでいいよな。

母狼:ええ。この子が帰ってきてくれるなら、それ以上は何も望まないわ。

はぐれ人狼:よかった。人の街もね、案外捨てたもんじゃないよ。父さんと母さんが知らないこと、これからいっぱい教えてあげるね。

母狼:まったくこの子ったら……。

はぐれ人狼:リカルド、ありがとう。わたしのために話してくれて。

人狼:……別に、アンタのためにしたわけじゃない。あのままだったら寝覚めが悪かったからな。

はぐれ人狼:ははっ。相変わらず、素直じゃないなあ。

人狼:放っとけ。

少女:イヴ、よかったわ。これでもとの場所に帰ることができるのね。

はぐれ人狼:うん、オルガ、ありがとう。ふたりに話すきっかけをくれて。

少女:ううん。修道女シスターとしての務めだもの。

はぐれ人狼:最高だね。オルガ達みたいな聖職者クレリックがいてくれたら、きっとこれから、たくさんの人が救われるだろうね。オルガのこころもリカルドのこころも、清く安らかなものに見える。

少女:え?

人狼:こころって……

はぐれ人狼:今までほかに見えるって人を知らないから、わたしの目がイイのかな。でも、気のせいじゃないと思う。ふたりでいるところを見るとね、お互いのこころが、まるで手を繋ぐみたいに……

父狼:おい、いつまで待たせるんだ。

母狼:帰るわよ。

はぐれ人狼:あ、うん。ごめん、もう行かなきゃ。オルガ、リカルド。ありがとう。またね。

少女:ええ。元気でね。

人狼:──イヴ。

はぐれ人狼:……ん?

人狼:あんまり、食べすぎるなよ。

はぐれ人狼:あはは、わかってる。…リカルドこそ、オルガを食べたりしないでね。

少女:えっ?

人狼:何言ってるんだ。早く行けよ。

はぐれ人狼:はあい。それじゃあまたね、二人とも。

(間)

少女N:隣を見上げると、ひとおおかみさんはいつの間にか狼の姿ではなくなっていた。

少女:ひとおおかみさん……私のことを食べたいと思ってるの?

人狼:んなわけないだろ。アイツの言葉を真に受けるなよ。

少女:私は貴方に……

人狼:……え?

少女:ううん。何でもない。

人狼:……どうした?

少女:何でもないわ。私たちも、戻りましょう。

人狼:……ああ。

少女N:貴方に食べられるなら、どんなに幸せなことだろう。この命を終えるなら、ほかでもない貴方の腕に、抱かれるように眠りたい。こんなこと、彼に言えるはずがなかった。もし告げてしまったなら、貴方はどんな顔をするだろう。困るだろうか。呆れるだろうか。私を、食べてくれるだろうか。…それとも、一緒に生きようと、言ってくれるだろうか?

◆◆◆

少女N:その晩、夕食を済ませたあと、私たちは食堂の椅子に腰掛けていた。燭台に刺さったロウソクの灯りが、室内をぼんやりと照らし出している。大窓からは広く高い紺色の夜空が見えて、遥か彼方には散り散りに星が煌めいていた。

人狼:まるで、自分自身を見てるみたいだった。

少女:イヴのこと?

人狼:ああ。……人狼の生態系については、前に話した通りなんだが。

少女:ええ。

人狼:アイツら……イヴの親が言っていたことは別に間違いじゃない。人狼は森で生まれて、森で暮らす。それが、一般的な生き方だからだ。だが……たまに俺やイヴのように、人間として街で暮らした時間の方が長い、そういう個体もいる。満月の夜の衝動さえ薄れたが、今だって、俺はたまに森に出かけることもある。

少女:そうみたいね。貴方が深夜に抜け出すことは、最近は少なくなったみたいだけど。

人狼:…知ってたのか。

少女:ええ、知ってたわ。

人狼:教会に住むようになってから頻度は減ってきてるんだ。……大目に見てくれ。

少女:ええ、もちろん。

人狼:……助かる。俺は親をなくしてから、独りだったが……あの子には、帰る場所がある。人の姿であっても、狼の姿であっても、迎えてくれる親がいる。同じ場所に帰れるということは、人狼にとって何よりも安心することなんだ。だから、……オルガには、感謝してる。

少女:……。

人狼:アンタが俺に居場所を与えてくれた。そのことを、今でもありがたく思ってるよ。

少女:どういたしまして。貴方まで森に帰りたいって言い始めたらどうしようかと思った。

人狼:言うわけないだろ。

少女:言うわけない?

人狼:だって……

少女:……。だって?

人狼:……何でもない。そういえば、アイツが女だってこと、オルガは知ってたのか?

少女:ええ、途中から。

人狼:途中から?

少女:食堂で、イヴが私を支えてくれたときに。

人狼:……結構序盤だな。

少女:あのとき、ひとおおかみさん、何か言いかけてなかった?

人狼:いや。近づきすぎなんじゃないかと思ったんだが、……俺が言及するのもおかしいだろ。

少女:ああ、心配してくれてたのね。

人狼:杞憂だったみたいだけどな。

少女:ひとおおかみさんは、いつイヴが女の子だって気づいたの?

人狼:……さっき、アイツが自分のことを「わたし」って言ったとき。まさかと思った。

少女:でも、貴方たち。一緒にお風呂に入ってなかった?

人狼:ああ、狼変化ろうへんげしたイヴの身体を洗わされた。…アイツ、俺が気づいてないと思ってわざとやったな。

少女:あら、何か落ちたわよ。

人狼:ああ、それ、さっきイヴに渡されたんだ。俺たちの絵を描いたって。

少女:へえ。彼女が。開けてみましょう。……わぁ。すごくキレイ。

人狼:なんか書いてあるぞ。P……Phl…Phloxフロックス?なんだ、これ。人じゃないよな。花に見える。

少女:あの子、器用だと思ってはいたけど。絵も描けるのね。

人狼:こんな特技まで持ってやがったとはな。……でも俺とオルガを描いたって言っていた。渡す手紙を間違えたのか?

少女:ううん…裏にはオルガ、リカルドへって書いてあるわ。……でも、これもキレイで素敵な絵じゃない。せっかくだし、明日食堂にでも飾りましょう。

人狼:ああ。じゃあ、明日は早起きするよ。

少女:ひとおおかみさんが?どうして?

人狼:え?額縁とかフレームとか、必要だろ。オルガが朝礼を終えるまでに買いに行ってくる。

少女:あ、ああ…。…ありがとう。

人狼:……オルガ。

少女:……何?

人狼:アンタはいつも、何事も一人で済ませようとする。俺が居ることにまだ慣れないか。

少女:……。

人狼:どうしたらいい?

少女:え?

人狼:どうしたら俺は、アンタの傍にいられる?

少女:何言ってるの。いつも傍にいてくれるじゃない。

人狼:違う。そういう話じゃなくて。

少女:ひとおおかみさんの優しさは、わかってるわよ。

人狼:いや、わかってない。

少女:わかってない?

人狼:ああ、わかってない。俺は優しいわけじゃない。

少女:……どういうこと?ひとおおかみさんは優しいわよ。とっても。

人狼:違う。……アンタが、俺をそうさせてるんだ。

少女:私が?

人狼:ほら、わかってないだろ。

少女:でも、…知ってるわ。

人狼:何を。

少女:ひとおおかみさんといたら、…安心する、ってこと。

人狼:ッ…

少女:ひとおおかみさんがいてくれて、助かってる。私だって感謝してるの。……どうやら、ひとおおかみさんは知らなかったみたいだけど。

人狼:……知るわけないだろ。そんな風に思ってたのか。

少女:ええ。前とは、何かが違う気がするの。うまく言えないけど…。でもそれは、確かにひとおおかみさんが居てくれてるお陰なの。…だから、これからも、頼りにしてもいい?

人狼:……

少女:何も…言ってくれないのね。

人狼:……。「沈黙」は肯定の証、だろ。

少女:そうね。…よかった。

人狼N:俺にはまだ、彼女の罪咎けがれを知らされていなかった。だが、この日々の先、やがて彼女のすべてを知ることになったとしても。過去も罪咎も、絶望すらも飲み込んで、沈黙するに違いない。彼女の祈りが終わるその日を、俺はずっと待っている。

(間)

少女N:翌日、朝礼を終えると、買い物を済ませたひとおおかみさんが、戻ってきていた。イヴの絵はスタンド付きの額縁に入れられて、食堂のテーブルの上に飾られることになった。

少女:その位置で見える?

人狼:ああ。

少女:ふふっ。

人狼:? 何だ。

少女:ひとおおかみさん、嬉しそう。

人狼:な……!……。アイツ、最後まで生意気なヤツだな。

少女:素直に寂しいって言えばいいのに。

人狼:……そうだな、寂しいよ。遠くに行っても、元気でいてくれてることを願う。

少女:ふふっ。貴方もようやく聖職者見習いプレ・クレリックらしくなってきたんじゃない。

人狼:どういう意味だよ。

少女:意外にひとおおかみさんはお人好しってこと。つくづく、人は見かけによらないものよね。

人狼:そうだな、目に見えるものがすべてじゃない。だが、見えないものを証明するのは難しい。だから「そこに在る」と、信じる者に見えるのである。

少女:……え?

人狼:アンタの受け売り。この前、夕礼で言ってただろ。

少女:あら…しっかり覚えててくれてるのね。説教のしがいがあるってものだわ。

人狼:お陰様で。明日はどんな話が聞けるんだろうな。

少女:…もしかして、楽しみにしてくれてるの?私の話。

人狼:当然だろ。

少女:……当然?

人狼:ああ。知らなかったか?

少女:そんなの、知るわけないじゃない。ただ聞いてくれてるものだとばっかり……

人狼:そうか。…アンタの説教、楽しみにしててもいいだろ?修道女シスターオルガ。

少女:……ふふっ。「沈黙」で返してもいい?

人狼:駄目だ。…黙られたら、俺がアンタと話せないだろ。

少女N:彼の言葉に小さく笑うと、彼も遅れて小さく笑った。私の影を撫でていく彼との些細な日常は、陽だまりみたいに暖かい。貴方と過ごすこの日々に、望みを抱いていいのなら。終わることなくどこまでも、ずっと続けていけばいい。

はぐれ人狼N:彼女が描いた一枚の絵は、飾り気のない一輪の花。この先も枯れることなく咲き続けていく、純白の、素朴で可憐なPhloxフロックス。彼と彼女、二人に贈るその花言葉は──「私たちは魂で結ばれている」。

(終話)   

Cast・Staff

融和性アルカディア外伝 - フロックスのたより
少女:   
人狼:   
はぐれ人狼:   
店主:   
父狼:   
母狼: