角巫女:助けて!エンツィが…エンツィが死んじゃう!!
人狼:おい、その怪我……!
角巫女:お願い、エンツィを、エンツィを助けて!!
少女:メルワルカ。ゆっくりでいいから、わかってることを話して。
角巫女:っ、エンツィが、私を助けようとして矢に刺されて、高いところから落ちて、それで…、それでここに…っ
人狼:…なあ、オルガ。早く医者を呼んだ方がいいんじゃないか。
少女:そうね。…あの人なら、治してくれるかしら。
角巫女:あ、あの人って……?
少女:巷では、名医として名を馳せている人よ。…この間、ペンデュリオンで知り合ったばかりなのだけれど。今アルカディアに来てて、まだ滞在中なんじゃないかしら。
人狼:…ペンデュリオン?中央都市に知り合いなんていたのか。
少女:この前の遠出で少し話したの。最高クラスの医術が使えるから、腕は確か。ただ、少し…
人狼:少し?
少女:……クセのある人なの。
人狼:…クセ?そんなの気にしてる場合じゃないだろ。
少女:そうね。患者を大切に想っているのは確かだから。こちらが気をつければきっと問題ないわ。…いい?メルワルカ。その人の問診には正確に答えて。嘘を吐いたり、曖昧に回答を濁したりしちゃ駄目。自分のお願いは的確に伝えるのよ。
角巫女:……え、ええ、わ、わかったわ……。
少女:貴方も、何を言われても真に受けないで。
人狼:……わかった。場所はわかるのか?
少女:ええ、宿を紹介したのは私だから。ひとおおかみさん、彼女達をお願いね。
人狼:ああ。…気をつけて。
角巫女:エンツィ……。
鎧騎士:……
人狼:……
角巫女:大丈夫。今からお医者さんが来るからね。私があなたを助けるから。…でも。嘘は吐いちゃいけないんだって、…曖昧に答えてもいけない。私があなたを助けてあげるから。また本を読んで、美味しいお菓子を食べましょう。お願い、エンツィ。あなたを救うのは、私にさせて………
人狼:……? おい、メルワルカ。大丈夫か?
魔術医:患者というのはこいつか。
人狼:っ!?
少女:ただいま。
人狼:…早いな。
少女:門を出たところで会ったの。ちょうど教会に用事があったみたい。
魔術医:どれ。
角巫女:は、はい…
魔術医:おまえはこいつをどうしたいんだ?
角巫女:な、治したいです!
魔術医:治したい?…それは当たり前だ。どう治したいのか聞いている。
角巫女:かっ、彼女をもとに戻してください!
魔術医:もとに戻す?どこまで戻せばいい。もっと正確に。
角巫女:健康な身体を取り戻して、ください。…そっ……、それから、
魔術医:それから?
角巫女:もう、飛べないようにしてください。
少女・人狼:……えっ?
少女:待ってメルワルカ。
人狼:翼って…
魔術医:邪魔をするな。私は今患者の代理人と話をしているのだ。
少女・人狼:っ……
角巫女:彼女は、私を何度もその翼で助けてくれました。でもそのお陰で、それと同じくらい怖くて痛い目にも遭ったんです。
魔術医:…恨みか。
角巫女:いいえ、これは…彼女の、私の望みです。翼さえなければ、彼女と私はこの先も一緒に居られる。彼女が落ちて怪我をすることもなくなります。だから先生、お願いします。
魔術医:いいだろう。翼が諸悪の根源だとするなら、充分施術の範囲内だ。
人狼:おい……
魔術医:新たな日が昇った時、この者の傷は癒えているだろう。…本来の記憶が戻るまで、経過観察とするがいい。
角巫女:ありがとう、ございます。それは私が請け負います。
魔術医:フン。おまえはスートの一味だな。あとで国宛てに治療費を請求しておく。…オルガ、ここにもう患者はいないな?
少女:……ありがとう、先生。お陰で助かったわ。
人狼:!おい、オルガ…!
魔術医:大したことではない。本当は挨拶をするだけのつもりだったが、おまえの役に立ててよかった。それじゃあ、私はこれで失礼するよ。
人狼:……おい、アンタ。
魔術医:……
人狼:待てって。
魔術医:……見たところおまえは健康のようだ。おまえに用はない。そこをどけ。
人狼:アンタ本当に、それでも医者かよ。
魔術医:……何?
人狼:見れば判るだろ、彼女の翼に悪いところなんてない。血を止めて、傷を治せばいいだけだ。なんで翼まで取った。
魔術医:代理人に頼まれたからだ。
人狼:その代理人は、今錯乱してる。無茶な要求だって思わないのか?
魔術医:…何が言いたい?
人狼:そのやり方は間違ってると言ってる。
魔術医:間違いじゃない。彼女は確かに「翼さえなければ」と言った。
人狼:だから、どうしてそれを受け入れたのかって聞いてるんだ。もともとあの翼は、彼女の体の一部だろ。
魔術医:なぜ?…わかっていないな、若造。
人狼:な…?
魔術医:おまえは死ぬほど苦しい痛みというものを、まだ経験したことが無いのだろう?私が与えてやってもいいが、……よしておこう。あの
人狼:おい離せ…ッ
魔術医:よく聴け。これは薫陶だ。
人狼:……薫陶…?俺はアンタに説教垂らされる筋合いなんて、…ッぐ…
魔術医:声も上げられないような苦痛。息も止まるほどの悲嘆。寝付けなくなるほどの不安。精神を蝕まれた者にとって、安寧はどこにあると思う?
人狼:何を、ッ言って…
魔術医:光は闇となり、闇は光となる。希望は絶望となり、絶望は希望となる。生は痛苦となり、死は救済となる。…覚えておけ、見習い。灯火を失った者の住む世界は、逆転する。
少女:……先生。
魔術医:ああ、
少女:この人は部下じゃないわ。…貴方のことは許してあげる。でももう二度と、彼を怖がらせるようなことはしないで。
魔術医:悪かったよ。…少し、教えを説こうと思ったんだが。私に医術以外のことは向いていないようだ。
人狼:……ゲホッ、…そうみたいだな。
少女:リカルド。……それじゃあ、先生。悪いけど、メルワルカを見なくちゃいけないから。
魔術医:ああ、私はここで。
人狼:……。
少女:ひとおおかみさん。…あの人のこと、気にしないでね。
人狼:ああ…何か、変わった人だったな。
少女:そうね、変わってるけど……名医だと思うわ。あの状態から治せるなんて。
人狼:……そうかもしれないが、……俺なら、もっと優しい医者を知ってる。…その人は魔物医だが、…無理に翼を捥ぐなんてことは絶対にしない。言われたとしても、…その人ならきっと止めてくれるはずだった。
少女:……ひとおおかみさん。
人狼:……だが、エンツィとメルワルカが納得する方法を、今は選ぶべきだよな。悪かった。…ちょっと頭を冷やしてくる。
少女:……。わかったわ。
◆◆◆
(間)
少女:…この時期のアルカディアは、日が暮れるのが早いわね。
人狼:オルガ。
少女:こんなところに居たら、風邪引くわよ。
人狼:エンツィとメルワルカは?
少女:もう眠ってるわ。寄り添い合うようにね。
人狼:……エンツィの傷は治るんだよな。
少女:ええ。この夜が明けたら。
人狼:……その前に、話したいことがある。
少女:どうしたの?
人狼:オルガがいない間、…エンツィがこの教会にやってきた。俺は一度、彼女の懺悔を聴いたんだ。
少女:そうだったの。
人狼:ああ、…エンツィは、ずっと偽の世話係として、メルワルカの世話をしていた。前に一度、メルワルカを狙った刺客とも戦ってる。…そしてエンツィは、メルワルカに嘘を吐き続けることを選んだ。メルワルカも、何も言わない。
少女:ええ。
人狼:二人の想いが一致しているなら、一緒に逃げればいい。そう思わないか?
少女:……嘘を貫き通すのが、最善の方法だからよ。
人狼:今の関係が最善ってことか?
少女:…二人で一緒に逃げたとしても、いずれ捕まってしまったら?メルワルカはスートで、エンツィはグース。トゥーリアの法のもとで、裁きを受けることになる。
人狼:……国家に、か。
少女:そう。トゥーリアは信仰と伝統を重んじる社会。国家の名誉高いスートが罪を犯したら、当然処罰も重くなる。
人狼:…だから、エンツィは……
少女:ええ。下手に動くと、メルワルカが酷い目に遭わされる。だからエンツィもメルワルカも、お互い何も言わないまま、嘘の関係を続けている。
人狼:……初めて会ったとき、メルワルカの様子が変だったのも関係があると思うか。
少女:様子が変?
人狼:「あなたを待っていたわ」。初対面なはずなのに、エンツィは、メルワルカからそう言われたらしい。
少女:……
人狼:メルワルカはエンツィのことを知らなかったはずだし、エンツィもメルワルカを知っていたが実際に会ったことはなかった。それなのにそんな台詞を言われるなんて、ちょっと変だろ。
少女:…そうかしら。
人狼:え?
少女:彼女は巫女よ。彼女が受けられる神託は、政治的なことだけじゃない。
人狼:ってことは…
少女:ええ。個人的な相談をしたことがあったんじゃないかしら。彼女は囚われの身。自分の人生について、先のことを知りたがっても不思議じゃないわ。
人狼:……そこで、エンツィについての予言をもらった?
少女:たぶん。ただ…神託は、受け取り手の解釈によって、結果が変わるものが多いのよ。
人狼:…? どういうことだ。
少女:例えば彼女がこう言われたとしましょう。『おまえの運命は窓から嵐のように吹き込んで来る。悪しき風を断ち切りたくば、自由の鎖を裁ち切るべし』。
人狼:……やけに詩的だな。
少女:神託の場合は、特にそうかもね。聖典でもそういう記述を見かけるでしょ?
人狼:まあ…そうかもしれない。
少女:キーワードから何を連想するかは、受け手次第。それで、メルワルカはこんな風に解釈したのよ。「運命」はエンツィのこと。「自由の鎖」というのは、エンツィの翼のこと。
人狼:つまりメルワルカは、エンツィとの悲劇を回避するために、エンツィの翼を捥いだ。
少女:ええ。恐らくだけどね。温厚なメルワルカが、無理やりエンツィの翼を取ろうだなんて発想になるとは思えない。エンツィに関する何らかのお告げに従った。そう考えるのが妥当じゃないかしら。
人狼:じゃあ。エンツィが嘘の世話係だってこと、メルワルカは始めから知ってたってことか?
少女:そうだと思うわよ。そうじゃなくても…聡明な彼女のことだもの。どこかのタイミングで気付いていたとは思うわ。
人狼:…。だとしたら、…メルワルカはエンツィの嘘を肯定してたってことになる。
少女:…そうね。…表向きは。
人狼:表向きは?
少女:メルワルカは、関係を前に進めたいと思ってたのかもしれないじゃない。
人狼:…。しょうがなく飲み込んでた、ってことか。
少女:ええ。嘘を暴きたいけど、暴いた先に安心があるとは限らない。彼女は現状維持を選ばざるを得なかった。だから…
人狼:エンツィの嘘に、見て見ぬ振りをしていた。
少女:そういうこと。
人狼:はあ………………
少女:珍しいわね。そんなに深い溜め息。
人狼:だって二人はただ、一緒に居たいだけなんだろ?それだけのための犠牲があまりにも多すぎる。
少女:犠牲ね…。翼を捥いだこと、まだ気になってるの?
人狼:そりゃそうだろ。翼だってそうだし、身分の差だってそうだ。…まるで二人は、最初から幸せになれないみたいな…
少女:考え過ぎよ。…覚えてる?『何かを支払わなければ、何かを得ることはできない』。
人狼:……『自分にとって望ましい結末の多くは、向こうからやってきてはくれない』。…ジルベディオ聖典、第三章だろ。
少女:よく覚えてるわね。
人狼:まあ。妙に腑に落ちたからな。…俺も、大切なもののためなら犠牲だなんだって考えずに、たぶん何だってしようとすると思う。
少女:……ふふ。
人狼:……、笑うなよ。今は真面目な話の最中だろ。
少女:そうね。ごめんなさい。…だけど平気よ。貴方は、そんな犠牲は払わない。
人狼:どうして言い切れる?
少女:貴女がそうする前に、私がそうするからよ。
人狼:俺に犠牲を払わせないために、アンタが犠牲を払うって?
少女:犠牲だなんて人聞きの悪い。自分の願いを叶えるための、正当な対価を支払うだけ。
人狼:…同じように聴こえるんだが。
少女:同じじゃないわ。「大切なもののためなら何だってしようとする」って、貴方も今自分で言ったばかりじゃない。私は………。
人狼:…?
少女:もう何も、失うものなんてないから。
人狼:……。なら、俺はアンタにそうさせないための手立てを探すよ。
少女:…………。そう。じゃ、お願いしていい?
人狼:なんだ。
少女:戸締まりを手伝って。
人狼:……。はいはい。
少女N:……そう。“その時”が来たのなら、私は喜んで、必要な対価を支払うだろう。たとえそれが、自分自身の命でも。
人狼N:俺には判る。彼女は自己犠牲を厭わない。…だが、それは俺も同じように思っている。もし“その時”、俺に選択肢があるのなら、…迷うことなく彼女の為に、自身のすべてを差し出すだろう。
◆◆◆
(間)
角巫女:……エンツィ、次はこのご本を読んであげるわね。
鎧騎士:……
角巫女:そうそう、あなたのためにクッキーも焼いてみたの!…どう、美味しいかしら?
鎧騎士:……、うん…美味しい……
角巫女:よかった。あなたにそう言ってもらえるのが一番嬉しいわ。ジンジャーとアーモンドなら、どっちが好き?今度はあなたの好きな味で焼いて──
鎧騎士:メ、ルワルカ…
角巫女:……エンツィ?…どうしたの。寒い?眠い?今日はもうお休みする?
鎧騎士:……
角巫女:欲しい物があるなら言って。私があなたのために、何でも用意して…
鎧騎士:もうやめよう。
角巫女:えっ…?
鎧騎士:……思い出したんだ。
角巫女:思い出した…?何言ってるの?
鎧騎士:…やめて、メルワルカ。…あたしは、巫女……
角巫女:……巫女?違うわ。あなたは私の世話係よ。私にとって、たった一人の…
鎧騎士:……やめて。
角巫女:ッ、メル、ワルカ…
鎧騎士:……。
角巫女:泣いてるの?どうして。あなたが泣く必要なんて、
鎧騎士:好きだよ。
角巫女:……えっ?
鎧騎士:あたしは好きだよ。メルワルカのことが。
角巫女:エン、ツィ…
鎧騎士:でも。…わかってる。あたしとメルワルカは、一緒にはなれない。
角巫女:どう、して。
鎧騎士:だって、…グースとスートだもん。……それに、あたしには使命がある。
角巫女:……使命?
鎧騎士:貴女を殺せと言われてるの。……メルワルカ。
角巫女:……。そう。本当に思い出したのね。……思い出して、しまったのね。
鎧騎士:でもよく聞いて、メルワルカ。あたし、貴女を殺そうなんて思ってない。
角巫女:……え?
鎧騎士:一緒に逃げよう。
角巫女:…逃げる?
鎧騎士:うん、あたしと逃げよう。トゥーリアの掟の届かないところまで。きっと大丈夫だよ。
角巫女:……。……出来ないわ。
鎧騎士:…どうして。
角巫女:捕まってしまったら、もう二度と会えなくなる。そんなの嫌だわ。
鎧騎士:……それは!…そう、だけど…何とかなるよ。
角巫女:…いつかは終わらせないといけないと思ってたの。…でも、貴女に助けられるたびに、こんな日が続けばいいと希望ばかりが膨らんで、……気づいたときには、もうどうしようも無くなってた。貴女が居ないと、私は生きていけないわ。だから……
鎧騎士:…メル、ワルカ?
角巫女:だから──…私と一緒に死んで。
鎧騎士:…え?
角巫女:もう終わりにしましょう。
鎧騎士:ダ、ダメ……
角巫女:お願いエンツィ。今ここで私と一緒に、
鎧騎士:それはダメッ!!
角巫女:………、どうして。
鎧騎士:あたしは、…貴女に生きてほしいの。メルワルカ。貴女にずっと生きてて欲しい。
角巫女:…
鎧騎士:命を無駄にしないで。…何回も、あたしに救わせてくれたじゃない。それを無駄にしないでよ、メルワルカ。
角巫女:………、わかったわ。
鎧騎士:メルワルカ。よかっ…
角巫女:それなら、私一人でいくから。
鎧騎士:なっ!?…ッおい…くそ、これ…どうなってる!…
角巫女:誤解しないで。貴女を憎んでるわけじゃないの。
鎧騎士:外せ、…外しなさいこれを!
角巫女:貴女の嘘にも気づいていたけど、知らないふりをしていたわ。
鎧騎士:いいッ……から、外せって!言うことを、
角巫女:女の子だとわかったときは…
鎧騎士:ッ……
角巫女:少し、驚いたけれど…ただそれだけ。私が貴女を想う気持ちは、ほんの少しも変わらなかった。…何も気づいていないふりをしていれば、このまま幸せが続くんだと思ってた。
鎧騎士:メル、ワルカ……
角巫女:貴女と二人でずっと、…ずうっとこの塔で、一緒に過ごせたらって。何度夢見たかわからない。…でもこんな風に、嘘はいつか綻びてしまうもの。
鎧騎士:……
角巫女:エンツィは私と出会ったこと、後悔してる?
鎧騎士:……してないよ。するわけない。
角巫女:そう。──私はしてるわ。出来ることならもっと違う形で、貴女と出会っていたかった。
鎧騎士:ッ……。……あたしは、そうは思わない。だって、後悔してるみたいじゃない…
角巫女:っふふ。馬鹿ね。後悔なんか、してないわけないじゃない。
鎧騎士:……なんで、そんな、こと…
角巫女:貴女もこう思ってるんでしょう?「貴女となんか出逢わなければよかった」。
鎧騎士:! ち、違う!そんなこと思ってない!
角巫女:何も違わない。貴女と私は、っ……私たちは、出逢ったこと自体が、間違いだったのよ!
鎧騎士:馬鹿言うな!全部、全部あたしの所為だ、あたしが悪かった。だから、まだ一緒に居させてくれ。戻って来い。危ないだろ?そんな高い、ところで…
角巫女:…大丈夫よ。飛び方は貴女が教えてくれたでしょう?
鎧騎士:おまえには、…羽がないだろ…
角巫女:ええ、…でも今は、貴女も同じ。
鎧騎士:おまえに飛び降りられたら、助けられない……
角巫女:いいのよ、それで。
鎧騎士:……、え?
角巫女:貴女と添い遂げられない世界なんて、生きていく価値なんか無いわ。
鎧騎士:そんなことない!メルワルカ、大好きなんだ。もうおまえに嘘は吐かない。だからお願いだ、嫌だ、やめろ…やめて、くれ…
角巫女:…
鎧騎士:なんで、笑って……
角巫女:…違うの。悲しいはずなのに、…幸せなの。エンツィが、本心から私を好きだって言ってくれているみたいで。
鎧騎士:ああ、好きだよ、大好きだ、愛してる!だからやめろ!…あたしはおまえと一緒にっ、…一緒に生きていきたいんだ!!
角巫女:…っふふ、──お願い、それ以上言わないで。…余計に、わからなくなるわ。
鎧騎士:…わからない?何が……何を…
角巫女:一つだけ聞いてもいい?
鎧騎士:ああ、ああ。もちろん、あたしに答えられることなら……
角巫女:貴女と出逢った私と、貴女と出逢わなかった私。一体どっちが幸せだったのかしらね?
鎧騎士:それ、は…
角巫女:……
鎧騎士:あたしと出逢えたおまえに決まって、
角巫女:ふふっ。
鎧騎士:メル……
角巫女:……やっぱり、間違いだったんじゃない。
鎧騎士:メルワルカッ!!!
◆◆◆
(間)
少女:ひとおおかみさん!広場で聞いたんだけど、ウィストルムの森が火災に遭ったって…!
人狼:えっ…!?そこって、エンツィとメルワルカが帰った場所だろ?
少女:ええ、二人は無事なのかしら…!
鎧騎士:お陰様で。
少女:エンツィ!
人狼:……、おい。メルワルカは?
鎧騎士:メルワルカ?……ああ、あのお嬢様のこと?
少女:……エンツィ?
鎧騎士:見て、この綺麗な鉾。…キレーだよね。これ、スートしか扱えない一級品なんだ。連中の手に渡る前に、あたしが切れ味を存分に味わってやろうと思ってるとこ。
人狼:……まさか、おまえ…
鎧騎士:そんな怖い顔しないでよ、リカルド。……あたしも妙な同情心が芽生えちゃって馬鹿だった。さっさとこうすれば良かったんだよ。
人狼:エンツィ…?おまえ本当に、……
鎧騎士:これでも感謝してるんだよ。あのとき相談に乗ってくれて。お陰で目的を達成することが出来た。
少女:……
人狼:……ところで、ウィストルムが炎上したらしい。アンタの仕業か?エンツィ。
鎧騎士:いや?あたしじゃないよ。ほかのグースの仕業じゃないかな。
人狼:……トゥーリアはこれからどうなる?
鎧騎士:さあ、わかんない。依頼は達成されたけど、…塔が修復されたら、また新しい巫女がくるんじゃない。国家権力は弱まるだろうけど、滅亡まではいかないでしょ。あの国、割としぶといし。
少女:エンツィは、これからどうするの?
鎧騎士:…どうしようかな。帰っても居心地悪いんだよね。
人狼:……帰るって、どこにだよ。
鎧騎士:言ってなかったっけ?あたしの地元。トゥーリアの奥の奥、ジグハルグの
人狼:ジグハルグの、…
鎧騎士:そ。…あたしはジグハルグの巫女なんだ。「モルフィスの巫女を殺せ。さすれば末代までの栄光が約束されるだろう!」…これが神託。トゥーリアの滅亡と、巫女の暗殺。まさかあたしひとりで両方背負うことになるなんて思ってなかったけど。
人狼:栄光……。
少女:ねえエンツィ。メルワルカは…
鎧騎士:──あたしが殺した。
少女:……っ
人狼:殺しっ…
鎧騎士:厳密には、…あたしの目の前で飛び降りた、かな。……あの後、何日かウィストルムの森で二人で暮らしてたんだ。
少女:二人で?
鎧騎士:うん。あの数日間は、紛れもなく幸せだった。…鳥籠みたいに狭い塔でさ、身分の違いも種族の差も関係ない。…ずっとあんなふうに、二人で過ごしていきたかった。
人狼:……
鎧騎士:だけど、そうやってるのはあたしが記憶を失っている間だけだった。…あたしは思い出してしまった。…自分は使命を受けた暗殺者で、ジグハルグの神託を受けた巫女で、一族がトゥーリアを滅ぼそうとしていることを。
人狼:メルワルカへの気持ちは。
鎧騎士:……、今は、わかんない。
人狼:……わからない?
鎧騎士:彼女を見た瞬間、胸が苦しくなった。たぶん、好きなんだって確信した。…だけどあたしと彼女の間には、どうしようもない障壁があった。
少女:身分の差…。
鎧騎士:そう。だから逃げればいいって提案したんだ。…彼女はうんと言わなかった。あたしは彼女を護ってやるつもりだったのに。…あの子の望みは、そうじゃなかったみたい。
人狼:……メルワルカは、一体何を望んでた?
鎧騎士:「安寧」だよ。それは叶わない望みだって、あたしも彼女も理解してた。もしメルワルカが、…あたしと一緒に死んでもいいって思ってたのなら、あたしが彼女を救うためにしてきたことは、全部無駄だったのかもしれないけど。
少女:エンツィ。
鎧騎士:あたしはきっと、一生彼女を忘れることができない。彼女の血の匂いも、くたびれた身体の重さも、触れたときの感触も。……メルワルカと出会ってしまった後悔は、死ぬまできっと一生続くんだ。まるで
少女:
鎧騎士:……帰ったらまた、ジグハルグの
人狼:エンツィ。
鎧騎士:でもね。これでよかった、って思ってるんだ。
人狼:…え?
鎧騎士:この先どれだけ悪い夢を見ても、…彼女を思い出すたびに、あたしは生きていける。
人狼:……いいのか。それで。
鎧騎士:いいわけないよ。あたしは彼女に生きててほしかった。彼女と二人で、生きていきたかった。…でも、彼女が違うって言うならさ。それでも良いかなって思ってるんだ。…彼女を愛する方法は一つじゃない。例え残してくれたのが、重くて苦しい
人狼:神に誓えるか?
鎧騎士:うん、誓えるよ。本心だもん。
人狼:……おい。
鎧騎士:見逃してよ、リカルド。ここは告解室じゃない。…あたしの嘘を見抜けるヤツは、あの子だけで充分だよ。
◆◆◆
角巫女N:彼女は神に仕え、秩序を愛し、光を願った。彼女が光を愛したように、光もまた彼女を愛した。彼女が笑えば、花は咲き、風がなびいた。彼女が嘆けば、水は枯れ、地は渇いた。高い石の塔に囚われながらも、いつも同じ夢を見ていた。
鎧騎士N:しかし私は知らない。最後まで、知ることはないだろう。彼女が、その瞳に何を映し、何を望んでいたのかを。
(間)
角巫女:ねえ、オルガ。一つだけお願いがあるの。
少女:ええ。何でも言って。
角巫女:もし私が死んだら、そのときは樹葬にして。
少女:……、いいわよ。握りたい種はもう決まってる?
角巫女:ええ。……ヘンルーダ。
少女:ヘンルーダね。アルカディアの墓地でいいの?
角巫女:うん、この教会の裏に。…あの子に、花を捧げてあげたいの。
少女:あの子…エンツィのこと?
角巫女:…どうしてわかったの?
少女:貴女が彼女を好きなことくらい、見ていればわかるわよ。
角巫女:……そう。
少女:でも、もっと大振りな花じゃなくていいの?
角巫女:ううん、ヘンルーダがいいの。花言葉は知ってる?
少女:ええ?っと、確か……
角巫女:「後悔」よ。
少女:……。それって…
角巫女:私はね、…あの子にお
少女:どうして…
角巫女:彼女の盲目的な愛を、私は欲しているからよ。彼女の本心が本当である限り、私は彼女と生きていける。
少女:……メルワルカ。
角巫女:時々思うの。もし、彼女と…エンツィと違う出会い方をしていたら、もっと幸せになれていたのかもしれない、って。
少女:……
角巫女:向かう先は喜劇じゃない。でも、悲劇だからこそ、私は彼女がいいと思うわ。
少女:……、そうね。彼女もきっと、同じことを考えてると思う。
角巫女:そうだといいわ。
少女:エンツィに聞かないの?
角巫女:ええ。彼女、筋金入りの嘘吐きだから。…彼女の言葉を知らない方が、彼女を信じられるもの。
鎧騎士N:異郷の果てのアルカディア。その村の近くのどこかに、神を
鎧騎士N:どうか呪って。あたしを恨んで。貴女を救えなかったことを、あたしにずっと後悔させてよ。…それが、それだけが、貴女と一緒に生きていくたった一つの方法だから。愛してる。愛してるよ、メルワルカ。──ねえ。貴女も……あたしのことを、愛してくれてたんだよね?
(終話)
融和性アルカディア外伝2 - エンツィとメルワルカ
角巫女:
鎧騎士:
魔術医:
少女:
人狼:
原作・脚本:Aether Est