〈背景〉
「 知ってる?新月の夜に咲き誇る秘密の花園、そこで出会う人は運命の人なんだって。 」
……でも、その運命の人は吸血鬼で、血を吸われたら薔薇の痣が残るらしいよ。刻印を残されてしまったら、生涯その身を吸血鬼に捧げなくちゃいけないんだって──
〈配役〉♂0:♀2
狐崎 紫雨(きさき しぐれ):♀
2年生。喜怒哀楽の起伏は穏やかで、どこか諦観的で傍観者めいた言動が目立つ。交友関係は狭く浅い。幼い頃、誰よりも御伽噺を信じていたことは、本人だけが知るところ。学園の荘厳な雰囲気に未だ馴染めないでいるが、それで問題ないと思っている。
兎枝 愛苗(うえだ まなえ):♀
3年生。天真爛漫な本性は、あくまでもお淑やかな所作と嫋やかな笑みに潜む。丁寧に編み込みされた緩く波打つ長髪は、常に花の香りを纏う。後輩からの支持の厚さは、学園内にファンクラブが存在するほど。園芸部の部長を務め、花と女の子の世話を焼くことが好き。
狐崎N:その上級生の誘いに乗ったのは、単なる気まぐれか暇つぶしか、あるいは好奇心からだろう。被っていたパーカーのフードを外し、控えめにノックをする。
狐崎:こんばんは。
兎枝:まあ、しぐれさん。こんな夜遅くに来てくださってありがとう。こちらへ上がって。今お茶を淹れるわね。
狐崎:……失礼します。
狐崎N:兎枝愛苗先輩。上級生ながら飾らない天真爛漫さと、誰にでも柔和な物腰が、一部の生徒達に絶大な人気を誇っている。人知れずファンクラブがあるとか、ないとか。今のこの状況は、人が人ならば泣いて喜ぶようなシチュエーションだろう。
兎枝:はい、どうぞ。眠れない夜には、カモミールティーが一番ね。苦手じゃなければ、これも。
狐崎………ありがとうございます。
狐崎N:「先輩が呼んだんじゃないですか」などという無粋なツッコミは心の内に秘めておくことにして。差し出されたハニーポットからひと匙、スプーンで掬い出した。黄金のきらめきが月の光に輝き、甘ったるい匂いが鼻孔をくすぐる。その蜂蜜が溶け出して、くちびるを湿らせた頃合いに、先輩が口を開いた。
兎枝:……ところで、紫雨さんはご存知?……この学園にまつわる噂を。
狐崎:噂、ですか?
兎枝:ええ。……新月の夜に咲く、花園の話。
狐崎:ああ。……聞いたことは、あります。
兎枝:なかなか寝付けなかった一人の女生徒が、ふと漂ってきた甘い香りに導かれ、ふらりふらりとやってきたのはあの噂に名高い真夜中の花園だった。人知れず咲き誇る薔薇の園。噂は本当だった、と驚く少女の前に一人の人物が現れた。その人物は学園でも有名な女生徒で、彼女は優しく笑う。“漸く見つけた。私の運命の人”──。……ふと気づけば時刻は朝。ベッドの上で、昨晩の出来事は夢かと思ってみれば、ちくりと左胸が痛む。視線を向けると、そこには薔薇のような痣が残されていたのだった。──巷では、「薔薇の掟」と呼ばれているわね。女の子同士の、他人に知られてはいけない秘密だから。
狐崎:さすが……先輩、詳しいんですね。その、薔薇の掟? 女の子ってみんな、そういう話好きですよね。なんか、ロマンチックな話なのかもしれないですけど、……あたしは信じてないです。
狐崎N:というと、愛苗先輩は肩を揺らして笑ってみせた。代々語り継がれる噂話に少々、水を差してしまったかもしれないと、視線を伏せる。先輩は続けた。
兎枝:その女生徒は、新月の日になると自分の衝動を抑えられなくなるそうよ。吸血鬼なんじゃないか、って言われることもあるみたいだけれど。ねえ……紫雨さん。今日、どうして貴女がこの部屋に呼ばれたか…わかる?
狐崎:せ、んぱ…い?
兎枝:……”ようやく見つけた。私の運命の人”………
狐崎:せんぱいっ……
兎枝:なんて、
狐崎………え?
兎枝:冗談よ。ふふ、びっくりした?……ごめんなさいね、驚かせてしまったかしら。
狐崎:………冗談って……ほどほどに、してくださいよ……。
狐崎N:危うく真に受けてしまいそうになったことは、内緒だけれど。仮に本当だったとするなら、先輩が吸血鬼で、私に対して発作を起こした、ということになるのだろうか。
(間)
狐崎N:──花と紅茶の香りのする部屋を抜け、人のいない廊下で、差し込んでくる月の光を見上げながらひとり。そっと呟いた。
狐崎:………運命の人、か。……あたしが貴女の特別な薔薇になれるだなんて、……期待なんか、させないでください。
(終話)
少女倫理 - 第一話
狐崎 紫雨:
兎枝 愛苗: