〈背景〉
「 知ってる?新月の夜に咲き誇る秘密の花園、そこで出会う人は運命の人なんだって。 」
……でも、その運命の人は吸血鬼で、血を吸われたら薔薇の痣が残るらしいよ。刻印を残されてしまったら、生涯その身を吸血鬼に捧げなくちゃいけないんだって──
〈配役〉♂0:♀2
虎尾 媛(とらお ひめり):♀
3年生。群れを嫌い一人で行動することを好むが、人嫌いというわけではない。正義感が強く面倒見がよいため、各方面より信頼を得ている。「自分に女の子っぽさは似合わない」という理由で人知れずコンプレックスを抱えており、人に下の名を明かそうとしない。
戌亥 すず(いぬい -):♀
3年生。貞操観念が低く、学内に身体の関係を結んだ相手は数知れず。居眠りやサボタージュ等の素行の悪さにより学園内で名を知らぬ者はいない一方で、学業は常に優秀を修める天才肌であるため、教師陣から強く睨まれている。
戌亥N:5時限目の終了を告げるチャイムが鳴る。そろそろ姿を現すだろうかと思っていたら、屋上の扉が開き、一人の女生徒が現れた。
虎尾:……なんだこれ。紙飛行機?
戌亥N:その色の抜けた金髪の頭を目掛けて、一通の紙飛行機を飛ばした。見事、彼女に命中した紙飛行機は、そのまま彼女に拾われてしまう。
虎尾:……人様に向かって投げるとは……まったく。
戌亥N:彼女は半ば呆れたように頭を掻き、梯子を登る。こちらへと上がったかんばせ、目が合って。拾った紙飛行機を軽く放り投げながら、そのまま私の横に腰を下ろした。
虎尾:戌亥。紙飛行機なんか飛ばしてないで少しはまじめに受けたらどうなんだ?毎度毎度、世話させられる俺の身にもなってくれよ。
戌亥:ふふ、いまさら授業なんか。……それに、そんな私のお世話をするのが、虎尾ちゃんのお役目でしょ?
虎尾:味をしめるなっつってんの。たまたまおまえを廊下で拾ってやったのが2ヶ月前?っは、そっからこんな子守させられてるなんて…たまったもんじゃねえよ。
戌亥N:彼女が私のお迎えに上がるのは、これで何度目かわからない。下の名前も知らない彼女。幾度と身体を重ねてきた他の生徒達より、私のことを知らないはずなのに、一番近くに感じるのはどうしてなのだろう。そんなふうに思っていると、虎尾ちゃんが不意に口を開いた。
虎尾:ん?お前……それ、痣、か?
戌亥:え……ああ。これ?入れ墨だけど。ファッション。
虎尾:ホント、どんだけ校則破れば気が済むんだおまえは。
戌亥:約束は、破るためにするものでしょ?
虎尾:守るためにするものだ。……天才サマの考えることはわからんな。
戌亥:それに……薔薇の痣って、ふふ。もしかしたら、こないだの子……花園の吸血鬼だったのかしら。すずの身体、キスマーク付けられちゃった?
虎尾:……花園?そんな話信じてんのか?ま、ロマンを追うのはいいことなんじゃねえの。
戌亥N:彼女を横目でちらりと見遣ると、いつものように、覇気があるわけでも、ないわけでもなく、遠くを見ながら音を紡いでいた。その様子を見て、ちょっかいを掛けたくなってしまったのは、おそらく私の持つ性のせいだ。
虎尾:っおい、戌亥… 戌亥!なにやって…っく!
戌亥:人間って本当によわいいきものよねえ。いけないって解ってるのに、求めてしまうんだもの。…虎尾ちゃんは知ってるでしょ?私がどういう女の子で、日頃、どういうことをしているか。
虎尾:……戌亥、なに言って……っあ!
戌亥:今まで2ヶ月毎日ずっと一緒に居たのに、一度も手を出されないなんて。おかしいと思わなかった?
虎尾:っ………やめ……!
戌亥:虎尾ちゃん…もし、私が吸血鬼だったら、どうする?このまま、虎尾ちゃんの白くて柔らかいこの鎖骨に噛み
付いて、薔薇の印をつけてしまうかもしれないわ。
虎尾:戌亥…!いい加減にしろ……、っ!
戌亥:っふふ。ねえ。知らなかったでしょう?私、意外に力が強いの。……私にも虎尾ちゃんのこと、いっぱい教えてほしいな。……例えば、虎尾ちゃん……虎尾って、名字よね。
虎尾:……!
戌亥:他の子にも呼ばれてるトコ、聞いたことないし。もしかして知られたくない秘密だったりするの?ふふっ……それなら私、虎尾ちゃんの下の名前が知りたいな。
虎尾:……わかった。名前……名前教えてやるから、もうやめろ。
戌亥:……え?……ほんとに?
虎尾:…ああ。本当だ。……気が済んだら、早くどいてくれ。
戌亥:あっ。
戌亥N:下の名前を教えると言われ拍子抜けしていた隙を突かれた。虎尾ちゃんは半身を起こして立つと、乱れた衣服を整えた。ぼんやりその姿を眺めている私に……というよりは、呟くように、自分の名前を打ち明けた。
虎尾:……ひめり。虎尾媛。
戌亥:ひめり?
虎尾:女の子っぽくて苦手なんだ、自分の名前。
戌亥:媛。……とらお、ひめり。
虎尾:呼ぶのは、苗字の方にしてくれ。……ほら、ぼさっとしてないで早く行くぞ。
(間)
(人気のない渡り廊下。虎尾の数歩後ろを、戌亥がついていきながら。)
戌亥:……ねえ、虎尾ちゃん。
虎尾:ん?なんだ。
戌亥:そのひめりって名前、ほかに知ってる人、いるの?
虎尾:……いや。おまえしか知らねえよ。……たぶん、これからもずっとな。
(終話)
少女倫理 - 第二話
虎尾 媛:
戌亥 すず: