〈背景〉
「 知ってる?新月の夜に咲き誇る秘密の花園、そこで出会う人は運命の人なんだって。 」
……でも、その運命の人は吸血鬼で、血を吸われたら薔薇の痣が残るらしいよ。刻印を残されてしまったら、生涯その身を吸血鬼に捧げなくちゃいけないんだって──
〈配役〉♂0:♀2
狼谷 聖弓(かみや まさみ):♀
2年生。明朗快活な印象を与えるが、「瓢箪から駒」という信条から冗句や弄言を好み、何事にも言笑自若として捉えところがない。歳上とも優に渡り合える飄々とした態度は歳不相応にも見える。謎の情報網を持っており、顔が広い。
鹿賀 美咲(かが みさき):♀
3年生。学内において芸術方面で勝る者はいない。誰に対しても崩れぬ敬語には、他人と一定の距離を保ちたいという意思が滲む。声のトーンこそ静かだが、的を射る物言いも相まって、一目置かれている。静かな場所と芸術、特に油絵を好む。
狼谷N:夕暮れ迫る放課後の美術室。一枚の絵を見ていた。ウェーブを巻いた長い髪の女性が、相手を後ろから抱き込み、首筋にキスをしている。緋色に染まった女性の髪は、柔らかそうな素肌を流れるようだ。じっと見つめていると、「相手を逃がさないように抱き込みながら首筋に噛みついている」絵のようにも見えてくる。題名は『愛と苦悩』。恐らく、ムンクが描いたあの有名な絵画、「愛と痛み」をオマージュしたものだろう。
(間)
狼谷N:……とても長い時間、眺めていたような気がする。気づけば、美術室に人が入ってくる気配があった。
狼谷:誰かと思えば、鹿賀姉様ではないですか。ごきげんよう。
鹿賀:……ごきげんよう。……狼谷さん。なにか美術室にご用事が?……総務部の見回りでしょうか。
狼谷:あ、いえ……今日は部活ではなく、私用で、
鹿賀:……そうですか。
狼谷:なるほど。 ?……では、姉様はここで何を?
鹿賀:……描きかけの絵が、あと少しで完成なんです。来週から試験期間が始まりますので、どうしても今週中にと。放課後に教室を使わせて欲しいと言ったら、快く許可をいただけました。
狼谷:そうだったんですか。私、お邪魔しちゃいましたかね。
鹿賀:いえ、構いません。狼谷さんには日頃お世話になっていますし……狼谷さん、絵がお好きなら見ていかれますか。……今しがたご覧になっていたものほど立派なものでは、ないかもしれませんが。
狼谷:それは嬉しいお誘いですね。ぜひ、お願いします!
狼谷N:学内で名高い鹿賀お姉様のご提案とあれば。この狼谷、地獄までお供する所存です!……というのは、冗談ですけど。…いや、冗談、というのも、半分冗談ですけど。言葉の綾ですよ、姉様。──そして、画材道具の準備をする姉様から時折、解説してもらいながら、美術室に格納されている絵を鑑賞して回った。そうして一通り見終えたあとで。
加賀:狼谷さんなら、面白いと思われるかもしれません。
狼谷N:そうして連れて行かれたのは、美術準備室の、一番最奥の壁だった。目の前には、天井から吊るされたカーテンが揺れている。
鹿賀:描きかけにはなりますが……
狼谷:……ッ!
狼谷N:その壁一面は、極彩色の薔薇の花で埋め尽くされていた。……いや、よく見ると生花ではない。これは、写真……いや、異常なほどに精巧に描きこまれた、絵画。まるで本当に、薔薇の
狼谷:……う……本物、みたいですね。
鹿賀:……いいえ。これは、偽物です。いくら精密に描いたとて、現実を模写したもの以上にはなり得ませんから。
──描かれたイメージは、視線と技術、つまり芸術家が目と手を使って表現する肉体的な行為に過ぎません。視覚芸術とは、芸術家の人格と肉体をそのまま反映する個人的な思い込みのようなもの。……私はそう考えています。
(間)
鹿賀:……狼谷さん。……つまらない話を、聞かせてしまいましたか。
狼谷:はっ……い、………いえ。……なんというか……圧倒、されていました。
鹿賀:……。……そうですか。
(間)
狼谷N:姉様いわく、あれは、「シュルレアリスム」ではなく「レアリスム」らしい。つまり、あの凄まじく非現実的な情景を実際に見たことがある、と言い換えることができる。……その審議を確かめるべく、我々は真夜中の花園に侵入することになった!……というのは、嘘ですが。
狼谷:あの絵は、何だったんですか。
鹿賀:……ただの、薔薇の絵です。
狼谷N:その横顔は結われたみつあみに隠れて、見えなかった。
(終話)
少女倫理 - 第三話
狼谷 聖弓:
鹿賀 美咲: