〈配役〉♂2:♀0
フミノ:♂
カフェでバイトをしている国際教養学部の2年生。見た目はチャラいが案外中身はしっかり者。人懐っこい愛嬌の良さで交友関係は広い。甘党。お菓子作りが得意。
モリチカ:♂
生物学部の4年生。色白で軟弱そうに見えるが、意外に押しも力も強い。興味のないものには見向きもしない。長めの前髪を上げるとそれなりに美男子との噂。
フミノ:チーカさんっ。起きてください。……起きないと、チカさんの分も食べちゃいますよ?
モリチカ:フミ……来てたのか。……もう少し寝かせてくれ。
フミノ:ええー。寝ちゃうんですか?せっかくチカさんの好きなもの作ったのに?
モリチカ:……何だ。
フミノ:じゃ〜ん。生クリームたっぷりフレンチトーストです!
モリチカ:……飲み物は?
フミノ:もちろんありますよ。チカさんのだーいすきなフタバのゆずシトラスティー。並んで買ってきました!
モリチカ:んー……
フミノ:ほーらあ、早く起きてください。冷めちゃったら美味しくないですよ?
モリチカ:フミ。
フミノ:……はい?
モリチカ:……おはよう。(軽くキスをする。)
フミノ:……っな……不意打ち…!
モリチカ:朝ごはん、用意してくれてありがとう。……冷めないうちにいただこう。
フミノ:もおー。もっとちゃんとキスしたかったのに……まあいいですけど。はい、チカさんのフォーク!
モリチカ:キスの続きは、食べてからだな。
フミノ:え?でも今日は午後から予定があるって……
モリチカ:だから、早く食べないとどんどん時間も無くなるぞ。いただきます。
フミノ:っう……いただきますっ!
(間)
モリチカN:2年前の夏。大学のゼミの研究室に臨時のアシスタントとしてやってきた男。
フミノ:本日からお世話になります。よろしくお願いしま〜す!
モリチカN:そいつは人好きのする、ヘラヘラした笑みを浮かべた、ちゃらんぽらんな奴だった。当研究室はいつでも人手不足だったからありがたかったが、正直こいつと仲良くなる気は更々なかった。
モリチカ:よろしく。俺はモリチカ……
フミノ:チカさんって呼んでいいですか?僕のこともフミって呼んでください!
モリチカ:お前……人が喋ってる最中に割り込むな。
フミノ:あ、ごめんなさい。この研究室の手伝いできるのが嬉しくてつい……
モリチカ:物好きな奴だな。たしかに倍率は高いがそのぶんキツいぞ。
フミノ:大丈夫です!だってチカさんもいるんでしょ?
モリチカ:そのロジックは意味不明だが。……まあ、やる気があるならいい。必要以上に俺に構うなよ。
フミノ:え〜〜。なんか冷たくないですか?
モリチカ:視界の端でうろちょろされると気が散るんだよ。いいから黙ってアシスタントしてろ。
フミノ:は〜いっ。
モリチカN:驚いたことに、フミノの仕事は迅速かつ的確だった。週1、週2で手伝って貰っていたのがいつの間にか週3、週4と増えていき、次の年の夏にそれは起きた。
フミノ:……チカさん。チーカさん。もうこんな時間ですよ。
モリチカ:ん?時間がどうした?
フミノ:来てください。こっち。
モリチカ:なんだ。先輩を呼び立てるなんてお前も偉くなったもんだな。
フミノ:いいから、早く隣、来てください。
モリチカ:……。
フミノ:あっちの方。見ててください。たぶんそろそろですよ。
(遠くの方で花火が上がる。)
モリチカ:ッ……。
フミノ:僕、今日ずっとこれが見たかったんです。
モリチカ;……そうか。……たしかに、綺麗だな。
フミノ:え、もう戻るんですか?
モリチカ:ああ。
フミノ:もう少し、一緒に見ませんか?
モリチカ:いや、俺はいい。……もっと見たいんなら、もう今日は上がっていいぞ。
フミノ:え?
モリチカ:彼女と約束でもしてたんだろ?最近研究詰めだったしな。構ってやれよ。
フミノ:……いや、あの、チカさん、僕は、
モリチカ:俺はお前と違って忙しいんだ。いつまでも遊んでられないから……
フミノ:人が喋ってる最中に、割り込まないでください。……なんて、チカさんの真似。実は、僕、チカさんと一緒に花火が見たかったんです。
モリチカ:……。
フミノ:さっきからそう言ってるのに、チカさんは僕を追い払おうとして、ひどいです。
モリチカ:フミ……。
フミノ:チカさんだって、院試の勉強で忙しいでしょ?たまには息抜きでもって思ったんです。
モリチカ:そんなのは……
フミノ:それに!
モリチカ:!
フミノ:……最初は就職のために選んだゼミだったけど、チカさんと過ごすうちに変わってきて、……それから、チカさんといろんなことしたいって思ってたけど、最近忙しそうで、なかなか誘えなくて。……だから花火大会が今日だって聞いて……
モリチカ:……フミ、
フミノ:だから僕、今日の花火ずっと楽しみにしてたんです。チカさんと、二人で、見たいって思って……!
モリチカ:フミノ、
フミノ:チカさん。僕……僕はたぶん、チカさんのこと……
モリチカ:分かったから。分かった。……俺が悪かった。ふたりで、一緒に見よう。
フミノ:チカさん……!
モリチカ:だから、そろそろどいてくれ……
フミノ:チカさん!
(フミノ、さらにモリチカに覆い被さる。)
モリチカ:ッおい……!
フミノ:そういうところも、やっぱり、かわいいです……!
モリチカ:フミノ……。
フミノ:チカさん……。
モリチカ:お前、調子に乗って俺を抱けると思うなよ。
フミノ:……え?あ、あれ?チカさん……ッ?
モリチカ:誰がかわいいって?ひとりで熱くなってんなよ。ほら、花火見てろよ。すぐに終わらせてやるから。
フミノN:かくして、僕の恋は成就した。バイトと研究室の往復をこなすうちにいつの間にか冬が過ぎ、春を迎えた。チカさんも無事に大学院に進学が叶い、僕も優良の成績で進級した。順風満帆とはまさにこのことだと思う。僕がチカさんの部屋にお邪魔することもいつも間にか、当たり前になっていた。
フミノ:……チカさんと、ずっとこうしていたいです。
モリチカ:……そうだな。俺も、……そう思うよ。
フミノN:カーテンの隙間から漏れ出た光が、チカさんの切れ長の目を柔らかく彩る。淡く降り注ぐやさしい時間がどこまでも広がっていくような気がして、僕は、いつまでもこうしていられたらいいのにと、落ちていく瞼に祈った。
モリチカ:ん?フミノ?……あいつ。黙って大学行ったのか。
モリチカN:しかしその日、研究室にフミノはいなかった。
モリチカ:は?……辞めた?
モリチカN:教授に聞いたら、前々からアシスタントを休みたいという相談を受けていたという。「すっかり知らされているものだと思っていた」と教授が言い終えるのも待たず、俺はそのまま研究室を飛び出した。心臓が跳ねる音を身体のどこかで聞きながら、滑る手でLINEを打つ。……いつもは秒で付くはずの既読が、いつまでも付かなかった。
モリチカN:その日以降、奴が俺の部屋を訪ねて来ることは無かった。体調でも崩したのだろうか、それともなにか事件に巻き込まれでもしたのだろうか?そぞろに気になって、奴のバイト先に足を運んでみた。が、どうやら先日付けで辞めたようだと聞いた。店長らしき人に尋ねると、1ヶ月前くらいからその準備をしていたようだと言った。
モリチカN:そんな事実は知らされていなかった。つまりあいつは、俺に何も言わず出ていったのだ。
モリチカN:こんなの、もとの生活に戻っただけだ。分かってる。分かっているはずだった。フミノのマグカップ。常用の部屋着。贈られた時計。日常に、あいつの、フミノの面影がよぎる。でも大丈夫だ、きっとすぐ慣れる。そうやって自分に言い聞かせ、3週間も連絡を待って、ふと目が覚めた午前2時。光らないディスプレイに目を遣った。トーク画面に既読が付いていないのを確かめてから、次の日、フミノの私物を全て捨てた。
(間)
フミノ:こんにちはあ〜
モリチカ:あー……すまない。今手が離せなくて……荷物なら適当な場所においておいてくれ。
フミノ:……えーっと…割とデカい荷物なんですけどお、……このあたりに置いても、いいですか?
モリチカ:あ〜……だいじょ、う、ぶ……。…………。
フミノ:チカさん、会いたかった!
モリチカ:フミ、ノ……。
フミノ:はいっ、チカさんっ!覚えててくれて嬉しいです!
モリチカ:……覚えてるもなにも、最後に会ったの3ヶ月前だろ。俺の記憶力を舐めるなよ。
フミノ:っはは。すみません。……えっと、
モリチカ:離れろ、暑苦しい。……無断で出て行って、今更何の用だ。
フミノ:あの。……やっぱり怒ってます?
モリチカ:……何が。
フミノ:実はその、……僕、留学行ってて。
モリチカ:……は?……留学?
フミノ:はい。悩んでるうちに言うタイミング逃しちゃって。僕の学部って3年の春に留学のカリキュラムがあって……ってごめんなさい。知ってますよね。僕も秘密にするつもりはなかったんですけど。
モリチカ:お前、国際教養だったのか。知らなかった。……どうして早く言わなかったんだ。
フミノ:言おうとは思ってました!留学のことも。だけど僕、チカさんと本当は離れたくなくて。でも、行かなきゃいけないやつで。……それに、知りたいことはチカさんから聞いてくるから。……研究アシスタントとしてなら、人の入れ替わりなんて珍しいことじゃない。だから僕からわざわざ切り出すのもおかしいかなって。ぐるぐる迷ってるうちに、タイミングを逃しちゃって……。……ごめんなさい。お、……怒ってます、よね?
モリチカ:お前が言い出せずに国教だったことを黙ってたことは、怒ってない。……でも、黙って俺から離れたことは怒ってる。連絡ひとつよこさずに辞めたことも。
フミノ:あの、それは……っ
モリチカ:わかってる。どうせずるずる引きずって、言い出しづらかったってオチだろ。
フミノ:……はい。僕、完全にタイミングを逃しちゃって……。
モリチカ:せっかくの留学も、気の毒だったな。
フミノ:……あんなのは、ただの単位のためですし……。
モリチカ:……。単位のため、ね。
フミノ:あっ!その、……違いますよ?
モリチカ:何が。
フミノ:僕がこの研究室に戻ってきたのは、……単位のためじゃ、ないです。
モリチカ:……そうか。
フミノ:そうか、って。……こんなこと言うの、自惚れかもしれないですけど……チカさんは、僕がいなくても平気だったんですか?
モリチカ:……。……。いや。
フミノ:……いや?
モリチカ:これが、平気に見えるか。
フミノ:……はい。そりゃあ、最初会ったときよりは、少しは仲良くなれましたけど。花火大会の日、研究を邪魔された腹いせでも、僕に触れてくれたときは、ホント嬉しかったんです。……でも。それからチカさんは僕のこと本当はどう思ってるんだろうって、ずっと気になっていました。
モリチカ:……。
フミノ:日本に帰ってきたらちゃんと謝って、それからちゃんと話をしようって決めて、今日、ここに来たんです。
モリチカ:……。
フミノ:僕は覚悟を決めました。チカさん。……チカさんは僕のこと、どう思ってくれてるんですか?
モリチカ:……俺は、お前がいない間に嫌というほど気付かされたよ。
フミノ:……。
モリチカ:俺の気持ちを、ちゃんと伝えてなくて悪かった。あのとき、お前の告白を遮ったことも謝る。……置いていかれてわかった。俺はお前がいないと駄目だ。だから、俺から言う。フミノ。俺はお前が好きだ。
フミノ:チカさんっ……!
モリチカ:おまえは。
フミノ:えっ?
モリチカ:お前の返事を聞いてない。
フミノ:僕はもちろん、チカさんのこと大好きです!とっても……とっても会いたいって、思ってました。
モリチカ:……なら、もう二度と離れるな。それと、大事なことは俺が聞く前に、自分から言え。
フミノ:……っ、はいっ!
モリチカ:……よく、またここに帰ってきてくれた。おかえり、フミノ。
フミノ:ただいま、チカさん。……ずっとずっと、会いたかった。
フミノN:そして迎える、いつも通りの朝に、いつも通りの部屋。大好きなチカさんがいる。きっと、またすぐに夏が来る。あなたがいる夏の色。それはずっとどこまでも、色鮮やかに咲いていく。
(終)
君と咲く夏
フミノ:
モリチカ: