幼馴染という呼び名が嫌いだった。友達以上恋人未満と何ら変わりのない、意味も未来も無いフレーズが。
 
あの日あの時、フーシャ村を一緒に出ることを決めたエースは、私の幼馴染でありそれ以下でもそれ以上でもなかった。手と手を取り合って海に出た私達がそういう関係なのではないかと怪しむ村の者は多かったけれど、そうであればいいと願っていたのは私だけでエースはいつも海の果てばかりを見据えていた。

今は、何も持たずにあの小さな村を飛び出したあの頃とはもう違う。早々に隊長格へと登り詰めたエースの右腕と言われ早数年、二番隊副隊長の地位を確立し、ずっと強い女を演じてきた。慕ってくれる隊員達を、私を信じて背中を預けてくれる子達を、何があっても守り通す覚悟を背負って。

だけど、私にだって、どうしようもなくなる瞬間は訪れる。
 
海の果てへと向かう途中、島に停泊する度に名前も知らない男達と身体を重ねた。心の奥深く降り積もるものを、拭い去るようにして。綺麗だとか愛してるだとか、どんな言葉を囁かれても心が靡いたりはしなかった。ゆるすのは、体だけ。一夜限りの関係を結ぶ度に、今迄の人生で一番多く口にしたであろう名前が溢れ出そうになるのを堪える。いつまでも可愛げがなくて男勝りの女隊士。そんな烙印を押されたまま、もうずっと私達は隣同士で生きている。
 
「おーい、また朝帰りか!」
「またイケメンひっかけたんだろ〜?昨日の晩、目撃証言あるぜ!」
「うるっさいわね、ほっといてよ」
「おーおー、怖っ!」
「黙ってりゃ美人なのにな〜勿体ねぇ」
「なぁにが勿体ないってぇ?んん?」
「な、なんでもねーよ!!!」
 
ポキポキと骨を大げさに鳴らして見せれば、慌てて踵を返す夜勤明けの船員達。笑って眺めていたら、肩にぬくもりが触れるのを感じた。振り返れば、見慣れたオレンジ色が視界を包む。
 
「ほんと、たまには女らしい格好もしろよな」
「うっさいわね。余計なお世話」
「なんだよ、人が折角好意で言ってんのに」
 
ぶすくれるエースの言葉に、深い意味なんてない。あった試しがない。彼はいつだって真っ直ぐで、バカで、鈍感で、私はずっとサボのことが好きなのだと思い込んでいる。サボがいなくなって十何年経つ今でも、ずっと。
 
「悪口にしか聞こえませーん」
「お前だってスカート履いたら可愛いのにっつってんだよ」
 
時間が、止まった。心の奥底から、形容し難い気持ちがぶわりと沸き上がる。緩む頬を必死で抑えエースを睨むと、これまたぎろりと睨み返された。
 
「……もう、忘れろよ」
「なにを」
「あいつは、もういねぇよ」
 
じわり、瞼が熱くなる。
ああ、あなたは、まだそうやって思い違いを続けるのね。私がサボへ向けた信頼と尊敬の眼差しを、恋慕と履き違えたまま。エースのその強い瞳に、いま確かに、私は映っているのに。なのにどうして、どうして、
 
「…違うの」
「…わかってるよ」
「っ、違うの」
「、ごめん、言い過ぎた」
 
ほら、と言いながら私を乱暴に抱き寄せてわしゃわしゃと髪を掻き乱す。小さな子供の頃から変わらないその不器用な優しさが、とてもとても好きで、世界中の何よりも安心する瞬間で。例えそれが、泣いたり怒ったりする私を宥める、身体に染みついてしまっただけの習慣だったとしても。
 
「お前、細いな。ちゃんと食ってんのか」
「、ん」
「いつも強がってっから、気付けねえ」
「………?」
「こんなに細い」
 
吐息のような声で名前を呼ばれ、心臓が跳ね上がる。頭の中が真っ白になって、エースの低い声音が耳元で響いた。
 
「……ごめんな」
「何が?どうして謝るの?」
「お前が幸せになれねえのは、俺の所為か」
 
息を飲んで見上げれば、淋しそうに笑いながら私の目尻を拭うエース。ああ、まさか。まさかこの人は、ほんとはずっと、?
 
 
 


 
「あの日俺が、お前を海賊になんかしなかったら、」
 
 



苦痛に耐えるように歪む口元を見て、拍子抜けして、それから眉尻を下げて笑った。ううん、と首を振った。違うよ、と彼の頬に触れた。今しあわせよ、と目を覗き込む。彼の肩越しに陽が昇る。世界で一番愛しいオレンジ色が、世界を染めていく。

ねえエース、これで良かったんだよね。あなたはずっとあなただった。こうして抱き締めてくれる腕も温もりも何もかも、永遠に自分のものにはならなくても。ずうっと一番近くで笑っていられれば、きっとそれだけでいいのよね。その笑顔が見れなくなってしまうというのならば、もういっそこのままで、



さよならを言わない唇

わからなくていいよしらなくていいよ



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