好きな人や大切だと思う人は沢山いる。

モビーの皆は大事な家族で、かけがえのない存在で。だけど、あえてその中で一番を選ばなければいけないというのならそれは、朝焼けのような綺麗なものをひとりぼっちで見た時に、ああこの人にも見せたかったと、隣で見たかったと、何の気なしに頭に浮かぶ人なのだと思う。

隣にいないことがどうしようもなく淋しく感じた時に、その人が自分にとってどれだけの存在たるかを思い知るのだ。わたしにとってのその人はエースで、奇跡のようだけれどエースにとってのその人はわたしらしい。

「……寝癖、すご」
 
ぐっすりと眠りについた彼の、あちこちに跳ねる癖っ毛を指に絡めた。ごわごわしていそうで、思ったよりずっとふわふわとしている。まるでエース本人みたいだと、心の中で独り言ちた。
 
いまはこうしてわたしの隣で無防備な姿を見せている彼も、昼間は隊長として忙しく働いていて、隣に立ち一日の大半を彼と過ごすのはわたしではない。エースのことをずっとずっと昔から傍で見守ってきて、唯一背中を預けられる女だとエースが豪語する、そんな人。

二番隊副隊長の彼女は、美しく、聡明で、気高い。それはこの船の誰もが認めることで、お前は雰囲気と性格とその笑顔で得してるだけだとサッチ隊長にからかわれるようなちんちくりんのわたしとは大違いなのである。
 
昨日の今頃、それこそ綺麗な綺麗な朝日が海の向こうから顔を見せるその瞬間。目が覚めてしまったわたしは隣にいるはずのエースの姿がないことに気付き、彼を探しに甲板へ出た。そこで、ひとつになるふたつの影を見た。何をしている訳じゃないのは痛いほど分かっている。エースのことも、彼女のことも信じている。それでも胸が痛むのは、わたしとエースが知り合ってまだ日が浅すぎるから。だからどうしても、心配で心配でどうしようもなくなるのだ。ふたりの間にあるものが見えなくて、見えるはずもなくて、
 
―――あいつは俺がいないとダメなんだ

ある時、何でもないことのようにエースが言った。これからもずうっと一緒だと、そういう意味が含まれた言葉だった。さも当然かのように放たれたその台詞をわたしは上手く消化出来ずに、へえ、と溢して笑った。

ひと月かふた月に一度くらいの頻度で、ああして強い彼女が壊れる日が訪れる。その理由は前にエースが話してくれた。サボ、という人の所為なのだと。ふたりの幼馴染で大親友だった彼は、彼の夢は、幼い頃に無残にも打ち砕かれたのだと。そして彼女は、未だに彼の死を乗り越えることができないまま、サボさんを過去に置き去りにすることができないまま、今日を生きているのだと。
 
「…わたしは、違うと思うよ」
 
聴こえないくらいの掠れた声で呟いて、ちいさくため息を吐きながらエースの頬を撫でた。理由もなく視界が滲み始めて、鼻がつまって、小さな小さな嗚咽が漏れた瞬間。まるで実はずっと起きていたとでもいうようにぱちりと目を開いたエースがわたしの視線を捉える。驚いて固まるわたしを抱きよせて、エースが唸った。
 
「……泣くな」
「、エース」
「俺はここにいる」
 
エース、エース、エース。すきなの。だいすきなの。だから、だから怖いの。

あの人はとてもやさしい。わたしの事を気にかけてくれて、面倒を見てくれて、とても良くしてくれる。だけどわたしを見る彼女の瞳は、いつだって淋し気に揺れている。憎しみでも怒りでもない、ただ悲しみに満ちている。だってあの人はサボさんじゃなくってあなたのことを、
 
「俺はお前だけ、」
 
愛してる。その言葉を信じてずっと自分が一番だと無邪気に思ってたわたし、滑稽過ぎて涙も出ない。だってあなたがあの人の前でだけ見せるあの顔は、誰がどう見たって、あの人への敬慕と慈愛に満ち溢れたバカみたいにやさしい顔だから―――

「わたしも、愛してる」

なんて残酷なままごとなんだろう。目を閉じて、噛み締めて、反芻して。零れ落ちた涙の行方など、もう知りたくもなかった。



あなたと心中

かなしみはあたえたくない
だけど、かみさま、
どうかあのふたりをひきさいてください



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