「多分影山はわたしのこと好きじゃない」
ぶすっとしたいかにも不機嫌顔をしているであろうわたしに、困ったように眉を下げた山口が「そんなことないと思うけど…」と困ったような声音で返してきた。そんなことあるから言ってるんだよ。
部活の休憩時間、休むことなくコートの中に立ち続ける彼氏の姿をじぃっと見つめる。というより睨みつける。…やっぱ影山かっこいい。くそぉ、バレーしてるときの影山見てたら、好きとか嫌いとかそんなことどうでもよくなってきちゃうんだから怖い。そもそも影山を好きになったきっかけがバレーだし。
部活とわたし、どっちが大事なの?!なんてことを言うようなヒステリー彼女になるつもりはない。なりたくもない。比べられるものじゃないってことも分かってる。ていうか影山にとってのバレーって存在にわたしごときが勝てるわけないことも分かってるし…いやこんなこと考える時点で比べちゃってるのかもしれないけど。それはまぁ仕方ないとして。うん、仕方ないとしよう。
ただ何ていうか、何て言えばいいんだろう。
「思ってたお付き合いと違う」
「…そうなんだ……」
「山口、今面倒くさいとか思ってるでしょ?でもやめないよ、聞いてね。」
「うん…」
「わたしはね、バレーしてる影山が好きだし、部活が好きだし、そこに私情を挟むつもりは一切ないの。これでも。」
「うん…」
「だけどね、ちょっと聞いて」
「うん、聞いてるよ…」
「一向に手を出してくる気配がないの」
「ブッ……!!」
「きたなっ…いや変な意味じゃなくて、わたしら付き合ってもう結構経つじゃん?」
「…あんまり女子がそういうこと言わない方がいいと思う。」
「だから変な意味じゃないって言ってんでしょ。聞いてよ、あのさ、」
わたしと影山、まだ手も繋いでないんだよね。
そう言った瞬間の山口の顔、多分今日寝るまで忘れないと思う。目を丸くしてぽかんと口を開けた山口に、全く誇らしくもないのにふふんと鼻で笑ってしまった。どうだよ、事態は君が思ってた以上に深刻だろう?
「え、へえ…え?影山って結構…へえ…え?」とよく分からないことを言う山口のことはとりあえず一旦スルーして、この由々しき事態をどうしましょうか山口さんと手をマイクにして聞いてみる。体育館の片隅、二人して並んで膝を抱えて座っているこの光景は周りからどう見えているんだろう。
あー…とかうーんとか唸っている山口の声に耳を傾けたまま、わたしの視線は再び影山の方へ向けられる。それはもう吸い込まれるように自然と、気付けば。あ、綺麗にトス決まって嬉しそう。ほんと日向と仲いいよなぁ。本人たちは否定するけど、そういうとこも可愛い。てかうわ、袖で汗拭う姿って何回見てもかっこいい。本当は今すぐタオルを持って駆け寄りたいくらいだけど、今わたしはそれどころじゃないのだ。にしてもここまでガン見してんのに全く目が合わない。気付く気配すらない。念を送ってみてももちろん無意味。…我ながらくだらないことしてるわ。
隣でいまだに何かを考え込んでいる様子の山口に「で?どう思われますか?」ともう一度問いかけてみれば、うーん、と首を傾げて、やっぱり困ったように笑った。
「俺はツッキーの方がかっこいいと思う」
「今そんな話してねーよ」
「みょうじさんが考え過ぎなだけじゃない?」
「じゃないよ!じゃあ山口はもし彼女ができたとしてここまで何もしないの?!」
「…いや、俺と影山を比べても、」
「分ぁかってるよそんなこと!そういうことが聞きたいんじゃなくて、」
「ごめんけど俺は大していいこと言えないよ。影山のことなら日向に聞く方がいいんじゃないかな。」
「…分かってるけど」
「いやそこは少しは否定してよ」
「日向って絶対頼りにならないと思うの、こういう話題では」
「…まぁそれは、一理あるかぁ…」
「だからといって山口に頼ったのもまた間違いでしたね、ごめんごめんご」
「俺完全にバカにされてるよね。否定できないけど。」
「残るは月島か……はぁ、絶対頼りになんないよアイツも…」
「谷地さんは?」
「やっちゃんとは常日頃ガールズトークしてますぅ。今回は男子の意見を聞いてみたかったの!」
「ごめんね、頼りにならなくて…」
「えっやめてよいいよ、こっちこそごめん山口大好き」
「え、あ、ありがとう…」
明らかに戸惑っている山口の頭を何となく両手でわしゃわしゃと撫でてみる。まるで犬だ。「何やってんの」と呆れたような表情でやって来た月島に、ナイスタイミ〜ング!と早速同じ相談を持ちかけてみた。山口の隣に腰を下ろして、手に持っているボトルへ口をつけた月島と、わたしのせいでぐしゃぐしゃになった髪の毛を整える山口と、そんな二人を交互に見るわたしと。「あっおい影山!!」と日向がいつものように突っかかっている声が聞こえる。ほんっと仲いいよね。
トン、とボトルを床に置いた月島が「あのさ」と面倒くさそうに何かを言いかけたところで、足元にボールが転がってきた。…いや、転がってきたというには少し勢いがあり過ぎたような気もする。意図的に投げられたと言う方が正しいのかもしれない。
流れ弾にはもう慣れているしボールに関してはどうってことなかったけど、それより。
わたしの目の前で仁王立ちをしてものすごい目つきで見下ろしてくるその目を見つめ返す。…なんだ影山。何でそんな機嫌悪そうなの。影山の後ろで何故か怯えたようにヒィイ、とこちらを見つめる日向はとりあえず放っておくとして。威圧感のある影山に少しだけ怯みつつ、わたしも立ち上がって両手で掴んでいるボールを無言で差し出した。同じように無言で受け取った影山は、いつものようにギロリと月島をひと睨みした後、そのままコートの方へ去って行く。……何なんだ。
「みょうじさんってよく鈍いとかバカとか言われない?」
「………言われない!」
「あ、言われるんだ」
「も〜っ、月島嫌だ〜!山口、これのどこが影山よりかっこいいって言うの?!」
「山口そんなこと言ったの」
「ごめんツッキー!でもツッキーはかっこいいよ!」
「影山の方がかっこいい!」
「誰もそんな話は興味ないよ」
「正直みょうじさんの相談って、俺にとってただの惚気でしかないんだよね。」
「なに月島がいるからって急に強気なこと言ってんの…!」
「…王様だって暇じゃないんだから、どうでもいい相手を彼女になんてしないデショ。」
「そうだよ。みょうじさんは彼女なんだから、もっと自信持って!」
「………いや、主旨ズレてるし。でもありがとう。」
「主旨?ああ、まだ手も繋いでないとかいう話?ごめん、僕そういうの本気で興味ない。」
「月島ぁ?」
「た、多分影山はみょうじさんのことをすごく大事にしてるんだと思うよ!だから大丈夫だって!」
「大丈夫だったら始めから相談なんてしてない!」
「みょうじさんって面倒くさいね。僕だったら無理。」
「わたしだって月島なんか無理だよ!!!」
▽
部活終わり、更衣室で着替えながらやっちゃんに散々愚痴った。もはや影山のことというより月島についての愚痴だったから、ポジティブに捉えるならば悩みなんて吹っ飛んでしまったと言っても過言ではない。困ったように笑いながらも、うんうんと話を聞いてくれるやっちゃんには感謝してもしきれない。「影山くんはなまえちゃんのことちゃんと好きだと思うよ…!」と必死でフォローしてくれるやっちゃんを抱きしめた。なまえ、やっちゃん、好き。
もちろんその場にいた潔子さんにも意見を仰いでみたところ、「仁花ちゃんの言う通りだと思う。影山はなまえちゃんが思ってる以上になまえちゃんのことが好きだから大丈夫」と確信を持ったように綺麗なお顔で言われてしまえば、わたしは涙を流しながら頷くしかない。いやほんと、潔子さんマジリスペクトっす。
きゅっとリボンをしめて一足早くリュックを背負う。トントンとローファーの爪先を床に叩いて足を滑らせてから、お疲れさまで〜す!と声をかけて更衣室を出た。もうすっかり寒くなってきた今日この頃、……こういう季節ってさ、人肌恋しくなるじゃないですか。
リュックの持ち手をぎゅうっと握って、体育館へ続く階段の前で影山を待つ。こうして一緒に帰るのはもう日課になっていて、たまに家へ来ては夜ご飯も食べて行くこともある。家族とさえ交流があるっていうのに、この進展のなさは何なんだろう。そう考えずにはいられない辺り、やっぱりわたしの気持ちと影山の気持ちには差があるような気しかしないわけだけど。
だからと言って別れる気は毛頭ありませんしもしそう言われたとしても泣き喚いて嫌だ嫌だって縋る自信がありますけどね!と全く自慢にならないことを考えては、一人でドヤ顔を繰り広げる。
それから数分経って、「だからうるせぇって言ってんだろ日向ボゲェ!」とお決まりの台詞が聞こえてきた方へ視線を向けた。…お、おお……何か知らないけど今日勢揃いだな…。いつものようにこちらへ歩いて来る影山の周りには何故か日向と山口と、それからまさかの月島。眉間にしわを寄せて顔を顰めている影山に、とりあえずひらひらと手を振りながら駆け寄ってみる。「悪い遅くなった」と言葉とは裏腹にむすっとした表情のままそう言われたもんだから、何事かとつい月島を疑ってかかってしまったけど、プフッと笑われて終わった。な、何だよ…。
「ほら王様、可愛い可愛い彼女が待ってるよ?」
「…………」
「…え?なに?なに?どうしたの?」
「影山って普段あんだけ偉そうにしてるくせに、こういう大事なとこでは決められないんだな!」
「日向ボゲ!黙れ!」
「まぁ落ち着いて…影山、俺たちの前だけで惚気てたってみょうじさんには伝わらないんだよ。」
「みょうじさんはとてつもなく鈍いからね」
「え、ちょっとなに…?月島は一旦黙って」
「…………」
「…ん?なに影山…そんなに見られたら恥ずかしいんだけど…」
「……みょうじ、」
「はい…?」
「…っ、その、」
「…?」
「き、キスしても…いいですかコラ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「……さすがにぶっ飛ばし過ぎ、さすが王様」
何を言われたのか理解が追いつかなくて、あからさまにドン引いている面々と顔を真っ赤にしたまま唇を尖らせている影山をただ呆然と見つめる。…キスしてもいいですかコラ?え、キスって何だっけ。ていうかコラって、そんな言い方なくない?ていうより、初めて月島に全面的に同意だわ。
混乱する脳内をどうにかしようと必死に考えているうちに、何となく今の状況を読めてきた。つまり今日わたしがみんなに相談を持ちかけたことがきっかけで、影山自身に何かを言ってくれたってことなんだろう。月島は多分完全に面白がってだと思うけど、わたしの為に協力してくれた…の、かな?これはありがたいことなのかそれとも恥ずかしがるべきところなのか分からないけど、ほんと影山、そんな顔するくらいなら始めから言わない方がいいよ。月島にしばらくネタにされたって知らないんだから。
……なんて思いつつも、きっと表情には素直な気持ちが出てしまっている。ニヤけそうになる口元をどうにかしようと力を入れて堪えてみるものの、全くもって意味がない。いろいろすっ飛ばし過ぎだよ影山、とか、みんなに何て唆されたの、とか聞きたいことは山ほどあった。…けど。
相変わらずリュックの持ち手を握っていた手を離して、影山の前にそっと差し出す。ここまで来てもまだ頭上にハテナマークを浮かべている影山は天然なのかバカなのか何なのか。まぁ多分後者なんだろうな。
痺れを切らしてその手を取れば、一瞬目を丸くした影山が「手ですか」と敬語で問いかけてきたもんだから、そうですよ、とだけ返した。ぎゅううう…と爪が白くなるくらいに握る。初めて触れた影山の手は、思った以上にカサカサだった。ハンドクリーム、今日持ってたかな。
「影山、帰ろ」
「お…おう…」
「日向山口、ついでに月島、また明日ね」
「よかったねみょうじさん!おい影山!彼女をもっと大事にしろよ!!」
「いや日向、影山の場合は逆だよ、大事にするの度が過ぎてるパターンだから…」
「それよりついでって何。一応僕も結構働いたと思うんだけど。」
そんな会話が繰り広げられているのを後ろに、影山と並んで歩き出す。いつもより会話が少ない、いつもより心臓がうるさい、いつもより道のりが短く感じる。いつもより影山が近いし、お互い体温も高い。ほんの少しだけぎこちない会話や空気が、何だか愛おしい。やっちゃん、やっちゃんわたし今、影山と手繋いで歩いてるよ…。
心の中でやっちゃんにそう報告しながら、「今日の夜ご飯なにかなぁ」なんていつもと変わらない、何てことない話をしながらもどこか違う今日のわたしたち。
あーどうしよう、影山大好き。どうしよう、どうしようどうしよう。影山はどう思ってるんだろう、わたしと同じだったら嬉しいな。あれだけ不安がっていたくせに、あれだけ影山の気持ちを疑っていたくせに、こうやって実際触れ合ってしまえばそんな感情は始めからなかったかのようにスッキリしている。わたしってこんなに単純だったっけ。
「影山」
「なんだ」
「…キスしたいかも」
「っはぁ?!」
「嘘!うそうそ!うっそぴょん!冗談だからそんな怖い顔しないでよ。」
「…冗談かよ」
「冗談だよ」
「……じょ、冗談かよ」
「……じょ、冗談じゃ、ない、けど…」
「…………」
「……か、かげ、影山?」
「…俺も、冗談じゃない、ので」
「…そうですか」
「そうですよ」
「今まで不安にさせてることに気付けなかった、悪い」と頭でも下げてきそうな勢いでそう言った影山に、慌てて大丈夫だということを伝えれば安心したように笑う。
もうすぐ家に着く。街灯の明かりと月だけが照らしていた道も、住宅街に入れば一層明るくなった。どこからかカレーライスのいい香りが漂ってくる。お腹空いたね、そうだな、今日のご飯なにかな、さっきもその話しただろ。
今わたし、世界一幸せだ。
「そうだよね、キスはまだ早いよね」
「え」
「今日手繋いだばっかだもん、まだ早いよねえ…ふふ、へへへへ…」
「…おう(別れ際にしようと思ってた)」
▽
PM19時、部活終わりの部室にて。
「影山、影山」
「なんだ」
「…みょうじさんとは上手くいってる?」
「? 多分」
「あのさ、俺今日、みょうじさんに相談されたんだよね…影山のこと。」
「俺のこと?」
「まだ手も繋いでないんだって?」
「うおっ月島どっからわいて出てきた?!」
「で、付き合ってどれくらい経つんだっけ?君たち」
「……3ヶ月?くらい」
「…まぁ確かに、そりゃみょうじさんも不安になるだろうね…」
「王様のくせに」
「関係ねえだろ!!つーか不安ってなんだ!」
「多分影山はわたしのこと好きじゃない」
「は?」
「って、みょうじさんが言ってたよ」
「……みょうじが?」
「わあ、王様ショックそう〜」
「うるせえ!…うるせえッ!」
「ちょっと、ショックだからって僕に八つ当たりしないでよ。自業自得デショ。」
「………チッ」
「…影山はもっと、みょうじさん本人の前でこう……こう…、分かるだろ?」
「まぁみょうじさんもみょうじさんだけどね。王様はみょうじさんのこととなるとこんなに気持ち悪いのに。」
「…………」
「なに王様、言いたいことがあるなら睨んでないではっきり言いなよ。」
「…あ、ていうかみょうじさん待ってるんじゃない?影山急いだ方が、」
「…ない」
「え?」
「自信がないんだよ。みょうじに触ったら、自制できる自信が、ない。」
「…………」
「……うわあ…」
「うわあって何だ!」
「…うん、いや、いいと思うよ。みょうじさんのこと大事にしてるんだね…。」
「急に惚気ないでくれる?気持ち悪い。」
「気持ち悪いって何だ!」
「なになに?!何の話?!」
「王様がみょうじさんのこと好き過ぎて気持ち悪いって話」
「ああなんだ、そんなことか」
「日向ボゲェ!!!」
「何でぇ?!」
ワレワレハコウサイチュウ
(title by パニエ)
20151023