※センチメンタル・ヒーロー、ノットタイムスリップの続き



それなりに時間が経ったからこそ、確信を持って言えることってたくさんある。過去のことだからこそ、今になって思うことって、きっとたくさんある。…いや、わたしの場合は、ほんとは当時からずっと分かってたことなんだ。
踏み出せなかった一歩とか、でも違うかもって逃げてたこととか。何をそんなに恐れていたのか、今はそう思えても当時のわたしは多分いっぱいいっぱいだった。
きっとすごく大事な思い出のはずなのに、もう思い出せないことだってたくさんあるだろう。隅から隅まで記憶できるわけじゃない。年を取る度にもしかすると一つ一つ取りこぼすのかもしれない。
だけどそれでも、どうしても忘れられない思いがあるとしたら、わたしにとっては多分、たった一つだけ。


「荒北!!」
「…ンだよ」
「折り入って相談したいことがあるんだけど…今日暇?」
「暇じゃねェ」
「でも部活ないんでしょ?」
「…誰に聞いた」
「東堂くん!」
「……ハァ、面倒くせ」
「そんなこと言わないでよ、大親友じゃん」
「誰が大親友だ」


ペシ、と軽くわたしの頭をはたいた荒北は「その代わりおめェの奢りな」と言いながらさっさと歩き出してしまった。うん、荒北は絶対断らないと思ってた。そう言えばきっとまた、今度はデコピンをされてしまうだろうから黙っておく。嬉しくてついふんふんと鼻歌を歌いながら隣に並んだだけなのに、「うるせェ」と一喝されてしまったのには納得いかないけど。
わたしがこうして何かと理由をつけて荒北を誘い出すのは、何も今日が初めてじゃない。荒北曰く面倒くさいのだという相談事を持ちかけたことだって数えきれない。まぁ確かに、わたしが相談することといえば恋愛のことばかりだし、そこの自覚はあるから荒北が面倒だという気持ちも分からないでもないけど。
相談だと言えば大体お財布に優しくてそれなりに長く滞在できるファミレスに行くのが常だ。ちらほらと箱学生もいる中で、ひとまずドリンクバーとポテトを頼んで席に着く。机の上に並ぶのは、荒北のベプシとわたしのメロンソーダといういつも通りのメニュー。代わり映えのないこの光景が、わたしは結構好きだったりする。
「ンで?」と息をつく暇もなく、頬杖をついてやっぱり面倒くさそうに問いかけてきた荒北は、これでいつもきちんと話を聞いてくれているのだから不思議だ。少しは態度からもやる気を見せてくれたらいいのに。


「どうせ東堂のことだろ?」
「そう!そうなの!聞いてくれる?!」
「何の為にここ来たと思ってんだ、おめェの話長ェから要点だけまとめて簡潔に言え」
「えっひどい…えーそうだな…えっとね、東堂くんって結構鈍いじゃんか」
「知らねェけど」
「…だから、やっぱりまだわたしのこと、ファンの一人としてしか見てないと思うの」
「フーン…」
「興味ないのは分かるけどさ?!もうちょっと反応してよ!仲人でしょ!」
「やりたくてやってんじゃねェっつのォ…」
「でも紹介するって荒北から言ったんだよ、ね?!」
「アー…つか別に心配する必要ねェって、アイツ鈍いけど単純だから」
「単純なのは分かる」
「…言っていいのか分かんねェけどォ…」
「え、なに?なに?」
「やっぱやめとこ」
「はー?!そんなのずるい!教えて!言いかけてやめるのって一番ダメだよ!!」
「うるっせェな…昨日東堂におめェの好みのタイプ聞かれた」
「えっ…うそ、ほんと?」
「ほんとォ」
「え、荒北なんて言ったの?」
「顔がいい奴って」
「あ〜!事実を言えばいいってわけじゃないじゃん〜!!もお〜!!」


ダン!とわたしがそう言って机を叩いたのと同時に、ズー、とベプシを飲み切った荒北は心底どうでもよさそうな顔をしている。その上「オラ、教えてやったんだから俺のベプシ注いでこい」とわたしの方へコップを差し出してきたもんだから、わたしはひそかに特製ミックスジュースを作ってやろうと決意した。
…いや、かっこいい人が好きって事実なんだけどさ。顔がいい人が好きって、そりゃ事実なんだけどさ。なんか人聞き悪いじゃん、どう考えたってただの面食いミーハー女だと思われるじゃん。…いや、事実なのかもしれないけどさ。
はぁ、と思わず出たため息を隠すことなく零せば、荒北は怪訝な顔をしてわたしを見た。東堂くんの中でわたしはきっと「東堂くんの顔が好き、顔ファン」という認識になってしまったのだろう。…別にいいけど。別にいいけど、何ていうか。
ドリンクのボタンを押しながら、もう一度ため息を吐く。…そうだ、そもそも別にいいとか考えてしまっている時点でおかしいのだ。だって良くないじゃん、ファンって認識のままでいいんなら、今日わたしが荒北をここへ誘った意味ってなに?…ああもうダメだ、分からない。
本当に頭を抱えたくなる。ここ数日、相談相手であるはずの荒北にさえ言えない、というか言えるわけがない悩みをわたしはひそかに抱えているのだ。


「氷入ってねェじゃんこれェ」
「あ、ごめん忘れてた」
「…つか何か変じゃね、微妙に炭酸少ねェ」
「え、何でわか……ううんそんなことないよ、フツーフツー」
「今ので誤魔化せたと思ってんのかヨ…」
「あれあれ、ベプシと烏龍茶のちゃんぽん」
「ふざっけんなヨ!!」
「荒北だってわたしに何か…何だっけ、野菜ジュースと何かのジュース混ぜたやつ飲ませたじゃん!」
「……そうだったっけェ?」
「そんな顔したって全然可愛くないからね」


「誰も可愛いは目指してねーからァ」とわたしの発言を一蹴した荒北は、何を思ったのかわたし特製ちゃんぽんベプシを一口だけ口にした。うわマズ、と最初から明らかだったことをぼそっと呟いたその姿を見て、わたしは改めて「荒北の顔は好みではない」と失礼なことを考えていた。眉間にしわを寄せて、細い目を更に細めている。…ブサイクとまでは言わないし、いかないけど。やっぱどう考えても、わたしの好みではないんだよね。
ポテトを真ん中に置いて、お互い好きなときにつまむ。相談だの何だの言っておいて、結局はこれだ。お互いにだらだらと駄弁りながら、だらだらと飲んで食べる。女子会なんかじゃよくある長時間滞在も、荒北となら余裕な気さえする。まぁ荒北はめちゃくちゃ嫌がりそうだけど。
つまるところ、わたしは荒北のことを勝手に“気が合う友達”ポジションに置いていた。気が合うと言っても、わたしが何かを言えば怒られたり否定されたりという時間も絶えないけど、何というか、楽なのだ。
自分で言うのも気が引けるけど、わたしは友達が少ない。少ないし、一部の女子には良く思われていないことだって分かっている、知っている。気にならないと言えば嘘になる。だけど数ヶ月前、たまたま聞こえてしまったわたしの陰口に、荒北が「くっだらね」と吐き捨てるように言ってくれた独り言に、わたしはそのとき随分と救われたのだ。
口も悪ければ目つきも鋭い、おまけに態度も悪い。きっと、あのとき荒北と隣の席になっていなければ、今のこの時間はなかったのだと思う。あのときわたしがフラれていなければ、多分。


「…荒北って何で彼女できないんだろ」
「ア?」
「てか、何でモテないんだろ…」
「ケンカ売ってんの?」
「違うよ!もっと素直に受け取ってくれない?!」
「ヘイヘイ、捻くれててゴメンネ」
「…だって荒北って、まぁ顔は…置いといて、」
「オイ」
「すごい優しいし、面倒見いいし、何気にスタイルもいいし…あと意外と女心分かってるよね?」
「知るか」
「モテると思うんだけどなぁ〜…何がダメなんだろ……顔?」
「真面目な顔で分析すんのやめてくれるゥ?」
「でも元気出して、きっと荒北の顔が好きだっていう女子もこの先絶対現れるから!」
「俺がいつ元気ないって言ったヨ、ア?」
「ごめん、ごめんて」


はは、と笑いながら謝れば、荒北はチッと小さく舌打ちをして、もう氷が溶けかけているお冷やを口にした。舌打ちはいくない。
……荒北の顔をダメだと思ったことは、一度もない。散々ディスっておきながら今更何だと言われてしまいそうだから絶対に口には出さないけど。いや、正直に言えば、かっこいいとも思ったことはない。だって好みじゃないし。ないけど、顔のせいでモテないとか、さっきの言葉は一応冗談だ。伝わっているのかどうかは微妙にしても。
今まで何もかもまず顔を基準にして生きてきたせいで、こういうときの対処法が全く分からない。じっと荒北の顔を眺めてみたところで何も変わらないし、「ンだよ」とまたも面倒くさそうな反応をされて終わりだ。…はぁ、と何度目かのため息が漏れたときには、お冷やの氷は既に溶け切っていた。







「分かったわ荒北」
「何が」
「答え合わせ」
「…いや意味分かんねェけど」
「高校時代に感じてた謎の違和感、今になってやっと分かった」
「……あっそォ」
「なにその興味ない感じ…」
「実際興味ねェし…」
「でも荒北のことだよ?」
「は?」
「荒北のこと」


分かりやすく狼狽える荒北に、わたしは思わず口角を上げる。
尽八と3人で飲んだあの日からそれほど時間は経っていない今日。やっと互いの時間が合って、本当に埋め合わせをしてくれた荒北とサシ飲みをしている最中。高校時代に思いを馳せることは多々あれど、こうして一定の出来事だけがぐるぐると何度も脳内を巡ることは初めてだった。…なんだ、簡単な答えだったんだ。
今更口に出していいものかと一瞬躊躇ったけど、もう時効だろうと気軽に捉えることにした。何より、多分わたしはこのことを荒北に伝えたくて仕方がない。何でなのかなんて理由は分からないけど。
あの頃のわたしも、バカだったんだなぁと。今だからこそ思える、そんな思考が少し憎くてすごく悔しい。同時に、眩しくて仕方なかった。


「わたしね、今でもイケメンは大好きなんだけど」
「それは知ってますけどォ」
「だから荒北の顔は、別に好みじゃないの」
「…だから、おめーはいつまで俺にケンカ売る気だ、」
「わたし、あの頃多分、荒北のこと好きだったわ」
「……は?」
「高校のとき。わたし荒北のこと好きだった。」


は、と再び息を飲む音が聞こえたときには、わたしの中でずっと燻っていた小さなわだかまりが全部消えた気がした。
だって荒北は何も知らないもん。東堂紹介するって言った荒北に、わたしがまずどんな感情を抱いていたのかなんて。荒北が思っていた以上に、わたしは荒北といる時間が好きだった。一つ一つ辿っていけば、どんなに遠回りだろうが答えはたった一つしかない。そしてそれを言い出せなかった理由なんてのは、当時のわたししか知らないのだ。
荒北とわたしが付き合えばいい、なんていうバカげた提案も、心のどこかでは本気で望んでいたことなのかもしれない。荒北に彼女がいない、好きな人がいない、荒北に思いを寄せる人物も知らない。それにわたしがどれだけ安心していたのかなんて、荒北は絶対に知らないんだ。
荒北ってもしかしてわたしのこと好きなのかな、とか、そう思うことも実は何度かあったけど。確信も持てないのに勝負できるほど、わたしは恋愛上手でも下手でもなかったし、何よりあの距離感が心地よかった。
だからわたし、ほんとは尽八に謝らなきゃいけないのかも。ずっとずっと、始めはずっと、別の人のことが好きだったよって。


「…ンだよ、それ」
「思い出語り?みたいな」
「……思い出、」
「そー、思い出。思い出っていうかまぁ、今はっきり分かったんだけどね。」
「……今更、過ぎるだろ」
「ほんとだよ、でも青春の1ページって感じしない?」
「…しねェ」
「え〜」
「しねェよ、ンなもん、全く、微塵も」
「…何でそんな泣きそうな顔してんの」


らしくないでしょ、ねえ。そう言ったわたしの顔も、笑えていたかは分からない。
荒北に会いたかった。卒業してから会えなくて、避けられてるんじゃないかって、すごく寂しかった。その気持ちは嘘じゃない、嘘じゃないよ。だけどわたし、今ちょっと後悔してる。
あの頃の鈍感でバカなわたしはもういないよ。わたし、荒北の気持ち、分かっちゃったから。


「…ひでェ女だな、おめェは」
「いい女って言ってよ」
「いいわけねェだろ、悪魔かよ、んとに…」


はっ、と自嘲するかのように笑った荒北が、くしゃりと自身の前髪をかき上げる。会えるのも今日が最後かなって、多分同じこと思ってるんだろうね。
もしも、なんてことは考えたって意味がないけど。それでも、もしもあの頃どちらかが気持ちを伝えていれば。そう思わずにいられないのは、どんな言葉で片付ければいいんだろう。青春の1ページって、やっぱりわたしの根はバカなのかな。
左手の薬指で光る指輪が、机の下で今か今かと出番を待っている。


「…俺も、」


ああ、聞きたくないな。何でだろ。


「俺も、みょうじのこと好きだったわ、バァカ」


いっそ取り零してしまえばよかったんだって。
胸が痛い。



ワールドエンド
20170412